あけみ
2024-06-15 22:24:04
5509文字
Public SPN(小説)
 

【SPN】君に恋い焦がれて魂も焼き焦がす【C/D】

2024.6.15レカペ5の展示作品新作のキャスディンです。
S4~S5の話で、本編とは別の世界線のお話。


 地獄にいてあれだけ輝かしい光を放つ魂は、他に知らない。カスティエルは人類が誕生する前から地上の魂を見ている。だから分かる。
 あれは、特別だ。ディーン・ウィンチェスターはミカエルの器であるため、魂も美しいのだと思っていたがそうではない。
 ディーン・ウィンチェスターが特別なのだ。だから、無意識に自身の痕を付けた。地獄から魂を引き上げた時。カスティエルの恩寵が僅かだが彼の魂の一部を焼いた。身体を再生した時、左の肩にくっきりとついた自身の掌を確認すれば優越感が湧き上がった。
 私のものだ。
 恐ろしい感覚が駆け巡り、カスティエルは咄嗟にディーンの身体から離れた。この時だ己は存外、執着心と独占欲があることを知る。

 
 自分以外の天使がディーンと親しげに話している光景が目に入り、カスティエルは眉間に皺を寄せた。街角のカフェの前だ。ディーンの傍にいる天使をよく見ればキューピットだった。男性の器を用いており、顔立ちは整っている若い男性であることに、カスティエルはますます苛立つ。おそらくディーンは相手が天使であることも気付いていない。それほどキューピットは自然体で地上に馴染んでいた。
 大股で近付くカスティエルに気付いたキューピットはディーンに別れを告げ、手を振りながら去る。
「ディーン」
 声をかけたカスティエルに気付いたディーンがこちらに顔を向けた。
「キャス」
 どうした?、と彼が問うよりも早くカスティエルはディーンに詰め寄る。
「奴と何を話していた?」
「へ?」
 苛立ちを隠さず迫ってきたカスティエルに、ディーンは目を丸めた。それでも怪訝に眉を寄せながら些細な事だと話す。
「カフェでさっきの奴が財布を置き忘れてたんだよ。呼び止めて渡しただけだ」
 奇妙だと、カスティエルは呟いてから目を細めた。キューピットは財布を持ち歩かないし、カフェに立ち寄ることもしない。仕事でなければ――、と思い当たり顔を上げる。
「奴はキューピットだ。わざと財布を落とした」
 わざわざディーンに財布を拾わせたのだろう。ディーンと誰かを結びつけるためか?と、思考が過ると眉根を寄せる。焦燥に震えた心情に、狼狽えた。ディーンにキューピットが接触してきたことに動揺している。こんなこと、以前ならこうまで狼狽えることはなかったはずだ。そもそも、天使の管轄でもある重要人物ディーンに低級天使のキューピットが近付くなど指令は聞いていない。
 カスティエルが納得できずに押し黙っていると、ディーンが首を傾げた。
「キューピットだったのか? 以前見た裸のおっさんじゃなかったぞ?」
「全てのキューピットが同じ容姿をしているわけではない。君と誰かを結び付けたかったのだろう」
 財布を拾った時に接触してきた人間は?と、問いかけた。ディーンは眉を寄せる。
「誰とも目が合わなかった。真っ先にあいつに渡したから。それに、妙なこと言ってたな」
 ディーンはキューピットに声をかけた後、言葉を交わしたようだ。
「君は『痕付き』か、そんなことを言っていたな」
 キューピットにそう言われたらしい。
「どういう意味だ?」
 ディーンはカスティエルを見やった。その言葉に思い当たったカスティエルは先ほどまで感じていた苛立ちが鎮まる。ディーンの魂を地獄から引っ張り上げた時にカスティエルが痕を付けた肩の手形だ。キューピットが示唆した。
 天使に痕を付けられた人間は、キューピットの力が及ばない。痕を付けた天使のものだからだ。
……君の肩に私の手形があるだろう。そのことだ」
「キューピットがそう言った後、苦虫を嚙み潰したような顔していたけど何か関係あるのか?」
……さあな」
 理由を知っていたカスティエルだったが、顔を背け黙ることにした。ディーンは訝しむとジッと睨んだ。だが、すぐに苦笑してから言い放つ。
「お前、なんか、嬉しそうだな? さっきまで怒ってたけど」
 そう指摘する。ゲンキンなものでキューピットにマウントを取ったことでカスティエルは上機嫌だ。その理由をディーンに伝えるつもりもない。自身の情緒の変化も説明できないからだ。キューピットの苦渋に歪んだ表情に優越感を覚える理由は、今のカスティエルには理解できない。
「余計な者に関わらずにすむということだ。君は天界にとって重要人物だからな」
 そう言葉を放つと、ディーンは表情を歪ませた。
「お前のそういう上から目線な言葉、ムカつくからやめろ」
 鋭く睨んだディーンの視線に、カスティエルは怯んだ。命令に忠実な天使の兵士であってもディーンに嫌われたくない思いがある。今のような顔を自身に向けられたくない。
「すまない……以後、気を付ける」
 視線を伏せしょぼくれた表情を見せるカスティエルに、ディーンは顔を緩ませる。
「そういうところがキャスの良いところだよな」
 他の天使ではそうはいかない。と、ディーンは苦笑した。だから、天使の中ではカスティエルが一番信用できるのだとも。
「そうだ、これからビリアードで金稼がねぇか?」
 カスティエルがその場を立ち去る素振りを見せると、ディーンは腕を掴み取る。
