すずかけあおい
2024-06-15 11:38:51
1765文字
Public 早く大人になりたいな
 

早く大人になりたいな 誕生日小話

萬里×圭一。圭一の誕生日小話です。

「誕生日おめでとう、圭一」
「ありがとう、萬里さん」
 五月五日、葉桜が眩しい季節。初夏の陽気が気持ちよくて昼間に少し萬里さんと散歩をした。萬里さんの住むマンションの周りをのんびり歩いたのだけれどとても楽しかった。パン屋さんや定食屋さんはおいしそうなにおいがして、公園では咲き誇る花に水をやっている人がいた。しぶきを浴びた花々はきらきらしていて宝石のようだった。燦々と降り注ぐ陽光の下のすべてが絵画のように美しく感じられたのは、萬里さんといるから。「こどもの日」が俺の誕生日だ。でももう子どもではない。十九歳だ。大人の一歩手前。
「本当にプレゼントいいのか?」
「うん」
 高校の卒業式の日に抱いてもらえなかったけれど、キスはしてくれるようになった萬里さんにねだったのは「たくさんのキス」だ。抱いてくれないならそれくらいはいいだろう。いまだに「好きすぎて抱けない」の意味がわからないけれど。
「おいで」
 ソファに座って両手を広げてくれる萬里さんの腕の中に収まるとすぐにキスが落ちてきた。優しいキスに瞼をおろす。
 本当は抱いてもらいたい。でもそうしたくてもできないつらそうな萬里さんを見るとそれをねだるなどできなかった。
 俺が魅力的なら萬里さんは手を出してくれるのかな、と考えるけれど、それだと「好きすぎて」の理由にならない。「そそられないから」になるだろう。萬里さんは優しくてもそういうことをごまかす人ではない。
「キスが欲しいと言ったわりには嬉しそうじゃないな」
「そんなことないよ。ありがとう」
 萬里さんはしたくてもできないのだろうか。まさか性機能不全とか……? もしそうならば病院に行ったほうがいいのかもしれない。俺の知らないところで通院しているということもある。
「萬里さんってもしかしてE――
「圭一」
――ごめんなさい」
 さすがにはっきり聞くのは無神経だった。デリケートな問題だからさりげなくそっと話を持っていったほうがよかったと反省する。
 萬里さんの顔色を窺うと、困ったような表情で俺を見ている。
「変な心配はしなくていい」
「じゃあ違うの?」
「そういうんじゃないんだ。……悪いな、心配かけて」
 申し訳なさそうな顔にこちらのほうが申し訳なくなってしまう。とんでもない勘違いをしてしまった。こういうところがだめなのかもしれない。
「そんな顔するな。ほら」
 額に唇が押し当てられて口元が緩む。こんなに優しくて甘いキスをくれるのなら、その流れで抱いてくれてもいいのに。でも無理強いしないのが大人の気がする。
「食事の準備するから待ってろ」
「やだよ。今日はずっとキスしてくれるって約束だからピザとろう」
「食事くらい作らせてくれ」
 また困らせてしまった。こうやって俺はところどころで子どもっぽさが出てしまう。でも誕生日なのだから少しくらい我が儘を言ってもいいだろう。
「じゃああと十回キスして」
「しょうがないな」
 そう言いながらも全然困っていない表情でカウントしながらキスをくれる。俺はカウントしない。萬里さんが「十」と言ったら「まだだと思うよ」と捕まえて離さないのだ。
 でも萬里さんのカウントは九の次が八だった。
「萬里さん……?」
「ほら、まだ七回だ。こっちを向け」
「ん……
 食事を作るのはいいの、とか、唇が腫れてしまうかも、とか、こんなのずるくて嬉しい、とか言いたいことはたくさんあるけれど言葉にならない。萬里さんの首に腕をまわして顔を引き寄せる。触れるだけの淡いキスと啄むキスが交互に繰り返されてカウントが一になった。そうしたら次は二になった。
「萬里さん、これ終わらないよ?」
「終わっていいのか?」
……ううん」
 こんな悪戯ならいつまでも続いて欲しい。九の次はやはり八だった。そこからまた一までカウントされて二になり、九の後は八だ。
 萬里さんが潤いを含ませるために唇を舐めると、色づいたそこが少し濡れる。悩ましい動きをうっとりと見つめてしまう。頬が熱い俺を瞳に映し、わずかに口角を上げた笑みが眼前の男性をいつも以上に大人に仕上げる。
 いつまでも終わらないキスのおかげで、夕食は宅配ピザになった。ふたりで食べればなんでもフルコース以上のごちそうだ。



(終)