かずわや
2015-07-05 00:17:17
1827文字
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【元主と刀ワンライ】俺の大事な、

再び遅刻しましたすみません。第4回「泣かないで」より、結城秀康と御手杵で書かせていただきました。焼失前ぎね、二人の関係性について大きく捏造。梅毒については調べましたが、間違っているところがあるかもしれません。目をつむっていただけると嬉しいです。

床に伏せるかつての偉丈夫は病んだ顔をしていて、血の気がなく、全く元気を無くして横たわっていた。病により鼻が欠け、それを恥じた彼は父--実父の徳川家康--に会うことも辞してしまった。
いま、布団に横たわる彼のそばにいるのは彼の養父ではない。腰まである長い枯茶色の髪を赤い紐留めでうつくしく括り、若草色の柔らかい上質な着物を召した、年若く麗らかな男性である。優しい色を灯した垂れがちの瞳を悲壮に染めて、御手杵はゼエゼエと苦しそうに息を吐く我が主に切羽詰まった声をかけた。
「しっかりしろ、秀康。見ろ、顔がざくろみてえに赤く膨らんじまってよ。あんたの男前が台無しだ」
白く長い指の手のひらが、腫瘍ができた顔を撫でようとする。しかし、その指はスルリと彼の頬をすり抜けた。その瞬間、御手杵は自分の身が貫かれたような痛みに耐える顔をした。
「ひ、ひでやす」
迷った子どもめいた声で主を呼ぶ。秀康は口元に笑みを浮かべると、触れられない迷子に病で膨れた手をそっとのばした。
「なくな、ああ、泣くな。りっぱなやりが」
「秀康っ、ひでやすっ」
「おまえはいつも、俺をガキ扱いした、なあ。そんなおまえが、親をさがすような、こえで、俺をよぶんじゃない」
息も切れ切れで、いまにも枯れて消えてしまいそうな声だった。のばした手は御手杵に当たることなく、涙の筋が後を引く頬をすり抜ける。
御手杵はいつも澄ました顔をして養父結城晴朝のそばにいた。秀康が家督を譲られ、その本体の槍を受け継いだときも、御手杵は大概晴朝の隣にいて、秀康が近くに寄ると父と共に「おう」と偉そうに目を細めるのだった。この槍は、いち武将である秀康を、生意気な「我が子」と思っているきらいがあった。人に振るわれる武器の分際で、と苛々したこともあったが、やはりその本体の槍はうつくしかったし、風に髪をなびかせながら遠くを見やるその姿は、末端の付喪神と言えども恐ろしく神々しかった。
憧れだったのだ。
実父から疎まれ、盥回しにされた苦い過去を持つ自分にとって、求められて生み出され、この家に大事にされた、手杵の槍は。
憧れで、愛した。唯一敬愛する養父と並ぶほどに。そんな宝槍からまた家族のように愛されて、嬉しくないわけがなかったのだ。

さわれないと知りながら、秀康の手は何度も御手杵の白い頬を撫でる。輪郭をなぞり、指でまぶたを細く撫で、髪を掻き回す素振りをした。
「泣くな、おれのやり、俺のだいじな、」
雫がぽたぽたと布団に落ちる。それは染みになることもなく、透明になって淡く消えた。御手杵が顔を上げて秀康を見る。いつもの澄ましたうつくしい顔が崩れ、嗚咽を漏らしながら布団に乗りあげようとするその姿は、本当に幼子のようだった。
「秀康、逝くな、あんたまだ俺を存分に振るってないだろ」
「おてぎね、」
「逝くな、晴朝が泣いてしまうから。あんたが死んだら、晴朝が」
「俺のだいじな御手杵」

父上のではない。これは大事な俺の槍。大事な家族。俺の、もうひとりの父上。

おてぎね、と夢見るように呟く秀康の、枯れた腕が重い音を立てて布団に落ちる。支えることも、引き寄せて抱きしめることも叶わない。宙を掻くように御手杵の手は秀康の身体を通り抜けて、そのたびに御手杵はびいどろのような涙をぼろぼろぼろぼろと零した。
その涙の熱さも、濡れた重みも、秀康が感じることはない。

「秀康、ひでやすっ、ひでっ……

事切れた音がした。
はっと大きく目を見開き、御手杵は目も当てられない状態に成り果てた秀康を見る。生気は既に失われ、眠るように目を閉じていた。顔も体もどこも赤い腫瘍でいっぱいで、内臓すら病に冒され、きっと呼吸さえ苦しかっただろうに。
さわれない代わりにせめて寄り添う。これが別の人間だったならば、死んだ瞬間御手杵は部屋を出ていただろう。自分を振るえない者には興味などない。それは槍として正しい判断だ。
しかし今は離れがたくそばにいる。もう頬を撫でることも髪を掻き回すこともない枯れ落ちた手に、道標を求める手のひらを重ねて。
我が戦友は養子を本当の子のように愛した。自分はそれの真似をしたにすぎない。けれども今はこんなにも切ない。子を失うとはきっとこういうことなのだ、と御手杵は思った。

晴朝ではない。これは大事な俺の主。大事な家族。俺の、ただひとりの愛息子。


『泣かないで』
あなたの子どもで在れて幸せだった。