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よつもり
2024-06-10 17:01:33
3403文字
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映画・本のはなし
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映画 北野武監督・主演『菊次郎の夏』 感想
2024年6月7日に観た映画の感想です。
祖母と二人暮らしの正男は、夏休みひとりぼっちになってしまった。
通っているサッカークラブは夏休みの練習がないし、友達はみんな家族で旅行や遊びに出かけてしまっている。
正男の祖母はパートで忙しい。
父親は正男が小さい頃に亡くなっていて、会ったことがない母親は正男のために遠くで働いていると聞かされている。
家でダラダラと過ごしていた正男は、ひょんなことから、赤ん坊の自分と祖母、そして母親が写っている写真と母親の現在の居場所と思われる住所を見つける。
お母さんに会いに行こうと思い立った正男は家を飛び出すも、すぐに地元の不良に絡まれてカツアゲに遭う。
そこに通りがかったのが、祖母の友人のおばちゃん。チンピラ風のおじちゃんも一緒にいて、おばちゃんの旦那だという。
おばちゃんは正男から事情を聞き出し、自分の旦那にお小遣いを渡して正男を母親のもとに連れて行くように言いつける。
成り行きでこわいおじちゃんと一緒に出かけなければいけなくなった正男はずっと下を向いている。
おじちゃんはおばちゃんからもらったお小遣いを競輪で溶かし、
正男を外に置いて居酒屋で飲み食いするなど正男に構わず過ごすものの、
正男が変質者にいたずらされそうになったところを助け、だんだん情が芽生える。
おじちゃんは行く先々で好き勝手を言い、迷惑に振る舞い、人のものを盗るのは常習で、
口は悪く、けれども自分より強そうなやつには真っ向勝負できず、ひねくれていて卑怯という、
良いところがまるでないおじちゃん。
途中、ヒッチハイクで乗せてくれたカップルが正男の境遇を心配して親切にしてくれる。
正男に天使の羽根の飾りがついた青いリュックを渡してカップルは去っていく。
やがて正男とおじちゃんは、正男のお母さんが住んでいるはずの住所に辿り着く。
おじちゃんが正男より先に様子を見に行くと、その家には確かに正男の母が住んでいて、
けれども彼女はすでに別の家庭を持って幸せそうに暮らしていた。
正男とおじさんはその家に声をかけずに立ち去る。泣きじゃくる正男。
正男を励ましたいおじさんは、通りがかりのライダーから天使のモチーフの鈴をカツアゲして、
それを正男に渡して言う。
「お母さんは引っ越したって。それで、正男が尋ねてきたらこの鈴を渡すように言われた。」
「苦しい事とか悲しい事があったら、これを鳴らすと天使が来て助けてくれるってさ。」
これはおじちゃんの精一杯の嘘で、正男に「天使来るだろ」と言うけれども、正男は「わかんない」と言う。
それから二人は夏祭りに行く。おじちゃんが正男を喜ばせようとするあまりに傍若無人な振る舞いをするので地元のヤクザにボコボコにされ、
正男はおじちゃんのために薬局に走り、おじちゃんを介抱する。
そして二人は、往路で一度出会っていた小説家志望の男と再会し、
おじちゃんが正男の事情をこっそり話したところ、数日キャンプをすることを提案される。
おじちゃんが天使の鈴をカツアゲしたライダーのデブとハゲも合流し、みんなで正男と楽しく遊んで過ごす。
その日程の合間、おじちゃんは自分の母が入居する老人ホームを訪れる。
しかし母に声をかけることができず、おじちゃんは立ち去る。
楽しいキャンプが終わり、みんなさよならをする。
ライダーのおじさん達の背中には、イーグルが羽を広げている刺繍が描かれている。
小説家志望のおじさんに東京に送り届けてもらい、正男とおじちゃんもさよならをする時が来る。
おじちゃんは正男に「またお母さんを探しに行こうな」と言い、「おばあちゃんを大事にしろよ」と言って正男を送り出す。
正男はおじちゃんに名前を尋ね、おじちゃんは照れながら「菊次郎だよ、バカヤロー」と返す。
☆ ☆ ☆
これは、母を探してひと夏の旅に出る少年・正男の物語であるのはそうなんですが、
