溶けかけ。
2024-06-09 18:03:13
3084文字
Public ほぼ日刊
 

赤い糸の先は……

朝の呟きの酔ったフと結婚届を出すヌのお話。
※ヌ以外の人と付き合っているフの描写、性行為の匂わせあり。

「前の人は『君といちゃいちゃする時間がない』って言うし、その前は『男より稼ぐ女は嫌だ〜』で、今回は『君が完璧すぎて辛い』とか言ってくるんだよ!……今回の人とは結婚の話までしてたのにさぁ〜……

 フリーナは一気に捲し立てるとグラスの中身を飲み干した。ダンッと強く叩きつけるように置くと、白く細い腕を私の首に絡める。

「どう思う!?ヌヴィレット!?……僕のなにがいけないのかなぁ……家事も仕事も頑張っただけなのに……

 怒っていたと思ったら、今度はグスグスと泣き出した。酔っぱらいとは、何とも面倒な。

「もう、いやだ……

 珍しい彼女の本音に肩を擦る手が止まる。そんな男共などやめにして私では駄目だろうか、という言葉を水とともに飲み込んだ。

「貰ってくれるのかい……?」

 ……どうやら、飲み込めてはいなかったらしい。
 酔って頬を紅潮させたフリーナの瞳には私だけが映り込んでいるのが気分がいい。いっそ、このまま彼女を貰ってしまっても良いのではないのかと思い始めるあたり、私も場の雰囲気に酔ってしまったと言わざるを得ない。だが、酔った勢いで言っているのではない。

