バレンタインには謙志さんがガトーショコラを作ってくれた。俺は試験とレポートに追われていてなにも用意できず、もらうだけになってしまった。しかも甘い夜まですごせてとても幸せな日だった。
だからホワイトデーにはきちんとお返しをしたい。そう考えているのだけれどなにを贈ったらいいのかがわからない。やはり定番のキャンディだろうか。
スマホでホワイトデーギフトを検索していると、ホワイトデーのお返しに意味があるという記事を見つけた。どんなものがあるのだろうと見てみたら、お菓子のひとつひとつに意味があるらしい。
「うん。マシュマロはなし」
知らないで贈っても謙志さんは気にしないかもしれないが俺は嫌だ。謙志さんとはずっと一緒にいたい。
見ていくといろいろな意味があって、特に意味がないお菓子もある。とりあえずすべてに目をとおしてから再びギフト探しに戻る。
「あ、これおいしそう……」
とてもおいしそうなプリンを見つけて詳細を見る。謙志さんに食べてもらいたいけれど、ついでに俺も食べたい。ふたりで一緒に食べられたら幸せかも。
「プリンにしよう」
念のためにプリンを贈る意味を調べると、特に意味がないらしく、安心ではあるがそれはそれで寂しい。やはり意味のあるお菓子にしたほうがいいのだろうか。お菓子に込めた思いというのもなんだか楽しそうだ。
でもこのプリンはおいしそう。謙志さんはきっとプリン以上に甘い甘い笑顔を見せてくれるだろう。普段も充分甘い笑顔を見せてくれるけれどそれ以上に甘くなりそう。それにふたりで食べたらもっとおいしくなりそうだ。
「プリンに決めた」
意味がないのが寂しくても、俺の気持ちを込めれば問題ない。すぐにプリンを注文した。
ホワイトデー当日、いつもどおり夕食に誘われているのでプリンを持って行く。出迎えてくれた謙志さんにどきどきしながらプリンの入ったボックスを差し出す。
「あの、これ……バレンタインのお返しです」
「わざわざ用意してくれたの?」
「はい。ガトーショコラおいしかったです。謙志さんが作ってくれたっていうのがなにより嬉しかったです」
熱くなった頬を隠すように少し俯いて言わなくてはいけないことをきちんと言ってから上目遣いに謙志さんの様子を見る。その表情が視界に入ったと同時に心臓が暴れ出した。謙志さんはとても優しい微笑みを浮かべていた。
「若葉くんが喜んでくれるなら、毎日だって作るよ」
「毎日は……太っちゃうかも」
「もっと太っていいって前に言ったでしょ。心配しなくて大丈夫」
髪を撫でられ、顔が近づく。唇が触れ合うという瞬間にぐうと腹の音が鳴った。
「……すみません」
「俺こそごめん。お腹空いたよね。入って」
もう自分の部屋のように慣れた謙志さんの部屋に上がるといいにおいがする。テーブルにはホタルイカが並んでいる。いいにおいのもとはホタルイカの炊き込みご飯だ。
「おいしそう」
「若葉くん、苦手じゃない?」
「大丈夫です。生のホタルイカなんて初めて食べます」
透明なホタルイカが綺麗に並んでいる。釜茹でされたものしか見たことがないのでまじまじと見ていたら後ろから両肩を押された。
「ほら、座って」
「はい」
ホタルイカは生でも、冷凍ものを取り寄せたらしい。獲れたそのままの生だと刺身では食べられないし日持ちもしないので冷凍のものを頼んだと教えてくれた。お手製の沖漬けも刺身も炊き込みご飯もおいしくて、ご飯はおかわりしてしまった。ホタルイカはすべてひとつひとつ目玉を取って骨を抜いたと言うから、すごく手間がかかっただろう。それからホタテのバター焼きもテーブルに並んでいて、これもとてもおいしい。謙志さんは魔法の手を持っている。
「謙志さんってすごい」
「すごくないよ。こんな簡単な料理にそう言ってくれるのは若葉くんしかいないと思う」
