かずわや
2016-03-24 01:21:55
6401文字
Public 刀剣乱舞
 

【さよおて】誰かこの心を開けて

御手杵が本丸に顕現した小夜左文字を片っ端から『練結』している話。刀剣が刀剣を殺す描写があります…が、ほのぼのと言い張る。

「僕は小夜左文字
匂い立つ桜の隙間から、陰鬱な顔と昏い瞳がぎろりと覗く。草履を履いた折れそうなほどに細い足が床板を踏み、ぎし、と確かな重みを持って顕現する。揺れる青い髪。これが己の人間の姿か、と小夜は名前を言いながら、自分の手を見下ろした。
そして目線をあげると、己と同じ衣装を纏った少年がいた。
「僕は小夜左文字」
己と同じ名前を紡ぐ。
……僕はもういるの?」
「そう。僕はここの近侍を務めている最初の小夜左文字。あなたは、もう数えるのも忘れた、幾振り目かの小夜左文字だ」
相対する小夜左文字がちいさな手を伸ばす。
「2本目以降は基本的に刀解されるか適当な相手に練結されるかなんだけれど。『僕』には役割があるんだ。来て」
無感情で、冷徹にすら響く。けれどそれは同じ小夜左文字たる己も同じで、役割があるのならそれに従事するのが道理と、無感情に納得した。
躊躇わずにその手を取る。小夜左文字は迷わない。
手を引かれて鍛刀部屋を出る。静かな庭に、巨大な桜の樹が逞しく植わっている。桜の根元には死体が埋まっているらしいと、どこで知ったのかもわからない知識が桜に見とれる小夜に囁く。
あの毒々しいほどの美しさなら、確かに死体が埋まっていても良かろうと思ったが、何本目かの自分はそれを確かめる時間も術もきっと無かった。
雑念など何も浮かばない空の心の中で、それがすこし残念に思えた。

「着いたよ」
角を何回曲がっただろうか。
辿り着いた先は大部屋の襖の前で、中は薄暗い。襖の上、天井近くに『御手杵』と書かれた木の板が額に嵌っている。それと同じ名を近侍の小夜左文字が呼ぶと、中から気の抜けた低い返事が漏れ出てきた。入るよ、と促されるままに、薄暗い部屋の中へそろりと踏み入る。中はいくつか本の山が散乱していたが、広い部屋の為か散らかっているようには見えない。壁には巨大な槍が掛けられている。槍の刀剣男士らしい。穂先は三角。あれでは切ることも薙ぐこともできないだろう、不便だ、と小夜左文字は直感で思い、その槍を哀れんだ。しかしそう思った一瞬、考えを改める。
あれは、決して狙った獲物を逃がさない。穂先は三角、刺せば一撃で肉を抉り仕留める槍だ。あれ以上の殺意があろうか。
あれは、僕以上の、殺意だ。
(御手杵……)
聞いたことがあるようなないような、と思っていたが、成る程天下三名槍に数えられる、あの御手杵の槍であったらしい。思うところは無いが、己の中に蓄積された知識がそう語っていた。それは、おそらく、いつかの時代に叩き込まれたものだ。
部屋の中央では緑色の塊が何やらもぞもぞとしていて、「御手杵」と近侍の小夜左文字が厳し目に声をかけると、そろりそろりとこちらを見てゆっくり居住まいを正した。背が異常に長い。座っていても立っている自分よりすこし目線が高い。大きな槍だからだな、とこれまた己も知らない間に納得している。小夜左文字も居住まいを正して御手杵の前に腰を下ろした。
「ああ、小夜、来てくれたのかあ」
間延びした低い声は優しげで、
「何本か貯めておいて纏めてでも良かったんだぞ」
「所持容量を圧迫したくないって、主が」
「んー、そうか。あんたはたくさん来てくれるもんなあ、仕方ないか。でも俺は嬉しいよ」
御手杵はにこにことしながら、新しい小夜左文字によろしくなと声をかけた。小夜左文字は黙ってちいさく頷く。無駄な声は出さない。
「じゃあ僕はこれで」
「ん……ああ、わざわざありがとさん」
近侍の小夜左文字は音もなく立ち上がって、また音もなく襖を閉めて来た道を戻っていった。
薄暗い部屋に二人きりで取り残される。この本丸に集う者同士なのだから敵では無いのだろうが、初対面の相手と二人きりというのは流石に緊張する。膝の上で握りしめた拳を開けないまま俯いていたら、「どうした? 腹でも痛いのか?」と心配そうに顔を覗き込んできた。
「顕現早々腹痛は辛いよなあ。胃薬があったかどうか……
「あの」
「ん?」
「僕はこれから、何をすればいいの」
「あれ。小夜から聞いてないか?」
胃薬を探そうと立ち上がりかけていた御手杵が、また畳の上に逆戻る。
「『練結』だよ」
槍を扱うにしては綺麗な指が、硬く握り締めている小夜の手の上に重ねられる。顔を上げると御手杵は淡く微笑んでいた。槍本体はあんなに殺気に溢れているのに、人間の姿はどうも柔い部分ばかりが目立つようだ。
「練結って……僕は何をすればいいの」
「あんたはすることないよ。俺はもう性能が上がりきってるから、本当は練結なんてする必要無くてさ。ちょっと俺のわがままに付き合ってもらうだけだ」

