mikagami3
2022-11-07 00:30:14
4643文字
Public エスコン7 トリガー♂
 

世界を敵に回しても、不敵に笑うだけでいい

エスコン7二次創作小説。トリガーくんが冤罪で投獄された頃、彼の家では何が起きていたのか。その一幕。

世界を敵に回しても、不敵に笑うだけでいい


 昼前の暖かい日差しの中、ロングヘアの金髪を揺らしながら、気だるげな溜息をついて女がキッチンへと入っていく。
 夜勤明けで、さらに家での一仕事を終えたばかりであるからか、動きが緩慢だ
「ふぅ……
「お疲れ様。コーヒー飲むかい?」
「カップに半分ね」
「ミルクはたっぷり、だよね。夜の君はいつもそうだ」
「夜勤の時は濃いめのをガッと飲むけどね」
「そろそろ、夜勤はやめないかい?子供たちも大きくなったし」
「んー」
 カップを持つ手を止めて、女――アレクサンドラは虚空を見上げた。
 母として、社会人として、また、戦う者として。アレクサンドラはいつまでも立ち続けたいと思っている。
 夫テオドロは、疲れの見える妻を心配そうに覗き込む。
「君が強いのは知っているとも。けれど……どうしても体は衰える。僕もそうだ。体を壊してからでは遅いんだよ」
「貴方の優しさは知っているわ。愛しい人。出会った時から、貴方の優しさは変わらない。まるでギフトだわ」
「また。そうやって揶揄うんだ」
「揶揄ってなんかいないわ」
 わざとらしく頬に口付ける妻に、不貞腐れる夫。熊のような大男と言われる夫のその姿に思わず笑みがこぼれる。
 隣に立てば見上げるような巨躯の人であろうと、愛する妻はそれすら可愛いと思う。
「テオ。私は母として、子供たちを立派に育ててきたつもり。貴方と一緒に。同時に、医療従事者として矜持を持ってやってきたわ。
 理不尽を許さず、怠惰を許さず、医者の言うことを聞かない患者をねじ伏せ、拘束してきたわ」
「うん。………うん?」
「それでも叶わない願いがある。少しでも、苦しむ人を救いたいという、願い。
 だから、やれる限りは夜勤に入るつもり。夜勤はどうしても人が少ないし、動ける人間は多いほうがいいじゃない」
「それは分かるよ。君の願いは尊いものだとも。けれど、僕たちは人間だ。出来ないこともある」
 一瞬怪訝な顔をした夫を無視して言葉を続ければ、テオドロは真摯な目で妻を見つめた。
 アレクサンドラは、このお人好しの夫を誰よりも愛していた。
 そっと、気遣う様に手に添えられたごつごつとした手を、アレクサンドラは握り返した。
「だからこそよ。最終的に父を止められるのは、私だけなの」
「それは……そうだけど……
「なら、貴方が止める?大事な娘婿に手酷い真似はしないとは思うけど、無傷は保証しないわ」
「お義父さんを止めるなんて!無茶を言わないでくれ!」
「冗談よ」
 くすくすと笑う美しい妻は、もう一度マグカップに指をかけて、ぐっと一息に飲み干した。
「サンドラ!アレクサンドラ~~~!!!!!」
「あら、起きちゃった。薬少なかったかしら」
「薬?」
「暴れそうだったから。ついでに拘束具でぐるんぐるんにしたから、起き上がれないだろうけど」
「な、なんでそこまで!?」
「だって、父さんよ?私や弟を育てた父さんが、現状を黙ってるわけないじゃない」
「でもそこまでは……
「サ・ン・ド・ラぁあああああ!!!!お前だろう!!こんなことをしたのは!!!」
 二階にあるとある男の寝室からは、娘の名を叫ぶ声が響く。
 呼ばれる娘は、肩をすくめて席を立った。
「ちょっと行ってくるわね」
 呆然とする夫を置き去りに、アレクサンドラは階段を上り、困り果てた顔の父親の部下たちに下がるよう手を振って、ドアを開けた。
「サンドラ!何をするこの、バカ娘!」