「丁度、サムもいないし教えてやるよ」
 そう言ってウィンクする彼は、自身の魅力を充分理解しているのだろう。悪戯心を胸に秘め子どもっぽく笑えば、どんな女性や恐らく男性をも「うん」と頷かせてしまう。そんな魔力を持っている。もちろん、カスティエルにも有効だ。無言で頷いた後、彼らはビリアードがあるバーに出向いた。
「それで、やったことあるのか?」
「ルールくらいは知っている。人間がしているのを見たことがある」
 やったことはないが。と、カスティエルは付け加える。
「まぁ、要は賭けだ。ビリアードで勝負して金を稼ぐ。カードと同じ要領だが、俺はカードよりこっちの方が得意」
 そう言ってディーンはカスティエルの肩を寄せ、手っ取り早く稼ぐ方法を耳元で囁いた。その距離の近さは問題ないのだろうかと、ふとカスティエルは思ったが黙っていた。ディーンにはいつも「パーソナルスペース」と、散々言われていたが、このパーソナルスペースは良いらしい。ディーンの唇が頬にあたりそうだと思考が過ると、鼓動が波立つ。カスティエルはディーンの説明が全く耳に入ってこなかった。
 要は相手を騙すことだ。腕に自信がありそうな輩を選び油断させ「この程度なら勝てる」と思わせたら勝ちだとディーンは言った。
「手本を見せてやる」
 そう言って、ディーンはウィスキーが注がれているグラスを手に取り飲み干したあと、ビリアードのテーブルに屯している男達のところへ歩みを進める。少し酔った素振りをしながら、目を潤ませながら微笑むディーンに、その場にいた男たちの視線が釘付けになる。カスティエルは眉を寄せ不機嫌に表情を歪ませた。
 言葉巧みに男たちに言い寄り、賭けに乗らせる。最初は勝っていた彼らも「もう一回」とせがむディーンに甘い顔を見せながら金とテーブルに凭れかかるディーンを交互に見つめ、プールよりも別のことを期待しているように見えた。カスティエルが苛立ちの限界に達したころ、ディーンがこちらを見やってウィンクした。それが合図だったのか、手を抜いていたディーンのプレイスタイルが変わる。キューを持つ構えと視線を切り替えた後は次々と玉をポケットにショットしていく。難易度が高いコースをも軽々と決め、男たちを圧倒させた。そうして、ディーンが金を全て掠め取るとやっと自分たちがカモにされたと理解する。
「てめぇ! 舐めた真似しやがって!」
 体格の良い男がディーンの胸倉を掴む。顔を近付けた男は、いやらしく笑んで下卑た言葉を言い放つまでカスティエルは待たなかった。男の腕を掴み取り、捻った後ディーンから剥がした。勢い余ってビリアードテーブルに投げたが、そんなことは気にしていられない。
 ディーンの前に立ち塞がるようにカスティエルは男たちを見下ろした。他の男がすぐにカスティエルに向かって襲ってくるかと思ったが放り投げた男がずっと腕を押さえ痛みに叫んでいたことから、すっかり戦意が失われている。グループの中で一番腕力に自信があった男がカスティエルのひと捻りで再起不能になったのだ。
「ディーン、ここから離れよう」
「お……おう、」
 背後にいるディーンは、カスティエルの怒気と人間相手に手加減をしなかった力に息を飲んだ。
 バーを出た二人はしばらく押し黙ったまま夜道を歩いていた。
「えっと、キャス……怒ってるのか?」
 ディーンの言葉に、カスティエルは歩みを止める。怒っていると指摘され、確かに己は怒りを露わに人間を投げ飛ばしてしまった。手加減はしたつもりだったが、あの様子では骨は折れているだろう。今日の自分はやけに感情的だ。キューピットの件もそうだったが、他の人間がディーンに邪な視線を寄せるのも触れるのも気分が悪いものだった。けれど、あれはディーンにとって通常の出来事なのだろう。カスティエルが間に割って入らなくても彼は対処できた。金も手に入ったわけだし、男たちが期待する方法で金を得たわけじゃない。そこまで、思考を巡らせた後、ディーンは他の方法で金を得たことがあっただろうかと眉毛を寄せる。もっと、性的にアプローチした方法で――いや、考えたくもない。
「キャス……?」
……余計なことだったか?」
「へ?」
「私が割り込んたことで場を乱してしまった」
「あー……いや、気にするな。ちょっとやり過ぎだったけど」
 そう言ってディーンは何か思い出したように喉を震わせ笑う。
「お前にふっ飛ばされたあの男の顔、悲惨だったがスッキリした。あいつ、俺に向ける視線が気色悪かったから」
「いつも、ああいう奴らを相手にしてるのか?」
「いつもってわけじゃねぇよ。まぁ、俺が声をかけた奴らは大体あんな感じだな」
 カスティエルは眉を寄せた。あのような輩がディーンの周囲に群がるなら自身は常にディーンの傍にいるべきでは?と、半ば本気で思案する。真顔でディーンを見つめていると、彼は少しはにかんだ。
「ま、サンキューな。あんなふうに怒ってくれる奴、あまりいなかったから」
「君が不埒な視線を向けられるのが嫌だ。不快に感じた。だから、腕を折った。それだけだ」
 そう言い放つと、ディーンの口元が緩んでいるのが見えた。その表情はカスティエルの胸をざわつかせる。身体中の血液が沸騰するような、鼓動が激しく駆け巡る感覚。そっと胸をおさえ、首を傾げた。
 この感情に名前があることをカスティエルはまだ知らない。


