mikagami3
2021-08-09 00:48:25
2295文字
Public エスコンZERO ピクサイ
 

ヨカナーンが見るサロメの夢

ジャンル的にはピクサイ。ピクシーが見た夢の話。
ちょっと残酷描写あり。

 頬がひやりとする感触に目を開けた。
 ぼんやりとする視界の中、何故か、良く見知った顔だけがはっきりと見えた。
 
 ああ、夢か。

 そんなことを考えて目を閉じる。夢の中で起きてるのなら、眠れば目覚めるだろうと考えて。
 目を閉じて、夢の中から覚める時を待つ。
 いくらかの時間が過ぎた頃、誰かに髪を梳かれた。
 彼の短い髪を、愛おしそうに優しく、何度も。するり、するりと撫でるように梳いていく。
 細く、節が少し目立つその指を、彼は知っていた。

(相棒……?)

 声を掛けようとして目を開けると、白皙の美貌が己を覗き込んでいた。
 霧に霞む空の下、冬空の目が優しく弧を描いている。
 しかし、焦点が合っていない。

「サイファー? どうした、どこか――

 次の瞬間には、言おうとしたことが霧散した。
 動かない。
 指先一つ、足先一つ、頭も動かすことができない。首が随分と冷たく感じる。
 冷や汗がこめかみを伝う。恐怖で視線を動かすことができない。
 焦る彼を意に介さず、サイファーは彼の髪を撫で続けている。
 微笑みさえ浮かべているサイファーは、どうやら彼の頭を太腿に乗せているらしかった。
 ずいぶんと珍しい光景だと、そう思えた頃にようやく、ラリーは冷静さを取り戻していた。
 ふっ、と息を吐いて、髪を撫でる相棒の姿を観察する。
 いつも通りの、銀に近い金髪。白く抜けるような肌。晴れた冬空のような淡く冷たい青色の瞳。白いシャツを着て痩せて見えるが、元々着痩せする質なのを彼は知っている。
 シャツの襟元からちらりと見える古傷の痕も、彼の記憶通りだ。
 だが、何故か印象が違う。いつものサイファーではない。何かが決定的に違った。
 動かせるようになった視線をぐるりと巡らせ、周囲を観察する。
 霧のせいで白く光る空。微かに感じ取れた甘い匂いは花の匂いか。すぐ傍に真っ赤な花が咲いているのが見える。
 霧の向こうまでずっと続くような花畑の中に、二人はいた。たった一種類の花が無数に咲く花畑の中で。

……彼岸花リコリス?」

 あの日に見た戦火の如き紅い花はおぞましさを誘う。花はただ其処に咲いているだけだと言うのに、酷く恐ろしい。
 風はない。冷たい空気が満ちて、霧のせいで肌が少し湿っているのが分かる。
 それはサイファーも同じで、湿ったシャツが白い肌に沿うように形を変えていた。
 だが気にする様子はなく、変わらず微笑んでいる。

「サイファー」

 ひとまず声をかけた。
 呼ばれたサイファーは小首をかしげて、彼を見ている。言葉の続きを待つように、静かに見ている。

「此処はどこだ? こんなところで何をしている?」
……何も」

 にこりと、穏やかな笑みを向けてくる。その笑い方が、常とは違うような気がして、得も言われぬ不気味さを覚えた。
 すっ、とラリーの頬に両手を添えて、彼の首を持ち上げる。
 
(重いだろうに)

 そう思った瞬間に、鳥肌が立った。
 首から下が、無い。
 無意識に目が見開かれ、呼吸は乱れ、冷たい脂汗が流れていく。
 唇が震えて、しかし何も言葉が出ないままのラリーを《ラリーの首》を胸に抱きかかえて、サイファーは笑う。
 花が一面に広がる光景を見せて、恍惚とした表情で唇を開いた。

「ここなら誰もいない」
……
「静かで、とても静かで、なんにも邪魔されないから」

 花のほうを見せていたラリーの顔を、サイファーは自分のほうへ向ける。
 その手は、その服は、赤黒い血に濡れていた。
 白いサイファーを染めるその深紅は、周囲の彼岸花にも似ていた。おぞましく、美しい。
 ひたり、と目を合わせてサイファーは満足そうに笑う。とろけるような甘い笑顔は、無いはずの背筋を震わせた。
 目を離せずにいるラリーを抱きしめて、すりと頬ずりをする。

「これで、お前は俺のものだな?」

 すすり泣くような小さな小さなつぶやきは、否応なく喉を締めた。
 それは、乾いた砂に落ちた雨粒のように染み込んでくる想い。求めたもの、その一つ。
 ラリーはどうしようもなく幸福な気持ちで目を閉じた。 

「そうだ。俺はお前のものだ」





 夢だったのが残念だと、瞼に刺さる光を感じながら思った。

「ラリー。起きて。朝だよ」
……ああ」

 体を横に倒しながら、声をした方へ顔を向けて、目を開ける。
 彼が良く知る男が、困ったように笑いながら歩いてくる。

「どうした? ずいぶんゆっくりじゃないか」
……起きるのがもったいなかったんだ」
「いい夢でも見た?」
「まぁ、そんなところだ」
「じゃあ、起こさないほうが良かったかな?」

 くすくすと揶揄う様に笑う彼は、いつもと同じ。確かに夢から覚めたのだと実感できた。
 体を起こしながら、ラリーは首をゆるゆると横に振った。

「夢は夢だ。覚めたほうがいい」
「そう?」
「おはようのキスが無いのは残念だが」
「シンデレラから眠り姫になるつもり?」
……その話はやめろ」
「ふざけるからだよ」

 そう言いながら、笑ったままサイファーが頬に口付けていく。
 不意を突かれて、ぽかんとした顔で頬に手を当てたラリーの頭を軽く撫でて、サイファーは部屋を出ていく。
 その頬の手を、ゆっくりと首へと降ろして、ラリーは夢を思い出した。
 きちんと胴体と繋がっている首を撫でて、溜息を吐く。
 夢で見た、とろりと濡れた青い目が、胸の内を焦がす。

「お前が愛でてくれるなら、首だけでもいいか」