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かずわや
2015-09-15 16:22:18
1475文字
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【蜻蛉杵】未だ見ぬ霞の影向こう
前の主たちが出しゃばる。落書きレベル
「東の御手杵、か」
ざわめく家臣の輪から雫のようにこぼれたそれを拾い、口に含むと、濃い顔に深い笑みが刻まれた。
「相見えたいか、蜻蛉切」
「いえ」
何も無い宙に言葉を投げかければ、透明な声が返ってきた。
「嘘をつけ。抜き身の刃を見れば目が潰れるらしいぞ。そんな神めいた槍、お前が気にしないわけないだろう」
どたどたと廊下を歩く足音が二人分になる。気づけば逞しい体躯の男の斜め後ろに、似た体躯の赤毛の男がそっと寄り添っていた。聞き分けの良い女のように顎を引き、伏し目がちに歩く赤毛の男は、「槍の憑き物達の中でも噂になっております」とそっぽを向きながら囁く。
「西の日本号。東の、御手杵」
格子窓の向こうを見やった。豊臣秀吉が病に倒れ、俄かに慌ただしくなってきた城内。もうすぐ大きな戦が起こるだろうということを、蜻蛉切は張り詰めた空気の中でぴりぴりと感じ取っていた。だから蜻蛉切自身も気が立っていたのだ。我が主はもう若くない。もっと他にするべきことがあるのではないか。こんな時に世間話のようなことをしてほしくなかった。
「御手杵があるその家には、確か殿のご子息がいたな」
「家康様の
……
ですか」
「ああ、於義丸
……
いや、秀康様だ」
「ひでやすさま
……
ああ、あの」
一介の槍でしかない蜻蛉切もその名前は聞いたことがあった。直接まみえたことはなかったが、彼のことを尋ねればいい評価しか返ってこないときく。強く賢い良き武将ではあるが殿はお気に召さず、早くしてこの城から追い出された哀れな子。その理由を蜻蛉切は知らない。知る必要も興味も無かった。
「あの秀康様が御手杵を振るっているとなれば、ますます惜しい人材だった。手放したことは殿の失敗だったかもなあ」
「それは
……
」
「俺は彼の方を推していたよ。成長しようとする強い心もあり、武芸にも優れていた。指揮を任せればその利発さをもって見事に操ってみせただろう。その勇猛な方と、『東』と呼ばれる槍が手を組んだのだ。これ以上誰もが羨む似合いのものは無い」
蜻蛉切はこの心臓が高く跳ねる心地がした。
槍の憑き物達がひそひそと話していたことを思い出す。「かの御手杵の」「鞘から抜けば雪を降らせるとか」「まこと美しい姿で」「貴様、眼を潰されるぞ」
…………
見たい、と全身がひどく震える。
あいまみえたい。
あわよくば刃先を交わらせたい。
ああ、あなたは己のようにヒトの姿をとっているのだろうか。彼らが話していたのは槍の姿なのだろうか。もしも、もしもヒトであるならば。
「おい、どうした蜻蛉切」
振り向けば、主は数十歩先に行って蜻蛉切を訝しげな顔で見つめていた。はっと我に帰るものの、「御手杵」の夢想が頭を占めて離れない。
ははーん、と男が嫌な笑いを浮かべる。
「さては気になりだしたろう」
「いえっそのようなことはっ」
「良い、良い。機会があれば引き合わせてやろう。もしかするとお前のように魂が憑いているかもしれんからな」
「
……
はっ。有難き、幸せにございます」
深々と頭を下げ、蜻蛉切は思い巡らす。
我が主が誉めそやす秀康様の御側で、堂々と座する槍の姿。我が主に「これ以上似合いのものは無い」と言わしめる槍は、一体どれだけ素晴らしいのだろう。
(もしもヒトの姿ならば、その御手を取って跪いても良いのだろうか。それとも触れられぬほど高貴な御仁なのだろうか。いや、これほどまで憑き物達や人々に噂される方なのだ、やはり一端の自分などお目にかけてはいけないのかもしれない
……
)
若い蜻蛉は、霞の影に恋をした。
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