きなこ湯
2024-06-09 20:03:18
1683文字
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甘美なぬくもり

 作戦中、一時撤退を強いられるエンフィールド、スナイダー、候補生の話。
 文字書き向け性癖パネル(事前に好きなシチュエーションを4つ用意し、詳細を伏せて番号とキャラクター名やCPを指定してもらう遊び)の②番、「応急処置/内臓触らせシチュエーション」より。
 候補生の一人称は「私」で書いています。

 重く怠い身体を引き摺って空き部屋に滑り込んだ。遮蔽物に隠れた安堵からか、地面に両膝をつけてそのまま四肢を投げ出したくなる。猛烈な吐き気と熱を持って痛む脚の傷を無視し、どうにか担いでいた身体を床に下ろす。
 濡れた手袋がすべり、コンクリートに落とされた身体が鈍い音を立てる。手足や軍服を汚す血はもはやどちらのものかもわからない。くぐもった声がわずかに呻く。まだ息があった。生きている。でも重症だ。震える手で手袋を脱ぎ捨てて袖を捲る。治療しなければ。
 トルレ・シャフの研究施設と思しき拠点の制圧が作戦の目的だった。アウトレイジャーの目撃証言がないことから現代銃の貴銃士を中心とした編成で向かうはずが、諸々の都合がつかず、古銃の貴銃士を連れた任務となった。つまり、エンフィールドとスナイダーのふたり。
 通常の火器以外に毒ガスの準備があったのは想定外だった。撤退に手間取った一瞬、機関銃による攻撃から身を挺して私を庇ったのがエンフィールドだ。
 胴の広範囲がえぐり削られている。弾け飛んだ肉や臓腑の一部が服の隙間からこぼれていた。即死でもおかしくない傷だ。まだ生きているのは、きっとエンフィールドが人間じゃないから。
 焦りに背中を蹴飛ばされ、かざすだけで良い右手が傷口に接触する。熱いものにぬるりと手のひらが滑ったと思った瞬間、エンフィールドが苦悶の表情を浮かべて叫んだ。
「さっさと治療しろ」
 背後から手首を掴まれる。耳元でつぶやかれた低い声も掠れ、明らかな消耗が滲んでいた。
 スナイダーは私の右手を掴んだまま、エンフィールドの傷口にあてがった。硬直していた腕がようやく自意識を取り戻し、手のひらが治療の温かさに包まれる。見るも耐えない傷口が音を立てて塞がれてゆくにつれて、手の甲の裂傷は茨の蔦を手首へと伸ばした。
――《絶対高貴》」
 治療する。裂傷が侵食する。絶対高貴が裂傷を癒す。傷の進行と治療を繰り返し、絶え間ない痛覚に襲われた。無意識に食いしばったくちびるが切れ、舌先に血の味が滲む。
 どうにか治療を終えると、意識の朦朧としていたエンフィールドがゆるりと瞼を持ち上げた。悪夢から覚めたばかりのように青褪めた顔が周囲を見渡し、ハッとして起き上がる。
「マスター! すみません、僕は……
「ごめん。前に出すぎた。私のミスだ」
 エンフィールドは素早く状況を確認し、銃本体に大きな損傷がないとわかるとすぐに姿勢を正した。
「謝らないでください。僕は役目のひとつを果たしたまでですから。マスター、貴方が無事でよかった」そう言ってから視線を足元に落とし、息を呑む。「……っ、いえ、失言でした。僕は貴方を守りきれていない」
「これくらいの傷で済んだなら運が良かった。エンフィールドのせいじゃない」
「おい、いつまでここに隠れているつもりだ」
 話の腰を折ったスナイダーに、エンフィールドが眉根を寄せる。
「いつまでって……まずは体勢を立て直さないと。スナイダー、まさか君、もう一度突撃するなんて言わないよね?」
「目の前に敵がいるのになぜ戦わない?」
「今の僕らじゃ分が悪い。マスターも負傷しているんだ、対策なしに戻るなんて危険すぎる」
「知らん」
 スナイダーは銃を担いで立ち上がった。引き留めようと咄嗟に腕を伸ばすと、右手を掴まれた。負傷した左脚にうまく力が入らず、無理やり引っ張り上げられるような格好になる。
「おい」
 名前を呼ばれた。顔を上げると、まっすぐこちらを見下ろす瞳と視線が交わる。
「俺の温度も知りたいだろう?」
 ぐい、と引き寄せられた手のひらがスナイダーの胸元に触れる。ぶ厚い軍服越しでは到底わからないはずのに、なぜだか肉と肋骨の内側にあるものに直接触れたような心地になり、背筋を冷たいものがぞくりと這う。
――、」
 思わず返す言葉に迷うと、スナイダーは切れ長の瞳を満足そうに細めた。
 血脂の甘ったるい生臭さが立ち昇り、まとわりついて離れない。それを振り払う気にもなれず、握らされた鼓動に呆然とすることしかできなかった。