かずわや
2014-03-07 20:25:15
2302文字
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「地球最後の告白を」


「ツッキー、あのさ
赤い夕日の色に染まった教室で、山口は言いにくそうに口をもごもごとさせている。
「なに」
そう急かすと、意を決したように僕を見据えて--そして柔らかく微笑んで、「なんでもない」と言った。
「帰ろう、ツッキー」
その言葉の先を僕が聞くことはなかった。


神様がもうすぐ消えそうだったらしい。
だから七十億あまりいる人間の内の一人に、自分の不老不死の命を譲ろうと思ったそうだ。

うわ、なんで僕なの。マジで?ありえない。「大人になりたくない」とかは確かに言ったけれど、だけどそれだけで選ぶもんじゃないでしょう、命の譲渡なんて!しかもなんで不老不死なのに消えるんだよ。意味わからない。何が神様だ、こんな贈り物なんて全然欲しくなかった!
そう僕が叫んでも、この声はもう誰にも届かない。

そういう紆余曲折があって、僕は不老不死となったわけだけど。
僕が永遠の命を授かってから二日後、大規模な天災が世界中を襲った。竜巻、地震、津波が立て続けに起こり、世界のシステムは全てストップ。人間は緩やかに絶滅の奈落へと落ちて行った。
神様が消えてしまったから、地球のバランスが崩れてしまったのかもしれない。呆然とする僕の周りで、次々と人が枯れてゆく。
その悲劇に襲われたのは、僕の幼馴染も違わない。

日向も、影山も、みんな死んじゃったんだってさ……

僕の腕のなかで山口は言う。すっかり痩せこけて、元気にボールを追いかけていたあの頃は見る影も無い。
「ツッキーは、本当に死なないんだね
「ほんと、残念なくらいに、僕だけが大丈夫みたいだ」
……よかった」
「は?」
僕を見上げて山口はうっすら笑った。指一本動かせないほど弱ってしまったのに、自分の身が危ないのに、僕のことを山口は案じている。
それが痛くて、苦しくて、やるせなかった。
不老不死になったって、誰も救えやしないのだ。前任の神が遺していったのは酷いものばかりだ。僕に絶望をくれたつもりか、ふざけんな。

「ふざけんなよクソッ!」
「つっき……
僕に寄り添うように、精一杯の力で山口が身じろぎをする。僕の胸に額をくっつけて山口は静かに目を閉じた。
そして僕を見て、悪戯っ子のように笑ったのだった。

「ツッキーが生きててくれて、俺、嬉しいよ……。今まで本当にありがとね。俺が死んでも、できればいっしょに、いてくれると、うれしいなぁ

ぽと。
山口の頬に落ちた雫は、やがて巨大な雨となって。僕の肩を、背中を、心を、冷たくなったその体を、めちゃくちゃに濡らした。
「やま、」
声にならない。みんな死んでしまったんだ。
この腕のなかで、山口は。

「うそだろ」

死んでしまったんだ。

「うそだ」

死んでしまったんだよ。


雨は七日七晩止まなかった。
まるでノアの箱舟みたいだ。僕には乗り込む船も救える動植物も人間もいないけど。

世界が朽ちていくのを、僕は山口を抱きしめながらただぼんやりと眺めていた。朝がきて、夜になって、人の叫び声や誰かの泣き声が全て聞こえなくなって、
山口のからだが灰になって、
静寂が訪れてようやく、この荒廃した世界には僕一人しか生きていないんだと気づいた。

僕の憧れの人も、僕に散々世話を焼いてくれた先輩達も、何かにつけてからかってきた他校の人達も、もういない。




世界が崩壊してから数年は経ったけど、太陽は変わらず公転している。明かりがなくなったから本当の星空も見れた。だけどそんなものは僕にとって無価値に等しい。ひとりぼっちになった僕に生きる意味なんてあるのか。

山口がいたら、そんなことはなかったのに。

崩れかけた烏野高校一年四組の教室で、僕は自分の机に座って、そんなことばかり考えていた。
うるさくて卑しくて迷惑で、でも嫌いじゃなかった数々の思い出が蘇る。うるさい同輩、先輩、世話焼きな他校の人たち、兄の黒い背中に憧れた。幼い僕の思い出を収束させた場所。その中にはいつも山口がいた。
数年間ここで、僕は自分の思い出に心を馳せていた。過去ばかりに楽しさを置き去りにしてきてしまったから。僕の生きる場所は過去にしかない。
今の僕は、死んでいるのも同然だ。

「ああ

夕日が崩れた教室を赤く染めていく。
『ツッキー!』
お前の声が耳にこびりついて離れないよ。
『ツッキー、あのさ
朧げな記憶の中、今みたいに赤い夕焼けの教室で、山口が真っ赤になりながら僕を見ている。
それを思い出した時、僕は唐突に気がついた。
紅潮した頬は、多分、夕日のせいだけじゃなかったんだ。

「はは……っ」

今なら分かる。お前が言わなかった言葉の先を。
死ぬ間際まで山口は僕にそれを明かそうとはせずに。僕の負担にならないよう、最期まで山口は僕の友達として振舞っていたのだ。
それを望んでたわけじゃなかったんでしょ。
お前はここで僕に言いたかったんでしょ。
僕が今更気づいた、焼けるような泣きたいような切ないような、この気持ちを。
臆病だったお前の代わりに言ってあげる。

「僕もお前が好きだったよ」

この教室に、あの机に、僕の思い出を彩った彼に、花束のように言葉を捧げる。きっと山口みたいに灰になっただろう。
割れた校舎の隙間から、涙がぽとぽとおちていった。


こんな世界で、僕は今でも縋るように山口を思い出している。今でも思い出せば嗚咽を漏らすけれど、それだけは灰にしないように。それだけは僕の鮮やかな思い出として残すために。

「さよなら」

世界でいちばん大好きだった。