mikagami3
2019-04-01 23:56:53
3903文字
Public エスコン7 ミハトリ
 

四月の嘘のあと

ミハトリっぽい何か。エイプリルフールネタ。昼にネタツイしたものを小説に練り直しました。
ほんのりヴィト引風味もあり

「エイプリルフールでーす……
「で、です

栗色の髪を長く伸ばした少女が、よく似た幼い妹と一緒に、引きつった笑顔を浮かべている。
真っ白な医務室の中で、二人の少女の言葉を聞いた褐色の青年は目を見開く。
青年は、必死に呼びかけていた、ベッドの中の老人に視線を移した。
老人はぱっちりを目を開いて、むっくりと起き上がった。
とても、元気そうだ。

……
「あの、トリガー、さん」
……
「えっと」

青年は少女たちの声には答えない。答えられなかった。
さっきまでどんなに呼びかけても反応せず、生きるか死ぬかと心配していた人が、事も無げに起き上がっている。
当の本人は、腹の上で手を組んで首を傾げて見せた。

「君もそういう顔をするのだな」
……

ようやく、それぞれの言葉の意味、全てを理解して。

…………ミハイ!!!」

爆発した。
褐色の青年は、怒りの表情を隠すことなく、医務室で仁王立ちした。
ミハイと呼ばれた老人は少し申し訳なさそうに肩を落とし、彼の孫娘たちも傍に佇んでいる。
青年が口を開く。

「言うこと、ありますか」

やや震えた声で、低く唸るような声だった。
三人は項垂れている。
青年は老人に視線を据える。

「ミハイ」
「すまなかった」

老人が深く頭を下げる。
次いで、今度は怒りではなく困ったような顔で、二人の少女へと視線を投げかけた。

「イオネラ嬢、アルマ嬢」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」

とてもとても申し訳なさそうに、少女たちも頭を下げた。
青年は、らしくなく大きく深く溜息を吐いて、がっくりと肩を落とした。
元々怒りが持続しない性格だ。脱力して、力の抜けた声で囁くように言った。

ご自分が何をしでかしたか、分かってるなら、もう良いです」
「うむ
「ですが、悪い冗談だということは肝に銘じていただけると助かります、三人とも」
「はい」
「ごめんなさい」

姉のイオネラが頷き、アルマはぬいぐるみを抱きしめながらもう一度謝った。
青年は二人の少女に、ほんのわずかに笑顔を見せる。
だが、ミハイへの表情はまだ硬い。

「ミハイ。貴方は、こういう悪戯を止める立場では?」
「その通りだ」
「それが、何故」
「君が慌てたらどんな顔をするだろうか……と、興味が、湧いて」
………
「きっと、可愛いらしい表情だろうなと」
「それで?」
「君は冷静な男だ。些細なことでは驚きもしないだろうと思って」
「ミハイ」

ぴしゃり。遮る様に青年は名前を呼ぶ。
ミハイが視線を上げると、子供のように頬を膨らませながら、目尻に涙を浮かべたトリガーが震えていた。

「心配しました」
「うむ
「とても、心配、したんです」
すまなかった」
「もう、二度と、しないでください」
トリガー?」
「もう、嫌なんだ……

ぽろっ
とうとう、晴れた冬空の目から雨が降り出してしまった。
一度降り出した雨は止まず、ぽろぽろと際限なく溢れている。
ミハイは慌ててベッドから飛び降り、その肩に手を置いた。
孫娘たちも駆け寄り、どうしたものかと一瞬躊躇したものの、温めるように背中を撫で始める。
トリガーは何も言わなかった。
溢れる言葉を押しとどめていた。あまりにも辛い心の傷を、己で抉ることになってしまうから。
それを、ミハイ達に言うべきではないと、彼は必死に唇を噛んだ。

「トリガー。本当にすまなかった」
「トリガーさん。本当にごめんなさい」
「ごめんなさい。もうしないわ。だから、だからもう泣かないで」
……

どれくらいそうしていただろうか。
静かに涙をこぼすトリガーを囲んで、ミハイは頭を撫で、イオネラは背中を擦り、アルマは手を握る。
そうしてトリガーも少しは落ち着きを取り戻して、気まずそうに目を泳がせる。
やや頬を赤らめて、俯きながら、涙の跡を拭う。

……お見苦しい所を。すみません。もう、大丈夫です」
「本当に?」
「はい」

イオネラが気遣って見上げながら言った言葉に、トリガーは頷いた。
幸か不幸か、心を抑制する動きはずいぶんと板についた。
いつになく取り乱した彼がまだ心配だったが、イオネラもそれ以上は言わなかった。

……嘘でよかった、です」

ぽろり、と最後の一粒を零しながら、トリガーは微笑んだ。
イオネラはじっとその瞳を見つめ、何かを思いついたようにぱっと翻して、妹を連れて外に出た。
廊下から声をかける。

