スサ
2024-06-10 23:26:13
2831文字
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【ゲ一家】千年生きた大妖怪の特技

「おぬしの前にいるのは千年生きた大妖怪じゃぞ」を父にやってほしいけど…からひよこの仕分けのお話してもらってそれ!になり…ほのぼのです。鬼くんは3歳くらいです。


 近所の神社の祭礼で、ささやかながら露店も出るというので、仕事帰り、背広とネクタイだけを外し、水木はまだ幼い養い子とその実父を伴い祭りへ繰り出した。
 今では知り合いの妖怪達に「目玉のおやじ」と親しまれる幽霊族の男は、どういう理屈かは謎だが、時折人の姿に戻ることができるようだった。特に夜に多く、昼には難しいそうだ。丑三つ刻ならさらにとのことだが、そんな時間は俺は寝てるし鬼太郎も寝させるとピシャリと言い聞かせた。
 しかし裾のほつれた着流しではあまりに異様なので、義息の分を誂えるのと一緒に新しい浴衣と着物を仕立ててやったのは最近のこと。おぬしは着んのか、と男は申し訳ないような、戸惑うような顔をしていたが、おやじさんとお揃いだなぁ鬼太郎、かっこいいなあと息子の方を褒めたらあっさり陥落していた。
 妻もわしに着物を仕立ててくれたことがあったのう、とこればかりはいつもと同じ下駄をカラコロさせながら語る男のおっとりした口調に、水木は鷹揚に笑う。そうして、自分の腕の中でキョロキョロあちこちを見る幼い子に目を細める。どこもかしこも小さくて、むっちりとまぁるくて、そのもみじのような手が今はしっかり水木のワイシャツを握っていて。それだけで1日の労働の疲れが吹き飛ぶようだった。
 疲れとるじゃろ、わしが抱いていこうと手を差し出す鬼太郎の実父には悪童めいた顔で舌を出し、嫌だね、と言って幼子をぎゅっと抱きしめる。もうミルクは卒業しているのだが、ほんのりと優しい香りがした。
「お前さんは普段日中鬼太郎をひとり占めしてんだから、夜くらい俺に譲ってくれるのが筋ってもんじゃないか?」
「何を言うとるんじゃおぬしは」
 男、水木がゲゲ郎と呼ぶ幽霊族なる種の生き残りの眼差しは「こやつ、阿呆なのでは?」と言っていた。こいつ、と眉を上げた水木だったが、腕に抱えた幼子がきゅうっと胸をつかみ、いとけない声で「みじゅ」と呼ぶので、一気に相好を崩した。
「どうした、鬼太郎?」
 あれ、と言うように鬼太郎の小さな指が夜店に並んだとりどりのお面を指していた。
「鬼太郎はすっかり顔隠れちまいそうだなぁ。どれがほしいんだ?」
「これ、水木や
「なんだよ、じいさん」
「じっ」
 しびっ、と目を丸くした種族の異なる相棒に、水木は片側だけ口角を上げ、悪ぶった笑みを浮かべる。それは彼の整った顔に似合っていたが、目元が「してやったり」と楽しげに輝いているせいで、稚気が勝っているように見えた。
「はは、お前さんのことは蒲柳の質で通してるんだ、あんまり騒ぐんじゃないぞ」
 時々姿を現すゲゲ郎が鬼太郎の父であることを水木は近所に隠していない。その代わり、「大戦の影響で今も体を損なっており、普段は山の方で療養している」という理由を用意している。だから旧友の水木が鬼太郎を預かって育てているのだ、と。身よりもないことになっているが、まだまだ、歯切れ悪く空襲でと言えば誰もそれ以上は踏み込んでこない。この程度の口八丁なら水木にとって朝飯前である。
心得ておるわ」
 ふん、と鼻を鳴らした鬼太郎の実父に、水木は目を細めて笑った。