御手杵は柔い笑みを浮かべたまま、小夜左文字の手を握ってその指を開かせた。そして、細くて短い子どもの指を楽しそうになぞり始める。まるで子ども同士が戯れているかのような。5本の指の腹を手のひらから先にかけて、何度も人差し指でなぞったかと思えば、円を描くように手のひらに触れる。すこしくすぐったくて顔をしかめれば、「眉間に皺、」と空いたほうの指で面白そうに眉の間を小突かれた。




顕現したての御手杵が襟を掴まれてずるずると縁側を引きずられていく。庭には巨大な桜の樹が植わっており、青い空にひらひらと薄い桃色の花びらが散っている。
「小夜、今日の飯はなんだろうなあ」
「ご飯を食べたいなら自分の部屋まで歩いていくことだよ」
「うええ」
「立てる?」
引きずる手が止まり、目の前に今の空と同じくらいの深い青をした瞳が現れる。力の入らない腕を気だるげにあげれば、恐ろしい力で軽々と引っ張り上げられた。練度の差だ。小夜に支えられながらなんとか二本の足でバランスをとる。
「立つことはできるんだけどなあ」
そこから交互に足を出すことが難しい。
「僕が支えるから」
小夜が斜め後ろに周り、御手杵の腰に右腕を回して、御手杵の左手を握った。小夜の背では御手杵を抱え込むこともできやしない。いち、に、いち、に、と唱えながら、ゆっくりと御手杵は歩を進める。10歩ほど進んだところで、御手杵はパッと顔をほころばせて小夜を見下ろした。最高記録だ。
「よく出来たね」
口の端にちいさく微笑みを浮かべて、小夜が言った。
青い瞳の中に桜が舞っている。それが自分の体から次々と溢れているものだと気づき、御手杵はおもわず首を明後日のほうに向けた。小夜がきょとんと御手杵を見上げる。

彼が静かに微笑んで、褒めてくれるのが嬉しくて、だから自分はいつまでも『出来ない子』のままでもいいかなあと思ってしまうのだ。
けれど、そう思っていたのはもう随分と前のことだ。




本当に子どもの遊びのようだった。人の感覚に慣れていない小夜左文字の反応を面白がるように、御手杵は身体中をぺたぺたと触る。そして同じくらい自分の体も触らせる。枯茶の瞳がきょろきょろと動くのが面白くじっと見つめていれば、「あげようか」などと笑って言われた。
「手入れすれば治るしなあ」
「でも、貰っても僕は練結されて消えるし。大事にできないよ」
「それもそうだ。本当なら、小夜に貰って欲しいんだけど」
近侍の小夜左文字か、と尋ねなくても、わかった。枯茶の瞳が一瞬大きくなって、おもわず漏れた言葉に困惑するかのように揺れる。それを見て、この練結の意味もなんとなく理解した気がした。

