きなこ湯
2024-06-09 20:06:23
3054文字
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手頃な暗闇

 トルレ・シャフの構成員を捕縛した作戦終わりに談笑するベネッタ、カルカノーレ、候補生の話。
 銃マスワンライのお題「山・海」より。特に本編等のネタバレはありませんが、ベネッタ・カルカノーレの加入後を想定しているため、存在しないロードストーリーイタリア編後を捏造しています。
 候補生の一人称は「私」で書いています。

「うー……ん!」
 大きく伸びをしたカルカノーレの影が、街灯に淡く照らされ薄く伸びてゆく。すっかり日も落ちた頃合いで、石畳の輪郭線もぼやけて遠い。腰元まで伸びた赤毛混じりの明るい金髪が夜風に揺れた。市街地付近に潜伏していたトルレ・シャフの構成員を捕縛して連合軍へと引き渡し、任務はひとまず完了である。
 木製ストックの銃を担ぎ直して短く息を吐いたカルカノーレに対し、ベネッタが軽く首を傾げる。
「そんなに消耗したか?」
「まあ。何と言うか、手間は増えたなと思ってさ」
「違いない」
 候補生はふたりの〝物騒さ〟はよく理解していた。敢えて口を挟まずにいるも、ベネッタはそれを許してくれるほど穏便で心優しい貴銃士ではない。
「上層部は口が堅いんだろう?」
……
 トルレ・シャフの構成員は主に二種類に分けられる。使い捨ての駒として使われる外部の人間と、組織内部の人間だ。対比は圧倒的に前者が多く、捕縛した人間のほとんどは大した情報を握らされていない。一方、後者の人間は忠誠心が強い。連合軍の規定内の尋問では何の情報も落とさないのが常だ。連合軍に在籍する人間にとってはある程度周知の事実である。現在は士官学校の貴銃士として活動しているふたりが知っていても、おかしなことはない。同時に、彼らの経歴的に別の懸念点が生じかねないことも事実であった。
 カルカノーレが候補生の顔を覗き込み、悪戯っぽく笑う。
「オレたちに任せてくれたりしない? 必ず良い結果をプレゼントしてみせるよ」
……気持ちだけ受け取っておく」
 候補生ができるだけ穏当な言葉を選んで返すと、カルカノーレはエメラルドグリーンの瞳を細めて「そっか」と頷いた。候補生を挟んで反対隣に立つベネッタもわずかに口の端を上げる。こちらの戸惑いなど承知の上だろう。己の物となっても隠し切れない〝物騒さ〟に、候補生は心の内で嘆息した。彼らが物言わぬ道具であれば持ち主の意向に従うのみだが、人の肉体を得た貴銃士には当てはまらない。ただし、手綱を握らされているうちは自分の手に責任がある。
「でも、退屈しなくていいよね。まさかオレたちが連合軍側として使われるなんてさ、想像できた?」
「そうだな。あなたと出会った頃には思いもしなかったことだ」
「運命のマエストロ♡ と出会うなんてね」
「う……んめい、かは、わからないけど。予想外だってことなら同意するよ」
「あ。照れてる?」
……慣れそうにない」
「アハハ! でも、オレだってベネッタと同じ気持ちってことは忘れないでほしいな。ドゥーチェ――オレたちの指導者」ダークブラウンの手袋に包まれた指先が流れる仕草で候補生の右手を取り、己の口元へと寄せた。「今のオレはキミの物だ。文字通りね。だからキミの願いを一番に優先したいと思ってる」
「それは……ありがとう。信頼してもらえて嬉しい」
「うん。ねえドゥーチェ、本当にオレには任せられない?」
 普段と変わらぬ調子で差し出された言葉を受け取り、候補生は息を呑んだ。〝勿論それでいい〟と頷くべきだ。そっちの道は選ばない。そんなこと、ふたりはよく理解しているはずだ。
 それでも念押しされた。
 カルカノーレの顔を見上げ、候補生は繰り返す。
「うん。気持ちだけ受け取っておく」
……そっか。わかったよ。変なこと訊いてゴメンね!」
