皆瀬茶太(シキゴウ全)
2024-06-10 09:57:57
6118文字
Public バットマン
 

クラブルなれそめ前編

たたき上げ。まだ5000しか出来てないやばい。
10000文字ぐらいで終わると思ってるがどうだろ

 眠くないからと駄々をこねた絵本の読み聞かせなのに、ものの数分で寝てしまう。
 恐らくは、『それ』に似た行為だと思う。

 とうに、自分の感情に名前は付けていた。
 だから俺は『これ』を大事にしまって隠す事はしなかった。
 自分の心に適度な栄養を与えてやるのだ。
 そうすることで、欲は満たされているだろう? と、安堵の眠りにつける。
 
 それが一生だとしても、俺は苦でなかった。

 絵本を読み聞かせる側は、違っていたらしい。


        ◆◆◆


 ステッペンウルフとの闘いが終わり、文字通り世界が救われた。
 ほとんどの人類は知らない。全てのメタヒューマンも、把握している訳ではない。
 知らないでいてくれる人たちがいるという救いを、救った側は受け止める。
 ただ今回は、明確に違うことがある。
 空を見上げても明日の天気を気にするかだった日々に、スーパーマンが居るかを探すことが戻ったのだ。
「忙しそうだ」
 メトロポリスの港に車を止めたブルースは、降りるなり空を見上げた。
 わずかに目を細める。顔には出ないが空の軌跡に心が暖かくなった。
 今日のブルースは、ウェイン産業の社長として街に来ていた。
 クラークに連絡はしていない。しないことが普通だったからだ。
 空に姿は見えないが、彼が居た事を残している。今日も彼の生きている日なのを実感して、目的地の倉庫に顔を向けた。
「やあ」
 視界を埋めたのは倉庫ではなく、かのヒーローだった。近すぎて半歩下がったら、半歩分浮いたまま近づかれた。
……呼んだ覚えはないが」
「うん。だけど視えたから」
 答えになっているか?
 顔には出さずに、ブルースは内心で首をかしげる。なにせ、彼を見る会えることそのものは、ブルースにとって嬉しい事だから。
 スーパーマンがブルースの胸元に視線を落とさなくても、心臓の音が変わったのは自分でも把握している。
「見るな」
「まだ見てない。プライバシーは守るよ」
「保護マークすら通過させるが、信用はしている」
 顔にどこまで出ているだろうかが気がかりだが、ブルース・ウェインの名は伊達ではない。
 自らを奮起させてスーパーマンの向こう側にある目的地に足を動かす。
 ちょっと足音がたどたどしい。
「この後暇?」
「天下のスーパーマンにしてはテンプレートな誘い方だな」
 浮いたまま着いてくるのは何故だろうと、横目に彼を見る。あくまで視線は合わせない。近すぎる。そうだ、近すぎるんだ。
「せめてその恰好じゃなければ」
 思わず口にしてしまい、手で隠すが遅い。
「へえ……『どっちでも』変わらないようだけど? 」
 スーパーマンの言葉に足が止まった。
 どれだけ声を潜めてもこの世界に出てしまったら聞こえてしまう相手は、ブルースのうっかりに、しっかりと揚げ足を取った。
……見てるんじゃないか」
「知っていて言うのはズルくないのか」
 バサリ、と海風にマントがたなびいた。
 スーパーマンはブルースの視界に埋まるほど近づき、どこにも触れずに視線を強引に合わさせる。
「どうして逃げるんだ」
「逃げていないだろう」
 現に足は動かないし、視線は反らせられない。
 視界は彼だけで、光も彼だけが放っている。 彼が作った影が、ブルースを周囲から隠す。
 もうじき待ち合わせの時間の筈なのに、人の気配が聞こえない。
 どうしてと思う前に、自身の鼓動が答えだ。
「聞かなくても煩そうだ、その心臓」
「っ、いや、そ、……耳元で言うのは止めてくれ」
「逃げていないなら、この後会ってくれるだろ」
 ブルースは小さく頷いた。
 それで十分だったスーパーマンは、あっさりと離れて真上に飛んで行った。
 ブルースの仕事相手が、倉庫の角から来たのはすぐだった。
「ウェインさん?」
 倉庫管理会社の代理人だ。先までのやり取りに気づいてはいない顔でブルースに近づく。ブルースのすぐ傍に倉庫の扉があるからだ。
 代理人の近づく距離を把握した上だったと、気づいたところで遅い。
 見られなくて済んだと思えば良いのか、実は逃げきれたんじゃないかと省みるべきか。
「ミスターウェイン、ご気分でも?」
「いや、大丈夫だ」
 詮無い事への沈黙が長すぎた。
 ブルースは一つ呼吸をして、ウェイン産業の社長に戻る。心拍数は、彼がいなくなるだけで簡単に平均値だ。
 倉庫に入る前に仰ぎ見た空には、何の跡も無かった。


