mikagami3
2020-12-26 00:26:52
2858文字
Public エスコンZERO ピクサイ
 

20191225 とあるバーにて

突貫工事ガルム+イーグルアイの小話。特に山も落ちもないが、BL的なスパイスはある

「どうしても受け取ってはくれないか?」
「ああ」
「そうか」
 マホガニーの上に置かれた真っ白な封筒は、差し出した男の懐へと戻っていった。
 男は食い下がることはせず、ただ苦笑いを浮かべてウィスキーを一口含んだ。
 招待を蹴ったほうの男は、カウンターの内側で同じ酒を飲みながら、少しだけ目を見張って口を開いた。
「いいのか?」
「今の俺は雇い主ではない。昔ですら、雇用した国の人間だっただけだ。お前に強制できる立場ではない」
「悪いな」
「構わん。俺が叱られれば済むことだ」
……ごめん」
 途端にしゅんと肩を落としたバーテンダーに、ベテラン管制官は軽く笑った。
 ぱらりと落ちてきた前髪を撫でつけ、瞳に優しい光を浮かべた。
「気にするな。現地に行かなくても見れるからな。民間に開放されるものではないが、中継ぐらいは入るぞ」
「そうか。じゃあ、家で見るよ」
「そうしてくれ。お前の機体を飛ばす奴が、震えあがって今にも倒れそうだ」
……来年の話だろう?」
「それくらい、お前はウスティオにとって大きな存在ということだ。特に、俺たち空軍にとっては」
 遠い目をしながら、琥珀色の水面を見つめる。
 綺麗に削られた丸氷がわずかに揺れている。
 バーテンダーは見守る様にまたグラスを傾けた。
「サイファー。お前は昔から己を軽視する癖があるが、俺たちにとっては救い主ともいうべき男なんだぞ」
「そんな大袈裟な」
 肩を竦めて呆れたように笑う、かつての部下であり英雄は、あの頃の面影を色濃く残している。
 だからこそ、目の前の男をつぶさに見てきた管制官は苦い顔をする。
「大袈裟なものか。言っておくが、今度の式典で飛ばすイーグルはお前のだぞ」
「俺の?まさか、あれから何年経ったと思ってる。とっくにスクラップだろ?」
「嘘ではない。あの頃、お前を担当していた整備兵が隠し持っていた。守り神にすると言ってな」
「はぁ?疫病神の間違いだろ?イーグルアイ」
「そういうところだぞ、サイファー」
 イーグルアイと呼ばれた男は大袈裟に頭を振って見せ、サイファーと呼ばれた男は肩を竦めた。
言ってみれば、俺のせいで基地はズタズタにされたじゃないか」
「きっちりお返ししてやっただろう。利子もつけてな」
「それは……まぁな。黙ってられるほどお人好しじゃねえよ」
 歴史に僅かに名を遺す――イーグルアイを含むウスティオ国民が秘匿したおかげだ――《円卓の鬼神》は頬をかいて恥ずかしげに笑った。
 それが何に由来するのかは分かりかねたが、イーグルアイはその顔をじっと見つめた。
「やられたらやり返す。言うのは簡単だが実行は難しい。それをお前はやったんだ。あの基地の人間はみな、お前を崇敬していたんだ」
「俺は……傭兵だぞ」
「知っている。誰も彼もが知っていたことだ。それでも、お前を無かったことにしないと足掻いたんだ」
……そうか」
「そうだ。それだけは、知っていてくれ。お前は拠り所だった。その強い想いが、25年前の機体を保ち、磨き上げたんだ」
「本当に……飛べるのか?あのイーグル」
「もちろんだ。曹長が腕によりをかけてチューンすると言って聞かなかったんだ」
……そっか」
 そこでようやく、数多の枷の一つのが取れた気がした。
 あの戦争は、あまりにも深い爪痕を残している。
 サイファーは蕩けるような笑みで、感謝した。
「ありがとう。嬉しい。俺の代わりに飛ばされる子に、どうかよろしく伝えてくれ」
「わかった。当日は別の管制官だろうが、こっちでやる訓練は俺が管制する。任せろ」
「ああ……俺は随分と、良くしてもらってたんだなぁ。相棒?」
……そりゃそうだろうよ。気づいてなかったのはお前くらいだ」
 カウンターの端、いつもの特等席に男が座っていた。
 居心地悪そうにエールの泡をすすり、イーグルアイをねめつけた。
「なんだ片羽。機嫌が悪いな」
「別に」
「クリスマスはしっぽりやるつもりだったんだろうが、残念だったな」
「だから、そういうんじゃねえよ」
……ほう?」
「あ、いや、サイファー。違くてだな」
「出掛けに駄々をこねたおっさんとは思えないなぁ?相棒?」
「片羽……お前、幼児退行してないか?」
「うるせーばーかばーか!!!!!あんたが来るとは思ってなかったんだよ!!!」
 相棒とかつての上司から冷たい目で見つめられた《片羽の妖精》はもはや成す術もなくエールを飲み干すしかなかった。
 くっくっく。と喉を鳴らすように笑ったのはイーグルアイだった。
「まぁ、殺されなかっただけ良しとするんだな」
「そうだそうだ。イーグルアイに半殺しにされても文句言えないんだぞお前」
……
 自覚はあるようで、お代わりを要求することもなく、体を小さく丸めて座ったままだ。
 反省の意を示すように、じっと顔を伏せている。
「こいつを殴ったところで、無かったことにはできんよ。とはいえ、何も思わんわけではないが」
「そうだろうさ」
「だが、過ぎたことだ。うちもヤワじゃない。今はすっかり元通り、建設途中だった滑走路も完成している」
「へえ!あの滑走路、できたんだ」
「さほど伸びたわけではないがな。きちんと仕上げた。建物も新しくなってるぞ。今度来い」
「うーん。今は民間人だしな」
「俺が案内する」
「そうか。なら、いいか」
「相棒!」
「何」
 思ったより冷たい声が出て驚いたサイファーだったが、ピクシーは罪悪感に押しつぶされかけていた。
 安心させるように笑みを浮かべるが、あまり効果もなかった。
「ごめんごめん。でも、まぁなんていうか。観光もしなかったと思ってさ。少しはいいだろう」
「だけど……
「別にお前は来なくてもいいんだからな?片羽。俺はサイファーを招待している」
「相棒が行くなら俺も行く」
「我儘だな」
「うるせえよ」
 ちらりと一番機に目を向けるが、今は麗しのバーテンダーとしてシェイカーを振る男は、肩を竦めるだけだ。
 唇の端に笑みを浮かべながら。
「さて。片付けてくる。二人は待っていて。イーグルアイもうちに来るだろう?」
「そうさせてもらうか」
「なんだって?」
「ピクシー」
「すいません」
 立ち上がって文句を言おうとしたピクシーをたった一言で座らせた。
 イーグルアイは腹を抱えてひとしきり笑った後、ピクシーの隣の席に陣取った。
「悪いな、片羽。今は俺のほうが付き合いが長いんでな」
「くっ……
「恨むなら己を恨むんだな。さて、我らが《円卓の鬼神》を待とうじゃないか」
 むすっと不機嫌な顔を隠しもせず、まるで子供のように頬を膨らませる凄腕の傭兵に、ひたすら笑うしかなかった。
 そうして、着替えたサイファーが止めるまで、ピクシーはイーグルアイのいい玩具だった。
 夜はまだ長く、この世界の平和はつかの間の夢のようだと思っていても、こう願わずにはいられなかった。
 

 この世界に祝福を!