かずわや
2015-10-04 18:38:52
1900文字
Public ワンライ
 

【元主と刀】名前を伝う

第16回:主自慢 御手杵と結城秀康
ほとんど覚えてないけど、すこしでもあなたを思い出せるのが嬉しい御手杵の話。※匂わせる程度の蜻蛉杵描写があります


大人数が一堂に座する食事の時間はいつもうるさいが、今日の夕餉は特に阿鼻叫喚の地獄絵図だっただろう。きっかけは顔を合わせればいつも口論ばかりの織田の二振りだった。宗三が長谷部に織田のことで喧嘩を吹っ掛け、前の主は関係ないだろうだのめそめそぐちぐちうるさいだの売り言葉に買い言葉、それに触発されたのか沖田の刀たちがはらはらと泣き始め、鯰尾と骨喰がウッ炎が!と頭を抱えると、血の気の多い刀たちがそれに乗じて野次を飛ばす。そのうち歌仙が細川譲りの短気を発揮して、しっちゃかめっちゃかのどんちゃん騒ぎがやっと終息を迎えたのだ。
みんな疲れ切った様子で部屋に戻ってゆく。御手杵も同じだった。あっちこっちに飛び火した喧嘩に巻き込まれなかったものの、遊びだと思ったのか酔っ払った次郎や怒った歌仙に投げ飛ばされた奴らの介抱をしていたのだ。疲労困憊、まるで毒矢を受けたようである。
泥みたいに眠りたい。
のそのそと部屋に戻った御手杵を迎えたのは綺麗に並べられた布団だった。
「無事で何より、御手杵殿」
けろりとした顔で蜻蛉切が言う。
「お前……!逃げていたのか!」
「お疲れになると思い、先に帰って寝具を調えていただけのこと。して、あなたはどんな話をされたのだ」
「話?」
「秀康公の話をされなかったのか? 」
きょとんと幼い顔した蜻蛉切に、御手杵はうええ、と頭の後ろを掻く。
「それどころじゃなかったぞ……あんた、あの地獄みたいな様子を見てないから言えるんだな」
「ふむ、そうか。ならば自分が今聞きたい」
「は?」
酔ってるのか?と顔を見上げれば、澄ました顔に柔らかな微笑みを浮かべて、偉丈夫はいつもと変わらぬ礼儀さで座っていた。それどころか、子どものようにわくわく目を輝かせている。
こいつは酔ってない、完全に素面だ。酔ってるのは俺のほうなんだ。
俺の主は、あの方は、と飛び交った一刻前を思い出す。あれからずっと言いたかった。殆ど黄泉の底に置いてきた過去の中で、ひとつだけこの眼に焼きついている人の子の姿。
「自慢を聞かせてくだされ、この蜻蛉切に」
……あんた、何回も聞いてくれたよな……?」
「いつもの話でよろしい。あなたの話が聞きたい」
身を乗り出して言う蜻蛉切に根負けした。御手杵は暫く言い淀んでいたが、「秀康かあ」とその名を呟く頬には赤みがさしている。
「ほんとに、あんたには何回も言ったかもしれないけど。俺の秀康だって凄かったんだ。小さい時のことは知らねえけど、俺んところに来たときはもう、自分より一回りもふた回りも年上の家臣に慕われてた。弓の腕前も馬術も上手だったんだ……
「まこと素晴らしい御方」
蜻蛉切が頷きながら相槌を入れるのに、御手杵が満足そうに頷く。ふっかり整えられた布団に横たわり、燃え溶けた記憶を辿るようにおぼつかない口振りで御手杵は語る。
「秀康が賢くて強いこと、みんな知ってたけれど、運が向かなかったんだよなぁきっと……。戦で活躍できなかったのをすごく悔しがってた……晴朝や他の奴らの前では堪えてたけど、俺の前ではよく泣いてた……その度に酒を飲んだなぁ……。月の見える縁側で、武器と酒を飲むなんておかしな話だって笑いながら……それで文句1つ言わねえんだ、あいつ。自分の境遇にも、家康公にも。なぁ、あいつは本当に凄い奴だった、槍の俺でも分かるんだ……
「そうでしょう。結城少将秀康と言えば、二代目将軍秀忠殿にも『制外』として勝手を許された御方。自分も評判は聞き及んでいた」
子どもをなだめるような声色で蜻蛉切が言う。その声に揺られて、酒に呑まれた御手杵の視界がとろとろと霞んだ。四肢が一気に重くなる。
「あー、何だってあんた、俺にこんな話させるんだ……あんたの主のほうがよっぽど凄い奴だろぉ……
「あなたがやっと良い顔をなさるので」
「はぁ?」
そんなにひどい顔をしてたのだろうか。あれほどはっきりと前の主を覚えている、彼らのことが羨ましかったのは否めないが。
思わずまじまじと目線を投げた。
「そのくらいあの方を想っているのだと教えてくれるようで……少し、妬けるが」
「なんだよ、お互い様だろ」
布団の上にうずくまりながら御手杵が呆れた声で言う。自慢してもし足りない、偉大な奴じゃないか、あんたの主は。
それでも、確かに心地よい気分になったのがわかった。布団の温もりでも、酒に浮かれたせいでもない。秀康の名を綴り、その姿を思いなぞると、作り物の心臓がとくとくと音を鳴らすのだ。

今夜は悪い夢も見ないだろう。
おやすみと言うのも忘れた。それほど今夜は心地よかった。