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mikagami3
2019-04-15 01:01:19
8870文字
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エスコン7 トリガー♀
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焼き付いた金の髪
トリガー(女性)とエイブリルの話。髪を伸ばしていたはずのトリガーがベリーショートにまで切ったきっかけ
エイブリル・ミードは倦んでいた。
来る日も来る日も、くず鉄を飛行機の形に組む。
たまにエンジンも持ち込まれ、これで何とか飛べるようにしろなどと宣う馬鹿どもにも辟易していた。
犬に追いかけ回されるのにも懲りている彼女は、唾を吐き捨てながらも只管ボルトを締めていた。
終戦の日もこうやってヘドロのように生きていくのだと思っていた。
三本線を背負った彼女が来るまでは。
「何だ、女だったのか」
眉間に皺を刻んでいる管制官兼看守が、彼にしては間の抜けた声を出していたのを、エイブリルは覚えている。
アシュリー・マリア・ガルシア。
それが三本線《トリガー》の本名。
当初、管制官バンドッグはアシュレイ・マリア・ガルシアと読んでいた。
男でも女でも使えるその名前と、経歴としての優秀さと罪の重さから無意識に男だと思っていたそうだ。
それはエイブリルも例外ではない。
送り込まれた新人は、あのハーリング殺しだという。だからきっと、屈強で人を人と思わない男だと想像していた。
輸送機から降ろされ、背中を銃でせっつかれ、手錠を鎖で引かれながら歩くその細く滑らかな曲線に目を見張った。
何よりエイブリルの目に焼き付いたのは、夏の太陽より眩しいその金髪だった。
遠目にも分かるほど光る金髪に、エイブリルは最初カツラだと思った。それほど目に焼き付いた。
背は高いが体は細く、本当に軍人なのかと疑うほどだった。
だが、その日のうちに絡んでいったチャンプを拳一発でK.Oしたと聞いて、これは三本線だと認識を改めた。
その後金的もお見舞いしようとしたらしく、タブロイドが青ざめた顔で話すのを聞いていた。
(ああ、胸のすく話だ)
チャンプは弱い者いじめが得意だった。エイブリルはそれが嫌いだった。
だから、その日から彼女にとってトリガーは、ほんの少しだけ好ましい人間になった。
翌日、僅かな自由時間に彼女がやってきた。
戦闘機乗りにとって、戦闘機は友人なのだと彼女は笑った。
あの、キラキラと眩い金の髪を揺らして。
「ミード。貴方はすごいのね! 本当に戦闘機を作ってしまうなんて!」
「くず鉄から使えるのを集めて組んでるだけだ。パズルみたいなもんさ」
「でも、貴方しかできないわ!まさに女王よ。鉄を従える女王ね」
「ふん。そんな大層なもんか」
口ではそう言うものの、エイブリルは照れ臭くて仕方なかった。
此処に来てから、ただ組まされているだけで、成果を褒める人間は一人もいなかった。
けれど彼女は、トリガーは、真っ直ぐに自分を見て褒める。笑う。
とても綺麗でチャーミングな笑顔だと、エイブリルは女性として憧れにも似たものを感じた。
ふと、彼女が近づく。ツナギの袖を引っ張って手をくるむと、エイブリルの頬に擦りつける。
「少し休憩したら? ほっぺた汚れてる」
「うるさいな」
甘い匂いがする。
この基地で使える安い石鹸と、彼女の肌の匂いが混じって不思議な香りになる。
余計なお世話だ、と手を押しのけるが、その肌の匂いに戸惑う。
腐った空気、とエイブリルが呼ぶ澱んだ空気の中で、不思議と澄んだ香りだ。
「貴方一人で、飛ばせるように組むの?」
「あたしならそれができる。けど
……
全部が全部飛ばせるわけじゃない。囮用に組んでるのもあるよ」
「なるほどね」
「まったくのハリボテもあれば、エンジンが一応ついてて吹かせる奴、戦闘をこなせる奴はこれからだ」
「そう
……
まだ、飛べないの
