Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
夜之 夢
2024-06-15 23:38:02
11219文字
Public
gnsn
Clear cache
つまりはそういう事。
ふんわりしたヌヴィリオ。公爵の「キッチンが爆発する」はシニカルジョークと解釈&主張している話です。
全部捏造。
※「『キッチンが爆発』は公爵のシニカルジョーク」という話を、タカクラさん(@itukibosi)さんと話していた時に聞かせてもらったネタを、本人の許可を得て使用させていただいています。
きっかけ自体は些細な事だ。
久しぶりにフォンテーヌに寄った旅人とパイモンは、折角だからとメロピデ要塞にも挨拶に行った。ここしばらくフォンテーヌを離れ他国で過ごしていたので、久しぶりにフォンテーヌにやって来た事の連絡と、これからまた数日はフォンテーヌにいるから何か用があれば声をかけてほしい、と伝えるためだった。
だが旅人がフォンテーヌに入国した時刻は遅く、22時を過ぎた頃。こんな時間にリオセスリを訪ねるのも非常識かと考えたが、要塞内には旅人用の部屋がまだ残されており、こんな時間でも受け入れてもらえるベッドと言えば、それしか思いつかなかった。
そんなわけで旅人達は要塞を訪れ、恐る恐る管理者の執務室をノックしたのだ。
案の定と言うべきか、リオセスリはまだ眠っておらず、扉は開かれ入室は許可された。旅人はすぐさま非常識な時間の訪問を謝罪したが、寝ていなかったというリオセスリは特に気分を害した様子もなく「部屋なら好きに使うといい」と許可をくれた。
――
と、ここまでは良かった。
話がおかしくなり始めたのはそれからだ。
「あぁ、ベッドは確保できたけど、オイラもう腹ぺこで気絶しちゃいそうだぞ」
パイモンが自らのお腹を押さえながらフラフラと揺れてそう言い、その言葉にリオセスリがわずかに顔を上げたのだ。
「何だ、もしかして夕食はまだなのか?」
「そうなんだぞ
……
色々あって
……
日中はずっと冒険者協会からの依頼。それからすぐにフォンテーヌに向かって出発したから
……
」
そういえばそうだった、と旅人はこの時にやっと自分の空腹を思い出した。パイモンの言った通り今日一日は慌ただしく、食事と言えば、昼にモラミートにかぶりついたのが最後である。
「忘れてた
……
」
「旅人ぉ〜
……
」
今の今まで忘れていたというのに、思い出してしまうとひどい空腹だった。
パイモンは道中で夕暮れの実やバブルオレンジを齧っていたはずだが、あれが無ければ本当に飢えていたかもしれない。今すぐにでも何か食べさせてやりたかったが、ここメロピデ要塞の中で火を起こすことは許されておらず、唯一食事が出来る場所である特別許可食堂も、この時間ではもう閉まっている。それを思い出し、旅人は眉を下げてパイモンに告げた。
「で、でも
……
この時間はさすがに特別許可食堂も閉まってるだろうから
……
。ごめん、明日の朝までバブルオレンジで我慢できない?」
「そ、そんなぁ
……
」
そんな会話をしたその時だった。公爵の執務机の方から、パサリと書類を置く音、それから椅子を押して人が立ち上がる音がしたのだ。振り返れば、そこには椅子から立ち上がったリオセスリがいる。
「そういえば、俺も夕食を忘れてたな
……
。残念ながら、あんたが言った通りこの時間では特別許可食堂は閉まってる。だがだからこそ丁度いい。要塞の管理者の良いところは、要塞内であれば好きな時間に設備を自由に使える点だ。大したものは出せないが、俺で良ければ何か作ろう」
「えっ! 本当か!?」
目を輝かせたのはパイモンで、旅人はこの時どちらかというと驚きの感情が強かった。
本当にいいの、と目を見開くと、リオセスリはちらと時計を見やって薄く笑った。
「あんたらが『この時間にこんな物を食べるなんて』と罪悪感に囚われなければな」
