かずわや
2015-06-05 00:43:09
3150文字
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【御手杵と小夜】此処が僕の居場所

NOT腐向け。幸せだと思うと泣いてしまう小夜ちゃんと、小夜ちゃんが大事な御手杵くんの昼寝の話。

「御手杵、起きて御手杵」
揺する声に重いまぶたを開ければ、目の前に真っ青な空があった。否、それは小夜左文字というちいさな子どもの瞳だ。淀みを抱えているとはつゆほどにも思えないその晴れやかな瞳は御手杵のお気に入りで、視界に真っ先に飛び込んできたものだから思わず笑顔になってしまう。
「なんだ? 俺、今日は非番だよな?」
当番もなければ出陣もない、本当に暇な日だった。なので御手杵は、庭にある池のほとりに生えている大木に背中を預けて、何をすることもなく転寝をしていた。大きく広がった枝と葉がちょうどいい木陰を作っているし、よく風が通るので過ごしやすい。たまに遊び疲れた短刀たちや、当番に疲れた者たちがもたれかかって昼寝をしているのをよく見かけるスポットだった。
「そこに長くいたら風邪を引くよ。布団を敷くから上がって」
「んー、いーよ」
まだ頭が働いていない調子で答える。小夜は俺に過保護だなあ。こんなところで風邪を引くような柔な身体はしていないのだが、折角小夜が優しさを見せてくれているのだからそれにたっぷり甘えよう、と御手杵はふにゃりと笑った。
「掛け布団ならここにいるしさあ。一緒に寝ようぜ、小夜。あんたも疲れてるんだろ?」
枯れ枝のように細い腕をくんっと引っ張れば、小夜はすぐにバランスを崩して御手杵の臙脂色のTシャツに飛び込んだ。高く結われた青い髪に顔をうずめ、その感触と甘酸っぱいような香りを楽しむ。きっと宗三が焚いた香が移ったのだろう。自分に香の知識はないがなかなか良い香りで眠気を誘う。両腕の中に小夜がいることにも満足感が増して、御手杵は大きなあくびをひとつした。
「ちょっと御手杵……
「いーだろ、もう少し付き合えって。な、ここで寝ると気持ち良いからさ。ああ、あんたあったかいなあ」
言葉はふわふわとして掴み所がない。もうすぐ御手杵の意識もふわりと浮いてここから飛んでいってしまうだろう。寝そべる自分の隣に小夜を転がし、まるい頭を大きな手のひらで包むように撫でつけながら、御手杵は再び深い睡りの世界に沈んでいった。
いくら揺すっても叩いても起きる気配が無い。狸寝入りでもして小夜が諦めるのを待っているのかもしれない。小夜は長いため息をつき、ついに折れて御手杵の間抜けな寝顔を見つめることにした。

風が吹き、頭上の葉がさらさらとそよいで木漏れ日が揺れる。寝転んだ草原はふわふわとしていて、ひよこの産毛のようだった。暑くも寒くもないちょうどいい天気。身体に回された御手杵の腕はあたたかくて、それもちょうどよかった。
(御手杵は僕を掛け布団だと言ったけど、僕はちゃんと掛け布団になれているかな)
心配になって、身じろぎしてもっと御手杵に寄り添う。そうすると御手杵も自分を抱き寄せるようで、彼の臙脂色に顔をうずめる形になった。

あたたかい。
ふた振りの兄に頭を撫でられ、あの大きな袈裟で包まれた日を思い出す。
目を閉じてもっと深淵にゆけば、女の白い手が優しく自分の刀身を撫でて、姿が見えないはずの自分に向かって子どもが笑いかけてくれた日々を思い出す。それは小夜にとって大事な、あたたかい、勿忘草だった。
貧しかったが、優しかった。
この家のためならなんでもしようと思った。座敷童ではないから幸せを必ず呼び込めるものではなかったが、男と女と子どもが慎ましくも幸せに暮らせるように努めようと思っていた。
たかが刀の憑喪神だったけれど。

たかが刀の憑喪神だったから、自分は何もできずにあんな事件が起こったのだ。女は山賊に殺され、優しい指が自分から離れ、子どもはどこかへ消えてしまった。
自分が実体を得た「人間」だったならば、あの方が殺されることもなかったのに。あの子が酷い復讐に身を焦がすこともなかったのに。あの日からあの子と自分の「幸せ」は失われて、黒くどろりとした粘着質なものに永遠に囚われる日々が始まったのだ。