……
」
飛べる機体がないと分かった途端、しゅん、としおれる。
僅かに罪悪感を覚えながら、エイブリルはすぐそばの機体を指差す。
今しがたまで組んでいた機体だ。
「こいつがその一号機。ってことになるかな」
「へぇ~」
「お前なら、これ、乗せてもいい」
「
……
それを決められるのは、あたしじゃないから
…
。気持ちは嬉しいわ。ありがとう」
ほんの少しだけ悲しそうな眼をして、しかしすぐに笑う。
エイブリルにはその一瞬、ガラスのように脆い笑顔に見えた。
「じゃあ、また。貴方が組んだ機体に乗れるの楽しみにしてるね」
「あ、ああ。じゃあ
……
」
肩口で切り揃えられた金の髪をふわりと翻し、彼女は独房に戻っていった。
チャンプを殴り飛ばしたせいで、初日から独房入りだ。
彼女は一人で気が楽だと嘯く。
冷たく暗くじめじめした独房にいても、彼女の髪は光っているのだろうなどと、エイブリルは思っていた。
それからは酷い騒ぎも起こさない、模範的な囚人。
空に上がれば誰よりも戦果を挙げるエース。
ふとした瞬間、彼女が三本線であることを忘れてしまう。
彼女の機体を整備し、その尾翼に描かれた三本線を見るたびに、エイブリルは疑問が胸に浮かぶ。
本当に、彼女はこの三本線を背負うべき人間なのか、と。
食堂で食事を摂っている間も、エイブリルは気づくとあの金の髪を探している。
きらきらと光るあの髪を見ると、何故だか落ち着くのだ。
遠く、窓際で食事をする彼女が見えた。
(ああ、今日も生きてた)
姿が見えて、エイブリルは安堵した。
酷い任務が続いた。機体も、彼女の体も酷い負担を強いられる仕事。
機体は自分が見てやれるが、トリガーのことは顔を見れない日もある。
彼女は独房に入れられ続けていて、指令の気まぐれで食事抜きにされることもあった。
全く忌々しい。とエイブリルが吐き捨てても状況が変わるわけではないが、思わずにはいられなかった。
最初の頃より、痩せている気がする。
だが食事をする姿は元気そうで、周りの囚人と談笑している姿も見える。
細められる晴れた冬空の目は澱んでいない。
目的を果たして、エイブリルは食事に向き直る。
瞬間、けたたましい音が辺りに響き渡った。
耳を疑うような派手な打音。パイプ椅子が派手に転がり吹き飛ぶ音。鈍く響く殴打の音。怒鳴り声。制止の声。
ようやく衝撃から抜けて顔を上げた時には、トリガーが看守の一人の胸倉を掴んで顔を殴りつけていた。
殺す、殺す、と叫びながら只管殴っている。空色の目は、焦点が合っていない。
やめろ!と叫ぶタブロイドの声と、止めろ!と叫ぶバンドッグの声は聞こえていないらしい。
掴んだ看守を床に叩きつけて、今度は馬乗りになって殴りつける。
何度も。何度も。何度も。何度も。
エイブリルは最後の一口だったパンを飲み込んで、急いで駆け寄る。
上手く動かない足が、もどかしい。
途中何度か転びそうになり、無責任にヤジを飛ばす馬鹿どもを押しのけて騒ぎの中心に入る。
顔面を血まみれにして床に倒れる看守と、チャンプとカウントに羽交い絞めにされてようやく止まったトリガー。
ふーっ、ふーっ、と獣のように息を荒げて床に倒れる看守を睨みつけている。
チャンプとカウントが腕を解けば、すぐにまた殴りかかるだろう。もう拳は看守の血で赤く染まっているのに。
トリガーは看守を怨嗟の目で見つめている。
エイブリルが声をかけようとしたとき、トリガーはぼそぼそと何かを言い始めた。
「あたしの
……
あたしの髪を
……
あたしはやってない
……
触るな
……
やめろ
……
」
「
……
トリガー?」
胴体を抑えていたカウントが覗き込む。途端にさっと彼の顔色が変わった。
トリガーの肩を掴んで揺さぶる。その様子にタブロイドもトリガーの傍に駆け寄った。
「トリガー!おい、どうした!」
「トリガー?聞こえるか?おい?」
「触るな
……
触るな
……
違う
…
違う
……
気持ち悪い
……
やめろ
……
やめっ
……
」
ぶつぶつと呟くトリガーは何も聞こえていないようで、答えは無い。