一体何が出されることやら、とは思ったものの、空腹には勝てなかった。この際たとえ大盛りのフライドポテトが出されても喜んで食べる、と覚悟を決めて、旅人は頷いた。
その反応を見たリオセスリはまた少し笑い「ついて来い」と言って歩き出したので、旅人たちはそれに続いた。
そうしてリオセスリは執務室を出て、真っ直ぐに特別許可食堂
――
今は閉まっている
――
に向かい、そしてその周辺で見張りをしていた看守へと、こう告げたのだ。
「すぐここから離れろ。今からキッチンが爆発する」と。
他に聞き間違えようのない、ハッキリした言葉だった。
――
というわけで、まず最初にぎょっとしたのが、食堂のすぐ傍にいた看守2人だ。両者とも飛び退くようにして食堂から離れ、リオセスリに何事かと聞こうとした。だが「一体何が、」「何か犯行予告が?」と声をあげた2人を無視し、リオセスリは『今から爆発する』と言い渡したキッチンの出入り口の鍵を解錠しようとしているではないか。当然、看守2人はますます慌てた。おそらくは「キッチンに仕掛けられた爆発物を、公爵様がお一人で処理しようとしている」とでも思ったのだろう。「応援を!」と声をあげた。
だがリオセスリはといえばそれを意に介さない様子で、特別許可食堂のキッチンのドアを開けて中に入るや否や、後ろ手でそのドアを閉めた。
……
数秒を置いてその扉が再び開いた
――
かと思えば、中から彼のジャケットだけが放り出され、投げられたジャケットがちょうど一番近いテーブルの椅子の上に乱雑に載ったところで、更にその上に、両手分の解かれたバンテージ、グローブが投げて置かれたのち、再び扉は閉め切られた。
バタン!というその強い音に、近くにいた看守がびくりと肩を跳ねさせる。
「こ、公爵様!?」
「そう騒がないでくれ。他の奴らが起きちまう」
やっとリオセスリが返した言葉といえば、それだけだ。
旅人とパイモンが「さっきのあれは公爵なりの冗談だと思う」と説明する間もなく、看守はますます慌てた。
そこへ巡回をしていた看守がちょうど1人通りかかり、慌てていた看守のうち1人がそれに向かって声をあげたのだ。
「おい、キッチンが爆発するそうなんだ、公爵様が、今そうおっしゃって
……
!」
だが、ここでこの看守は反応が違った。一瞬ぎょっとした表情をしたものの、すぐさま「あぁ
……
」と曖昧な返事をしたかと思うと、時計で時間を確認し、なぜかそこで苦笑した。そうして時計盤から視線を外すと、彼はこう言ったのだ。
「落ち着けよ、心配要らない」
「何が心配要らないんだ!?」
尚も慌てる看守に、それを宥めようとする看守。そこから騒がしさが広がり、1人、また1人と周囲の看守たちが食堂へと集まってくる。わずか数分で、食堂の周りを10人ほどの看守が取り囲む状態となった。
「あぁ
……
」
その様子を前に、旅人は嘆きの声をあげて自らの眉間を揉んだ。
リオセスリが言い放った『今からキッチンが爆発する』というのは、当然、彼なりの皮肉めいた冗談だ。少なくとも旅人はそれを理解している。だがリオセスリの冗談は時として些かキツ過ぎる。現に今、リオセスリの冗談に慣れていない看守がこうして狼狽えているのだから、可哀想で仕方がない。
一方でそれを宥めている看守らの様子を見るに、リオセスリの『深夜料理』はおそらく初めてのことではないのだろう。「今度は何だって?」「キッチンが爆発すると言ったそうだ」「ははは! そりゃあ大変だ。前は『手違いで激臭の缶詰が入荷された』だったよな?」「『排水溝に詰まったボウシクラゲを処理する』なんて雑なのもあった」そんな賑やかな笑い声も聞こえてくる。
ああもう公爵の冗談のせいで大ごとになってしまった
――
とは思うものの、そもそもの原因となったのは自分たちのせいでもあるので、旅人としてリオセスリを責めることも出来ない。