        ◆◆◆


 仕事を終えたブルースは、デイリープラネット社の前に、車を止める。
 待ち合わせの場所も時間も、決めていなかった。
 彼は超人でありながら社会人として働いている。
 出資している会社に、なによりブルース・ウェイン個人でもアポ無しでは行けない。
「出るか分からんが履歴だけでも残すか」
 スマートフォンを取り出したところで、窓を軽く叩かれて声をかけられた。
「ブルース」
 確認しなくても分かる、クラーク・ケントだ。
 ビジネススーツを少し窮屈そうに着ている眼鏡の男は、普段より中身が詰まっている鞄を肩にかけている。
「まだ仕事中か」
「大丈夫。1本取材はあるけど夕方からなんだ。ご飯食べそこなったから、僕の行きたい店でも良いかい? 」
 柔和な笑みで、乗って良いかいと大きな体を曲げて助手席を指さされた。
「構わない」
 眼鏡一つでこうも印象が変わるのか。
 いくつもの仮面を被ってきた者として関心しつつ、誘導されるまま数ブロック先のオープンカフェに着く。
「ここ夜にはパブになるんだけど、窯焼きピザが美味しいて評判なんだ」
「そうか」
 昼のピークを過ぎても十分賑わっており、2人は席の空いた外を指定した。
 オススメのピザ2枚を選び、焼かれるまでの間をクラークだけカップのジェラートで満たす。
「まるでバリーだな」
 ブルースは頼んだエスプレッソのカップを持ち、思わず微苦笑する。クラークも返すように、目を細める。
「さっきも言ったけど食べ損ねた。ピザまで待てない」
「ならピザでなくても良いだろう」
「ブルース・ウェインの舌が肥えてるから気軽なランチ一つでも戦々恐々なんだよ。でも僕もここは食べたことないから楽しみだなあ。社でも今一番の評判なんだ」
 にこにこと、春の便りのような笑顔でジェラートを胃に収めていく。
 これがあの、俺を追いつめるようにして約束を取り付けた男と同一人物か。
 何度見ても面白いと、エスプレッソを口に含む。思い出すと顔の体温が上がってしまうので、胡麻化す為でもある。
 ピザの味はまだ分からないが、エスプレッソは好みの物だった。
 クラークは大きな手で、小さなスプーンを使って少しずつアイスをすくって食べるのを何回か繰り返す。
 きっとダイアナも気に入る味だ、今度教えてあげよう。
 そんな事を思いながら、時折ブルースを覗き見る。
 他人から見られ慣れているゴッサムの寵児は、今も何名かに見られている。
 多くは観光客。ほとんどは一度見て終え、わずかな人数がじっと眺めているが害は無い。
 周囲の視線を歯牙にもかけない男は、それでも声をかけられればブルース・ウェインとして対応するだろう。
 正しく、彼の得になるように。
 それらとは全く異なる枠の中が、アルフレッドを含む彼の家族やリーグの仲間たち。ゴッサムシティ。あとは、彼の率いる会社の部下たちだろうか。
「ねえブルース」
 カップのアイスをほとんど食べ終えたクラークは、ブルースの名前を呼ぶ。
 他人の視線が恐ろしく、また疎ましかった少年時代を過ごしたクラークは、他人の感情の振り分けが得意ではない。
 そのままで良いとも思っている。とうに覚悟を決めた生き方を変えないのだから。
 そんな僕でも分かることが目の前にある。