カウントがトリガーの眼前で掌を揺らして見せるも、それも目に入っていないらしい。
トリップしたかのような様子に、ひとまず休ませようとしたのだろう。チャンプが腕を解いた。
瞬間、トリガーが体を折り曲げた。
あまりに急だったので、チャンプもカウントもタブロイドも思わず仰け反った。
ぎゅんっと、一人だけ何倍もの重力が掛かったかのように折り曲げ、トリガーは口を押える。
小刻みに震えだし、床に膝をついた。
そして、嘔吐した。
先ほど食べた食事を全て吐き出して、血の混じった胃液が出るまで。
ゲェゲェと吐き続けて、床に倒れている看守に全てぶちまけている。
それが彼女の意趣返しだったのか、不可抗力だったのかは判別がつかなかった。
ただバンドッグが彼女の肩を掴んで怒鳴ろうとした瞬間、彼女は気絶した。
バンドッグが肩を掴んだ、その力に逆らわずに後ろへと倒れこむ。
「トリガー!くそっ、起きろ!トリガー!」
「おい、やべえんじゃねえか?」
「チッ。貴様に言われずともわかっている。タブロイド、カウント、担架で医務室へ運べ」
「分かった」
意外にも素直にバンドッグの言うことに頷いたカウントと、彼の合図を受けたタブロイドが担架を取りに走る。
バンドッグはトリガーに声をかけ続けながら、茫然と立ち尽くすエイブリルに目をやる。
「エイブリル・ミード。トリガーに付き添え」
「な、なんで
……
」
「他の連中よりお前が適任だ。恨むならトリガーの性別を恨め」
一応、トリガーに気を遣う程度には彼女を良い手駒だと思っているようだとエイブリルは思った。
バンドッグはトリガーを横向きに寝かせながら、騒ぎを聞きつけた他の看守に指示を飛ばしている。
混乱する暇もなく看守たちは倒れた同僚を介抱し、何の役にも立たない野次馬どもを散らす。
トリガーに殴られた看守は自室に送られるらしい。そこで治療を受けさせるのは、おそらくトリガーの為だ。
トリガーを不衛生な独房にこのまま入れるわけにはいかないが、被害者と加害者を同じ部屋に押し込むわけにもいかない。
横向きに寝かせられているトリガーは、呼吸はしている。吐瀉物による窒息は無いようだ。
ようやく担架を持ったカウントとタブロイドがやってきて、バンドッグがその上に乗せた。
意外に優しい手つきだ、とエイブリルはぼんやりと思った。
「エイブリル、行ってこい」
「あ、ああ」
慌てて追いすがる。既に先を歩いていたために必死になる必要があった。
追いかけてくるエイブリルに気づき、タブロイドが声をかける。
「どうした?」
「バンドッグが、トリガーに付き添えって」
「ああ
……
そうか。トリガーも女の子だもんな」
「だけどよ、三本線だぜ」
「でも、女の子だよ」
二人の言い合いを、エイブリルはもう聞いていなかった。
青ざめた顔のまま眠るトリガーを覗き込んで、ざわざわとした不安が胸を占める。
案外早く医務室に着いてしまったが、その間も、ベッドに寝かせる間も、エイブリルはトリガーから目を離さなかった。
「じゃあクイーン。後は頼んだ」
「俺たちはバンドッグに報告してくる」
「ああ」
医務官に託した二人は、エイブリルを残して戻っていった。
トリガーはまだ目覚めない。
医務官が触診していくが、険しい顔だ。
「
……
心因性のものだろうと思う。が、体に負荷が掛かっているのも事実だ。あんな高G機動じゃな」
口の悪い医務官は、トリガーの扱いに不満を持っていた。
エースとして尊重されるべきだと愚痴を零していたのも聞いたことがあった。
「軽い脱水症状もあるから点滴するか」
「脱水
…
?」
「吐いたからな」
「なるほど」
点滴の針が刺されて、液がぽたぽたと落ち始める。
そこでやっと、トリガーは目を覚ました。
ゆっくりと目を開いて、ぱちぱちと何度か瞬きをした後、医務官とエイブリルを交互に見る。
状況が呑み込めていない、ぼんやりとした顔だ。
「おはようトリガー。派手にやったようだな」
「えぇ
…
?」
「覚えてないのか?お前、看守を殴り殺そうとしたんだぞ」
「看守を
……
?
