モブは主役になれますか? いちゃいちゃ小話

潤理と椎がいちゃいちゃしているだけの小話です。

「椎」
「はい」
「ちょっと甘えてみろ」
「はい?」
 突然なにを言い出すのか。そんな難しいことを求められても、椎にはどうしたらいいかわからない。
 週末は仕事帰りに潤理の部屋にお邪魔するのが恒例になっている。相変わらず本が多い。並んでソファに座り、潤理が作ってくれた梅酒のソーダ割りを飲んでいたときのこと。不思議な願いを口にされた。
 潤理の整った顔を見あげて、まっすぐ瞳を見つめる。
「無理です」
「なんでだよ。やれ」
「やれと言われましても」
 モブには重大すぎる任務だ。甘えるとはどうすればいいのか。手を握るとか、腕に抱きつく、とか……
 想像しただけ頬が燃えそうに熱くなり、いけない妄想までしてしまった。だめだ。潤理と椎にはまだ早い。
「どうして、なにもしてないのに真っ赤なんだよ」
「いけません、潤理さん……そんな」
 頭を小突かれ、妄想も飛んで行った。潤理は呆れたように椎を見ている。
「なに激しい妄想してんだ」
「なぜモブの頭の中が読めたんですか……!」
 飛んで行った妄想がまた頭で膨らむ。また頭を小突かれた。
 潤理は椎を主役にしてくれたけれど、できないことというのは存在する。それは椎の根っこがやはりモブだということだ。
「そんな顔してればわかるだろ。いいから甘えてみろって」
「ご無体な」
「だからなんでだよ」
 肩を抱き寄せられ、どくんと脈が速まった。頬が火照って落ち着かない。
 潤理は椎の反応を楽しむように肩を撫でる。そういう恋人らしいことをされると心臓が暴走するのだ。椎はモブなだけあって経験値が低い。
「じゅ、潤理さん……
「そのまま俺にもたれてみろ」
……恨みますよ」
「恨め恨め」
 楽しそうに頬を緩めてまた椎の肩を抱き寄せる潤理に従って、わずかに体重をかけてみる。柔らかなにおいがして、くらりとした。
「心臓に悪すぎて眩暈がします」
「慣れろ」
「慣れ……
 頑張って手を握ってみると、指が絡んだ。恋人らしすぎる動きに、目の前がちかちかするほど心臓が激しく脈打つ。
 もしかしてこのまま――とまたいけない妄想が始まった。潤理はしっかりした体格をしているから、きっと脱いでもすごい。貧相な椎とは大違いだろう。
 なんとなく潤理を見あげると目が合った。穏やかな瞳に、心音がうるさくなってどうしようもない。
「潤理さん」
「ん?」
「限界です」
 逃げ出そうともがくが、離す気はなさそうだ。髪を撫でられて、もう一度隣を見る。
 綺麗な瞳が椎を映しているのが不思議だ。あんなに苦手だった「一星主任」はもういない。今は大好きで大切な恋人としての潤理だ。
「可愛いな」
「か……?」
 可愛い……単語の意味がわからず首をかしげると、唇がそっと重なった。不意打ちのキスは吐息が触れるような淡いものだったが、心を躍らせるには充分だった。
「なあ、椎」
「はい」
「ずっと好きだった椎と一緒にいられること、すごく幸せだ」
 自分の存在が潤理を幸せにしているとは恐れ多い。照れ隠しに潤理の肩に頬を寄せ、こくんとひとつ頷いてみた。恐れ多いけれど、椎も潤理といられて幸せだ。
「ところで」
「なんですか?」
「いつになったら甘えてくれるんだ?」
 身体の動きが五秒ほど固まった。しっかり甘えているつもりだったのだが、これは違うのか。これ以上なにをしろというのか。
「潤理さんがお好きなモブ思考では、甘えるという行為が浮かびません」
 しっかりした肩に頬を寄せて軽く目を伏せる。潤理はなにを求めているのだろうか。
「じゃあ、それも俺が教えてやろうか?」
「主役になれる恋みたいに?」
「そうだ。主役の甘え方」
「実践は勘弁してください」
 モブを主役と言ってくれるこの人が望むなら、甘えるくらい頑張らないといけない。もちろんできないことはできないけれど、努力はしたい。
「じゃあ実践」
「実践は嫌だと言ったじゃないですか」
「椎からキスしろ」
 椎の抗議など聞く耳もたぬという意地悪な瞳で無理難題を口にされた。そんな越権行為はいけない。
「できません」
「仕事でそんなこと言われたことないが」
「仕事なら頑張ります」
 だがこれはプライベートだ。できないものはできない。
「それなら主役の任務だと思え」
 頬を包まれ、唇が触れ合った。これを椎にやれ、と。正気か。
 だが主役の任務ならば、やらないわけにはいかない。真似して潤理の頬を両手で包むと、ふわりと微笑まれた。心臓に悪い。
「め、目を閉じてください」
「椎の可愛い顔、見てたい」
「いけません」
 これ以上ないくらいに頬が火照る。仕方ないな、と瞼をおろしてくれたので、そっと唇を合わせた。すぐに離れようとするが捕まり、腕の中に閉じ込められる。
「可愛い、椎」
「からかわないでください」
「本当に可愛いんだよ」
 今度は潤理からキスをくれて、椎もこんなふうに甘い雰囲気にできたらいいな、と思いながら温もりを受け入れる。唇をはむと食まれて、おおげさではなく飛びあがった。
「な、なにを……
「いいから」
 啄むように唇を奪われ、何度も唇を甘噛みされる。なにが「いいから」なのかわからないが、徐々にぽうっとしてきて潤理のシャツをきゅっと握った。
「可愛い、椎」
「やめてください……
「やめない」
 モブは淡くて甘いキスに溶かされてしまった。



(終)