でもせめて「冗談だ」と言って、慌てる看守を落ち着かせてやってくれてもいいじゃないか、とは考えたが、似たような事態の経験者であるらしい看守が、周囲の看守に「とにかく落ち着け。大丈夫だから」と言って聞かせているので、少しずつではあるが場は収まり始めている。おそらくリオセスリはこの流れ自体予測していたのだろう。
だとしても
……
と旅人が溜息を吐いたところで、パイモンが旅人の気持ちを代弁してくれた。
「で、でも、どうしよう。結構人が集まっちゃったぞ
……
」
その言葉が聞こえたのだろう。旅人が答える間もなく、すぐ傍でゆったりと立っていた看守がそれに答えた。
「それが公爵様の狙いでもあるんだよ」
「え? そうなのか?」
「ごく稀にあるのさ。今日夜勤だった俺は運がいい」
看守が言い表した『公爵の狙い』の意味はわからないままだったが、そう言った彼は、おろおろと周囲を見回している看守へともう一度「落ち着け」と声をかけた。
「ほ、本当に大丈夫なんですか?」
「ああ。美味い夜食がつまめるぞ」
そんな会話がされているその向こう、食堂のキッチンの中で動き回っているリオセスリは、確かに料理に不慣れな様子が無い。それを見たパイモンが「まあ、確かに大丈夫そうだな
……
」などと呟いた時だった。
「あら! ザワザワしてるから何かあったのかと思ってきてみたら、公爵のアレなのね?」
可憐で朗らかな声がすぐ後ろから聞こえ、旅人とパイモンはハッとして振り返る。
声を聞いた時点でわかってはいたが、見ればそこには看護師長であるシグウィンがニコニコとした笑顔で立っていた。
「シグウィン!」
「久しぶりね。会いたかったわ」
そう言った彼女は、それからすぐさまキッチンを見つめ、そうして頬に両手を当ててクスクスと笑った。
「ということは、公爵がお料理をしているのは君達のためかしら」
「えっと
……
まあ、そういうことなんだけど
……
」
だが何だか大ごとになってしまった上に、これだけ人が集まってしまった場で自分たちだけ食事を摂るのは居た堪れない。一体どうすれば、と旅人が眉を下げたところで、シグウィンがにこりと微笑んだ。
「心配無いわ。公爵も最初からここに集まった人たち全員にご馳走するつもりだから。こういう時はいつもそうなのよ」
「そうなの?」
「ええ。だからむしろ、看守さん達が集まってくるのは公爵の狙い通りってところね。さすがに『要塞にいる全員分』は無理だけど、今ここに集まってる人たちの分くらいはあるんじゃないかしら」
こういう事が時々あるのよ、と説明したシグウィンは、それからすぐにその小さな手をパチパチと叩いて、看守達へと告げた。
「さ、きっともうすぐ料理ができあがるわ。それまでに皆テーブルについてお行儀よくしておいた方がいいと思うのよ」
その言葉を肯定するかのように、次第に肉の焼ける良い香りが広がり始める。
ここまで来ると、リオセスリの冗談を理解していなかった者もさすがに察するものがあったのだろう。未だ戸惑っている様子はあったものの皆テーブルにつき、そして程なくして、キッチンから出てきたリオセスリが、その両手に持った大皿を次々とそのテーブルに置いて回った。皿と共に配られた言葉といえば「口に合えばいいんだけどな」というものだけで、料理についてもこの事態についても何の説明も無い。
だがキッチンは爆発どころか火柱の一つも上がらず、そこから漂ってくるのは涎の垂れそうな良い香りで、目の前に置かれた皿の上には、見るからに美味しそうな出来立てのローストリブがのっている。その2つだけで説明は充分と言えよう。
「食べて良いのか!?」
もう既に口の端からちょっぴり涎を光らせていたパイモンがそう確認し、リオセスリが「どうぞ」と言った瞬間に、それぞれのテーブルにあった皿に一斉に手が伸ばされた。
――
数秒の沈黙。咀嚼音。
それからどこからともなく聞こえた「美味い」という呟き。
それを皮切りに、あちこちから「うまい」「美味しい」「生き返る」「背徳の味」などと声が聞こえてくる。