実は菊次郎というどうしようもないチンピラが、正男という天使に出会って癒やされるという、そういう話でもあるんですよね。
というわけで、タイトルは「正男の夏」ではなくて『菊次郎の夏』というところがあまりに巧い。おしゃれすぎる。
道中、出会ったカップルが正男に天使の羽根の飾りが付いたリュックをくれますが、
その辺りから正男は菊次郎の天使としての存在感が出てきたのでしょう。
けれども物語のこの時点ではその意図はまだわからない。
正男が自分は母に捨てられていたと知り、
泣いている正男に、菊次郎がカツアゲで手に入れてきた天使の鈴を渡して、精一杯慰めるシーン。
物語の前半であれだけどうしようもないチンピラであるということをまざまざと見せつけられているからこそ、
菊次郎が精一杯のきれいな嘘をついて正男を励まそうとした様子が胸に迫ります。
きれいな海の背景とこの菊次郎の精一杯の嘘と。このシーン大好きだなあ。
菊次郎は、心に寂しさであるとか、やるせなさをずっと抱え続けてきた人で、
きっとそのために捻くれて、背中に紋々も入れるような人生を歩んできて、
母親には会おうと思えば会えるはずなのにすぐそこまで行って引き返すことしかできない関係で、
そんな菊次郎が、正男に自分を重ねて、正男をなんとか励まそうとするのは、
菊次郎が傷ついた少年の頃の自分を癒すことでもあったのかなと。
菊次郎おじちゃんと、優しいおじちゃん(小説家志望)と、デブのおじちゃんと、ハゲのおじちゃんという、
誰も彼もアウトロー的なおじちゃんたちは面白おかしく正男と遊んでくれて、
つまらない夏休み、お母さんが僕を捨てたと分かった夏休みという、
人生最悪の夏休みになるはずだった夏休みは、
おじちゃんたちと楽しく遊んだ夏休みにもなった。
この展開、私も救われましたし、このあたりのくだりは面白おかしく描かれていて笑いながら観ることができました。
そして楽しいキャンプが終わり、さよならのとき。
ライダーのおじちゃんたちのジャケットの背中が映ったときに、あっと思わされました。
イーグルが羽を広げているデザインの刺繍がされています。
この物語のモチーフは「天使」だと思うのですが、
これは天使の鈴であるとか、正男の天使の羽根のリュックで示されていて、
その天使の羽根のリュックと、イーグルが羽根を広げているモチーフは、こちらもまた通じるところがあります。
ということは
…
ということは
……
!!
正男にはちゃんと天使が訪れていたということではないでしょうか。
そしてその天使たちは、デブのおじちゃんと、ハゲのおじちゃんで、
彼らはライダーの姿をした天使だったんだ!!
ということを思った次第です。
この演出があまりにおしゃれで、素敵で、面白くて。
物語の中で明言されているわけではないものの、おそらくそういう意図なのだろうなということを思います。
正男はお母さんに会えなかった。けれども正男のことを気にかけてくれるおじちゃんたちがいっぱいいて、
そういうおじちゃんたちにたくさん遊んでもらって、
菊次郎おじちゃんとも絆が生まれて。
なにかそういう、繋がりが芽生えていくという様子がとても素敵でした。
出会ったカップルやライダーのおじちゃんは正男と分かれる時に「またね」と言いますが。
これも綺麗な嘘で、切なくて、好きだな。
多分、きっと、もう会うことは無いんじゃないかと思います。
それでも「またね」と言って、もしかしていつか次があるんじゃないかと期待や可能性を残しておくことの美しさがある。
菊次郎おじちゃんと正男は、きっとその後も会うことがあるんじゃないかな。
同じ町に住んでいる様子ですし。
町で出会った時に、ちょっと挨拶や会話を交わすだとか、
おじさんは正男の成長を見守るだとか。
正男もおじさんに見守られて成長していくであるとか。
そういう後日談を想像しました。
正男と出会ったことで、菊次郎おじちゃんの耳にはいつも天使の鈴の音が聴こえるようになるのだろうな。
それがきっと冒頭の、正男が天使のリュックを背負って走っているシーンの意図なんじゃないかと思います。
けっこうハードな旅行だったと思いますが、正男も菊次郎おじちゃんに出会えて、一緒に旅ができてよかったね。
いいひと夏の思い出のお話でした。傑作です。
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