けれども今はどうだろう。
……あたたかい)
うつらうつらとする頭には、あの日が帰ってきたような幻想が見えた。大人になったあの子と御手杵が重なって、まるで幸せな生活を営んでいるような気さえした。
あの恐ろしい事件は起こらないまま、自分は名もなき左の一振りのまま、貧しい家で男と、女と、子どもと共に暮らしているような。

(これが、『幸せ』か)

知らないうちに目尻からぽろりとこぼれだすものがある。それはなかなか止まらなくて、小夜は嗚咽を漏らしながら止まらない涙を流し続けた。
これはあの子が望んだ幸せか。いや、自分が望んだものかもしれない。はたまた、自分があの子に与えられたはずの幸せだったかもしれない。
思い出せば辛くて、なのに幸せなのが嬉しくて、小夜は引き締まった筋肉のある御手杵の胸に縋り付いた。
「うっ、ふぐっ……
「んぁ? どうした、小夜……どうしたっ!? どこか痛いのか!?」
「ううん……っ」
起き上がった御手杵が慌てて小夜の背中をさする。肩を震わせ、ちいさな両手で顔を覆う幼い子どもの泣き姿は、どうしてこうも心をえぐるのだろう。小夜が苦しそうなことは人の心に疎い御手杵でも分かった。いつも大人びた表情を見せるけれど、小夜は年相応の姿と精神を得た「子ども」なのだ。
ぼろぼろと堰を切ったように流れるそれを、御手杵の節くれだった大きな指先がすくってゆく。
ああ。僕を握ったあの子の手も、こんなふうに節くれだっていた。御手杵の手を受け入れながら、小夜は過去を思い返す。

「小夜、大丈夫か? 腹が痛いのか?」
「ううん、大丈夫……。昔を思い出しただけ」
御手杵が眉を下げる。小夜の、呪われた生き方を刻み付けた過去は、本丸中の誰もが知っていることだった。
「でも本当に大丈夫……。僕、今が『幸せ』だってことが、わかったよ」
「幸せ?」
「こうすることが僕の本当にしたかったことだったんだ。僕が、僕の持ち主だった男の子に、してあげたいこと、だった」
のどかな昼下がり、柔らかな木漏れ日が降る木の下で、大事な人と抱き合って眠ること。
ただそれだけのことが、本当に泣けるくらい幸せなのだと気付いたのだ。
目を細めて呟く、小夜の細い体を力一杯抱きしめる。痛いよ、と呻く声も無視をして、ぎゅうぎゅうと御手杵は小夜を抱きしめ続けた。
「なぁ、いいよ。俺を代わりにしても」
耳元で囁かれる声はどこか悲しそうで、精一杯小夜に言い聞かせようとする響きがあった。
「あんたの抱えてる闇がどれほどなのか俺は分からないけど、小夜が幸せだって思うなら、協力してやりたい」
「御手杵は御手杵でいいんだよ」
「俺が寂しい」
絞るように出された声に、小夜は苦笑する。どこにもいかないよ、と囁いて、御手杵の広い背中をさすった。まだ彼は寝ぼけているに違いない。
小夜も夢の中にいるようだった。御手杵は御手杵のままでいいと言った矢先に、逞しい体をあの子に重ねている自分に笑ってしまう。けれどほんのすこしだけ、今はこのまま。彼の優しい導きに甘えたい、と思った。
触れ合う場所から伝わる体温が、とろとろと小夜の中で溶けていく。黒くどろりとしたものに混ざって、濾過して透明なものに変わっていく。刻まれた呪いは永遠に消えない。けれども、軽くすることはできるのだ。
御手杵の逞しい腕に包まれて、小夜はちいさく微笑む。そして、今だけは、「小夜左文字」ではなくただの「左の一振り」の顔になる。

「此処で、また幸せに暮らしたい。みんなと一緒に」
「小夜が言うならなんでもできるさ。……はは、あんたは幸せだと泣くんだな」

涙の跡が残る頬をなぞり、御手杵がからからと笑う。小夜もつられるようにしてまた泣いた。