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かずわや
2016-03-14 22:59:49
2682文字
Public
刀剣乱舞
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【東西槍博覧会】花に嵐の
某米津さんの某タイトルが元ネタです。書いている人が右杵好きなので日杵の香りがしたら申し訳ありません。現パロです。
東西槍
花に嵐の
酷い雨が降っていた。地面はぬかるんで、雨の靄で街は蒼く沈んでいる。向こうから来る車のライトが頼りなさげに光り、顔を照らして、通り過ぎた。
轍の残るそこをブーツでびしゃびしゃと汚しながら走っていく。傘が左右に揺れて、身体がしとどに濡れるのももう気にしない。息が切れても走り続けるのに。
(余命、二ヶ月)
霧が濃くて、目の前すらぼんやりと見えない始末だった。
窓の向こうは霧でぼやけて何も見えない。車のライトと街灯の光が時折揺らめいて闇の中に消えていく。静かな病室の中は、窓を叩く雨の音だけが響いて、ひとりが浮き上がってくるようだ。
「
……
よう」
扉が開いて、びしょ濡れになったねずみが入ってくる。この瞬間を、二度と忘れないように、俺は笑顔で出迎えた。
「良い酒が入ったんだ」
「酒かよ、病人に向かって」
「退院したら開けようと思ってな。先に見せに来たわけだ」
でかでかと『日本』と書かれた瓶をぶら下げて、男は自慢げに笑う。もっと退屈が紛れるようなものを選んでほしかった。デリカシーが足りない男なのだ、昔から。俺が顔を背けると、「すまん」と素直に謝る。謝るくらいなら持ってこないでほしいと、何度言ったら分かるのだろう。未来に期待が持てるものなど。
「なあ、もうやめないか」
窓に顔を向けたまま、そう言うと、ギイとスプリングが軋む音がした。無言の視線に白旗をあげて顔を戻すと、目じりを下げた髭面が俺をじっと見つめている。優しげな目に何も言えなくなる。だが、でも、言わなくちゃいけないのだ。
何度も言っているけれど。
「俺の命はもう長くない。あんたもここで油売っているわけにはいかないだろう。昔のあんたと今のあんたじゃ置かれた立場が違うんだ。こんな、一銭にもなりゃしない男に、一企業の社長様が現抜かしてる暇ないだろ」
その社長様のおかげで、俺はVIPルームなんて豪華な個室にひとり放りこまれて、毎日退屈で仕方ないのだ。仕事で忙しいこの男が来られるのも一月に二回くらいで、次にこいつが来るまでに死んだらどうしようって考えてしまって、待つ方だってつらい。
「あんたの人生に俺なんて取るに足りないだろ。忘れてくれよ、頼むから」
悲しんだり怒ったりするのも可笑しくて、結局どっちつかずの笑みが出る。
日本号は
――
今ここの時代ではこんな名前ではないのだが
――
ぎゅう、と目をつぶって「すまん」とまた謝った。
「すまん」
顔を伏せながら日本号が立ち上がる。あいつにとって無理なお願いをしていることは気付いていた。そのせいで俺も毎回強く言えなくて、あいつが謝るままにうやむやにしてしまう。
「
……
また来る」
「
……
おお」
扉が閉まる。また部屋が静かになって、ひとりが浮いてくる。
顔を覆った。俺に会う為なら雨に濡れても構わないのも、仕立ての良さそうな服をぐしゃぐしゃにしてくるのも、未来の約束を取り付けてくるのも、本当はとても、嬉しい。少なくとも毎月会えるだけで俺達は幸せなのだ。でも俺はそれ以上を望んでしまう我儘だから、一線引いておかないときっとみっともなく縋ってしまう。
東の御手杵の槍がこんなに弱くて許されるわけがない。示しがつかない(誰に示せばいいのか知らないが)。俺の気概の問題なのだ。もう誰も俺を知る人が居なくても、俺は遠い昔、槍だった頃背負った重みを、たとえ人になったとしても忘れるわけにはいかない。そばにいるのが片割れならば尚更。
「日本号」
雨粒が烈しく窓を叩く。
ずっとそう思ってきたけれど、何も無い場所で背負い続けても疲れるだけだということに気付く。
対等でいたかったのに、俺は、じっとただ蹲って、あいつが来るのを待っている。胸の動悸が激しくなってナースコールのボタンを押した。
雨にくわえて、酷い風が吹いていた。嵐はおさまらずここのところずっと悪天候が続いている。外の木は折れそうなくらい風に折り曲げられていて、紙やらビニール袋やらが灰色の空に飛ばされていく。ぼんやりと外を見ていたとき、ガラリと扉が開いて日本号が現れた。
無造作にくくった髪には葉が何枚か刺さっていて、傘がひっくり返っている。仏頂面だった日本号が、俺が起きてこっちを見ているのに気付くと笑顔になって「よう」と言う。あと何回こうして元気な顔を見せてやれるのか分からなくて、苦しいとか悲しいとか全部押しこんで俺も笑ってしまう。
「もっと天気の良い日に来てくれたら気も紛れるのにな」
「この天気で何も上手く行かねえのさ。お前さんの顔でも見ないとやる気が出ない」
「西の日本号がそんなだと示しがつかないぞお」
「手杵」
冗談のつもりだったのに、日本号は紫の瞳にほんのすこし紅を混ぜて俺を見た。眉間に皺を寄せて、ぐっと俺の顔を覗き込む。
「なんだよ」
「今の俺は『西の日本号』じゃねェ。それはお前も同じだ。お前は『東の御手杵』だった頃とは違う」
点滴に繋がれている細い腕をとられる。
「気張るな。お前はもう一家の宝じゃねえんだ」
「にほ
……
」
「ただの人間だ」
掠れた、低い声が若干の笑みを含む。
「だから手入れされるだけで治りゃしないんだ。早く良くなれよ」
ベッドが軽くなると、寂しくなる。
「日本号」
嵐が過ぎるのを待てなかった。
頼りないのも、世話されるだけの境遇も、昔と変わらない。こんなの槍だったときと何が違う。
「栄光だった日々を背負い続けて、何が悪いんだ」
みっともない姿をあんたに見られるのが一番嫌だったのに。
「気張り続けなきゃあんたに相応しくない」
東と西の槍として。
それが叶わぬなら忘れてほしい。
なのに下瞼から冷たい雫が出てくる。隊の先頭にいるわけでもないのに、引き止めたそうな雨が降る。
日本号の瞳から紅はとっくに引いて、おろおろとしながら何度目かも分からない「すまん」を零した。病室の箱からティッシュを取り出して丁寧に拭きながら、その口はなぜか震えながら笑っている。
「
……
馬鹿にしてるのか」
「それだけ元気なら心配なさそうだと思ってな」
「な
……
! 余命二カ月だって、あんたが!」
「手術の目途がついたんだと。もう大丈夫だ、手杵。本当にもう気張らなくて良いんだ」
せっかく止まった涙が、またぼろぼろと零れだす。
「祝杯をあげようぜ」
『日本』の瓶を手に取りながら、日本号が皺に深い笑みを彫りつけた。
なら、俺はあんたに伝えないといけない。
この酒の色と匂いを。
終
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