頭を撫でられてしまった。とても幸せだけど、正面を見るともっと幸せそうな顔をしている人がいる。そのことも心を弾ませた。
「ボリュームないから足りなかったら他にもなにか作るよ」
「大丈夫です。ご飯もおかわりしたし、たくさん食べました。ごちそうさまです」
片づけを終えてから、ソファでふたり並んで座る。
「若葉くんからのお返しも食べようか」
「はい。すごくおいしそうだったので決めたんです」
冷蔵庫からプリンの入ったボックスを出す謙志さんに声をかける。ボックスを開けて中を見た謙志さんは口元を綻ばせた。
「おいしそうだね」
「そうなんです。とろける食感って書いてあって、すごく食べてみたくて」
「若葉くんが食べたかったんだね」
笑われてしまった。そんなことを正直に言う必要はなかったのに、と反省する。でも謙志さんは嬉しそうだ。
「若葉くんが食べたいと思ったものをお返しにしてくれたってことは、ふたりで食べたかった?」
「……はい。ふたりで食べたらもっとおいしいだろうなって」
「じゃあせっかくだから、一個だけ開けようか」
「一個?」
プリンは三個入りだから、二個でもいいはず。でも謙志さんはボックスから一個だけプリンを出す。スプーンもひとつ。
不思議に思っていたら、プリンをすくったスプーンを口元に差し出された。
「はい」
「え……」
「あーんして」
恥ずかしいけれど、プリンがおいしそうでそっと口を開けるとスプーンが優しくさし込まれた。
「ん……!」
とろける食感に濃厚な甘みがとてもおいしくて驚いて目を丸くすると謙志さんがもう一口差し出してくれる。でもそれでは俺だけが食べることになってしまう。
謙志さんの手からスプーンを取って、今度は謙志さんの口元にプリンを運ぶ。
「謙志さんも食べてください。すごくおいしいですよ」
「うん」
「えっと……あーん?」
「照れてるね。可愛い」
謙志さんの綺麗な唇にスプーンを持って行くのだけれど、してもらうのとするのではまったく違い、緊張で手が震えてきた。
「は、早く食べてください……」
「うん。プリンよりおいしそうな子がいるから、つい」
プリンを食べた謙志さんも少し驚いた顔をして、それから微笑む。俺が見たかった甘い笑顔だ。想像以上に甘い。
「そういえば、ホワイトデーに贈るお菓子には意味があるらしいんです」
「うん。そうだね」
「知ってたんですね。俺は初めて知って……プリンは特に意味がないんです。ちょっと寂しいですよね……」
今度は俺の口元にプリンが運ばれる。そっと口に含んでまた感動してしまった。
「プリンに意味がなくても、贈ってくれた若葉くんの気持ちには意味があるから、寂しくないよ」
指で唇を拭われ、どきりと脈が速くなる。謙志さんはプリンを食べたとき以上の甘い微笑みを浮かべ、俺を見つめる。
「若葉くんの気持ちがなにより嬉しい」
骨まで蕩けてしまいそうな笑顔に頬が熱くなってきた。火照る頬に謙志さんが触れ、促されるように目を閉じる。
「……ずっとそばにいさせてください」
素直な気持ちを伝えると、頬を撫でる手が止まってしまった。どうしたのだろうと瞼をあげたら謙志さんがじっと俺を見ている。
「謙志さん?」
「そんな可愛いこと言うと、知らないよ?」
「知らないって?」
きつく抱きしめられ、謙志さんの首元に顔をうずめる。嗅ぎ慣れた優しいにおいにほっとするのにどきどきする。
「一生大切にするからね」
まるでプロポーズのようで心臓がさらに激しく脈打つ。謙志さんの背中に手をまわし、「俺も謙志さんを一生大切にします」と答えた。
(終)
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