きなこ湯
2024-06-09 19:56:38
2128文字
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アメジストくらいが相応しい

 ベネッタの記念日に付き合う候補生の話。
 銃マスワンライのお題「ショッピング」より。捏造記念日2024です。ベネッタの記念日ストーリー2023の内容を一部含みますが、特に本編等の致命的なネタバレはないはずです。
 主人公の一人称は「私」で書いています。

「どうかな」その短いひと言すら出てこない。試着室のカーテンをのろく引き開け気の重い視線をどうにか上げると、真正面に両腕を組んで立っているベネッタの姿が否応なしに見えた。とろりと甘みを帯びたバイオレットの瞳が、頭の天辺から足のつま先までぐるりと眺め下ろす。不躾ともとれる仕草だが、不思議なことにベネッタのそれは大きく嫌な気分にならない。気が重いのは連れて来られた店の価格帯があまりに私と釣り合わないこと、先ほどから何度も試着を繰り返すよう促され、場違いな空気に心臓が嫌な冷や汗を掻いていることだった。
 とろみのある生地は見る目がなくとも良質だとよくわかる。肩からすとんと落ちた五分丈ほどの袖の端には、上品さを損なわないフリルがきちんと整列していた。合わせて抱かされたタイトスカートと同じく、色合いは暗く落ち着いている。どちらも一度や二度の洗濯でくたびれることはないだろうが、厚手の行動着と比べれば心許ない。狙撃手は長時間の待機を命じられることも少なくないので、可能であればもう少し防寒性に優れていると嬉しいけれど――等、私の意識が現実逃避へ飛んだことを察してだろう、ベネッタは気難しそうに結んでいたくちびるを緩め、綺麗に微笑んだ。
「よく似合っている」それから、指先を口元に寄せてわずかに目を細めた。まるで品定めをする眼差しである。「だが、惜しいな。もう少し華やかでもいいだろう。ああ……黒は良いな。あなたの肌が綺麗に映える」
「そ……そう、かな」
 ベネッタはしばらく考え込んだ後、店員に二、三何か伝えた。一連の流れをぼうっと眺めていると、やがて店の奥から鞄やらアクセサリーやらを手にした店員が戻ってくる。
「ベ、ベネッタ」
「なんだ」
「そ、それ、まさか私に」
「勿論。他に誰がいる? 今日、あなたの傍にいる男は俺ひとりだと思っていたが」
 そうだけど、と、返す言葉に詰まる。貴銃士それぞれが定めた記念日は、原則本人の意向に沿って過ごし方が決まるものだ。今年、ベネッタが記念日のお祝いに望んだものこそ、「マエストロ、あなたと共に過ごす時間を」――だったわけで。
 午前中に士官学校の門前で待ち合わせ。十五分前の到着にはすでにベネッタが待っていた。慌てて駆け寄った私の姿を見て、ベネッタは朝の挨拶もそこそこに、車に乗るよう促した。そうして連れて来られたのが、私ひとりでは縁がなかったであろう、高級ブランドのアパレルショップ。
 物騒なことはあっても無神経なわけではないベネッタにしては、やや強引が過ぎるエスコートだった。まるで、私を監察下に置いた敵味方の間柄であった、懐かしいあの頃を思い出すくらいに。とすれば無礼をしたのはこちらだろうかと考えるが、思い当たる節はあまりない。強いて言うならば集合の際に待たせてしまったこと、今年と違って昨年の記念日は同郷のカルカノーレがいたことくらいだろうか。
 乱暴なことをされたわけではない。酷い言葉を浴びせられたわけではない。明確に蔑まれているわけではないが、それがかえって息苦しかった。ベネッタの声は穏やかだけれども、その眼差しの奥に冷たいナイフがそっと隠し持たれているように感じられ、嫌な予感が段々と現実味を帯びてくる。
……、これだな」
 自然と足元に落ちていた視線をぱっと上げると、ベネッタが片手にひとつのアクセサリーを持ち上げ、こちらを薄く細めた瞳で見下ろしていた。店内の明るい照明にきらりと光る、シルバーのイヤリング。ベネッタはこちらに手を差し出し、
「失礼」
 とひと言断って、頬にかかる私の髪をそっとよけた。晒された耳朶にイヤリングをあてがい、しばらくこちらをじっと見下ろす。
 それから、満足そうに微笑んだ。
 ベネッタは私の身体の向きをくるりと変えさせ、背後にある全身鏡を振り向くようにさせた。後ろからイヤリングを左耳へと近づけ、ほら、と呟く。
「よく似合う」
 金具部分はシルバーで、どぎまぎするような紫色の宝石があしらわれている。ふと鏡越しに見上げたベネッタの瞳にも同じ輝きが宿っており、思わず息を呑んだ。これは、まるで。
「ベ、ベネ」
「彼のセンスが良いのは認める。あなたに何が似合うのか、あなたの魅力をどう引き出すべきか、熟知しているんだろう。さすが、俺とは比べられぬ時間を共にしただけある。ああ、今日の服も妬けるほどに似合っていたよ」
「今日の服……
 いつも、出掛ける時の服はだいたい同じだ。勝負服と言うほど華美ではないが、どこへでも着てゆけるだけの上品さがある、ライク・ツーに選んでもらった一張羅だ。
「あんまり妬けるものだから、つい強引なエスコートになってしまった。非礼を詫びよう」
 すらりとした指先が、そっと私の耳朶を撫でる。
 くすぐったくて思わず身を捩ると、耳元で鮮やかな紫が笑うようにきらめいた。
――だが。マエストロ、今日の主役は俺だろう?」
 低い声が甘く囁く。
……う、うん……
 首肯以外は許されまい。私がぎこちなく頷くと、ベネッタは今度こそ満足そうに目を細めた。
 鏡の向こうには、耳元をベネッタの色で彩られた私が白旗を振っている姿が見えた。