かずわや
2015-05-04 01:11:59
1190文字
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蜻蛉杵*甘くしてしまいたい


「今夜は朧月ですな、御手杵殿」
「んぁ?」

障子を細く開けたその先の空に目を細め、蜻蛉切が言う。見れば確かに、霞んだ光をゆらゆらと放つ月がぽっかり浮かんでいた。
はあ、綺麗だな。
寂しいくらい無感動な声がおちる。
御手杵には情趣を理解する心という物がない。歌仙兼定が聞けば怒りそうなものだが、いかんせん雅というものを御手杵は解さないのだ。朧月夜だと言われても御手杵にとっては「ふーん、そっか」で終わってしまうから、そういうことは得意そうな蜻蛉切にとって御手杵の反応はつまらないものであっただろう。
しかし、蜻蛉切は御手杵の顔を眺めてにこにことしている。つまらないなんて全く思っていなさそうな顔だった。

「春は良いものですな。何もかもが柔らかい。気持ちまで穏やかにさせる気が致します」
「おいおい、戦の時にそんなこと思ってないだろうな?」
「まさか。戦の時はまっすぐ敵のことを」
ふんわり笑んだままの夕陽色の目が、御手杵を見据える。

……それから、御手杵殿のことだけを」
「っ!?」

あまりにも平然と突拍子もないことを言う。思わず噴き出して汚れてしまった口元を拭いて、御手杵は「あのなぁ」と咎めるように蜻蛉切を見た。当の本人は御手杵の反応に気を良くしたのか、満足そうに一層笑みを深くした。

「いくさの時の貴方は何よりも美しい。見ていて飽きませぬ」
「見てんのかよ……。 全く、あんたって奴は心臓に悪いな」
「さようですか。御手杵殿の心臓を射止められるのは自分だけと言うのなら、なかなか喜ばしいものですな」
「っだからぁ! そーいう意味で言ったんじゃねえ! あのさぁ、そんな、い、意識させるようなこと、言うなよ

最後に小さく「ばか、」と呟いた御手杵に、蜻蛉切はにっこり笑ったままどこかの血管が破裂したような目眩がした。
白い肌にほんのりと差した紅は全く目に毒だ。別に朧月の良さを彼に知ってもらおうとも、二人で風情良く月を見ようとも思っていなかった。ただ自分の呼びかけに彼が答えてくれるのが嬉しくて、話を作る口実に月を出しただけだったのだ。
2人でゆったり話ができればそれでいいと思っていたのに。からかえば、彼はすぐにその気になる。
--その気にさせたのは誰だったか。
自分が笑いながら自分を咎めるのを、さあ知らんな、とこちらもまた笑い飛ばした。
頬を染めた愛しい人を厚い胸板に抱き寄せる。急に顔が近くに寄って、御手杵は酷く動揺しながら手足を動かすが、図体の大きい蜻蛉切に捕まっては逃げられないとすぐに分かるだろう。

「御手杵殿、」
「ちょっ、蜻蛉切、まさかここで」
「御手杵殿
「こら手を入れるなって!」
「無体をお許しください」
「ひえーっ!」

2人が転げあって帯を引っ張り合うのを、口実にされた朧月がゆったり見下ろしている。しかし全く、優しい夜だ。