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吾妻
2024-06-09 03:45:57
3995文字
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アークナイツ
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星を恋う
アークナイツ、ロサ博♀。
Xちゃんで募集した性癖シチュ四大奇書のNo.2は「正装」です。
オパールは10月の誕生石だそうで。
「ドクター、いるかしら?」
インターホンを押したのち、指の関節でノックを2回。
さほど大声を出したつもりもないのに、人気のない廊下には思いの外大きく響いて、ロサは思わず身をすくませた。
個人の船室が並ぶエリアの、さらに奥。オペレーターやスタッフたちの居住エリアとは少し離れた場所にある、ドクターの私室。
ここは、決して立ち入りを禁止されているわけではないけれど、あまり人が近づかない場所だ。
部屋の主であるドクターが、一日のほとんどを執務室で過ごしているせいでもあるし、ロドスに籍を置く人々のほとんどが、そんな多忙な彼女の自由時間を邪魔したくないと考えているせいでもある。
なかには、素顔すら覆い隠して生活している彼女のプライベートを暴きたいと近づく者もいるのだろうが、そんな不埒者は本当に一握りだ。ロドスに在籍する人員の総数や、ドクターの認知度に比べれば、ほぼ存在しないと言っていい。
まるで、侵し難い聖域か何かであるように。
この部屋の周囲はいつも、ひっそりと静まり返っている。
「ロサ? ちょうどいいところに。開いているから入って」
扉越しにドクターの声が返ってくる。
ちょうどいいところ、とはどういうことだろう?
疑問に思いながらも扉を開き、室内に踏み込んだロサの目に飛び込んできたのは、真っ白な背中だった。
「
……
ごめん、思ったほど背中に手が回らなくて、ファスナーを上げて貰えないかな」
ロサの方へ背中を向けたまま、ドクターが困り果てた声を出す。
「ええ、それは構わないけれど
……
」
確認してもらうために携えてきた書類を近くのデスクに置き、ロサはドクターに歩み寄った。いわゆる夜会服の類である黒いドレスの、中途半端な位置で止まっているファスナーに手をかけ、一番上まで引き上げてやる。
「ありがとう。助かったよ」
「このくらいお安い御用よ。でも、今日はお休みだって聞いたのだけれど
……
」
「ああ、うん。休みというか、なんというか。取引先のパーティに招待されているんだ」
パーティという華やかな単語とは裏腹に、ドクターの口調は辟易としたものだった。
彼女は言葉による駆け引きを得意とする。が、決して腹の探り合いが好きなわけではない。気心の知れた人々との飲み会ならいざしらず、ほぼ仕事で参加するパーティには楽しさを見出だせないのだろう。故郷にいた頃、頻繁に夜会に連れ出されていたロサには、その気持ちがよくわかる。
「そうだったの。でも、とてもよく似合っているわ」
その言葉は世辞ではなかった。纏う色こそ普段とほとんど変わらないが、サイズが合っているのかいないのかわからない防護服に比べて、体のラインにぴったり沿うようにデザインされたドレスは、ドクターの華奢な体をよく引き立てている。
「ハイディから、以前ケルシーが燕尾服で夜会に出ていたと聞いたから、私も真似しようと思ったのだけど、周りから一斉に止められてね
……
」
「ふふ、燕尾服もきっとお似合いでしょうけど、こういった華やかな装いも良いと思うわ。それよりも、ドクターがパーティに参加することのほうが、私には少し意外だったかしら」
「ロドスは製薬会社だからね。こういった外交活動も、業務の一環ではある。毎回ケルシーや他のスタッフに任せきりにもできないし、アーミヤを宴席に行かせるのは流石に」
そうは言いつつも、ドクターの一挙一動からは「面倒くささ」が滲み出ている。いざ現地にたどり着いてしまえば、それなりの振る舞いをするのだろうけれど、こういった宴席の準備はいつだって億劫なものだ。
記憶の底に追いやって、厳重に鍵を掛けたはずの過去が、そっと顔を覗かせてこちらを見ている。そんな錯覚に囚われて、ロサはドクターの生白い首筋から目をそらす。
「ああそうだ、せっかくだから君が選んでくれないかな」
「
……
え?」
闇に沈みかけていた意識が、穏やかなドクターの声に引き戻される。
折れそうなほど細い指先が指し示しているのは、テーブルの上に広げられたアクセサリーの数々だ。
「これは
……
」
ネックレスにイヤリング、それからブレスレット。
チェーンの材質や太さ、トップの宝石に至るまで、様々なタイプが用意されている。
「ファッションに一家言あるタイプのオペレーターたちが張り切ってしまってね
……
。この中から選んでつけろと押し付けられたんだが、いまいち決め手に欠けるんだ」
並べられているアクセサリーは、すでにある程度の選別がされているのか、どれを選んでも本日のドレスに似合いそうだった。ロサは、ドクターに似合う宝石はなんだろうと考え、並べられた宝飾品を順繰りに眺めて
