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mikagami3
2019-08-25 02:03:28
5437文字
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エスコン7 男女主人公
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ひまわり畑の白昼夢
うち設定のトリガー君とトリガーちゃんが、夏の一瞬に出会う話。ちょっとだけロングレンジの皆も出てくる。
【ひまわり畑の白昼夢】
夏の日差しに、じりじりと肌が焼ける感覚がする。
彼の頭上高くに、満開の、鮮やかな黄色いひまわりが周囲にぐるりと咲いていた。
ひまわり畑。
いや、ここはひまわりの迷路だ。
視界を埋め尽くす緑色の茎や葉、頭上を覆う黄色い花を見て、どうしたものかと首を傾げる。
褐色の肌を、汗が流れていった。
とはいえ、あまり焦ってはいない。きっと仲間たちが探してくれるはずだ、と彼は思っている。
そもそも複雑な迷路でもないのだ。
ただ、圧倒的なひまわりの壁が、少しだけ威圧感を覚えるだけで。
地上を這いつくばるものを睥睨するかのようだ。
だが、そう思うのは人間の勝手で、花は天高く太陽を見つめている。
これからもっと、天へ近づこうと伸びるのだろう。
数多の人々から《トリガー》と呼ばれる青年は、褪せた金髪をかき上げたその手を、ぐっと上へと伸ばした。
「空
……
」
かさついた低音は、ひまわりにすら聞こえないほどか細い声だった。
彼の印象は、空。空虚でもあり、天高く広がる広大な青。
色褪せた金髪、褐色の肌。
成人男性の平均身長を優に超える長身と引き絞られた弦のような筋肉質の体。
彼の友人が見立てた、Vネックのシャツと細身のデニム。
仲間たちに誘われて高原での避暑に来ている彼は、足元は歩きやすい愛用のスニーカーだった。
おかげでしっかりと黒い大地を踏みしめている。
真っ直ぐに太陽を、空を見つめるその姿は、周りを囲むひまわりにも似ていた。
静謐なその目は、晴れた冬空のようなブルー。
ひやりと冷たく、どこまでも続くような青だ。
周囲に音は無い。
不思議なほどに静かで、風にそよぐ葉の擦れる音すらしなかった。
彼の意識が、次第に空に収束する。
彼の脳裏では、すでに愛機のコクピットが浮かんでいる。
タキシング。滑走路。A/Bを吹かして、ふわりと。
そうして視線を上げれば、大らかな青空が出迎えてくれる。
風もなく、雲もない空は、遊覧飛行にも偵察任務にも向いている。
彼は魂の奥底で空を渇望していた。
「ふんふん、ふふふーんふーん。ふんふん、ふふーん」
楽し気な鼻歌が耳に届いた。
驚いたトリガーが、僅かに頭を揺らした。
(近づいてくる
…
?)
弾む気持ちが伝わってくる音だが、そのメロディーはどこか寂しげだ。
その相反する印象を持ったまま鼻歌が聞こえるほうへと体を向け、見つめる。
「ふんふーんふふーんふーん。ふんふーん、ふふーんふーん」
──たすたすたす。
全く気負いのない、リラックスしているであろう軽い足音が聞こえ始める。
恐らくはサンダルだろう。
そして、歌を紡いでいるのは、女性。
先ほどから、彼では到底出せない高音が聞こえている。おそらくサビだろう。
徐々に、メロディーには深い悲しみが読み取れるようになる。
足音も近づく。
彼も歩いてきた一本道の向こうから、女性のシルエットが見えた。
自分の予想が当たり、少しだけほっとして、警戒を解く。
ひまわりを一輪担いだ、白いワンピースの女性だ。
頭上にある太陽の光を反射して光る金髪。見つめる彼と同じ褐色の肌と、鼻から両の頬にかけて散るそばかす。
女性にしては長身の部類で、鋼のように強く柔軟な筋肉を備えた細身の体。
鍛えられながらも女性らしい柔らかな曲線を、純白の布をたっぷりと使ったオフショルダーのワンピースで隠している。
足音が示す通り、華奢なデザインのサンダルを履いている。
彼女は鼻歌を続けながら、まっすぐトリガーへ近づいてくる。
ぴたりと、どちらからも手が届く位置で立ち止まる。
ずっと背の高い彼を見上げるその瞳は、同じ色。
ひやりと冷たく、どこまでも広がる、晴れた冬空のようなブルーだ。
その顔は、己の母に似ていた。
女性が一瞬だけ、そのネコ科の猛獣のような、生命力にあふれた瞳を見開き、すぐに弧を描いた。
「初めまして!トリガー!」
女性は弾けるような笑顔でそう言った。
不思議と、驚きはない。
「初めまして。トリガー」
