溶けかけ。
2024-06-12 23:44:13
2130文字
Public ほぼ日刊
 

王女殿下のお気に召すままに

王女フが婚約破棄された女の子をプロデュースして見返す話、の日刊ver.です。
最後だけちょっとヌフ。


「キミは悔しくないのかい?」

 婚約破棄をされたときに、フリーナ王女殿下に言われた言葉がずっと頭の中で反響する。いつもは我儘姫、と揶揄される殿下が別人に見えた。



「やあ、よく来たね。――答えは見つかった?」

 私は頷く。
 本来ならば顔を上げなくてはならないのに、涙に濡れた顔を見られたくなくて上げられない。

「ああ、いいよ。上げなくとも……そのままでいいからキミの答えが聞きたいな」

…………しい……す」

「落ち着いて。深呼吸するんだ。そのままではキミが苦しいだろう?」

 トン、と殿下の手が軽く肩に触れる。殿下がすう、はあ、と深呼吸するの倣って私も息を継ぐ。

「落ち着いた?」

 穏やかな声が耳を撫でる。こんなに優しい人が無能だと、わがままだと言われているのはどうしてなのだろう?

「わた…………くや、しい……です……!」

 言葉に出すことで、よりはっきりと認識できた。――悔しかった。

 婚約者を取られて、笑われて。何より――馬鹿にされて、見下されていてもなお、黙って見ているしかなかった自分の無力が悔しい。

「だって……!あの、人達は……私を……家族を見下した……!」

 泣きながら喋ったせいか、嗚咽混じりで聞き取り辛かったと思うのに、殿下は私の背を撫でながらしっかりと聞いてくれていた。

「うん。それでいいんだよ。――――良かった。キミが怒ってくれて」

 殿下の言葉に私は思わず顔を上げた。水平線のような澄んだ瞳と目が合った。

「怒りというのは力だからね。キミがこれから育つためには一番の栄養だよ」

「栄養……

「美しい花を咲かせるには、水だけでは足りない。肥料をやったり、虫除けを撒いたり……ああやって、外から働きかけることで美しい花を咲かせるんだ」

 殿下が眼下の庭園を見やる。そこでは大勢の庭師が汗水を垂らして働いていた。

 だからさ、と殿下は続ける。

「僕は見てみたいんだ。キミがどんな美しい花を咲かせるのかを」





「これが……わたし?」

 鏡に映る私は全くの別人と言っていいほどの魅力的な女性に見えた。これをしたのが、王女殿下というのもまた別の驚くべき部分ではあるが。

「うん。やっぱり。さっきのメイクより似合うと思っていたんだ!」

 私の後ろから鏡を覗き込んだ殿下は満足そうに頷いてメイドにメイクの注意点を書いたメモを渡していた。

「流行を追え、とは言わないんですね…………

 社交界は流行りに敏感だ。だからこそ、おいて行かれないように必死で学んでいたというのに。

「まあね。確かに流行りは大切だよ、それは間違いない。けれど、人には向き、不向きがあるからね」

「なるほど、勉強になります!」

 彼女はメモを取り出して、書き込んだ。賢さ、勤勉さ、優雅さ……そのどれをとっても彼女の元婚約者には釣り合わない、とフリーナは口角を上げた。今に見ていろ、彼女を捨てたことを後悔させてやる。




「私の婚約者に手を触れないでくれ、不愉快だ」

 私の婚約者になった彼が元婚約者を突き飛ばす。

「さあ、帰ろうか」

「ええ、そうですね」

 元婚約者と浮気相手の令嬢が喧嘩を始める。あらあら。『真実の愛』はどこへ行ってしまったのかしら?

「あんな奴のこと見なくていいから」

 婚約者が私の腰を抱く。私たちの背後で先程の二人が何やら喚いていたが、所詮は他人事だ。

「どうかした?」

 殿下を探して、辺りを見回す私に婚約者が声をかける。

「フリーナ王女殿下にお礼がしたくて……

 私の言葉に彼は合点がいったようだった。

「ああ…………今度、二人で会いに行こう。あちらの予定もあるだろうし」

「そう、ですね……

 盛大にはぐらかされた気もするが私は頷く。殿下と長い付き合いのある彼の言うことだ、何かしらの事情があるのだろう。






「ヌヴィレット……

……

 無言が怖い。いきなり会場から連れ出されたかと思ったらこれだ。

 ここは庭園の中でも一部の者しか入れない特別な区域だ。僕はそこにあるガゼボに設置されたベンチの上に押し倒されている。

……っ、あ……ヌヴィレット……まだ、パーティのとちゅう……なん……だよ……っ」

 彼の唇が僕の首筋に吸い付く。首筋に赤い花が咲くたびに脳髄が甘く痺れるようだった。

「フリーナ……

 ヌヴィレットの瞳が僕を捉える。

「ヌヴィレット……もしかして、寂しかった……?」

 彼の頬に手を伸ばして、触れる。すべすべとした肌の感触が心地よい。

「ふふ……

 ヌヴィレットが無言のまま僕の手に擦り寄った。どうやら、寂しい思いをさせてしまったらしい。

「もう、仕方ないなぁ……終わりの挨拶には間に合うようにしてくれよ?」

「当然だ。私を何だと思っている」

「そう言って、間に合わなかったことが何度もあるからだよ」

 どちらともなく唇が重なる。

 徐々に深くなるキスを受け止めながらヌヴィレットの首に腕を回す。多分、今日も間に合わないだろうな……と思いながら。