かずわや
2015-09-14 14:00:08
4761文字
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【元主と刀】酒が一滴あれば良い

第14回お題:盃
結城秀康と御手杵 〜三名槍を添えて〜
!注意!
※自己解釈秀康がたくさん出てきます。
※御手杵が焼失前の記憶を殆ど失っています。
※彼らの関係性をかなり捏造しています。
以上何でも大丈夫だよ!の方だけご覧ください。時間オーバーしています、本当にすみません。

酒が一滴あれば良い。
そうすればすぐに思い出す。
真っ黒に溶け落ちたはずの記憶の中で、なぜか消えない俺とあんたの思い出を。



「よう、やっぱりお前さん、手杵なんだな」
そう言いながらのっそりと現れた影は、この本丸に新しく顕現した三本目の槍だった。無精髭の生えた口元はゆったりと笑んでおり、酔いが回っているのか顔が赤らんでいる。先ほどまで日本号を迎えた祝いの宴を催していたのだ。しかし当事者がその喧騒から抜け出してきたということは、もう日本号歓待の冠を取り払ってただの宴会になっているのだろう。
「これは、日本号殿」
蜻蛉切は丁寧に頭を下げたが、隣で酒瓶を揺らしていた御手杵は、「おお」と気の無い返事をしただけでふいと顔をそらしてしまった。顔を合わせた時、積もる話は既にしたのだ。もう何も語ることはない、とでも言いたげな態度に、日本号は苦笑を漏らす。
「なんだよ、久しぶりの同胞に向かって」
「いや、な。あんたが日本号だって云うのは分かるんだけど」
あんまり覚えてねえんだ。
言いにくそうに、ぽつりと呟いた御手杵に、「そうか」と日本号はただ頷く。肩を落とした御手杵の隣に腰を下ろした。
「気にしてねえの?」
「お前が燃えたと聞いた時から覚悟はしてたさ。依代がすっかり無くなって何の異常も無いっつーのはあり得ねえからなぁ。気にしてねえ……わけじゃねえが、まあ、名前を覚えて貰ってたってだけで重畳だな」
……悪い」
「気にすんな」
ちいさな盃を持てば、すぐさま蜻蛉切がそばに寄ってきて酒瓶を傾ける。まるで昔に戻ったみたいだ、と日本号はゆるく瞳を細めた。天下三名槍と呼ばれ始めてから久しく、三人の関係がこうであると定着し始めたあの頃。戦が無くて退屈だ、と三人で散々愚痴を吐き出した遠い記憶を思い返して、ふふと笑いが溢れる。
「全部忘れたわけじゃないんだ」
漏らした笑いを悪い方へと捉えたのか、弁解するように御手杵が言う。
「思い出そうとすると、必ず思い出す人がいる。俺の前の主だ」
「晴朝公か?」
「いいや、秀康のほう」
嬉しそうな顔をしやがる。
月の光に照らされた御手杵は、酔いに顔を赤らめさせて、どことなくあどけない幼子に見えた。



酒を飲むと思い出す。
少年武将の勇猛にあふれた顔を。
齢十六と聞けば子どもかと思うだろうが、きりりと整った眉、引き締まった顔立ち、身体つきは大人顔負けの胆力を覗かせていた。現に、彼は大阪から連れてきた家臣から深く慕われているようだった。じきにこの家の者も、この少年武将に惹かれてゆくだろう。
そう思いながら、御手杵は彼を遠くから眺める。
(あいつなら俺を使ってくれるかな)
七尺一寸の巨大な槍。殺し足りない、刺し足りないと声にならない声で叫ぶ槍は、ほとんど実戦で使われないまま、城の奥で眠っている。
……むりだろうな)
魂の霊体だけがそこに来ていた。晴朝率いる新郎の一行が、身体を透明に揺らめかせる御手杵の前を通る。その瞬間、鋭い眼光が、透けた身体をつらぬいた。
あ、」
目が合った。まだ若い少年の瞳だった。