「復讐しようか」

何かしてやりたいと、感情が湧く。まだ会って数十分も経っていない、子どもじみたこの槍に。小夜左文字は得物を握りしめて身を乗り出した。桜の根元に埋まっているのが死体なのか何なのか、掘り起こす時間はないかもしれない。が、彼の気持ちを刃に乗せることは出来るだろうと思った。あの近侍の小夜左文字に一矢報いることだけならば……容易いことだ。
だが御手杵は緩く首を横に振る。そして小夜左文字のこけた頬を両手で挟むと、嬉しそうに笑った。
「小夜は俺に優しいんだ。俺が出来ない槍だから、世話焼いてくれるんだ。それで十分なんだ」
…………
十分だという顔をしていない。小夜が眉をひそめて不機嫌になったのに気づいたのか、御手杵は笑いながら小夜の頬をむにむにと撫で回した。
……あんた、今までの小夜とちょっと違うな。こんな話誰にもしたことなかった」
俺の瞳に興味持ったり、最初からされるがままだったり。だいたい小夜左文字は最初抵抗してくるんだけど、あんたは全然しない。
不思議そうな御手杵の声に小夜左文字はしぱしぱと瞼を瞬かせ、
「抵抗しろと言われれば抵抗する。だけど、命を狙われているわけでもないからそうする理由が無いだけだよ」
と呟いた。
空の器になにかが満たされていく気がする。大事な役割を全うして空っぽの箱が満たされるなら、それを求めたいと思う。その役割をくれるのは御手杵だ。この空の器をなかで満たすために。
御手杵が望むままに『練結』されるだけだ。

腕を支えに、伸び上がって顔を近づける。
御手杵が『小夜左文字』に望むのは何か。柔い笑みと、寂しげに揺れる枯茶の瞳が求めていたものは。
叩き込まれた知識の中に答えを得る。それで良いのかと確認する間もなく。
御手杵の唇にそっと自分の唇を重ねた。
小夜左文字は迷わない。

すぐに離れた。御手杵は目を丸くしてぱちくりと瞬きをしていたが、やがて堪えきれないようにふふ、と笑いをこぼした。
……正しかった?」
「間違っちゃ、いないけどなあ。そんなことをしたかったわけじゃない……
「じゃあどうしたいの」
「だから言っただろ……あんたはすることないんだって……十分なんだって……
笑いながら声が震えていく。御手杵は両手で顔を覆って小夜左文字から後退った。
「俺が欲しがると、あんたの迷惑になるから……
ならば御手杵は、何故何回も小夜左文字の『練結』を繰り返しているのだろう。断ち切れていない証拠ではないのか。唇をおさえて、そんなに、流れるものを我慢して。
空っぽだった心が。
桜の樹の下に埋まっているものが何なのか、知りたがる。

「ッ! おい、どこ行くんだよ!!」
弾かれたように立ち上がり、襖を開け、小夜左文字は走り出した。翻った袈裟に御手杵の指先が触れた気がしたが、構わない。
長い廊下を走り抜ける。
厨を通った。
「小夜、どこに行くんだい?」
知ったような声がかけられて、遠くなっていく。
どこにいる。
小夜左文字はどこにいる。
何回も角を曲がって、見えた襖を片っ端から開けた。その度に中にいた刀剣男士らしきものに驚かれたが、小夜左文字は誰も知らない。
「!!」
何十回も開けた襖の先に、目当てはいた。きちんと背を伸ばして正座をしていた近侍の小夜左文字が、突然開けられた襖の音と現れた小夜左文字に、驚いた顔をした。
……何しに来たの。練結は」
「あなたに復讐しに来た」
顕現された姿の新しい小夜左文字は、腰に得物を差したままだった。対する近侍の小夜左文字は得物を持たない内番服だ。鞘を抜きながら、座っていた近侍の小夜左文字に素早く肉迫し、首筋に刃をあてる。
「理由は」
刃を当てられているにも関わらず、近侍は静かな声で問う。自分ならば、理由のない復讐はしないと分かっているように。
「御手杵の気持ちを分かっているんでしょう」
…………どういうこと」
「あなたが好きだと。泣くほど好きだと」
「御手杵がそう言ったの?」
刃が離れる。……言っていない。叩き込まれた知識がそう囁いてきただけだ。
「でも、僕に分かるんだから、小夜左文字には分かるはずだよ……
「言っていないことなんて誰にも分からないよ。ましてや黒い感情に支配されている僕なんかがそんなもの分かるはずがない」
冷えた目に刺され、じりじりと、体を離される。
だが、ここに顕現した小夜左文字は全員御手杵に練結されているはずだ。その事情を近侍が知らないはずがない。御手杵の、彼へのそんな異常な執着を、長く付き合ってきた近侍が知らないはずが。
天地がひっくり返ったのは一瞬だった。
体が離れた隙を突き、胸ぐらを掴まれて転がされたのだ。近侍の小夜左文字が馬乗りになる。弾かれ、手から得物を奪われる。青い瞳が眼前に広がった。
「あなたは普通の『小夜左文字』じゃないね」
得物を逆手に持ち替え、小夜左文字は小夜左文字の首元に刃を突き立てた。
「感情がある。黒くない、通常の小夜左文字が持つはずのない綺麗な心だ……。確かにあなたなら、あの子の気持ちに応えることができたかもしれない。無防備な子どもの恋を受け止めて、一緒に笑うことができたかもしれない。僕とは違って。でも、この本丸に、あの子を世話した小夜左文字は一人だけだ。
……御手杵を、奪わないで」