――
とあるネックレスに目を留めた。
金色の繊細なチェーンの先に、雫型の宝石が嵌っている。乳白色の中に虹色の輝きを封じ込めたその石は、ロサにとっても馴染み深いものだった。
ドクターに似合う装飾品を、と考えていたはずなのに。
指が勝手に、オパールの嵌ったネックレスを拾い上げていた。
貴族であることを捨て、生まれ育った故郷を遠く離れても。
鳥籠の中にいた頃の記憶が、決して快いものばかりではなかったとしても。
確かに愛されていた思い出がある。誕生日のたびに贈られた石は、いつしかロサの
――
ナターリアのなかで、自分を象徴するものの一つになっていたのかもしれない。
(それをドクターに身に着けてほしい、なんて)
だめよ、ナターリア。そんな、浅ましい願いなんて。
ただの身勝手な独占欲に過ぎないじゃない。
彼女は〝みんなのドクター〟で、絶望の淵に指をかけていた私たちにも這い上がる力があることを。まだ未来が閉ざされていないことを、教えてくれた人なのに。
それでもロサは、オパールのネックレスの留め具を外し、分かれたチェーンの先端を、それぞれの手で摘む。
「だったら、これはどうかしら」
珍しく着飾ったドクターの背後に回り、折れそうなほど細い首に手にしたネックレスを掛け、留め具を掛ける。浮いた鎖骨の上をチェーンが流れ、虹色を宿した雫が胸元に揺れる。
胸のうちで荒れ狂う醜い自己愛を許し難く思いながら、それでも悦びを覚える心に嘘はつけない。天頂で輝く星を撃ち落とし、自らの手に握り込んだような、仄暗い愉悦。
(ああ、だから私は
――
)
いつまでも、自分のすべてを許せずにいるのだ。
罪と知りながら、手を伸ばすのをやめられない。
(けれど、だからこそ
……
私にはあなたが必要なの)
支えがなければ、まっすぐ立ってもいられない。
「うん、綺麗だね」
ドクターの指先が、胸元で揺れる宝石を撫でる。
それだけで、ざらついた心を優しく撫でられたようで、ロサは急に泣きたくなった。
「
……
ああ、そうか。君に頼めばよかったんだな」
ネックレスと揃いのイヤリングを手に取り、ぎこちなく装着しながら、脈絡もなくドクターが口を開いた。
「
……
頼む?」
「私は、上流階級の夜会のマナーなんてからっきしだから。君に同伴を頼めばよかった」
「
……
」
「
……
いや、失言だった。忘れて」
咄嗟に返事ができずにいると、ふたつ目のイヤリングを装着する手を止めて、ドクターが肩越しに振り返る。その表情には、申し訳なさと労りが滲んでいた。
ロサはひとつ、まばたきをした。
何に対する詫びか、すぐにはわからなかった。
だが、少しずつ実感が染み込んでくる。
ドクターは、ロサをナターリアとは呼ばない。ロサが、ウルサスの伯爵令嬢としてではなく、ひとりのオペレーターとして生きようともがいているのを知っているからだ。
チェルノボーグを逃れ、ロドスに保護されてからも、ナターリアが生まれ持った家名は多くの障害と軋轢を生み出した。
その荒波に耐え、必死に唇を噛み締めてきたロサの努力を、ドクターは知っている。
だからこそ、ロサを一人の少女、一人のオペレーターとして扱い、生まれや育ちを意識させるような言動を避けていた。
それほど気遣っていたにも関わらず、自らラインを踏み越えた。それゆえに、詫びた。
ドクターは、誠実で、慎重だ。
まだ膿んで血を滴らせている傷口に、無遠慮に触れるひとではない。
けれど、そんなドクターがうっかり口を滑らせるほど、自分に気を許してくれているのだとしたら。
(私はきっと、喜んでしまうわ。ドクター)
あなたがせっかく、心を砕いてくれたというのに。
その迂闊ささえ、愛おしく思ってしまう。
「
……
気にしないで、ドクター。私なら大丈夫よ」
肩を落としているドクターの手から、ひとつ残ったイヤリングを拾い上げ、ロサは自らの手でそれを彼女の空いているほうの耳朶へつけてやる。
「確かに私は、もう伯爵令嬢ではないわ。貴族としての矜持も捨ててしまった。けれど、私の知識や経験があなたの役に立つのなら、それは嬉しいことだわ。だから、いつだって頼ってくれていいのよ」
触れた耳朶はひんやりと冷たく、柔らかかった。今日初めて真正面から向き合った顔は、すでに品の良い化粧を施されていて、大人の女性の色香が感じられた。
美しいひと。今夜は誰が彼女をエスコートするのだろう? いくら仕事とはいえ、護衛もつけずに出歩くわけがないのだし、オペレーターの誰かが随伴するのだろう。そう思うと、なんだか少しだけ、面白くない心地になる。
「
……
だから、次にこういう機会があったら、私に声をかけてね」
昨日よりも、今日。今日よりも、明日。
あなたにふさわしい人間になれるよう、努力するから。
だからそのときは、あなたの隣に立つこと。
隣に立ちたいと願うことを。
どうか
――
赦して、ドクター。
【終わり】
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