すずかけあおい
2024-06-15 11:34:19
2058文字
Public 夢じゃない
 

夢じゃない ホワイトデー小話

航希×泰斗。本編後、航希視点です。pixivに『ホワイトデー小話まとめ』で投稿済。

 今日、三月十五日は引っ越し。俺が泰斗の部屋に引っ越すのだ。あれから隣同士の部屋で、俺が泰斗の部屋に行ったり泰斗が俺の部屋に来たりしていた。どちらかの部屋ですごすばかりで家賃がもったいない気がしていたから何度か相談してついに今日引っ越すことになった。昨夜は嬉しすぎて眠れなかったが寝ないといけないのでひとりベッドでにやけていた。
 泰斗は俺の部屋に引っ越すつもりのようだったが、俺は泰斗の部屋が好きだからこちらが引っ越したいと言った。もちろん小さな喧嘩は頻繁にしているけれど、それでもそばにいたいという選択で決まった。一言多い自分に自分でうんざりするけれど、なかなか矯正できていない。泰斗も素直ではないことを直すのに苦労しているようだ。
 泰斗の生活の中に自分が入って行くという幸せ。――なのに。
「っ……
 泰斗は朝から目が合うと自分の口を手で塞ぐ。この行動は「素直ではないことを言ってしまいそうだから自分で塞いで止めている」のだと俺は知っている。素直でないことでもなんでも言ってくれていいのに、と思うけれど、また売り言葉に買い言葉になってしまうのではと危惧している泰斗の回避法なのだろう。
 隣への引っ越しなので作業は泰斗とふたりでやったけれど、会話がないのは寂しい。
「泰斗、大丈夫だよ」
……?」
「喧嘩になってもいいじゃん。そうやって気持ちをすり合わせていこうよ」
……
 荷物を運びながらそう言ってみるけれど、泰斗は頬を染めて口を塞ぐばかり。だめか、と嘆息して黙々と作業を続ける。もともと荷物はそこまで多くなかったし、集中して進めたおかげで昼前に始めて昼をすぎることなくすべて運び終えられた。
 荷ほどきをしながら、そろそろ口を開いて欲しいと思っていたら泰斗は隣の掃除に行ってしまった。そんなことは俺がやるのにと言ったけれど、聞いてくれなかった。
「もしかして」
 泰斗はあまり嬉しくないのだろうか。俺が押し切ったつもりはないが、結果的にそうなってしまったのだろうか。急に怖くなり慌てて隣に行く。
 荷物がなくなってからんとした部屋で床を水拭きしている泰斗に駆け寄って抱きしめる。
「泰斗……
……?」
……本当は引っ越し嫌だった?」
「え……
 恐る恐る問いかけると泰斗は目を見開いて驚きを露わにした。そしてふるふると首を横に力強く振る
「じゃあどうしてずっとなにも言ってくれないの?」
……
 気まずそうに視線を逸らす泰斗の目を覗き込む。
「迷惑ならそう言って。いまさら言われてもどうにもならないけど、でも泰斗の本音が知りたい」
 不動産屋に引っ越しのことは伝えてしまっているからなしにはできないが、気持ちを隠されたままでいたくない。
 泰斗の視線が揺れて、瞳に涙が溜まっているのだとわかる。力いっぱい抱きついてくるのを受け止める。
「そうじゃない……嬉しすぎて恥ずかしくて、なにを言ってもひねくれた言い方になりそうだったから……
「ひねくれてていいよ。素直じゃない泰斗も可愛いから」
……あと」
「あと?」
 他にもなにかあるのだろうかと首を傾げると、じっと強く目を見られて一瞬怯む。
……昨日、ホワイトデーにお返しくれなかったのは忘れてただけだよな?」
「ホワイトデー……?」
 そういえばそんなものもあった。すっかり忘れていた。
「ホワイトデーなんか気にしてたの?」
 まずい。これは一言多いどころか言葉自体が悪かった。バレンタインには泰斗が手作りチョコをくれたのにこの態度はない。すぐに頭をさげる。
「今のは間違い! ごめん、ホワイトデー忘れてた。泰斗の気持ちに応えないわけじゃないよ!」
「うん……
「そんなこと気にしなくても俺は泰斗だけが大事だよ」
……『そんなこと』」
 また言葉が悪かった。こういう状況では勘弁してくれと自分に呆れる。そして焦る。もう一度頭をさげた。
……ごめん。まただめなこと言った」
「別にいいよ。俺も素直になって昨日言えばよかったのに、なんか意地張っちゃって」
「今からなにか用意するよ。今日の夕食も俺が作る」
 他になにかやれることはあるだろうか。お菓子も買ってくるか……なにがいいのだろう。
 真剣に悩んでいるのに泰斗が肩を揺らして笑い出す。怒ってはいない様子だ。
「俺が一番喜ぶもの、航希は知ってるでしょ?」
 目尻に溜まった涙を指の背で拭いながら泰斗がちらりとこちらに視線を向ける。その姿があまりに綺麗で見惚れてしまった。
「どうしたの?」
 固まったままでいたら頬をつつかれて我に返る。
「な、なんでもない……
「そう?」
「うん……。それに泰斗が喜ぶもの、知ってる」
 思い違いでなければ、それは俺自身だろう。合っている、と言うように泰斗が頷く。
「今日はいっぱい航希をもらおうかな」
 素直な泰斗は心臓に悪くて、なにより愛おしい。「いくらでもあげるよ」と髪を撫でてその身体をぎゅっと抱きしめた。



(終)