さちこ/Sharia
2024-06-10 23:42:57
2610文字
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指輪と思い込み

成長ifフィノシャリ

「わ、ホントに来てる。これ全部お見合い写真?」

ぱちくり、と紫水晶を瞬かせ、錬金道具と木工道具を抱えた女は妹分の目の前にずらりと並んだ女性の写真をしげしげと眺めた。

「そうよ。いっぱい来るから本当に勘弁してほしいわ」
「さすが名門ルヴェユールの次期当主」

まぁ、あの子もいい歳だしそろそろお嫁をもらう時期なのだろう。まだ早すぎる気もしないではないけれど。

「へぇ、国外の子もいるじゃん……14歳!?二人とも今28でしょう!? ちょっと幼すぎるって!」
「そういうのもあるから私が全部精査してるってわけ。アルフィノは断りの手紙どころか見ることもしないし」

たしかにあの様子じゃなぁ、と広いルヴェユール邸の2階にある執務室を見上げる。
最近は父であるフルシュノと机を並べて忙しそうにしている。シャリア自身何度か書類を運んだし、忙殺されている二人にコーヒーを作ってやったことだってある。数滴巨匠の薬酒を入れてやったところ、強請られることが少し増えた。流石に体に悪いから、普通のコーヒーを出すことがほとんどだけど。

「こんな忙しい時期に送ってくる時点でお断りよ! なんなら断りの文面も全部同じ文章で印刷してやるわッ!」

そうアリゼーが意気込みながら、流れ作業でお見合い写真に断りのハンコを押して行く。
せっかくだからここで作業しようか、と道具をアリゼーの正面に置き、作っている途中で止めていた羽ペンを削り始めた。

「懐かしいなぁ。わたしにも昔はいっぱい来てたっけ」
「あぁ、そういえば……この比じゃないくらい山になってなかった?」
「うん。で、アルフィノが珍しく怒って全部燃やそうとしてたのよね」

止めるの大変だったわ、と他人事のようにほけほけ笑う英雄に、アリゼーはげんなりした。知り合いのお見合い写真にはことごとくいい思い出がない。

「というか、シャリアは嫉妬とかしないの?これ、要するにアルフィノが言い寄られてるってことなんだけど」
「嫉妬?こんな小さな子供たちに? する理由がないし、そんな大人気ないことしないって」
「理由がないって……あなた、一応私の“お義姉ちゃん”じゃない」

かり、と羽の切り落とす音が止まる。
アリゼーが流れ作業を止めて顔を上げれば、ポカンとした“義姉”がそこにいた。
手袋をやめた左手の薬指には細やかな装飾がなされた指輪が燦然と輝いており、その中心には深い青の宝石が付いている。当然、アリゼーの片割れの左薬指には色違いの、紫の指輪が今も煌めいている。

……時効じゃない?もう12年も経ってるんだし……
「アルフィノはそう思ってないわよ、絶対。いい加減公表したらどうなの? ヤ・シュトラもせっついてたわよ」

へたりと耳を平行にしたシャリアに、アリゼーはハンコの先を向けた。

「それに。公表してくれたら、私だってこんな面倒な作業やらなくて良くなるんだから」
「むしろその中からちゃんとあの子の相手見つけてよ……ほら、私はもう110のおばあちゃんになるわけで」
「ヴィエラの歳なんてあってないようなものじゃない」
「そうだわ、私だって大歓迎よ?」

アリゼーとシャリアの正面に、暖かい紅茶が差し出される。
二人して見上げれば、そこには双子の母、アメリアンスがにっこりと微笑んでいた。そろそろ男二人の書類仕事が終わりそうだと告げて、彼女はシャリアの隣へと座る。

「アルフィノだって貴女以外を迎えるつもりはないようだし、はやく籍を入れてしまえばいいのよ」
「アメリーまで……もう、こういう話になったらいっつもわたしが不利になるからやめてよ」

普通、自分の母親より年上の女など嫌だろう。
あの日、死にかけの女の告白に抱いた哀れみを恋心と間違えているだけだと何度伝えれば良いのだろうか。

そもそもこんな指輪を10年以上丁寧につけ続けているのがダメなのだ。さっさと外してしまおう。
初恋を年単位で引きずること自体がおかしいのだから。アルフィノもこうして縁談がたくさん来ているのだし、自分もいっそ里へ帰って適当な相手を見つけた方が────

「シャリア」
「あっ」

引き抜きかけていた指輪が元の場所へ引き戻される。

「何を、していたんだい」

指輪を握りしめる長い指。
首元に回された腕は後ろから伸びていて、優しい腹の底へ響くような声が頭上からぽとぽとと落ちて来た。
同じデザインの指輪が嵌った左手が冷や汗の吹き出る顔の縁をなぞり、他の種族であれば耳があるであろう場所をスリスリと擦る。

「まさか……これを取ろうとしていた訳ではないだろう?」

顔を見たくない。怖い。こういう時のアルフィノは大体の場合……ブチギレている。
書類仕事だからと昔のように結っていた白髪が、顔の横へサラリと落ちてきた。
正面にいるアリゼーは呆れた顔をして助けてくれそうにない。積み上げていた令嬢たちの写真が散らばって大変なことになっている。羽ペンの切り落とした先を溜めていた箱に、令状の写真が一枚入り込んでいた。
それを持ち上げて────クス、と、きみは笑った。

「こんなものを真に受けたのか……本当にいつも思い込みが激しいね、私の矢は」
「あ、あの、アルフィノくぅん……?怒ってらっしゃる……?」
「さぁ、どうかな」

青年は写真を置いた後、手元の椅子をぐるりと回し、そのまま自分よりも小さくなった兎を横抱きにする。
本物の兎のようにカタカタ震える恋人を愛おしそうに見つめ、頬を擦り寄せた。

「アリゼー、それにお母様。少し部屋に篭ります」
「あー……はいはい、手加減しなさいよ」
「人払いはしておくわね〜」

ひらひらと手を振るアメリアンスに、そこらの令嬢が見ればバタリと倒れるであろうほどの美しい微笑みを向け、アルフィノは颯爽と自室へと続く階段を登る。腕から飛び出した長い兎の足がピクピク震えているのがなんとも憐れな光景だった。
ふぅ、とため息をついたアリゼーは、ようやく最後の仕分けを終えて、アルフィノの部屋を見上げた。

「お母様知ってる? あの指輪、互いに共鳴する位置特定の魔法がかかってるのよ」
「えぇ、知ってるわ。私とフルシュノさんも術式構築を手伝ったもの」

私たちだって彼女にはここにいてほしいのよ。
そう言ってウィンクをした母に、アリゼーは苦笑いを返すのだった。