彼が忍び込んできたのはその数日後の夜。
暗い部屋に一筋の月明かり。光を遮って影を作った人物に、御手杵は目をしばたたかせる。
「あんた、なんでここが分かったんだよ」
「お前がここに入っていくのが見えたからだ。お前は誰だ? 父上に訊いても何も言わぬ、わらうだけだ。悪霊ではないのだろうが、俺に災いをもたらすものなら神であろうと許さんぞ」
ぎらつかせた瞳で、現れた秀康が脇差の柄に手をかける。猛獣のようなやつだ。御手杵は笑いたくなる衝動を隠し、白魚のような手のひらを秀康に向けて「収めろよ」と通る声で言い放った。
「安心しろよ、悪いものじゃないから。それよりももっと良いもんだ」
見上げた豪胆の人間だ。人非ざると分かっている者に喧嘩を売るとは。自分を見ることができるのは今まで晴朝ひとりだけで、正直退屈だったのだ。御手杵はすこし心を弾ませながら背後の暗闇に歩を進める。『物』とは、元来ヒトに構ってほしい性分なのである。
御手杵の後ろから、「ほう」と深い溜息が漏れた。横たえられた大きな槍の、うつくしい正三角形の刃先、深く彫られた樋にぐっと息を飲む音が聞こえる。
「これは、これは何だ。父上はこれで戦うのかっ」
「御手杵の槍--晴朝や、みんなはそう呼んでる。実際それで戦ったことはないけど……良いもんだろ?」
そこで初めて秀康は、目の前の男が見上げるくらい大きな背丈をしていることに気が付いた。柔らかく微笑みながら見つめてくるまなざしはどこか人間離れした光をたたえている。すらりと伸びた長身は、今そこに横たえられている槍に成る程似ていた。
……まさか、お前が」
うへへ、と嬉しそうに槍は破顔した。



「でかくて重いからさぁ、あんまり使ってもらえないんだ」
秀康が大阪から来るときに持ってきたと云う酒に、御手杵が飲むふりだけして付き合った。霊体である自分は現世の物に触れることができない。風は程よく冷えていて、火照った身体に心地いい。酒を飲んで上機嫌になったのか、「付喪神」と会話しているということに浮かれているのか、秀康が饒舌に語る。
「俺もだ。足止めを任されるばかりで、一度も実戦で刀を振るったことがない」
「そっか。俺たちおんなじだなぁ」
「背中の守りを預けられているというのは分かっているつもりなんだ。だが、首級を挙げられないのでは、俺の力を示せない……
「あんた、天下人になりたいのか?」
秀康が盃を口に傾ける。顔が苦々しく歪んだ。言おうか、言うまいか、腹を決めかねている顔だった。
「言ってしまえよ。ここに居るのは、あんたとお飾りの槍だけだぜ」
はっ、と秀康が目を見開いて御手杵を見る。驚いた顔は年相応のあどけない幼子に見えた。
……父上に似ているな」
「晴朝か?」
「ああ。お前は晴朝様に似ている。声の柔らかさや、懐の広さ……俺は、誰に似ているだろう」
蚊の泣くようなか細い声。月が頼りなく庭を照らす。
……父上のことがずっと嫌いだった」
ぴん、と糸が張り詰めているような息苦しさ。同時に、酸素を求める魚のように、秀康が深く息を吸い、吐く。握った指先が白くなっている。
「でも、俺は、認めてもらいたい。……他でも無い、父上に」
秀康からこぼれたその『父上』が、晴朝ではないことに御手杵も正しく気が付いた。
このとき家宝とはいえ一介の槍である御手杵には知る由もなかったが、秀康には父が三人いる。実父徳川家康、養父羽柴秀吉、そして新たに父となった結城晴朝。徳川家康、羽柴秀吉と言えばただのモノである御手杵でも聞いたことのある名前だった。
そして彼は、正しい実父であるはずの徳川家康から、長く遠ざけられていたのだ。父の右腕となりたすけることを、秀康は許されなかった。身体ばかりが大人に負けることなく育って、その奥でひた隠しにした心は、灯りもない暗闇で迷った子どものように泣いている。
今まで誰にも見せてこなかったのだろう。いや、見せることをやめたのかもしれない。たとえ遠ざけられても、彼は、あの東の総大将の息子なのだから。
幼子の慟哭を抱きながら、気丈に立ち尽くす少年武将に、御手杵はどうしようもなく慈愛をかけてやりたくなった。
「俺が晴朝に似てるなら、俺と似てるあんたも晴朝に似てるよ」
少年武将がまたほうけた顔になる。その顔がまた子どものようだと思う。
誰かこの子を救ってくれ。
運命のいたずらなどさせないでくれ。
ここまで十分辛い思いをしてきたんだ。もう、解放されてもいいだろう。
「あんたの父は晴朝で、あんたが居る場所は三河でも、大阪でもない。ここだ。秀康、あんたの家は、ここだよ」
低く穏やかな声が、一言一句はっきりと秀康の鼓膜を揺らす。結城の槍がそう囁く。秀康は一時この人物がどんな存在なのか忘れていた。だが、またはっきり気付かされる。この温和な青年は、この地と家を見守る正真正銘の神なのだと。
カッと顔が熱くなった。きっと酒のせいだ。
……こんな酔狂な奴が、結城にいるとは知らなかったな」
「他にもたくさんいるさ、あんたの目に見えないだけで」
「そうか」
くすくすと御手杵が肩を揺らす。秀康もまた歯を見せて笑った。
「そうだ。俺がお前を振るえりゃ良い」
「ん?」
御手杵の白い頰を逞しい指がなぞる。
「二人で戦場に出よう、御手杵」
……良いなぁ、それ」
触れることのない指を受け入れながら、御手杵は深い息を吐く。無邪気な少年の笑顔に突き動かされて、無理ではないのかもしれない、と心が揺れた。渇望する少年は、いずれこの槍を振るえるようになるのかもしれない。そうなったらどれだけ満たされるだろう。二人で荒れた戦場に立つ、その輝かしい光景を夢想して、御手杵は眩しそうに目を細めた。