それらの感想を環境音として聞きながら、旅人もまた、置かれていたナイフとフォークを手に取って目の前の品に手をつけた。
骨の隙間にナイフを入れ、切り取った肉を口の中に入れれば、途端に肉汁が溢れスパイスの風味が広がり、至福の味が迸る。同時に自分の分にかぶりついていたパイモンも、隣で言葉ならぬ歓喜の声をあげていた。
「すっごく美味しい!」
「そいつは良かった。まあ、あんたらには空腹というスパイスが一番効いてるんだろうが」
そう答えながら、リオセスリは自らの分として取っていたらしい一つを手掴みで持ち上げ、どこか雑な仕草でそれにかぶりついた。「ふむ、まあまあだな」そんな呟きをしているその隣では、同じく1つをもらったらしいシグウィンが楽しそうにナイフを動かし肉を切っている。こちらはカトラリーが用意されたらしい。
注意して見れば、看守達のテーブルに配られた皿にはどれもナイフやフォークが添えられていない。皆リオセスリ同様に手掴みで取ってかぶりついているので問題は無いのだろうが、そんな中で旅人とパイモン、シグウィンにだけカトラリーが用意されたのは配慮というものだろうか。
旅人がそんな事を考えていると、何を読み取ったのかリオセスリが言った。
「料理は出すが、長く居座られちゃ困るからな。一人一人に皿を並べてナイフとフォークを渡すような事はしない。サッと食ってさっさと持ち場に戻ってもらう。それだけだ」
その言葉が聞こえたわけではないだろうが、ちょうど、速い者が食べ終えたらしい。口を動かしながらも椅子から立ち上がった看守の1人が「ご馳走様でした」とリオセスリに向かって告げ、リオセスリは片手をあげてそれに応じた。「夜勤ご苦労」大きくも小さくもない声で言われたその言葉が、リオセスリの意図なのだろう。
「人たらしなのよね、公爵って」
「懐柔策と言ってくれないか、看護師長」
そんな会話がされる内にも、1人、また1人と食べ終えた者が礼を残して席を立っていく。リオセスリはその度に片手をあげてそれを返事とした。
「この肉だって、冷凍保存してた肉の期限がそろそろ迫ってたからだ」
「それは事実だけど、真実じゃないわよね」
「何だ、そういう理由かよ
……
」
口を動かしながらパイモンが言い、リオセスリは淡々と答えた。
「そうじゃなきゃ、この人数分の肉を突然用意できない」
なるほどね、と頷いたのは旅人だ。パイモンはやや釈然としない様子を見せていたが、結局「まあ、美味しいから良いけどさ
……
」と納得したらしかった。
「
……
でも、公爵はもう少しジョークの度合いを選んだほうがいいと思う」
二つめのリブにナイフを入れながら、旅人はそう言った。
だってたとえ最初からある程度の人を集めるつもりだったとは言えど、注目させる方法が粗すぎる。「キッチンが爆発する、なんて」一口分に切り取った肉にフォークをさしながら、旅人は窘めるつもりで目の前の男をじっとりと見つめた。
「本気で公爵の事を心配してた看守もいたよ」
「そうか。そういや前回俺が料理したのは約1年前か。その間に入って来た新入りもいるから、冗談が通じなかったのはそいつらだな」
「もう
……
。あんまりキツい冗談や皮肉ばかり言ってると誤解されるよ。料理するだけであんな茶目っけ出す必要あった?」
言いながらも、旅人は切り取り持ち上げた肉を口に入れる。わざとほんの少し焦がして香ばしく焼き上げた箇所と、噛むほどに溢れる肉汁
――
それをしっかりと味わおうとした、その時だった。
「メロピデ要塞のサービス食が日替わりで当たり外れがあるのは、娯楽のためじゃない。『不確定性』という要素を盛り込んだせいだ」
リブの骨の端をつまんで、また一口肉を食いちぎり。ふ、と笑ったリオセスリが、唐突に話を始めた。
反射的に、旅人は「あ」と思って自らの手を止める。
真っ先にシグウィンの様子を確認したが、彼女は当然理解していた話なのだろう。ニコニコとした笑顔でリオセスリと旅人を見ただけだ。
