7flowerS
2024-06-11 12:33:26
1762文字
Public
 

姉のむかしの話① 一人きりの涙

連載の夫婦ごっこの過去話抜粋。姉と弟は釣りをしていた。話をすると「やはり弟はヒトなのだ。自分とは違う生き物なのだ」と感じて立ち去ってしまう。死後にそれを後悔した。

「兄上、釣りですか?」
「釣れんがな」

 河原で釣りをしていると弟に声をかけられた。随分久しぶりに二人きりになる。信長が腰掛けた大きな石の横に信勝は座った。丸い石が敷かれた河原に膝を抱えて座る。

「お前に兄上と呼ばれるのは慣れんな」

 十年以上は姉上と呼ばれたのを父の死をきっかけにそう呼ばれるようになった。信勝なりに姉の立場に気を遣ったのだが信長としては他人を呼ばれている気がする。

「僕も姉上を兄上と呼ぶのは結構苦労しています」
「なら止めよ、今はわしたち以外おらんだろう」

 信長にも信勝にも護衛はいる。二人共織田家の後継ぎと見なされているのは変わりない。死んだ父が信長を後継者に指名しても反発があり、両方が後継者のような扱いになっている。

……姉上」
「どうした……?」

 信長は声がこわばった。弟は真っ青になって肩を震わせていた。風邪か? と疑ったが今は春だ。信勝が病弱だったの幼い頃だけの話だ。

「なにかあったのか?」
……少し」
「なんじゃいうてみよ」
……

 信勝は口をぎゅっと引き結び、俯いた。どうやら黙ってるつもりらしい。家臣や母となにかあったのか?

「そんな言いにくいことか?」
「いえ、なにもないのです」
「嘘をつけ」
「少し気分悪いだけです、最近忙しくて疲れているのかもしれません」

 嘘だと信長は見抜いた。体調が悪いだけなら弟は自室でちゃんと休む。幼い頃は病弱だったからその習慣がある。

「姉上。姉上のお話を聞きたいです。昔みたいに。姉上が語るいつも新しいお話が信勝は何より好きでした」

 病床で話をねだるような弱々しい目で姉を見上げる。幼い頃話をねだられた時のように信長は話を始めた。

「わしが思うに戦とは……

 朗々と語り始める。信長にとっては自然に思う市や戦の形。幼き日に語ったそれは今は色褪せている。自分には他人の言葉の価値がさっぱり分からないのだ。人を使う戦や人の行き交う市のことを語ってなんになる。

(父上が色々いおうがわしは織田など継がん。信勝がやればいい。お前もそのつもりだろう?)

 言わなくてもわかってくれているはずだ。

 けれど弟に語る内に姉は上機嫌になっていった。弟は聡明で大抵の人は意味不明と切って捨てる話を割合理解してくれたのだ。

「そう銭というものは………………

 しかし。
 信長が話に熱中するほど、信勝は理解できなくなっていった。

 信勝は必死に勉強してきた。本だけではなく高名な僧の話を聞いたり、戦上手の武者の話も聞いた。
 けれどダメだった。
 結局、努力しても弟は姉の発想を理解することができなかった。

……もういい」
……姉上?」

 姉の熱弁は突然冷めた。秋の夕陽が突然夜を連れてくるように。

「わからんのに無理に聞くことはない」
「無理なんて……ぼ、僕は!」

 結局、信勝だって自分の事は分からないのだ。なら傍にいてもお互いに苦痛なだけに決まってる。……どうせ、自分の事は誰も分からないのだ。

「もういい、釣れんし帰る」
「あね……うえ」
「お前は昔からそうだな、話を聞くフリがうまい。思わずつまらん話をしてしまった」

 信長は釣り竿を肩にかけると信勝をおいて河原から立ち去った。



 信勝が初めての謀反を起こしたのはその三ヶ月後だった。



 そして遥か時は過ぎ、明治維新の特異点が終わると信長はその時を思い出した。

 一人きりの自室で一筋の涙をこぼした。『信勝はいつだって姉上の味方!』。特異点でそう言った弟はきっとあの時、悩んでいたのだ。謀反のことを打ち明けようか、本当にこれでいいのか。だって本当に酷い顔をしていた。

 ずっと姉貴面していた自分はそのチャンスを自分で放り捨てたのだ。あの助けを求めるような弱々しい目は「自分ごと死ぬような謀反をやめたい」というメッセージだったのだ。それなのに自分から立ち去った。

(どうせ自分の事は誰にも、信勝にだって分からないと話を打ち切った。自分のことばかりで馬鹿だった。あの時、無理にでも聞き出していればきっと死ななかった)

 それはだれも知らない話。
 魔王が一人きりの部屋で後悔の涙を流した誰も知らない話。