「馬鹿なのは父さんでしょ。もう、ほとんど拘束具なんてついてないも同然じゃない」
「当たり前だろうが」
「普通は、腕力だけでそんなもの、引き千切らないのよ」
 はぁ~~。とこれみよがしに溜息をついて見せるが、それを聞きながらも平然と拘束具を引き千切っていく。
 スカーフェイスとはそういう男である。
「で、父さんはそれ引き千切ってまで何をしに行こうって?」
「決まってるだろうが」
 片目を失ってなお鋭い眼光は、泣く子が失禁するレベルの恐ろしさだが、とっくに慣れ親しんでいるアレクサンドラは意に介さない。
 片眉を器用に上げて、歳を重ねてなお屈強な傭兵として一線を走り続ける父を見つめる。
 ぎしぎしと乱暴に音を立てて立ち上がった老兵は、覇気を放ちながらこう言った。
「孫を助けるのに理由がいるのか」
「状況は予断を許さないわ。あの子だけを助ければいいと言うことじゃない」
 娘は一歩も引かず、それどころか一歩前へ踏み出して父を見上げた。
 同じ金髪の親子は、容姿もそっくりだ。目の色も、身に纏う強い空気も。
 違うのは、選んだ道の先。
 母として、娘として、世界を股にかける傭兵スカーフェイスの愛弟子として、アレクサンドラは首を振る。
「今、父さんが乗り込んでいくのは悪手でしかないわ。出来る出来ないの話はしてないの。
 そんなの、出来るに決まってる。父さんはスカーフェイスだもの。私の父だもの。
 そして、メビウス1の父親だもの。できないはずがないわ」
ノリスは?やはり、ノースポイントからは」
 アレクサンドラは静かに首を振る。脳裏に弟の姿を思い浮かべながら、そっと目を伏せた。
「無理よ。さっきもZ.O.E.経由で連絡があったわ。一応確認したけど、動けないって」
「仕方ない。駄目で元々の話だった。無茶をさせるつもりはねえよ」
「本当に?」
「本当だよ。それに、当てはまだあるからな」
 疑わしげに見れば案の定、まだ諦めてはいなかった。
 今はスカーフェイスをはじめとする彼の一族は、半数が戦闘機パイロットとして生計を立てている。軍属であったり傭兵であったりとさまざまであるが、誰も彼もが戦局を変えてしまうような力を持っていた。
 頼もしい自慢の甥や従兄弟たちを集めて、孫の救出作戦をしようとしていた。
 だが、今現在投獄されているトリガーの母であるアレクサンドラは、それを止めようとする立場だった。
 己の父は、あまりにも力が強大過ぎるのだ。
「父さんは戦力を集める前にすることがあるでしょうが!」
「ああ?戦うための準備は早ければ早いほうがいいだろうが」
「退路も無しに突っ込んでいかないでって言ってるの!私やノリスはともかく、母さんやテオ、娘たちはどうするの!?」
「ぐっ……ぐう……
 現在、スカーフェイスの近しい家族の中で、戦力として数に入るのは娘・息子・孫の三人だ。そのうち息子は遠い国で軍事機密扱いされるような英雄となり、孫は無実の罪を着せられて投獄され、謂れのない誹りを受け、意味のない拷問を受けている。
 息子の苦痛を思いながら、世界地図を書き換えかねない父親を止めるのは、アレクサンドラしかいない。
「父さんは頭に血を上らせながら冷静に動けるっていうのは知ってるけど、基本的に戦うことしか考えてないのも知ってるのよ」
「くっそ……じゃあどうしろって言うんだ。指をくわえて、孫が痛めつけられてるのを見てろって言うのか!?」
「父さん。Z.O.E.を使ってハッキングするのはやめてっていったでしょ?」
「あいつの本業だろうが」
「あの子の本業は戦闘機!!!」
「いいんだよ軍事AIなんだから」
「あーもう話がそれた。だから、父さんが黙ってられないことも、じっとしてられないことも知ってるわよ。でも、方向性はきちんと考えてほしいのよ」
「あ?」
 娘が指し示すのは、前ではなく、後ろの話だ。