あらためてリオセスリの様子を伺い見れば、彼は旅人にうっすらと微笑んでいる。その視線を真正面から受け、旅人は密かに唾を飲んだ。決して威圧感は無いのに、自然と体と精神が緊張する。見定められている、と解る。
たった今味わっていた肉の味も忘れて、旅人は大慌てで自らの思考を走らせた。
「
……
えーと
……
つまり、それって
…………
もしかして、毒が盛られる可能性を考慮して?」
「正解だ。察しが良くて助かる」
大慌てで出した回答だったが、正解だったらしい。
旅人がホッと息をついたのと同時に、リオセスリが言葉を続けた。
「仮にサービス食に選択の自由があった場合、そこには必ず好みが出る。例えば『囚人番号5432はよくこれを食べる』
……
というようなパターンが出来上がるだろう。そこを狙う奴は絶対に出てくる。かと言って全員のサービス食を同じにすれば、それらは一つの鍋で作られる。その鍋にちょっとでも妙なものが入れられたら全員アウトだ。毒物でなく食中毒が発生しても同じことが言えるしな」
「な、なるほど
……
」
感心の声を漏らしたのはパイモンだ。だがリオセスリが一拍を置いて「実際のところは、『1日1食は必ず支給』とした際に発生する食材の余りを防ぐため、という理由が大きいんだが」と付け足したので、途端にパイモンは「結局そういう理由なのかよ!」と両眉をつり上げた。
その様子を見たシグウィンが、ふふふと笑って人差し指を立てて見せる。
「つまりね、」
つまりね、と彼女は言う。
「公爵が不特定多数の他人に手料理を振る舞おうとするなら、『予告無し』『部下や他の手伝いも一切無し』で、キッチンに公爵1人だけって状況じゃないといけないのよ。公爵が言った『キッチンが爆発する』って冗談は、キッチンの中や周辺にいる人達を手っ取り早く移動させる口実ってとこかしら」
あぁ、なるほど
――
と旅人は思った。だがパイモンは何か気になることがあったらしい。難しい表情で自らの顎に手を当て、首を傾げている。
「何か気になる点があった?」
旅人が問えば、パイモンは顎から離した手をリオセスリへと向けて立てて見せながら言った。
「でも今の話だと、公爵が料理を作った時に何かあったら、公爵が疑われちゃうんじゃないか?」
そうだね、という旅人の同意と、リオセスリが言った「ああ」という同意の返事が綺麗に重なる。シグウィンは困ったように微笑んだだけだった。
「えっ! じゃあどうするんだよ!」
「その時はその時に対応するとして、とりあえずはそれでいい。要は『もしこれで何かあれば、これを作ったやつが犯人だ』という前提があればいいだけだからな。普通、『何かあれば確実に自分が疑われる状況』で悪事を働く奴はいないだろ?」
「あっ
……
そ、そうか
……
」
パイモンはようやくそこで腑に落ちたらしかった。落ち着きを取り戻した様子だったので、旅人はそのまま再び手を動かし、また一口と肉を頬張る。それを噛んでいる内に、パイモンがそろりと口を開いた。
「で、でも、だからって『キッチンが爆発する』なんて怖い冗談にしなくたっていいだろ」
「ふむ
……
。さっきのは『怖い冗談』になるのか?」
「どうかしら。ウチからすれば、照れ隠しみたいに思えるけど?」
「それはそれで、何と返せばいいのかわからないな
……
」
そんな会話がテンポよく交わされ、それから少し静かになった頃だった。もう一つ、と新しいリブに手をつけたパイモンが、ふと何かに気づいたように首を傾げた。
「なぁ、公爵
……
このローストリブ、すっごく美味しいけど、味付けは水の上での万能調味料の味に似てるぞ
……
」
言わなくていいことを、と旅人は苦笑するしかなかった。
パイモンから指摘を受けたリオセスリは、もちろん動じたりしない。それどころかニヤリと笑い、テーブルに頬杖をついた。
