朗らかな陽光が縁側に降り注いでいる。ここの主たる審神者は今本丸から出払っているので、今日は出陣も内番もない。ゆったりとした時の流れに絆されるままに、小夜はうとうとと瞳を閉じそうになる。
(……! だめだ、起きなきゃ……)
小夜は逞しい腕の中にすっぽりと収まって横になっていた。自らを抱きしめる体温と庭の穏やかな鳥の声に、まぶたがとろとろと力を失っていく。はっとして意識を取り戻すものの、また目の前が暗くなる。その繰り返しだった。
この後に何か仕事があるわけでもない。このまま昼寝をしてしまっても支障はない。
けれど小夜を抱き枕にして、自分はすやすやと夢の中にいるこの男に問題があるのだ。
「御手杵」
返事はない。小夜は微かなため息をついた。背に回された腕から抜け出すことは難しいだろう。自分の視線よりすこし上にある男の顔は、気持ちよさそうにすうすうと息をしていた。
とっとっとっ。
そこへ、誰かが床板をつま先で踏むようにして走ってくる音が聞こえた。小夜はぎょっとして身をすくませる。
兄さま達だったらどうしよう。怒られるのは間違いなく自分を抱き枕にしている御手杵のほうだ。短刀達でもまずい。見られたら話のネタにされるかもしれない。燭台切光忠や大太刀兄弟に見つかってこれから慈悲深い笑顔で見られるのも気恥ずかしい。
心臓がうるさく音を立てた。それを鎮めようと、小夜はできるだけ御手杵の腕の中で小さく背中を折り畳む。眠っている振りをしようとした。
「ん? 小夜と御手杵か?」
とっ。
床板を軋ませることなく、鳥が静かに降り立つ。小夜の視界を影が覆う。
「う、鶯丸……?」
肩を上下させた鶯丸が、不思議そうに小夜を見下ろしていた。
「愛染と厚の遊びに付き合っていたら歌仙に怒られてしまってな。逃げてきたんだ。なかなか楽しかった」
はっはっはと快活に笑う鶯丸は、大きく深呼吸をしながら2人の隣に腰を下ろした。愛染や厚のように歌仙に追いかけられたわけではあるまいに、全力で走ってきたのだろう、息が切れていた。一度そんな遊びをしてみたくて彼らの誘いに乗ったに違いない。鶯丸と云う、鳥のように自由気ままな男は、たまに予想もつかないことをしでかすことがある。
「小夜は御手杵と昼寝か?」
「……僕は捕まってるだけ」
「そうか。御手杵は随分気持ちよさそうだな」
「いつもこうだよ……。御手杵と昼寝をするとなかなか起きないから、僕も一緒に長く寝てしまうんだ」
小夜の青い髪に顎をうずめた御手杵は陽だまりに寝そべる猫のような顔をしている。
小夜が添い寝するのは初めてではない。昼寝をするとき、御手杵はいつもふらふらと小夜を探しにくるのだ。眠たげな目で小夜を見つければ即座に抱き上げ(宗三が見たら半狂乱になって「ちゃんと抱っこしてください!」と叫ぶだろう)、今のように暖かな縁側を探し回り、見つけるとそこで小夜を抱きしめ丸くなる。本当に猫のようだと思う。眠いのは夜に寝ないからだ、ちゃんと寝ろ、と諭したことはあったが、御手杵はへらへらと笑うだけでろくな返事をかえさなかった。
それを思い出して眉間に皺を寄せた時、鶯丸が思わず言葉を漏らしてしまった、と云う風に呟いた。
「まあ、御手杵が寝られているのなら良かった」
「……どういうこと?」
「蜻蛉切が言ってたのを訊いただけだが、毎晩悪い夢を見るそうだ。俺は夢なぞ見たことがないから、どんな夢を見るのかは分からないが」
鶯丸が寝息を立てる御手杵を見下ろす。片目が隠れて見えないからか、纏っている高尚な雰囲気からか、鶯丸には近寄りがたい印象がある。しかし、見下ろすその瞳は底抜けに穏やかで優しかった。春を連れてくるような、そんな眼差しだ。
思わず瞬きをする。
「……そうか。悪い、夢を」
「もしかすると、お前といるとその夢を見ないのかもしれないな」
「え」
そういえば御手杵は何も話さなかった。
夜に眠れない理由を。
昼間に時間がわずかでもあれば、自分を探してさまよう理由を。
首を伸ばして男の顔を覗き込む。安心しきった子どものように、あどけない寝顔を晒す青年に、自然と微笑みがこぼれた。
小夜にも悪い夢を見ていた記憶があった。今まで自分が殺してきた人々の恨みの声が頭の中にがんがん響く夢だ。足元の闇から無数の手が伸びてきて、小夜を絡め取ろうとする。耳を塞いでも、頭の中にどろどろとした不快な声が響いてくる。
どんなに逃げても、声からがらに叫んでも、自分が負った呪いがいつまでも追いかけてくる夢。
その夢を見なくなったのは、この場所で兄たちと出逢ってからだ。
「そっか……」
「寝るのが嫌なら共に茶でも飲むか?」
「ううん、良い。僕はしばらく御手杵に付き合うよ」
「……ああ、それが良いな。お前は働きすぎだ。おやすみ、小夜」
「あなたはサボりすぎだよ……おやすみ、鶯丸」
その体温にすっぽり収まって、小夜は目を閉じる。とくとくと心臓を揺らす彼の音が聞こえる。
(兄さまと一緒に眠ったときも、こんな音がした……)
人間(ひと)は、この刻む音に安らぎを得るのだと言う。
小夜はちいさな身体をよじらせて、彼のふわふわした枯茶色の頭をそっと抱きしめた。自分の手では抱えられない大きさだ。頭だけでも小夜とはこんなに違うのに、夢を見る彼は子どものように小夜にすがりつく。
無意識かもしれない。勘違いかもしれない。けれどこれで彼が安まるのなら。この音が彼に聞こえるように、小夜は微睡を捧げた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.