  ×   ×   ×


 本当だったらミカエルとディーンは懇意になるはずだった。ディーンの魂を地獄から引き上げる役目はミカエルに与えられるはずだったのだ。カスティエルに行かせたのは、神の預言者の言霊だ。つまり、神の気まぐれ。または、神の唯一の誤算だったのかもしれない。
 カスティエルはどういうわけか、ディーンに惹かれた。魂に一目惚れしたという表現が合っているだろう。キューピットが顔を歪めたのは、カスティエルが人間の魂に天使の痕を残したからだ。これは、故意に付けないと残らないもので明確に天使がマーキングしたものとなる。天使のマーキングがある人間は、キューピットの意図で他の者と関係を結びつけることができない。
 カスティエルはディーンの魂を我が物だと誇示するようなものだ。天界でカスティエルの立場は微妙なところになる。ウリエルから「ディーン・ウィンチェスターに執着しすぎだ」と苦言を指されるも、惹かれることは止められなかった。
 だが、天界に戻ったカスティエルに釘をさすようにミカエルが宣言する。
「ディーン・ウィンチェスターの器は、私のものだよカスティエル」
 ミカエルが静かにカスティエルを睨んだ。度を越したディーンに対する異常なまでの執着と独占欲は、つにミカエルの元にまで知られることとなる。
「ディーンは器ではない」
 カスティエルは気を失っているディーンを抱えながら目の前の大天使を睨み返す。ディーンを魂がある人間ではなく、器としか見ていないミカエルの言動に嫌悪を抱いた。
 ディーンは、ミカエルの器になることを承諾した。それは、弟のサムの命を守るため、契約としてミカエルに提示した唯一の条件だった。ルシファーがサムを得る前にディーンがミカエルと供託し、戦争を終わらせ勝利すればサムの魂を傷つけずに済むというものだ。だが、カスティエルは納得できなかった。
 何故なら、天使には人間との契約を守る義務がない。悪魔と決定的に違うところだ。ミカエルが提示した契約は方便。カスティエルは天使という生き物を知っている。人間を見下し、価値があるかどうかでしか見定めない。今までの歴史からいえば悪魔より天使の方が殺戮した人間の数が圧倒的に多い。
 それを渡せ。と、ミカエルの手がディーンに伸びる。
 カスティエルの決意はとうに固まった。
 どこで間違えたのか、なんて知らない。いや、この感情は間違いではない。カスティエルは強くそう願う。大天使に反旗を翻すなど、通常の天使は考えもしない。ディーンの身体がミカエルのものになることも耐えられなかった。
 カスティエルの腕の中で眠るディーンを見やって、薄く目を細め笑む。
「ミカエルに渡さないよ」
 額に口付けたカスティエルは、ディーンと共に天界から堕ちる。




 fin 

 


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