「ほう? よくわかったな。あんたみたいな良い舌を持ってる奴を待ってたんだ。その味覚に敬意を表して、今後の肉焼き係はパイモンに任命するとしよう」
「え!?」
ぎょっとした様子で声をあげたパイモンを、数人の看守が苦笑いしながら振り返る。彼らはおそらくローストリブの味付けの事も分かったうえで、それを指摘すればリオセスリがどう返してくるかも予測していたに違いない。嫌味のない口調で「そら見たことか」と囁きが聞こえてきて、旅人はそっと笑った。
「え、えっと、えっと、オイラは旅人との旅があるから
……
ずっとここにいるわけには
……
!」
パイモンは大慌てで弁解を並べ始めたところだ。
その様子を見て、リオセスリとシグウィンが軽やかな笑い声をあげた。
――
それが昨夜のこと。
一夜明けて翌日の朝に水の上に戻り、旅人はパイモンと共に今度はパレ・メルモニアへと訪れた。
リオセスリにしたのと同様に、国の代表であるヌヴィレットにも、フォンテーヌにしばらく滞在することを伝えるためだった。
パレ・メルモニアは相変わらず多忙な様子だったが、それでも予言到来の時からはだいぶ落ち着いた様子がある。突然の訪問だったにも関わらずヌヴィレットも面会を許してくれたうえに、少しなら時間がある、とお茶を出してくれたほどだった。
そのささやかなティータイムの中、話題の一つとして旅人が昨夜の話をした時だった。
実は昨日はメロピデ要塞に泊めてもらったんだ、公爵にも挨拶をしたよ、公爵が手料理を振る舞ってくれて、けれどこんな事があって
――
と旅人が話していた最中に、ヌヴィレットがふっと息をこぼすようにして笑ったのだ。それは品のあるものだったが、笑うといっても精々が『微笑』という程度である彼が、声をあげて笑うこと自体珍しい。
「ど、どうかした?」
話も、カップを持ち上げていた手も止めて旅人が訊くと、ヌヴィレットは「いや、」と微笑んで首を少し横に振り、自らのグラスを持ち上げてそれに口をつけた。そうしてそのグラスのふちから唇を離し、そっと言葉をこぼした。
「彼は『キッチンが爆発する』と言ったのだな」
「え。う、うん
……
冗談としてだけどね?」
そうか、と頷いたヌヴィレットは、微笑んだままそれきり黙ってしまう。
その様子に旅人とパイモンは顔を見合わせ、首を傾げ合ったが、ヌヴィレットはそれにも気づいた様子が無い。
結局、パイモンが首を傾げながら尋ねた。
「な、何だよ? 公爵の冗談がそんなに面白かったのか?」
「いや
……
、
……
あぁ、そうだな。すまない。少し思う事があったのだ」
思う事って? と尚もパイモンが首を傾げた時だった。
手元のグラスに視線を落としたまま、ヌヴィレットは穏やかに、微笑みながらこう言った。
「おそらく、それは私の話だ」
「
……
えぇ!?」
旅人とパイモンの叫びが綺麗に重なる。
揃って身を乗り出すようにした2人に頷いて見せ、ヌヴィレットは言葉を連ねた。
「随分と昔の
……
100年以上前の話だ。爆発といっても小規模なもので、小火にもならなかったが」
「何があったんだよ!?」
「
……
その頃できたばかりの、市井で普及し始めたキッチンを使おうとしたところ
……
その、使い方に慣れておらず
……
」
それで『ちょっとボンッといった』わけだ
――
と旅人は想像した。
ヌヴィレットには申し訳ないが、その様子は容易に想像できる。むしろ旅人からすれば、少し前にヌヴィレットがスープを作ってみせた事の方が驚きだったのだ。出されたスープを前に、思わず「ヌヴィレットって料理できるの」と問えば、「人間の世界で数百年も暮らしていれば、さすがに出来ることは増えるものだ」と答えられて納得したのは記憶に新しい。
旅人がそんな事を思い出していると、ヌヴィレットが補足のようにこう続けた。
「繰り返すが、小火にもならなかった。キッチンで私1人が少々慌てたくらいだろうか」
