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かずわや
2015-11-16 00:33:39
3385文字
Public
ワンライ
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【元主と刀】300年と心残り
第21回「ありがとう、さよなら」御手杵と初代所有者結城晴朝。彼と秀康のことが大好きな御手杵をたくさん書けて幸せでした。
※微グロ表現
※焼失表現、焼失前ぎね表現あり
ワンライ ありがとう、さよなら
慌ただしく駆け寄ってきた使いの者が、主に小さく耳打ちするのを、陣の中心で彼は冷たく見つめていた。深い皺を寄せた口元が細く深い息を放つ。それだけで、「いくさはおわった」のだと分かった。自分の存在が消えてなくなるような恐怖が身を駆け抜けた。
「もう終わりなのか」
長いいくさだったように思う。でも足りない。血の臭いを嗅いでいただけで、雄々しい声を聞いていただけで、俺自身はまだ戦場を駆けてない。
「なあ、晴朝」
髪の薄くなった頭のてっぺんを見下ろす。問うた声は主にも聞こえない。長いいくさだったのだ、主は酷く憔悴しているように見えた。
使いの者が控えていた男に何か言う。ゆっくりと運ばれてきたのはこの陣営の者が討ち取った敵の首らしかった。十以上はありそうな、血の気の失った青い顔がごろごろ並ぶ。あれを斬ったのはどの刀だったのだろう、あれを突いたのはどんな槍だったのだろう。少なくともここでずっと立ち尽くしていた俺よりきっと立派だ。彼は妬みを含んでそれらを眺めた。
刺したい。足りないのだ。
馬印になるために生まれてきたんじゃない。
冷め切った顔で首を見下ろす、その視線は主と同じものだと彼は気付いた。
「晴朝、どうした?」
自分がまだ彼のそばに来たばかりの頃、いつもこんな顔をしていたように思う。疲れきって、何もかも投げ出したくて、けれど家や家臣を守るために逃げ出すことはできなかった。その身体が老いていくのが早いのも、重い責任に圧迫されていたからかもしれない。
「おい、」
主が徐ろに彼の柄を手に取った。びく、と身体が震えた。付喪神たる彼の身体を支配したのは「歓喜」だ。我が主が俺を手に取った。付喪神は、それだけで、犬のように浅ましく尻尾を振ってしまう。
でももういくさは終わったのだ。敵はどこにもいない。俺をどうするつもりなんだろう。
一抹の不安を抱えて、彼が主を見下ろしたとき、眇められた優しい眼を見た。これから恐ろしいことをするなんて全く感じさせない、海のように穏やかでやさしい瞳だった。
「はるとも、」
槍が持ち上げられる。久々だ。いつも槍持ちに持たれていたから。槍の付喪神は黙って付き従う。これから彼が何をせんとも。
皆が呆気に取られる中で、主は、優しい眼のままで、転がっていた首に次々穂先を突き刺していった。宛ら串団子を作るように。
「なんてことだ!」
「気でも狂ったのか、結城どの!」
囲んでいた家臣が主に掴みかかる。そのときには既に、美しい槍の穂先には八つの首がぶら下がっていた。
ぶすり、ぶすりと我が切っ先が肉を抉る感覚。
きもちいい。
首は血を既に失って樋を伝うものはなかったが、重力に従ってずり、ずりと肉が刃を滑っていく重みは申し分なかった。
「こいつは良い槍だ」
突然そう言い放った主に、囲んでいた家臣が一歩引く。何か恐ろしいものを見るような表情で、目を見開き、口をわななかせ、一歩、一歩と後ずさる。
「こいつに首を刺したら綺麗だろうと、思っただけのこと。どうだ、どの槍よりも立派だろう?」
槍は、主が自分を見上げたことに気付いた。視線が確かに交錯する。な? と言いたげに微笑まれて、槍の付喪神は身体の底から湧き上がり続ける熱と歓喜を抑えることもせず、「ああ!」と笑って答えた。
その瞬間、真ん中の首がずるりと地面に落ち、それを遠くから見ていた太閤どのが彼に名前を授けたのだと云う。遠い記録から知ったことで、彼自身もいつどのように自分に名がつけられたのかは詳しく覚えていない。
しかし、その日から、信頼を寄せる主と視線を交わし、会話することができるようになったことは覚えている。
そうして月日が過ぎて、雪深い地で、主の跡を継いだ若く逞しい青年が死んだ。主はそれを酷く悲しんで、その夜、住み慣れた東の結城の地に帰りたいと御手杵に零した。