やはり下には埋まっていた。
醜く不器用な感情が。
御手杵にも、この近侍の小夜左文字にも。
それを発見した瞬間、空の器が縁まで満たされたのを感じた。知りたがった心が歓喜の声をあげた。早く帰って御手杵に知らせてあげたかった……口元が綻ぶと同時に深く刃が刺し込まれて、息が止まる。




……小夜」
「練結は失敗だ、この小夜左文字は刀解する」
震えた声を零す御手杵に、小夜左文字は淡々と言いながら、息を止めたちいさな体を抱き起こした。驚くほど軽い。溜まっていた全てが血となって流れ切ったように。
「いや、走り出した時に俺が刺せてれば良かった……こんなことになるなんて思ってなくて。余計な迷惑かけたな、ごめんな」
「気にしていないよ。この小夜左文字がバグだっただけだ」
「あいつが普通と違ったのは俺のせいかもしれない……。迷惑かけてごめんなあ」
「だから、気にしてないよ」
二人の間にぎこちない空気が流れる。
刀解部屋は鍛刀部屋の隣だ。小夜は誰にも見つからないようにしようとしているのか、手早く止血をして、すっくと抱え上げ部屋から出て行こうとする。その背中を呼び止めた。
「なあ、良かったら」
腕の中の、何本目か分からない小夜の亡骸を見下ろした。
「もし俺の目が取れた時、あんたが貰ってくれないか」
小夜は目を瞬かせた。御手杵が情けない顔をしている。一人で歩けもしなかった頃のわがままを久しぶり聞いているようだった。
枯茶の瞳が不安げに瞬く。縁を彩る睫毛が意外と長いことを、縁側で居眠りしている御手杵の顔を覗き込んだときに知った。
(歩く練習をしたときに支えた腰が思った以上に細いこと、触れた肌の色が、あまり自分と変わらないこと)
御手杵がこの手を離れたのはもう随分前だが、彼のことをよく知っているのは長いこと世話をしてやった自分が一番だと思っていた。
二本の足でしっかりと立ち、ここまで一人で走ってきたのだろう御手杵はもう昔のような『出来ない子』ではない。目をかけてやらなくても良くなったのだと安心した。けれど、そうして不安げに立ち尽くしている姿は、まるで昔を見ているようだ。
桜が咲いているせいかもしれない。
御手杵が来た日も、庭に見事な桜が咲いていた。それと同じくらい綺麗な色の花びらをちらつかせながら己を見下ろした、大きな青年に庇護欲が湧いたのはもういつのことだったか。
彼を傷つけたくはなかった。

……ありがとう。大事にするよ」
相変わらず声に抑揚は無かったが、そう言葉をこぼした瞬間、御手杵は花が咲くように笑った。
それで小夜も十分なのだ。
御手杵に伝える気がないのなら、小夜も知らないふりができていた。
小夜左文字が来るたびに何度も御手杵のもとへ連れていき、御手杵が嬉しそうにそれらを回収していくのを、自分が苦い思いで見ていたのにも、一切気がつかないふりをしたのだ。