ヌヴィレットは『大事にはならなかった』と説明しようとしたのだろうが、その時のヌヴィレットの様子を想像してみると段々おかしさが込み上げてくる。
とうとう旅人がふきだし、つられたようにパイモンもふきだした。
「
……
あの時はしばし呆然としたものだ」
ヌヴィレットが穏やかに笑いながらそう言葉をくくり、パイモンがきゃらきゃらと笑った。
「何ともなくて良かったけど、ヌヴィレットにもそんな時があったんだな」
ああ、と頷いたヌヴィレットは、そこで改めて旅人へと視線を定めた。
「その話をつい先日、リオセスリ殿にも話したのだ。リオセスリ殿はそれを覚えていて、適当な口実として使ったのだろう」
その口から語られる説明に、旅人も大いに納得する。そりゃあフォンテーヌ最高審判官のそんな話を聞けば、誰だって記憶に残るだろう。それを聞いたリオセスリが、いい加減に自身の冗談に流用するのも想像できる
――
と思ったところで、旅人はふと違和感を抱いた。
「
……
リオセスリとそんな事を話す機会があったんだ?」
少々違和感を抱いたが、なにか水の下と水の上での会議のようなものがあって、その時にでも雑談でもしたのかもしれない。旅人はそんなふうに想像した。だから何気なくそう聞いてしまったのだ。
だがヌヴィレットは「ああ」と頷いて、その後にこう続けた。
「先月だっただろうか。リオセスリ殿と朝食を共にした際に、料理の話になった」
「
……
朝食を一緒に食べたの?」
リオセスリとヌヴィレットが共に食事する事自体が想像できないが
――
それもディナーならまだしも、朝食だ
――
それでもまあ、何か夜を徹しての会議の後だとか何かで、一緒にどこかの店にでも行ったのかもしれない。
そんなふうに、旅人が首を傾げつつも無理やり納得しようとした時だ。
「ああ。私邸で共に朝食を」
こくりと頷きながらヌヴィレットがそう答え、旅人は瞬間的に「あっ」と思った。
ヌヴィレットの私邸で一緒に朝食をとった、だなんて。その前に何があったのかもう明白だ。
なるほどそういうわけ、と思わず目を泳がせた旅人の隣で、パイモンが無邪気に「えっ」と声をあげた。
「一緒に朝食を食べる機会があったなんて、ヌヴィレットと公爵って意外と仲が良かったんだな」
そりゃあもう、大変に仲が良いだろう。
事情をわかっていなさそうなパイモンを大慌てで自らの方へと引き寄せ、旅人は掛けていたソファからすかさず立ち上がった。腕の中ではパイモンが「え!?何だよ!?」と驚き慌てているが、今はそれを気にしていられない。
「あ、あの、長居しちゃってごめん。もう行くね」
えぇ!? というパイモンの叫びが響く。
だが旅人はそれに答えず、そしてヌヴィレットも旅人の突然の言動に不思議そうにしたが、しかし彼は「何故」とは問わなかった。
「そうか。すまない、引き止めてしまったな。君も忙しいというのに」
「う、ううん。ヌヴィレットほどじゃないよ。でもそう、うん、行かないと」
今はこれ以上パイモンにこの話を聞かせられないから、とは言わず、代わりに旅人はこう言った。
「えぇと
……
その、ご馳走様!」
口にしたその瞬間までは、その言葉に他意は無かった。美味しいお茶とお茶菓子をご馳走になったから
――
ああ!そういえばこの紅茶、以前にリオセスリが好んでいると言いながら振る舞ってくれたものとよく似た味がした
――
とにかくその御礼にと、そう言っただけだ。ヌヴィレットもまた、その言葉をそのままの意味で受け取っただろう。
けれど逃げるようにヌヴィレットの執務室を後にし、パレ・メルモニアの建物を出た途端
――
そういえばあの言葉には別の意味もあったな、と旅人は思い出した。
だが少し考えて、でもまあどっちでもいいや、と旅人は結論を出した。だってどっちの意味にしろ、あの状況に合った言葉だったのだから。
そうして旅人は腕の中のパイモンを解放すると、空中へ浮き上がった相棒へと向かって簡単に謝罪をし、「食べ直そっか」と告げた。
広告非表示プランのご案内