誰もいない、冷え切った空気が占める檻の中。漂う冷気は、踏み入るのを、触れるのを拒むような神気さえ滲ませている。しかし彼の主が蔵の扉を開けると、檻の中を支配していた槍の神気は途端に解れ、柔らかなあたたかいものに変わった。
そのあたたかさに背を撫ぜられながら、主は涙声で言うのだった。
「ひとりは寂しい」
つむぎ落とされる言葉に、あの日狂気を見せて恐れられた男の影はどこにもなかった。
「俺も寂しい」
そう言うと、主はひっそりと顔を上げてからかうような色を見せる。
「槍に寂しさが分かるのか」
「あんたたちの側に居れば嫌でも分かる」
外から来た子だったが、この数年で村民や重臣たちに慕われる立派な武将になった。主も彼も若く逞しい養子を親愛していた。それなのに、むざむざと彼を病魔に奪われてしまった。
「人の死が寂しいことを初めて知った」
御手杵は己の手を見つめる。
人の身体を得てまじまじと見る己の手。主に比べて掌はおおきいが、女と遜色ないくらい指は細く丸い爪が規則正しく先に並んでいる。未だに、あの日、主が御手杵の先に首を並べて刺した快感が、この手の中に残っている。あの時はこんなに楽しい時は無いと感じたのに、人の肉を抉るのはなんと恐ろしいことだろう、と病に冒されていく人の子を見下ろしながら思ったのだ。
「やっぱり俺はただの槍だったよ。あの子を救うこともできなかった。でも、晴朝。俺が今こうして思うのは、あんたが俺を使ってくれたからだ」
たった八つの首を刺しただけ。
けれども、自分を「立派だ」と誇ってくれたことが、なによりも嬉しかった。嬉しいと感じるのを初めて知った。
+
熱が回る。身体を舐めるように這っていく。遠くから低い鳴き声が響き、地鳴りが蔵を揺らしていく。
ずっと涼しいところにいたからなのか熱いのには慣れていない。炎の中から生まれたのに我ながら変だ。もはや出すべき声も出ずに、惨劇を前に笑ってしまう。
「ぁ、
…
」
薄れかける遠い記憶を思い出し、なぞる側から熱に攫われ溶けてゆく。その中に多くの人の影を見た。大正、明治、江戸、戦国--紐解いてゆけば、最後にたどり着くのは己が主ただひとり。その人が振り返って御手杵を見る。
苦しい、というのを知った。
もう一度会いたいと思った。
手を伸ばせば無情にも指先を炎が溶かしていく。陽炎の向こうで笑っている。あの日俺を誇ってくれた人が、俺に向かっておいでおいでと手を揺らす。
だけど駄目だ、俺はそこにはいけない。その前に俺はきっと無残に溶けて、ここで只の鉄塊になってしまうのだ。そんなみっともない姿、「綺麗だ」と言ってくれた主に見せられるわけがない。
炎がおそろしく揺らめきながら身体を灼く。せっかく今の主が誂えてくれた美しい着物も、炎は何の情緒も無く、慈悲も無く、焼き殺していった。
+
「お前がただの槍であるものか」
葬儀が終わった翌日、晴れた空を見上げながら、薄く微笑みを浮かべて主は言った。もうその顔に悲嘆の色は無い。やるべきことはたくさんあった、長く感傷に暮れていられないのだろう。
「お前という槍が家を守ってくれた、私を救ってくれた。並みの槍にできることではない」
「そうかなあ」
「
……
婿殿がどんなに眩しそうにお前を見ていたか、知らないか」
「はは、なんだそれ。俺はなにもできなかったよ、武器なのに武功を挙げさせることもできなかった」
恥ずかしくて俯いてしまって、感謝を述べることもできなかった。思えばそれが心残りだ。
+
願わくはあの地に帰りたいと思っていた。主とふたりで、いや、あの子も含めて三人で。そうなればどれだけ幸せかと思ったけれど、ふたりがいなくなり自分も死にそうな目に遭っている今、もう叶うことはないだろう。天井の崩落した蔵、そこから見える灼けた空に、たくさんの金属鳥が低い唸りをあげながら飛んでいる。
地獄にいるのだ。おそらく浄土にいるであろう彼らには到底会えない。あんなに己をあいしてくれた彼らになにも報いることができないのは酷く辛かった。さよならと嘯く。己は武器だ、武器に憑いた付喪神だ。地獄の果てで輪廻の輪に則ることができれば、この心残りが自分より遥か上の神に許されるなら、また会えるだろうか。
そうしたら次こそは、ちゃんとありがとうと言うから。
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