かずわや
2015-07-12 00:53:28
2063文字
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【元主と刀ワンライ】手を繋いでゆきましょう

細川幽斎と小夜左文字。小夜ちゃんがいつ細川家に来たのか判明しなかったので、勝手に本能寺の変後にしました。史実と違いましたら申し訳ありません!

ワンライ 触れたい
小夜と細川幽斎

明智光秀が織田信長を討った。その報せが届いたとき、僕の主は膝をついて顔を覆い、悲しみの限りを尽くして嘆き苦しんだ。
「光秀、お前は、なんということを」
明智光秀は彼の親友だったのだ。武功を競い、歌を競い(明智光秀はいつまでも歌では僕の主には勝てなかったようだけれど)、共に織田に仕えていた身であったのに。
僕には知る由もない。僕は刀だ。主の、細川幽斎の痛みなど慮ってやれるはずもない。
だから僕は、背中を丸めて泣く老いた姿を、部屋の暗がりからずっと見ていた。これからの親友の行く末を、親友の娘を娶っていた息子の行く末を、そしてこの家の行く末を憂う彼をじっと見ていた。
この家はどうなるのだろう。僕はまたどこかへ貰われてゆくのかな。なにも悲しむことはない、それが刀の在り方だ。僕は嘆きに暮れる主を見ながら、僕を好きなように使っていいよ、と心内で呟いた。

「小夜、いるのかい」
「なに、幽斎さま」

ふと名前を呼ばれて居住まいを正す。いつのまにか主はしゃんと背を伸ばして、深く刻まれた皺に笑みを浮かべて僕を見ていた。その目にさっきの悲嘆はどこにもない。ただ、その体から何かが抜けているような気がした。
「出かけようか。いい天気だ」
「危ないのではないの。忠興さまの奥様は明智光秀の娘、今も明智光秀を討たんとしてまず奥様を狙いに来る武者が細川を囲んでいるかもしれないよ。復讐なら……手伝うけれど」
「細川は織田の家臣だ。謀反は許さない」
有無を言わせぬ物言いに僕は反論しなかった。貴方が苦渋の末にそれを選ぶのならば、刀の一振りである僕になにが言えようか。


確かに、外は何が起こったのか全く知らないふりをしているのだと思うほど、真っ青に恨めしく晴れていた。幽斎さまのすこし後ろに付き従って、田んぼに囲まれた村のあぜ道を歩く。村は静かだ、既に謀反の報せを聞いて怯えているのかもしれない。見上げた幽斎さまの表情は全く和らいでいない。いつもならうるさいくらいに話しかけてくるのに、押し黙りどこに向かうか見当もつかないまま歩いて行くから、僕も話しかけることができなかった。

幽斎さまは僕をいたく可愛がってくださった。息子の忠興さまがいつも反発していたから、息子に構えなかったその分を僕に注いでいるのかもしれない。そう思うほどの寵愛で、僕には非常に身に余る。正直呆れていた。
「小夜、小夜」と嬉しそうに笑みながら、僕の頬を突こうとするさまはまるで孫と遊びたがる爺のようで。実体の無い僕に触れられるはずも無いのに、幽斎さまはしきりに僕のちいさな輪郭をなぞりたがったのだった。
「子は愛おしいものだよ」
いつか、幽斎さまが僕を膝に乗せようとして失敗した時に呟かれた言葉を思い出す。
「触れられなくても?」
「我が心を癒してくれる。それだけで愛おしい。小夜も、……忠興も」
そしてすこし寂しそうな顔をして、僕の頭を撫でるそぶりをする。
「触れられたなら、どれだけ私がおまえたちを想っているか、より伝わるのだろうね」

僕は首をかしげた。


あぜ道を歩く僕の目の前で、幽斎さまの手が揺れている。その枯れ枝のような老いた手に、僕は手のひらを重ねようとした。
途端、幻のようにすり抜ける。
「小夜?」
「ううん、なんでもない」
恐らくこの手を握って共に歩ければ、彼が今抱えている親友への思いと、細川を守る責任を、軽くできるやもと思ったのだ。祖父にじゃれつく孫のように、偽りであれどもそんな「家族」を演じられたら。
中途半端にあげた腕は支えを見失って宙ぶらりんになる。
いくら僕が願おうとも主に触れることはできない。慰めることなどできない。ただの刀の一振りであるからか。名をつけられ、子のように愛されて、一緒に暮らしてきたのに、僕は人間ではないから、主になんの想いも返すことができないのか。
なにかすっぱいものが鼻の奥に引っかかってつんとした。やけに目が痛くなって必死にこすると、ぎょっとした幽斎さまに「こら」とたしなめられた。
「こら、小夜、目をこするな。どうした、目に何か入ったか? よく見せ……
ほろりと僕の目から溢れたものに幽斎さまが目を丸くする。それからゆっくりと微笑んで、言った。
「泣いてくれるのか、小夜」
「幽斎さま、僕は貴方に触れられないことを、これほど惜しいと思ったことはないよ」
「そうか、そうか……。泣いてくれるのだな、小夜……
幽斎さまは「涙」を棄ててしまわれたのだ、と僕は思った。
何もかも押し隠した笑みを浮かべて屈み、僕を抱きしめようとする。その腕は虚しいほどにするりと体を通り抜ける。顔を覆うとしゃくりあげる声が出た。触れられなくても愛おしいと彼はああ言ったけれども。この涙の熱さを、体の震えを彼に伝えられたら、どれだけ慰められたことだろう。
僕がどれだけ貴方を想っているのか、より伝えられたに違いないのに。
幽斎さま。


『触れたい』
(そうじゃないと伝わらない)