かずわや
2015-07-19 18:09:03
1667文字
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【元主と刀ワンライ】逝き先も共に

第6回お題:「ゆっくり、おやすみ」宗三と織田信長で書かせて頂きました。今度こそ主と一緒に死ねると思った宗三さん。<注意>薬研が本能寺の変で焼けた説を用いています。

逝き先も共に

常に誰かに恨まれていた貴方は、また誰かの英雄でもあったのだろう。弟でさえ千切るように殺した貴方であったけれども、自分の懐に入れた者には甘いと誰が言ったか。
僕は貴方が憎かった。けれども僕を我が物とした貴方は、確かに、惜しみない、物への情を僕に捧げたのだった。しかしそれについて僕は感謝などしていない。あのまま今川様と共に死んだほうが良かったと貴方に大切にされても尚思い続けている。……憎き貴方は、それにとっくに気がついていたのかもしれないが。

だからこうして、燃え盛る広間の一室で、僕を腰に寄せるんだ。

「のう、義元の。いるか」
「さっきから此処にずっといますよ」

突き放すような態度になるのは仕方ない。貴方の行う所作の全てが、僕の気に触るのだ。
「はっはっは。もう目が開けぬのでな」
「自業自得ですよ。あれだけ追い詰めちゃ、明智殿も可哀想で」
人の織り成すなまくらな物語に興味などない。僕たち刀はそれに巻き込まれ、存在を磨耗させてゆくだけなのだから。
ちっとも悲愴の色を込めていない僕の言い草に、白い着物を身に纏った信長殿がくつくつと嗤う。炎に囲まれているなんて夢にも思っていないような暢気さで、けれどもその額を伝う汗と熱風には気付いているはずで、だから此処には僕の他に薬研藤四郎もいるのだ。
「儂が死ぬのも自業自得か」
「随分潔いな、アンタらしくねぇ……。大将、これでいいのかよ」
これでいいのか、と言いながら、薬研はもうその気だった。自分の本体を恭しく信長の前に差し出し、眉を下げ、瞳を細く眇めている。諦めたような微笑みを浮かべて。
--ほら、僕らは存在を磨耗させてゆくだけだ。ここで僕らは全てを終える。共に冥土へゆくのだろう。憎々しく思い続けた信長と長き苦楽を共にした薬研。籠の鳥だった僕の刀生を終えるには、代わり映えのない顔揃いだ。馴れ親しんだ顔と死ねるならまあ悪くない。とろとろ甘いような考えを持ちながら、信長の背中にもたれかかってみる。
「これでいいもどうにも変わらんだろう。決断は早いほうがいい。はっ、どうした義元の。今更儂に甘えたくなったか」
……貴方が死んでくれるので、僕は幸せだと思いましてね」
「怨むなら最期まで怨めよ、義元の。共に地獄へ行った後もな」
「刀が地獄に行くんですかねえ」

熱い。

炎がちろちろと僕の足を舐めた。
襖が倒れ、屋根の梁がドォッと音を立てて燃え落ちる。信長がまたハッと笑った。そしてついに薬研藤四郎を手にとって、自分の腹を撫でさすり、そこに切っ先の狙いをかちりと固めた。今まで微笑みを保っていた薬研が、とうとう泣き出しそうな顔になる。
「大将--ッ」
薬研にとって彼は英雄そのものだったかもしれない。
僕にとっては、どうだっただろう。背中に伝わる重圧を感じながらそう思った。

ずる、ずると大きな身体が崩れていく。燃える畳に転がって、あっという間に彼の肢体が燃え盛る炎に包まれた。ぐあっ、と薬研が喉を掴んで背中を丸める。僕の身体も燃えている。まるで他人事のようだった。
「宗三……ッ、アンタは逃げねえのか……
「魔王も仰いましたが、どうにもならないでしょう」
「だけど……っ」
「良いんです。僕はもう無駄に生を消費したくない。飾られるだけの毎日は真っ平御免です。死ぬならいま、見知った顔を肴に死にたい」
そう言うと、薬研は苦しげに笑んで、「全く強いな」と零した。

ひれ伏す魔王の肩を抱き、小柄な薬研を腕の中に抱き寄せて、僕はぼんやりと屋根の梁を見つめる。崩れてゆく本能寺。僕の存在も同じようにすこしずつ消えてなくなっていく。
信長の最期は背中で看取った。遺言など無かった。死にまでつき従うふた振りに、感謝の言葉すら無いなんて。
僕にとって貴方は非道い男だ。貴方の言うことなど守る気もないから、最期まで怨む気もない。僕の物語は貴方の死を以てこれでおしまい。
黒焦げになった彼の頭を撫で、餞を贈る。


ゆっくり、おやすみ。
(まあ悪くない刀生でした)