ーブルース以上にきっと、僕の枠の形は極端だ。

 ブルースにとってその枠に当たり前にあったのがアルフレッドであり、入ってくれるのを待っていたのがリーグだろう。

ー僕は、自分の枠に入ってくれるのを待つ気はない。
 
「なんだ、おかわりか?」
 それこそバリーじゃないよと笑いながら、倉庫で約束させた理由を伝える。
「ブルース、僕とデートしようよ。2人きりで」
 丁度良くピザが運ばれる。ああ、空腹にはたまらない匂いと見た目。
「日時や場所を決める前に食べようか」
……………………1回持ち帰って良いか」
「ピザは出来立てが美味しいよ」
 そっちじゃないと言いかけた言葉を飲み込むのを眺めながら、クラークは、切り分けられているピースに齧りついた。


        ◆◆◆


 同日。
 ダイアナはある博物館へ修復した壁画を渡す為にゴッサムシティ近郊の都市に来ていた。
 昼には担当者に壁画を渡し終え、そのまま街を散策。夜中のフライトまで時間はある。夕方に色を変えていく空を眺めながら、夕食はどうするかと思っていた時だ。
 スマートフォンの画面に映る名前に、要件を悟る。
『すまないダイアナ。少し時間をくれないか』
 ステッペンウルフの時でもそんな声出してなかったわよね、という声は飲み込んであげた。
 夕食は既に予約済らしい。断らせてこちらの希望を伝える。
 ブルースとはすぐに合流できた。
 想像していた声のままの顔に、思わず苦笑する。
 ひどいな、とブルースはダイアナに合わせるように笑おうとして失敗した。
「それじゃあ、どっちにしたの? セーフハウス? ペントハウス?」
「後者だ」
 予想通りの場所には彼女をもてなす為に、アルフレッドが注文した食事やドリンクがセッティングされていた。
「完璧」
「それは良かった」
 彼女の要望は、相手はブルース・ウェインでも女子会だった。ダイアナは、スマートフォンの画面を見た時から相談の内容を把握している。
 お洒落なレストランも個室も、貸し切りもいらない。フライトまで気兼ねなく友人と居られる場所と食事が、こんな夜には必要だろう。
「さて、特に聞かなくても分かるしさほど興味も無いけど、聞くわよブルース」
「相手を間違えたと思えないのが辛いな」
 ネクタイを緩めたブルースは、取り繕うのも諦めたように眉毛を下げる。
 相手を間違えなかったおかげで、結論を出すのにワイン1本どころか一杯でこと足りた。
「私があなたの味方をした事が無いのを分かってて言ってるのよね、ブルース」
 ダイアナは、自分好みの赤ワインをわずかに残したグラス越しに、ソファの反対側に座る男に答えた。
 飲み干したグラスをローテーブルに置いたブルースは、目の前のピンチョスに手を出しかけてやめた。軽食はブルースを助けてはくれない。
「君は、俺に対する手心が無さ過ぎやしないか」
 今日起きた経緯を端的に洗いざらい話しただけで、このセリフだ。
『君、一緒に来てくれないか。クラークとのデートに』と頼まれた当人は、何故頷くと思ったのか聞きたいほどだ。
「言っていいきかせられる子供なの? あなた」
「やはり手厳しい」
 ダイアナの空いたグラスにワインボトルを見せれば、グラスを差し出してきたので注ぐ。
「ありがとう。このワイン凄く美味しい」
「アルフレッドに言っておくよ」
 自分のグラスにも同量を注ぐと、先ほど手を付けなかったピンチョスを口に入れる。
 アルフレッドが作る方が美味いなと思ってしまった。
 一方でダイアナは、別の軽食を食べながらワインを嗜む。向かい合う大きな肩を下げる姿に、施されると思ったら大間違いなのだ。
「私の前で隠し事できないのを分かってて私を呼んだのに、呼んだ理由が本当にそれ?」
「もちろん本心だから、ヘスティアの縄を使う必要はない」
 ブルースは躊躇う間も置かず、ダイアナに問う。
「ダイアナ。俺の彼への態度が、罪悪感や憧憬だけに見えるか?」
「全然」
 これは確認だ。
 ブルースは自分の心に意味のある名前を付けているし、ダイアナも、直接聞いていないが見ているだけで分かる。
 知らない人間はリーグには居ない。
 