有り得ないとは思わなかった。
お互いに何者なのかと、直感的に分かっていた。
しばらく見つめ合って、女性のほうが口を開いた。
きらりと白い歯を見せるように笑って、楽しそうに言った。
「ああ、本当。本当にトリガーなのね? 貴方も!」
「
…
君も、そう、なんだな」
「ええ。トリガー。あたしもトリガーなの。不思議ね。でも不思議じゃない気がするの」
「奇遇だ。俺も、不思議だが、そういうものなのだと、認知している」
「これはきっと、神様の暇つぶしね」
そういった瞬間の彼女は、トリガーの母が悪巧みをする時の顔に似ていた。
鋭い犬歯は、自分に似ている。
「私、アシュリー。アシュリー・マリア・ガルシアよ」
「
……
俺は、アイザック。アイザック・マリア・ガルシア、だ」
「
………
ふふっ、やっぱり。やっぱりマリアで、ガルシアね?」
「ああ」
「本当に!おじいちゃんには困ったものだわ!孫に自分の妻の名前もつけるんだもの!」
「でも
……
微笑ましいし、嬉しい」
「もう。言葉が足りない人ね。仲良しな二人を見てると、って入れないと少し誤解されるわ」
「そう、かな」
「そーよ!まぁ、これで分かったわ。あたし達、家族は同じ人なのね」
「たぶん。君は、母さんに、とても似ている」
「あたしから見れば、貴方は父さんに似ているわ。ちょっと口下手なところもね」
「君の明るい笑顔も、母さんそっくりだ」
笑いあう。
彼らは、彼らが愛する家族は同じなのだと確認し合うことで、事実として状況を整理した。
お互いに、お互いが、異なる自分なのだと。
全くの他人に見えながら、同じ《トリガー》だ、と。
「貴方も休暇?」
「そっちも?」
「そう! 色んな所に行って、今日はここに来たの。あたしがひまわり見たいって言ったから」
「そうか
…
。ひまわり、俺も好きだ」
「ね! いいよねひまわり! 真っ直ぐ空に向かって、堂々と咲いてる。種美味しいし」
「うん。分かる」
「美味しいって、幸せだもんね」
「うん」
強く頷く。アイザックは意外にも食いしん坊で、美味しい食事は至福の時間だ。
それが今は、あまり楽しめなくなっているものだから、美味しさは尊いものだと思っている。
アシュリーのほうも、状況は似ているようだった。
何かを思い出すように口を閉ざして、沈んだ表情を見せたが、すぐに笑った。
「ねえ。出口まで一緒に行こう? 一人で暇だったの」
「
…
構わない。君と一緒なら、きっと楽しい」
「あら、鏡に喋ってるみたいになるかもよ?」
「今はそうじゃない」
「確かに!」
「俺は君が言ったとおり口下手だ
……
声も聞こえづらいと、よく、言われる」
「そう? 低い声の人は大変ね。バス?」
空いている手で喉を示しながら言うので、声域のことだと理解したアイザックは、こくり、と頷いた。
「君は、ソプラノ?」
「正解! よくうるさいって言われるわ!」
「綺麗な声なのに」
「ありがと! なんか照れ臭いなぁもう! じゃあ、行こ!」
「ああ」
気づくと、彼女が彼の手を握っている。
誰かと手を繋ぐのは、酷く久しぶりだった。
そのまま手を引いて先導するのかに見えたアシュリーだったが、意外にも歩調を合わせて並び歩いていた。
アイザックも自分より小柄な彼女の歩幅に合わせ、ひまわりの迷路を進んでいく。
迷路とはいえ、ほとんど分かれ道などない。曲がりくねった道をひまわりを傷つけぬように歩けばいいだけだ。
「さっきの歌、どういうもの、なんだ?」
「あれ? あれはねぇ、故郷を追われた少女の歌よ」
「
……
ずいぶん、物騒な」
「内容としては物騒と言うより、悲しい歌ね。嘘が広がり、疑心暗鬼を生み、国が滅んだ。そんな歌」
「その割には、ずいぶん楽し気、だった」
「悲しい物語、悲しいメロディー。全部ひっくるめて好きなの。好きな歌を歌うと、楽しくなるじゃない?」
「そうだ、な。そういうことなら、分かる」
「ね?」
「俺は、歌える歌が
…
少なくて」
「その声だとそうかも。男性でも歌手でそこまで低い人いないものね。オペラとかかな」
「オペラ
……
」
「嫌い?」
「嫌いじゃ、ない。連れて行ってもらったが、良かった」
「それ、あのお爺さんでしょ?」
「
………
」
「そっぽ向いてもだーめー! 分かるんだから」
どうやら、彼女のほうが上手のようだ。
僅かに頬を赤くしてあらぬ方向を向いたアイザックを、強引に引き戻した。
だが、咎める表情ではない。むしろ楽しそうだ。
ひまわりを抱え直しながら、揶揄う様に笑う。
「あのお爺さん。気に入った相手にはすごーーーくお金かけるみたい。孫ちゃんたちの持ってるものも、質がいいし」
