江藤が「チョコの作り方を教えてくれ」と言ってきた。俺も詳しいわけじゃないから、二人でレシピを見ながらチョコを作ってみることにした。
「湯せんで溶かすって面倒……」
なんかぶつぶつ言っている。今日は俺と江藤の二人。健吾と伊達にはチョコ作りはもちろん内緒。
「江藤は伊達にチョコあげるの?」
「あげない」
「だったら誰にあげるチョコ作ってるの?」
「……伊達じゃないけど伊達かもしれない」
なにそれ。少し頬を赤く染めて、ボウルの中をじっと見ている。すごく真剣で、それだけ伊達が好きなんだと思うと心が温かくなる。
――なんて人のことを観察している場合じゃない。俺も自分のボウルを見ないと。
「時也は健吾だろ?」
「うん」
「健吾って甘いもの好きなの?」
「俺からのチョコは別だって言ってた」
「ふうん」
伊達はどうなの、と聞こうとしてやめた。この江藤が伊達に「チョコ好き?」なんて聞けるとは思えない。
「……あいつらチョコたくさんもらいそうだよな」
「うん……」
健吾も伊達も恰好いいからもてる。去年、中三のバレンタインには受験にもかかわらずたくさんの女子がチョコを渡していた。
「でも伊達は江藤からのチョコは特別だよ」
「……」
健吾もそうだから、伊達だってそうに決まっている。恋人からのチョコに勝るものはないと思う。二人を見ていると伊達は江藤のことがかなり好きなように見えるし。
「やーめた」
江藤がボウルから離れて床にしゃがみこむ。なんだか落ち込んでいるみたい。
「可愛い女子があげるチョコに勝てるわけないじゃん」
「そんなことないよ。伊達にとっては江藤からのチョコが一番だって」
「伊達はそんなやつじゃない」
「でも絶対喜んでくれるよ!」
「……」
顔を上げた江藤は不安そうな表情をしていて、こんな顔もするのかと驚いてしまう。俺の目を見て、床を見て、大きなため息をつく。
「……時也はいいよな。健吾に愛されてて」
「えっ」
愛、なんてどきりとしてしまう。かあっと頬が熱くなるけれど、健吾が愛してくれているのは確かだから頷く。でも、と忘れることなくつけ加える。
「伊達も江藤をあ、愛してるよ……絶対」
やっぱり恥ずかしくて声が小さくなってしまったけれど言えた。江藤も頬を赤く染めて俺を見る。でもまだどこか不安そうに瞳が揺れている。
「……俺は時也みたいに可愛く甘えられないし」
拗ねたように言ってそっぽを向いてしまう。可愛く甘えているつもりはないし、そんなことができているとは思わないんだけど、周りから見るとそう見えるのかもしれない。
「伊達は江藤が好きなんだよ?」
「……」
「好きな人がしてくれるなら全部が可愛いんじゃないかな」
「……チョコ作るのも?」
縋るようにじっと目を見て聞かれる。江藤は可愛くなれない自分が嫌なのかもしれない。俺だって可愛くなれているつもりはないけど、いつでも健吾に「可愛い」と思ってもらいたい。きっと江藤も伊達にそう思われたいんだ。
「すごく可愛いと思う。伊達、めちゃくちゃ喜ぶよ!」
「……」
立ち上がってまたボウルに向かい合うけど、まだどこか納得していない顔をしている。
「……別に可愛くなくていいし」
「うん」
「…………伊達にあげるなんて言ってないし」
「うん」
素直じゃないんだから。
明日はバレンタイン。みんなにとって幸せな日になりますように。
「伊達、生クリームを強火にかけちゃだめだよ!」
「は? だめなの?」
「だめだよ、レシピに中火って……わっ」
伊達のほうを見ていたら包丁が指のぎりぎりを通過する。
「切ったのか?」
「いや、ぎりぎり」
俺の家で伊達とチョコ作り、なんだけど、二人揃ってこういうことは苦手分野のようでさっきからチョコの悲鳴が聞こえてきそうな状態。無事にできあがるとも思えない。
「無理だ……そもそも江藤はチョコ好きなのか?」
「知らないよ。聞けばよかったのに」
時也は甘いものが好きなのは知っているから絶対チョコをあげたいと思っていた。手作りか買うか悩んでいたところに伊達から「チョコの作り方を教えろ」と言われた。それならと二人で作ることにしたんだけど――。