 お面に始まり射的や金魚すくを楽しんで、さてそろそろ帰ろうかと、まだ目を爛々と輝かせた鬼太郎の背中をポンポン叩きながら水木は相棒を見る。男も心得たもので、そうじゃの、わし疲れたわい、などと言う。幽霊族がこの程度で疲れるわけもないが、鬼太郎にそれとなく伝えるには仕方がない。
 大きな丸い目が、とう、つかれたの?と問うている。うんうん、と目を合わせたゲゲ郎が頷くのを見て、少し名残惜しげな顔で、甘えるように鬼太郎は水木を見上げる。
 聞き分けのいい良い子の鬼太郎は、周りの誰かがこんな態度を取れば、それを汲んで我慢してしまう。それが時々水木はもどかしい。
 だから、今、まだ帰りたくないという気持ちをこめて見上げてくる目の甘えは心地よかった。
「しょうがないなあ、もういっこだけだぞ、見てくの」
!」
 鬼太郎の顔がパッと輝く。そしてぐりぐりと額を水木の胸にこすりつけ、みじゅ、みじゅ、と言ってくる。可愛いといったらない。
わしばかり悪者にしおってぇ」
「悪者になんかしてないだろが。お、鬼太郎、ひよこ買って帰るか」
「こっこ?!」
 驚きに目と口を大きく丸くする鬼太郎の頭を撫で回して、そうだ、と水木は頷いた。もう金魚がおるが?!とゲゲ郎が止めても無駄なようだった。
 が、水木は鬼太郎を抱いたまま少し考え込む。ひよこを買ったとてそこまで大きくなる前に死んでしまう気がするが、そうだとして、果たして買うべきは雄か、雌か。卵を産むのは雌だが。
 あんちゃん、まだ決まんねぇのかい、と歯がないせいで滑舌の悪い店主がからかえば、不意に、六尺は越えようという頭の白い大男が考え込む男の斜め横に立ったもので、店主もやや目を丸くする。何やらただ者ではない気配がする。
のう」
 髪色のせいで年寄りかと思ったが、顔立ちや声は三十路か四十路かといった程度。腰も曲がっていない。
「なんだよ、俺は今忙しい」
 見てわからんのか、と吐く男は目元の傷が厳ついが、ご同業ではないだろうと店主には見当がついている。それに、傷を除けば甘い二枚目といっても良い。
おぬしの隣にいるのは誰じゃと思うておる」
 もったいぶった言い回しに、ちらりと傷の男の目が横を流し見た。
「千年生きた大妖怪じゃ。雛の雌雄を見分けるなどたやす」
 白髪男は最後まで言わせてもらえなかった。傷の男が手刀を遠慮なくその白い頭に叩き込んだせいだ。
「ったあ! 何をするんじゃあ」
 頭を押さえて抗議する様子からは、最初に感じた不気味さはなかった。
 ぎゃあぎゃあわめくいい年をした─店主からすればひよっこだが─男達を、よしないよしない、と店主は親指のない手をかざして諌める。
「坊主がびっくりしてらぁ。ほれよ」
 店主は無造作にひよこを一羽、小さな子どもに握らせた。何とも文字にしづらい声が幼い音を発する。こっこ、とはかろうじて。
「そうだな、良かったなぁ」
 傷の男の方はころりと表情を替えて、幼子に頬ずりする。子どもの方もきゃらきゃらと楽しげな声をあげる。
 母親の姿が見えないし、男たちの関係もわからないが、この幼い子どもを大事に慈しんでいることはわかった。
 代金を告げる前に傷の男が金を渡してくるのを受取り、坊主、良かったな、と店主は愛想ばかりでもなく言った。

 その後ヒヨコは無事に育ったが、真っ赤なトサカも立派なニワトリが卵を産むはずもない。こっこ、たまごうまないねえ、と首を傾げる鬼太郎に悶絶しながら説明に困る水木が見られるようになるが、この時はまだ夢にも思わなかった。水木の母が「今夜は水炊きにしようかね」との一言で鬼太郎と水木を追い詰めることも