……
っ!」
口を押えて青ざめる。そのまま横向きに転がり、ベッドから落ちかけたところを医務官が押さえた。
また震えるトリガーの口元に洗面器を持っていき、背中を摩る。
「落ち着け。落ち着け。ここにその看守はいない。吐くなら吐いてもいいが、この洗面器にな?」
「あ
……
ありが、とう。大丈夫。大丈夫よ先生。ちょっとえづいただけ」
「本当に大丈夫か?」
「ミード
…
‥大丈夫。大丈夫よ」
力なく笑って、トリガーはゆっくりとベッドの上で体を起こした。
右腕に点滴の針が刺さっているのを見て、腕を曲げぬよう気を付けている。
「ごめんなさいミード。バンドッグに言われたんでしょう?もう大丈夫」
「
……
嘘が下手だなお前。そんな顔色で大丈夫なわけあるか」
「えぇ?」
「本当だぞトリガー。真っ青だ。今日はこのままここで泊まりだ。いいな?」
「でも
……
」
「医務室では俺が法律だ。バンドッグが来ても追い返してやる」
むん!と右腕をまげて力こぶを作って見せる。医務官とはいえ軍人、そこそこ鍛えている腕だった。
それを見たトリガーとエイブリルは吹き出し、くすくすと笑う。
「ふふっ。いい人ね、先生」
「患者は俺の言うことを聞いてればいいし、患者を守るのは俺の仕事だからな」
「先生がこの基地にいてくれて、本当に嬉しい」
「全くだ。真っ当な医者がこんな基地にいるなんて、砂漠で砂金を探すようなもんだ」
「おいおいよせよ
…
めちゃくちゃ照れるじゃねえか」
笑って後頭部をかいて見せるが、すぐに医務官は真面目な顔になってトリガーに向き直る。
トリガーも笑顔は引っ込めて、真面目に話を聞く姿勢を取る。
その二人の空気に気圧されてエイブリルも身構える。
「エイブリル、座りな。話が長くなるからな。そこにある椅子を使っていい」
「ああ
……
」
「さてトリガー。今から一つ質問をする。言いたくなければ黙秘と言え。分かったな?」
「うん」
「何故看守を殴った?」
「
………
」
トリガーは黙秘、とは言わなかった。
だが、正直に言うべきかどうかは迷っているらしく、視線を彷徨わせている。
助けを求めるようにエイブリルにも視線を投げるが、エイブリルだって何もできない。黙って首を横に振った。
それで決意が固まったようで、トリガーは医務官に顔を向けた。
「
……
髪を、触られたの」
「髪?」
右腕をゆっくりと撫でながら、トリガーはぽつりぽつりと話し出した。
「髪を
……
後頭部の髪を、触られたの。するりと。金髪は淫乱らしいなとか、何とか言ってた気がするけど
…
。
気づいたら殴りかかってたの。頭の中に声が響いて、もうこれ以上何もされない様に殺そうとしたの」
「
……
声?」
「
……
それについては、黙秘、よ」
「分かった。聞かない」
「ありがとう
……
それで、一発殴ったところで、掴まれたの。髪を。痛くて、気持ち悪くて
……
」
トリガーの体が震える。
彼女にしか分からない嫌悪感があるのだろう。また青ざめて、自分の肩を抱きしめる。
震えたまま、トリガーは続ける。
「気づいたら、チャンプとカウントに取り押さえられて、血まみれになった看守が転がってたわ。
我慢しきれなくて吐いちゃったけど
……
本人にぶちまけるつもりはなかったのよ。本当に」
「そうだったのか?」
「そうよ。あれは
……