何故誰も彼を愛してやらなかったのだろう。仮にも末席に座する神はさらに天上の世界を憎む。彼を愛さない運命を憎み、刀を取らせない戦を憎んだ。自分の加護がある限り、二度と運命に阻まれたりなどさせまい。一端の付喪神にそんな力など無いことは知っていたけれども、そう願わずにはいられなかった。
ただひとりの、人間の幸福を槍は願った。



はっきりと思い出せるのはその夜の会話だけだ。一度燃え溶けた記憶の中で、他はほとんど抜け落ちてしまったらしい。
再び盃を唇につけて、ふと秀康の逞しい指を思い出した。あの手のひらに握られた未来はどこかにあったのだろうか。あの日以外思い出せないのは、結局振るわれることなく蔵に仕舞われ、殺し足りないと騒いだ心を満たせなかったからなのだろうか。それさえももう覚えていない。

それにしても、と日本号がにやりと笑う。
「随分とそいつに入れ込んでたんだな。少し妬けるぜ」
「まったく。羨ましいことだ」
……なんだよぉ」
槍が何に妬くって言うんだ。そう冗談めかすと、いやいや本当だってと日本号が呟く。
「我らのことはさっぱり忘れてたくせになァ」
「なぁあんた相当根に持ってるだろ……それにさっぱりじゃないってぇ」
隣の蜻蛉切が声を殺して笑う。
情の薄い御手杵にしては珍しいと二槍が言うのに、御手杵もぼんやりと頷いた。
……そうかもなぁ……。まあ、それほど、見ていたい人間だったんだ」
縁側で酒瓶を傾ける、月明かりの差す夜。あの日と同じ夜だ。無邪気な少年に揺らされて、槍が人の子の幸福を願った夜。

(ああだから、ずっと覚えてたのかな)

こうしてここに生きている今もなお、父に認められたいと漏らしたちいさな声を、唇を噛み締めていた苦い顔を思い出せば、何度でも慰めてやりたくなる。あの子は愛されるべきだったと叫びたくなる。そうせずにはいられないほど、秀康の幸せを願ってやまなかった。いくら大人びてようが、あいつはまだ子どもだったのだ。
苦くも甘やかな思いを酒と一緒に飲み下す。もし天国というものがあったなら、そこで秀康は安穏に暮らしているだろうか。心から焦がれた戦をする毎日を過ごしているかもしれない。そこに晴朝もいればいいなぁ、とかすみ始めた頭で考える。
俺もそっちに行くよ、いつか折れたら。
そう思いながらゆっくり目を閉じた。



……お、なんだ、手杵のやつ寝ちまったのか」
「仕方ない、あれほど酒を飲んでいたのだ。自分が運ぼう。…………む」
「なんだぁ、へにゃへにゃ笑いやがって。戦の夢でも見てんのかね」
「ふふ、違いないな」

大方、秀康公の夢でも見ているのだろう。








「盃」
(俺とあんたの思い出のこと)