 ブルース・ウェインはクラーク・ケントに好意を抱いている。恋愛感情の意味も含めて。 

 見せていてブルースは、それから先を望まない。
 アルフレッドは、いつも通り仕事をしている。
 興味のないアーサーは、鼻で笑ってビールを呑むだけ。
 ビクターは、自分が介入する事ではないので見ないフリをしている。
 バリーはブルースの為に矛盾を正しくしたいが、同時にブルースの為に、ブルースの望む現状維持を見守っている。言いたい口を食事でもごもごさせながら。 
 そしてクラークは、ある日からブルースでありバットマンを相手に追いかけっこを始めた。
 ダイアナは、クラークを全面的に応援しているものの、関わるつもりはない。
 恋は主役の二人以外、本当は不要なのだ。
 アーサーと違う点は、クラークの味方である事。
 ペントハウスから見える夜空には、今のところスーパーマンは飛んでいない。
 もし見つかっても、ここには来ないだろう。
「ブルース。『ネングノオサメドキ』って知ってる?」
「とっくに納めた形が今だ」
 即答だった。
 彼はどこまも自覚しているから、タチが悪い。
 歯噛みする代わりにブルスケッタを齧った。美味しい。
 ブルースの中途半端な逃亡と、追いつめる事まではしないクラークの追いかけっこは、誰もがハッピーエンドだと分かる筋書き。
 そろそろアーサー辺りが、何日に終幕するか賭けそうだ。当事者の片方が拒んでいる茶番の上に並べられた食事が美味しいせいで、ダイアナは多くを飲み込んで笑ってあげる。
「不器用ねえ」
「それも知ってる」
 空になったワインボトルを横に置いて、ブルースは自虐的な笑みでダイアナを一瞥する。
 ワインの澱のような眼差しだった。
「こじらせてるわねえ」
「その言い方は肯定しかねる」
「そういうところよ」
 どういうところだ? と隠さず顔に乗せるのも、話題の先がクラークだからだ。
「クラークは諦めないわよ」
「それも知ってる」
 故に、話は最初に戻ってしまう。
「だから君なら彼に言うことを聞かせてくれるだろう? ダイアナ」
 この席が出来た理由。クラークとのデートに同伴してくれ、だ。
 可愛くない。全く可愛くないおねだりだ。
 惚れたままの男以外は魅力的に思えないので、ダイアナは無言で真実の縄を出した。
「ブルース、言わせられるか自ら言うか二択よ」
 そこまで頑なな理由を求めた。
 この食事会の等価があるなら、ブルースの年貢しかない。あるいは、バットマンの。
 ブルースは煌々と光る縄を見て、
「今からでも君とバリーをチェンジ出来ないか」と呟いた。
「無理ね」
 ブルースは新しいグラス二客に、新しく開けたワインをそれぞれ注いだ。
 人選は間違えていないはずなのになあと、先よりは若い色をしたワインを見下ろす。