「
……
少し、困る」
「分かるよ。自分にかける金があるなら家族に、でしょ?」
「ああ。俺は、赤の他人で、敵で、彼を撃墜した。だから」
「だから好きになったんでしょうが。彼の氏素性に関係なく、真正面から向かっていった貴方に」
「
……
君、は?」
「んー。友人? みたいな? もしくは孫?」
「
…
そうか」
「え。何? 嫌いなの?」
「ち、違うっ」
「じゃーいいじゃないの。時間は短いわ、きっと。あたしは後悔しない形を選びたくて、友人になったの」
「後悔しない、形
……
」
「もしまだ選んでないなら、早めに、ね」
「ああ。ありがとう」
二人の不思議な会話を、背の高いひまわりたちが包み込むように見守っていた。
うだるような暑さだったはずが、今では心地よい夏の気配に感じる。
それからしばらく、お互いの同じと違いを語り合いながら、笑いあっていた。
スカイキーパーが泣きそうな顔で謝ってきたこと。
軽口の応酬をしたバンドッグと、苦虫を噛み潰したような顔をしたバンドッグ。
それから、やはりロングキャスターは美味しい食事を出す店をたくさん知っている。
そうして夢のようにふわふわと楽しい心地で話して歩く。
やがて現れたのは、二股に分かれた道。
直感的に、此処が終点だと感じていた。
「此処でお別れね、アイザック」
「そうみたいだ。アシュリー」
示し合わせたようにお互いに向き合って、最後の笑みを交わす。
「夢だと思うけど、ああ、それでも、貴方に会えてよかった」
「俺も。楽しかった」
「あのお爺さんにはちゃんと伝えるのよ」
「そ、その話はもういいだろう
…
っ」
「私も、そうする」
「君は
……
いや、君は俺よりも、うまくやるだろうから、いいか」
「ふふーん。まあね。でも、少しだけ、貴方の慎重さは、見習うことにするわ」
「そうか?」
「ええ。あたし、結構そそっかしいから」
そう言うと、抱いていたひまわりの茎を握り、真っ直ぐにアイザックに差し出した。
「あげるわ」
「だが、それは君が、貰ったものでは?」
「いいの。これは私からの餞別。たまたま持っていたものだけど、それすら意味があるように思えたから」
「
……
?」
「いいから受け取る!」
「は、はいっ」
「よろしい」
満足げに頷く。困ったような顔を見せたアイザックだったが、ひまわりはどこ吹く風と鮮やかに咲いている。
目の前の彼女の笑顔のように。
「さようならアイザック。みんなに宜しく」
「さようなら、アシュリー。君こそ。君たちこそ、元気で」
アイザックの挨拶に、にっこりと笑顔だけ返して、アシュリー・マリア・ガルシアは背中を向けた。
振り返らないまま別れた道の片方へと進んでいく彼女をほんの少しだけ見送って、アイザックも歩き出した。
ひまわりを握って、一歩一歩確実に。
どれほど歩いただろう。暑さが徐々に増して、太陽の光も強くなるようだった。
汗が頬を伝う。
いつの間にか足元に落ちていた視線を、ふと上にあげる。
ひまわりの壁が途切れた先に、広場が見えた。
ここで、夢が終わる。
アイザックは少しだけ寂しく思いながら、広場へと足を踏み入れる。
風が、吹き抜けていった。
「トリガー!」
「
…
カウント」
カウントが駆け寄ってくる。トリガーもそちらへ歩み寄り、カウントの慌てた顔を見つめた。
「ひやひやさせやがって、出てこねえから倒れてるんじゃないかと」
「だから言ったろ? トリガーはちゃんと戻ってくるって」
「お前だってちょっと焦ってたじゃねえかよ、フーシェン!」
「喧嘩、よくないぞ」
「誰のせいだ!
…
ってお前、引っこ抜いてきちまったのか?」
「馬鹿野郎! トリガーがそんなことするわけねえだろ!」
「お前はトリガーの母親か何かかよ!」
トリガーを置いてけぼりにして口げんかを始めてしまったカウントとフーシェンを、ぼんやりと見つめる。
その二人の向こうでは、イェーガーとランツァが呆れているし、テイラーは困っている。
ふいに、後ろから肩を叩かれた。
「トリガー。いつの間にかいなかったから心配したぞ」
「すまない
……
空を、見上げていた」
「君は本当に空が好きだな。で、そのひまわりはどうしたんだ? まさか本当に抜いてきたわけじゃないだろう?」
朗らかな笑みでトリガーが持っているひまわりを指差して、ロングキャスターが尋ねる。
示されたひまわりを顔の近くまで持ち上げて、トリガーは僅かに微笑んだ。
「
……
勇気を、貰ったんだ」
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