「僕、けっこう、家にいないこと多いよ?」

「構わない。私が合わせよう。有給も有り余るほどあるのでな」

「男の人より稼ぎ多いよ?」

「この国の最高審判官の方が多いと思うが?」

…………僕、処女じゃないよ……?」

「知っている……私が何度、君のやけ酒に付き合ったと思っているのだ」

「本当に……ほんとに後悔しない?」

「しない。君こそ良いのか?」

 酷い男だと思う。
 今のフリーナは正常な判断力を失っていると分かっていながら、こうして結婚を迫っているのだから。

「ほんとに、ほんと?」

「ああ、本当だとも」

 えへへ、そっかぁ、とフリーナはふにゃりと幸せそうに笑うと私に擦り寄った。

「でも、もう婚姻届出せないねぇ……

 フリーナが時計を見る。確かに、出せる時間ではないのだが。

「私が受理すればいいだろう?」

 フリーナの頬を撫でながら言えば、彼女はそれもそうだねぇ、とくすくすと笑うのだった。



「ヌヴィレット様にフリーナ様?お二人ともおそろいで何を?」

 パレ・メルモニアの前で私と背負われたフリーナを見て目を丸くするクロリンデ。

「あのねえ……

「何でしょう?」

 くふくふと楽しそうにフリーナは笑うとクロリンデにおいでおいでと手招きをした。

………………んす……るの」

「すみません。今、なんと?」

「あのねぇ……ヌヴィレットと結婚するんだぁ」

「は?」

 クロリンデの咎めるような視線がヌヴィレットを射抜く。

「ゴホンッ……そういうことだ。出来れば証人になって欲しいのだが……

「畏まりました……ですが、明日の朝、きちんとフリーナ様に説明なさって下さいね。彼女が拒否なさるようでしたら即刻取り消しを」

「わ、分かっている」





「ヌヴィレット……シよ?」

 潤んだ瞳でフリーナがこちらを覗き込む。既に彼女の服はあちらこちらに脱ぎ捨てられ、下着姿になって私の膝の上にちょこんと乗っている。

「フリーナ殿。やめたまえ」

 私のスラックスのファスナーに伸びる腕を掴み上げて制止すれば、彼女は鼻をすんと鳴らした。
 
「やっぱり、僕、みりょくないんだ……

 彼女の瞳から涙が溢れ落ちる。

「フリーナ。私は性行為をしなくとも君を愛している……だから、自身を傷つけ、貶めようとするな」

 フリーナを抱き締めれば、怯えたように肩が跳ねた。……体が冷え切っている。

「だって……僕、みりょくないって……胸も小さいし、えっちも反応がわるいって……

 ぼたぼたと流れる涙を受け止めながら、フリーナの背を撫でる。
 恐らく彼女を傷付けて捨てた男のことだろう。
 その男はフリーナとの交際中に他の女性と関係を持ち、自身の浮気を棚上げして、処女まで捧げた彼女を罵倒し、捨てた。その話を聞いた私たちが法的手段に訴えようと提案しても、彼女は首を横に振るばかりで頷いてはくれなかった。

「そのような男のことは忘れるんだ……君は魅力的な女性なのだから」

「ありがとう……お世辞でもうれしいな……

「世辞などではない」

 酔っぱらい相手に手を出そうとは思っていなかったのたが、あまりにも彼女は卑屈すぎた。

「んっ…………ふぅ………………んぅ……

 舌を差し入れて深いキスを贈る。拙い動きで相手を喜ばせようと健気に絡めてくる小さな舌に今までの男たちの影が見え隠れするようで嫉妬心が湧き上がる。

「ふ、はぁ…………

 苦しそうに震える彼女を解放してやれば、色っぽい瞳が期待に満ちた目で続きは?と訴えてくる。

「もう寝なさい」

「でも……

 不安げな彼女の頬にキスをする。

「私は君に酷いことをしたくない。だから今日はしない」

「でも……僕、キミを満足させてない……

 やはり、あのとき訴えておくべきだったか。

「その気持ちだけで十分だ……聞きたまえ……

 フリーナを抱き寄せる。いつもより速い自身の鼓動を聞かせるために。

「ヌヴィレット……どきどきしてる……?」

「ああ、君とキスをしただけなのにな」

「僕のことすき……?」

「勿論だとも。愛している」

「そっかぁ……なら………………

「フリーナ?」
 
 不自然に途切れた彼女の声。腕の中のフリーナを見れば安心しきったような顔をして、健やかな寝息を立てていた。





 目が覚めると、ヌヴィレットの顔が目の前にあって思わず飛び起きる。ドクドクと嫌な音を立てる心臓を押さえながら自身の格好を改める。僕は下着姿だが、彼はいつもの服装で上着やジャボを取り払っただけの格好なので何かあったということはなくて安心した。

「って、わっ……!」

 知らない間に伸びてきていた彼の腕に囚われて再び布団へと引きずり込まれる。

「おはよう、フリーナ殿……体の調子は如何かな?」

 ヌヴィレットの唇が僕の額や頬、肩な ど様々な場所に触れる。

「ええっと……ヌヴィレット?僕、もしかして何かやった?」

 酒癖が悪いというのはクロリンデから聞いている。まさか、彼に何か迷惑でも……
 顔色を青くさせる僕にヌヴィレットが笑いかける。

「いや、何も……強いて言うなら、君と夫婦になったくらいか」

「ふーん、そうかい。僕とキミが夫婦になっただけなんだね……夫婦!?」

「何か問題があるかね?」

「ははは……ヌヴィレット。キミも冗談が上手くなったね!僕とキミが夫婦だなんてさ」

「冗談でも何でもなく事実だが?」

 ヌヴィレットが渋面を作る。

「本当に……?」

「だからそうだと言っている……

 ヌヴィレットはサイドテーブルの引き出しから1枚の紙を出すと手渡してきた。

「これが証拠だ」

 ヌヴィレットが取り出したのは婚姻証明書。夫婦の名前を書く場所には彼の名前と僕の字で名前が書かれている。五百年間見慣れた自分の字だ。見間違えるはずもない。

「キミはそれでいいのかい?」

 僕が問えば彼は頷く。

「寧ろ、それは私が聞きたいのだが?」

 彼との結婚。――うん、悪くないんじゃないかな。

「えっと……ふ、不束者ですが、よろしくお願いします……?」
 
 彼は笑うと僕を強く抱きしめた。