異様な部屋であった。石造りの壁や床、天井にまで黒い触手が根を伸ばし、ゆっくりと脈打っている。地下ゆえに窓は無く、蝋燭の心許ない灯りだけがその狂宴を照らし出していた。
フードですっぽりと顔を隠し、引き摺りそうなほど丈の長い黒いローブの男たちが、静かに生贄を選別していく。
「この母胎も失敗か」
培養槽に浮かぶ異形の幼体を無表情で見つめる黒髪の青年が静かに呟く。
「次なる贄の調達を急がねば。我らが神の器を、何としても探し出すのだ」
✻✻✻✻✻
クライヴ・ロズフィールドは今日何度目か分からない溜息をそっと吐き出した。なるべく溜息に聞こえないようにしたはずなのだが、助手席に座るティアマットはそれを聞き逃さなかった。
「なんだ?何か文句があるのか?」
山ほど、と言ってやりたかったがそんなことを言えば面倒が増えるだけなので黙って首を横に振る。従順なふりさえしていれば暴力をふるわれることも、借金を押し付けられることもない。
切っ掛けはビアストが持ってきた「帰らずの館」の噂だった。中の様子を撮影して怪しい影のひとつでも映っていればバズって金を稼げるという結論に酒が入った彼らが至るには時間はそうかからなかった。あとはもうなし崩しで、クライヴはこうして運転手をしているというわけだ。
出発してから嫌な予感は増すばかりだ。半日近くかけて件の洋館に辿り着く頃には、体の震えが止まらないほどだった。実家は神職だがクライヴ自身に霊感と言われる類のものはない、そのはずなのに。
木陰で吐き気に耐えるクライヴを置いてティアマット達は早々に屋敷の中へ入っていってしまった。すっかり温くなってしまったミネラルウォーターを飲んで三人を待つが……一向に出て来ない。そろそろ警察に連絡すべきなのかとスマホを取り出したその時、遠くから悲鳴が聞こえた。
「……ティアマット?」
何十年も放置されているという話だったから荒れ果てているのかと思ったが、中は思ったよりも綺麗だ。綺麗といっても、流石に埃は積もっているしひび割れている窓もあるのだけれど。
「スマホ……これは確か、エイビスのか」
クライヴが拾い上げるのを見計らったかのように、開けっ放しにしていた扉がひとりでに大きな音を立てて閉じる。
「は!?」
押しても引いてもびくともしない。閉じ込められた?誰が、何のために?一旦は治まった震えがまたぶり返してくる。ここにいてはいけない、確証もなにもないが心がそう叫んでいる。思い切り体当たりをしてもこちらの身体が痛むだけ。花瓶でも探して窓を破るほうが早いかもしれない。これだけの屋敷なら何かしら残っているだろうと見当を付け、部屋を見て回ろうとしたが遠くから、何か不気味な音が近付いてきている気がする。ガシャン、ガシャン、と。まるで出来損ないのロボットが歩いているかのような───。音の元を確認しようと視線を上げたクライヴの先で、青く歪な刀を持った甲冑が低く呻いた。
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