本当に、気持ち悪かったの。あたしの大事な髪を触られたことも、掴まれたことも。
気持ち悪くてどうしようもなかった
……
今も、気持ち悪い
……
先生」
「うん?」
ぱっ、と何かを思いついたように顔を跳ね上げるトリガーに、気軽に答える。
トリガーは机の上を指差して、縋る様に懇願した。
「鋏を、貸して」
「
……
囚人に刃物を渡せない理由は分かってるだろ?」
「お願い先生。傷はつけないから。お願い。気持ち悪いの。すごく気持ち悪い
……
お願い先生」
ベッドの上で深々と頭を下げる、ほとんど折り曲げるようにして医務官に懇願する。
「
…
あたしに貸してくれ」
見るに見かねて、エイブリルが口を出す。
ゆっくりとぎこちなく立ち上がり、片足を引きずりながら医務官の机へ歩いていく。
鋏を手に取り、ぎゅっと握る。
「トリガー、鋏で、何をするんだ?」
「髪を、切る」
「
……
トリガー」
「先生。今も気持ち悪いの。触られた髪がざわざわとして、肌に触れると怖気が走っていくの
……
いや
……
いや
……
大事な髪なのに。おじいちゃんと母さんから受け継いだ、お気に入りの髪なのに。
でもいやなの、肌に触れさせたくないの先生。お願い
……
」
「
……
分かった。貸してやる。エイブリル頼めるか?」
「最初からそのつもりだよ」
エイブリルに頷きを返し、医務官は大きな戸棚を開いて中を漁り始めた。
中にしまってあった予備のシーツを取り出して、バサッと広げる。
「ほれ、大人しくテルテル坊主になれよ」
「
……
ありがとう」
「お前の髪を切るのは勿体ないとは思うが、まあ、短くすれば掴まれることもなくなるだろ」
「
……
いいか?トリガー」
「うん。ミードは器用だから」
「動くなよ?」
ベッドの上で点滴を入れながら、トリガーはシーツに包まれていく。
しっかりとシーツにくるまれて、余った部分をできるだけ広げながら、切った髪を受け止められるようにする。
恐る恐る、エイブリルは鋏を入れた。
金色の髪は、とても柔らかい。金色だけど金ではないのだと、エイブリルは変な感覚に陥る。
本物の金でもおかしくないくらいに綺麗な髪だと思っているから。
ショキショキ、ショキショキ、鋏が小刻みに揺れる。
金の髪がハラハラと落ちる。金粉のようにキラキラと輝きながら、シーツの上に落ちる。
(
……
勿体ない)
エイブリルは残念に思ったし、怒りにはらわたが煮えるようだった。
この綺麗な金の髪を短くしなくてはならないことを残念に思い、この綺麗な髪に薄汚い手で触った看守に怒った。
触るだけでは飽き足らず、掴んで引っ張ったのだという。なんて馬鹿な男だろう。
安い石鹸でも輝きを失わないこの髪の価値が分からないなんて。
ショキショキ。
ショキショキ。
どんどん、彼女の髪が短くなっていく。
医務官は時々その様子を見守りながら、カルテを書いていた。報告義務はあるのだ。
カリカリ。
ショキショキ。
無言のまま、ペンの走る音と鋏が交差する音が医務室に響く。
しばらくして書き終えた医務官が顔を上げると、トリガーの髪はすっかり短くなっていた。
エイブリルと同じくらい短いベリーショートだ。
ボブカットも悪くなかったが、こちらも似合うと医務官は微笑んだ。
「いいじゃないかトリガー。似合ってるぞ」
「本当?」