「まず、万が一の時のための逃走手段を用意して。武器弾薬、食料、私がいるから医療品も欲しいわ。移動手段もよ。偽造パスポートも必要になってくるし、ガレージをどうするかもあるでしょう?」
……逃げるつもりはない」
「それで、あの子を逃がすために、父さんなら基地の一つや二つ潰すでしょう?そのあとは?あの子はどうなるの?無職にする気?軍に戻りたいと言ったらどうするの?」
 そんなわけはないと思いながら、アレクサンドラは言い募る。
 彼女自身は、軍に戻りたいなどと息子が言ったなら、張り飛ばしてでも辞めさせるつもりだ。息子にした仕打ちを思えば当然のことである。
 しかし、息子の選択を尊重する気持ちも、あるのだ。
 無茶だと思いながら重ねた言葉を、意外にもスカーフェイスは素直に聞き入れた。
「それは……
「お願いよ父さん。一度、落ち着いて。あの子のためを思うなら。空も、大地も、海も、全てに父さんの力が及ぶなら、最大限の安全を確保して。そのためなら私も手伝う。なんでもする」
……もう、看護師として生きてるお前に、させられる仕事はない」
 空を選ばなかった娘を、特に責めなかった。
 その生き方もいい。培った技術はきっと何処かで役に立つと笑って、医療の道を進むことを応援したのはまだ記憶に新しい。少なくとも、誇らしい記憶だ。
 だが、同時に知っている。”そう簡単に錆付くような鍛え方はしなかった”と。
 娘もそれを自覚していて、不敵に笑った。
「そんなことないわ。私はスカーフェイスの娘よ。誰よりも近くで父さんの”教育”を受けてきた。誰よりも父さんに近い姿と力を貰って生まれてきた。できるわ。私にも」
……血筋が何の役に立つ。力だ。力が無ければ、俺がいようとお前がいようと、死んでしまうんだ」
「父さん。私に力をつけたのは父さんよ。力が身に着いたのは、私が努力したから。血筋のおかげじゃないわ」
 どんっと拳を叩きつける。己の心臓に。天空の覇者の血を身体に巡らせる、心臓に。
「父さん。私は母親として、家族の安全を守る義務がある。父さんも、夫として、妻を守るべきだし、父親として子供たちを守ってほしいし、祖父として孫を守ってほしいのよ」
「サンドラ、だから」
「だから。今は最短距離で飛ばないで。壁を壊して宝を得るのではなく、迷宮の道筋を調べて。この戦争、根が深いそうよ。アリアドネの糸は一本じゃ心もとないわ」
 見つめ合う。同じ空色の目が、同じ瞬間にふっと緩んだ。
 どちらからともなく苦笑いが漏れて、肩の力が抜けていった。
……分かった。全く、何を言っても動じないのはハニーに似たのか?」
「どうかしら?核爆弾も避けていきそうな父さんに似たんじゃないの?」
「お前な~~~!」
「ほら、さっさと子飼いの部下に指示でも出しに行ったら?さっきからうろうろしてるんだけど」
……ボスぅ~」
「あ~~~ったく。情けねえ声を出すんじゃねえ!行くぞお前ら。まずは、潰されたネットワークをガメるぞ」
「潰されたものをどうするのよ」
「切断された、っていっても全部使い物にならねえわけじゃねえだろ。使えるものはすべて使う。奪えるものは全部奪う。くだらねえ戦争をおっぱじめたやつらに教えてやるんだよ。
俺を敵に回すということは、そういうことだってな」
「まあ、そうよね」
「しばらくガレージに籠る。お前たちはしばらく”何もなかった”ように生活していろ。
 定時報告はする」
「分かった。じゃあ、明日は仕事だから行ってくるわね」
「ああ。どうやら、奴さん方は俺のことは知らないらしい。しばらくこっちに手出しはしねえだろ。されたら容赦するなよ?」
「心得てるわ」
……心得ないで~~~!」

 悲痛に叫ぶ褐色の熊男は、ドアの隙間から最愛の妻の背中を見つめることしかできなかった。