 屈託のないカルカノーレの笑顔を見返して、候補生は曖昧に笑って頷いた。――やはり、敢えて手綱を握らされている。信頼があるのは間違いないが、信頼に甘えて良い相手ではない。
「それにしても、すっかり遅い時間になっちゃったね。士官学校を出る前に急いで食べたブランチが最後じゃない?」
「どうりで空腹なわけだ。マエストロ、このままディナーでもどうだ? 確か、近くになかなか良いパエリアを出す店があっただろう」
「ああ! あそこね。メインストリートから少し離れて静かなバルだし、いいんじゃない? 何か使えるクーポンあったかな~」
……ハァ」
 すっかり乗り気になっているふたりの間でぽんぽんと話しが進んでゆく。カルカノーレがクーポンを探り始めたあたりで、候補生がどうにか口を挟む。
「でも、このあと一次尋問に立ち会うから――
 おずおずとそう切り出した候補生の言葉は、背後から聞こえてきた彼女を探す声に途切れた。振り返ると、少し離れた場所から連合軍の兵士が駆け寄ってくる姿が見える。
「申し訳ありません! 本日はこのまま解散となりました」
「解散……って、ことは」
 この後の予定が無くなったからだろう。それはつまり。
「自決用のアンプルを隠し持っていたらしく……不甲斐ないです」
……、そう、ですか。了解しました。では、私たちはこれで」
「はい。突然のアサインにご助力いただきありがとうございました」
 立ち去る兵士の背中に敬礼を送り、候補生はどうにか嘆息を呑み込んだ。組織内部の人間は忠誠心が高く、自ら口を割ることはほぼあり得ない。口を割るくらいなら自らの命の価値を軽く見積もるからだ。今回のようなケースは珍しくない。理屈の上ではそう理解していたが、無意識のうちに拳を握り込んでいた。組織の内情はいまだ不透明な部分が多いが、かれらが武器とする物のひとつの厄介な性質を考えるに、嫌な焦りばかりが募るようだった。
 信ずるところが交わらぬのは人間の宿命だ。ただ、その意思が誰かによって形作られ、強制されたものであったなら――それは、ひどく恐ろしい事ではないだろうか。
「マエストロ」
 後ろから聞こえてきた低い声に、候補生はハッとして顔を上げた。
「今夜の予定はどうだ?」
――ちょうど空いたところ。そうだね、夕食にしよう」
……あった! このクーポン、もうすぐ期限切れじゃないか。うーん、幸運の女神に愛されてるな~」
……ハァ。まあいい。混む前に移動しようか」
 並んで歩き出す。軽快な足取りがふたつ、踵を少しだけ引き摺るコンバットブーツがひとつ。足元に伸びる薄く長い影を見下ろし、候補生は強張った手を意識してゆっくりと開いた。息を吐く。吸う。吐く。不規則な足音が整う。
 焦ったところで仕様がない。〝どんな手を使ってでも〟は最終手段だ。自分の中で折り合いのつかぬうち、簡単に切っていい手札ではない。でなければ奥の手である意味がない。
「でも、もったいないなあ」
「何がだ?」
「自決用アンプルなんていかにもって感じでしょ。いまいち華やかさに欠けるね。オレたちは違うけど、人生でたった一度なんだからさ、もっとロマンチックな最期で在りたくない?」
……まあ」取り出した煙草に火を点けながらつぶやく。「どうせ敵の死に際だ」
「それもそうだね。――ね、ドゥーチェ?」
 振り返ったカルカノーレの綺麗な金髪が、街灯の明かりに照らされて煌めいた。
「オレたちを使いたくなったらいつでも頼ってよ。張り切ってキミの力になってみせるからさ」
「幸いなことに、フィルクレヴァートは港町だ。近くには豊かな山林もある。山でも海でも選び放題だ」
 まるでバカンスの話をするような口振りだ。一瞬だけ息を呑み、候補生は毅然と顔を上げた。
――気持ちだけでじゅうぶん!」
 少なくとも今はまだ。〝おまえはどんな手を使ってでも生き延びろ〟――古い記憶の底に響く呪いじみた両親の言葉を振り払うように、彼女は確かな足取りでベネッタとカルカノーレの背中を追いかけた。