「ああ。エイブリルが器用で助かった」
「ありがとうミード」
「
……
前から言おうと思ってたんだけどさ」
トリガーの首元から順にシーツを外して、切った髪を床に払いながらエイブリルがむすっとした。
何かしただろうかとトリガーは首をかしげる。
エイブリルがシーツを丸めて、向き直る。
「いい加減、ファーストネームで呼びなよ。慣れないんだよ、それ」
「えっ、でも
……
」
「他の連中が呼んでるんだ、遠慮するなよ」
「
…
うん
……
ありがとう。エイブリル」
「そう。それでいいんだよ」
洗濯籠にシーツを投げ入れながら、言葉も放り投げる。
照れ臭そうに頬をかきながら、箒を取り出して床を掃いて髪を集める。
埃も混じっているが、やはり綺麗な金色だ。
「なんだ。お前も照れるんだな」
「うるせえよ」
「ひっひっひ。トリガーは寝ろ。邪魔する奴は追い返してやるからな」
「
…
うん。ちょうど、眠かったところ」
「そりゃいい。寝ろ寝ろ。寝るのはいいことだ」
「うん
……
おやすみ先生。あと
……
ありがとう。エイブリル」
「気にすんなよ。おやすみトリガー」
ぽすん、とベッドに倒れこんだと思ったら、あっという間に寝息を立ててしまった。
掃き集めた髪をゴミ箱に入れて片付けてから、エイブリルは椅子に座り直した。
怪訝な顔をしたエイブリルに、腕を組んだ医務官が声をかける。
「寝つきがいいだろ?」
「ああ
……
」
「慢性的な睡眠不足だ。過労もある。ここ最近の無茶な仕事ぶりは、機体を見てるお前も何となく察してるだろ」
「何となく、だけど」
「無理が祟ったんだろう。今日は言葉の歯切れも悪かった。ここで一度休ませてやらねえとな」
「あんた
……
上と喧嘩して此処に飛ばされた口か?」
「黙秘だ。ほれ、お前も戻って休め。明日になればこいつも元気になる。いつものトリガーに戻るさ」
「分かった。宜しく」
「おう」
それだけ言って、医務官はトリガーの点滴を見て、毛布を掛け直す。
エイブリルは名残惜しくはあったが、ここにいても自分にできることはないと医務室を出ることにした。
廊下へ出て後ろ手に扉を閉めたところで、扉のすぐそばに人が立っているのに気づいた。
カウントとタブロイドだ。
「盗み聞きか?趣味が悪いな」
「今来たところだよ。ほとんど何も聞いちゃいねえ」
「詐欺師の言うことが聞けるかよ」
「本当だって。なぁ
…
トリガーは?」
「寝てる。一晩泊まりだ。今は入れないぞ。医務官に追い返されるのがオチだ」
「あのセンセ、おっかねえもんな」
軽く笑いあって、なんとなく三人で営倉に戻ることにした。
カウントとタブロイドはエイブリルに合わせて、ゆっくりと歩を進める。
「本当に大丈夫なんだよな?」
「ああ。あの医務官は嘘は吐かない」
「良かった。トリガーがいないと困るからな」
エイブリルはふと思いつき、営倉の手前で二人と別れた。
足を引きずって向かうのは格納庫だ。
そこにはトリガーの、今の愛機が眠っている。
工具箱を引っ張り出してコンテナを漁り、使えるパーツを見繕う。
そして気合いを入れて、トリガーの機体に向き直った。
誰よりも鋭く飛ぶ彼女のために。
「あたしには、これしかできないから」
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