「チョコ刻みにくいな……このまま生クリームに入れるんじゃだめなのか」
「だめだよ、レシピに刻むって書いてあるし」
「くそ。どこが簡単なんだよ」
「俺達がお菓子作りに向いてないからこういう状況なんだと思うよ」
チョコをひたすら刻むけれど力もいるし、普段使わない力の入れ方なので腕が疲れてくる。でも休憩はさっきしたばかりだ。
こういうきっかけがあって色々なことに気づくのはいいと思う。俺と伊達にお菓子を作らせてはいけない。
「今頃江藤はなにしてんだろ」
「時也と遊ぶって言ってたよ。もしかしたらあっちもチョコ作りかも」
「江藤が? ないない」
「でももし作ってたら?」
絶対なんて言いきれない。この二人はどちらも素直じゃないから相手にこういう地道なことを知られるのを嫌がりそうだ。時也がもし作っていたら……可愛いな。
「……江藤がチョコ」
「そう」
「俺のために?」
「俺に聞かないでよ」
真剣に問われて苦笑してしまう。でも江藤がチョコを作っていたら伊達のためでしかないと思う。
まあ実際は二人でゲームでもしているのかもしれないけど。いや、試験準備期間だから勉強をしているかもしれない。
「できた。刻んだ」
「俺もできた……生クリーム大丈夫?」
「チョコ入れるんだろ」
「そう」
刻んだチョコを伊達が恐る恐る生クリームに入れるとチョコが溶けていく。
「溶けた……」
「溶けたね……」
続けてチョコを入れて溶かしていく。伊達は見たことがないくらい真剣な表情でチョコを溶かしている。それだけ江藤が好きなんだと思うと微笑ましい。
「そんでバットに入れる」
「あ、オーブンシート敷いてない! ちょっと待って」
慌ててバットにオーブンシートを敷いてそこに伊達がチョコを流し込んでいく。そして冷蔵庫に入れて固まるまで待つ。
「……喜んでくれるかな」
「江藤は素直じゃないからね」
「そうなんだよ。ほんと、健吾が羨ましい……」
ぶつぶつ言いながらも口元が緩んでいる。江藤に渡すところを想像しているのかもしれない。
時也の素直すぎるところと江藤の素直じゃないところを足して二で割ったらちょうどいいのかもしれないけど、それをしたら時也も江藤も違う人間になってしまう。だからこのままでいいんだ。
「時也はほんとに健吾が好きだよな」
「うん」
「『うん』とか言うなよ……」
呆れられてしまった。でも時也が俺を好きなのは本当だからそれ以外に答えられない。
「江藤だって伊達が好きでしょ」
「……」
「伊達?」
「……わかんねえ」
大きなため息をついてお茶を一気飲みしている。渋い顔をしてから、「江藤はさ」と続ける。
「『好き』とか言わねえから」
「言わなくたってわからない? 雰囲気とか」
「あいつの雰囲気だけ見たら俺めっちゃ嫌われてんだけど」
落ち込んでしまった。そういえば今日も足を踏まれていたっけ。あれは伊達がふざけたのも悪いと思うけど。
「……好きでいてくれてんのかな」
「不安なら伊達から気持ちを伝えたら?」
「俺から?」
そう、と頷くと伊達が首を傾げる。
「伊達が素直になったら江藤も応えてくれるかも」
「……そっか」
俺はいつも素直だけど、とつけ加えるので笑ってしまう。
「あーあ……あいつ、抱いてるときは素直なんだけどな」
「えっ」
「は?」
なに、なんて言った? 「抱いてるときは」って言った? 急な話題に頬が熱くなってしまう。
「そこまでしてるのに、なんで好きでいてくれてるのかとか悩むの?」
「だっていつもが素直じゃなさすぎるから不安になるんだよ……」
これ、もしかして惚気なのかな……真剣に聞いていたのが馬鹿みたいだ。チョコを渡した後に時也にも教えてあげよう。伊達と江藤も充分バカップルだよって。
「明日が楽しみだね」
「まあ、そうかな」
みんなが笑顔になれるバレンタインだといいな。
(終)
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