「おじいさま。飲み物を取ってきます」

それだけ言うと、小走りに駆けていく。
慌てて追いすがるが、もう遠くまで行ってしまった。
トリガーはもう帰る、と言い出せないまま、その背中を見送った。
仕方なく、ベッドに腰かけるミハイの元へ戻って、自分は椅子に座った。
泣き出してしまったのが未だに恥ずかしく、トリガーはミハイの視線から逃れようと明後日の方向へ向く。
膝の上に置いた手に、ミハイの手が重なる。
大きく、かさついていて、トリガーよりもずっと長い時を戦ってきた戦士の手。

「ミハイ?」
「心配した、というのは本当か?」
こんなことをした貴方に、疑われる筋合いはない」

ぷうっとむくれる。
大の男が子供のようでみっともない、と思うのだが、先に悪趣味な悪戯を仕掛けたのはミハイだ。意趣返しはしたい。
ふいっとそっぽを向いて膨れて見せる。ミハイが苦笑した気配を感じて、もう一度視線を戻した。

「何ですか」
「いや、何。君のそんな顔は、私しか知らないのだろうと思ってな」
……
「とても愛らしい」
……また嘘、ですか」
「もう嘘を吐く時間は終わりだ。あれは午前だったろう」

トリガーの頬を撫でる。白い肌のミハイとは違い、陽の光を間近で浴びたような褐色の肌だ。
ミルクチョコレートのような甘やかな色の、瑞々しい肌。
その張りを楽しむように何度も撫でる。
トリガーは眉を緩めて、目を閉じて受け入れる。
また、ぽろりと涙が零れた。

「トリガー、どこか痛むのか?」
「いいえ」
「ではどうした?」
「貴方の手が、温かくて……生きている、と思ったら、何だか……泣けて、きました」
……
「ごめんなさい。こんなに涙脆かったなんて──」

最後まで言わせずに、ミハイはトリガーを抱きしめた。
まだ若い枝のように細くしなやかで、強くも弱くもあるその体を。

「ミハイ?」
「生きているとも」
……
「今、生きていてよかったと、心から思っている」
……本当に?」
「もちろんだ」

そういうと、ミハイはトリガーの頬に口付けを落とした。とても優しい口付けだ。
またトリガーは涙が溢れてきて、止められなかった。

「ミハイミハイ……
「此処にいる」
「ミハイ……
「君を抱きしめているのは、私だ」
……はい」
「私は此処にいる。君と一緒にいるとも。命ある限り」
「そんな、駄目です」
「何故?」
「自分は……汚れている。貴方の命を縛るのは、嫌です」
「こんなに美しいというのに」
……

口を噤む。トリガーは、自分のことを多くは語りたがらなかった。
特に、ミハイには。
ミハイは何度も口付けた。頬に。瞼に。額に。鼻先に。
優しく、温かな口付けだというのに、トリガーは涙が止まらない。
抱きしめているミハイの腕に縋りつき、ミハイの胸に額を預けた。

「その優しさだけで、十分、です」
トリガー」
「失礼します」

突然の闖入者に、思わず二人とも扉へ向き直る。
そこには、ソル隊の面々とイオネラ・アルマ姉妹がティーセットを持って立っていた。

「えーっと……
「下がりなさい」
「ミハイ!」

表情を変えずに言い放ったミハイに、思わずトリガーは声を上げる。
正直なところ、気恥ずかしさを誤魔化したかったのもあって、いつもより声が大きくなってしまった。
ミハイは僅かに不機嫌さを纏って、ソル隊の、自分の2番機でもあるヴィトに声をかける。

「何かね」
「いえ。こちらにトリガーが来ているとイオネラ様から聞きましてお茶の用意と、その、謝罪を」
「謝罪?」

首を傾げて問うたのはトリガーだ。彼の記憶する限り、ヴィトに何かをされた覚えはない。
ヴィトは頷き、こちらもまた気まずそうに答えた。

「先ほどの悪戯には我々も関与する予定だったので。貴官が冷静に処置を行ったので出番はなくなりましたが」
……ミハイ?」
「ばれてはしょうがない」
「ミハイ!」

思わず叫ぶが、ミハイはどこ吹く風。
睨みつけても全く効果はなく、肩を落としてヴィトに向き直った。
ヴィトはトリガーの為のお茶をカップに注ぎながら、優し気に微笑んだ。

「トリガー」
「何か?」
「怒った顔も、泣き顔も、愛らしいですね」
……言ってる意味が、分からない」
「ヴィト」

ミハイが、やや冷たい声を出した。
何事かとトリガーが振り返ろうとした矢先に、ミハイの腕の中に抱きこまれる。

「やらんぞ」
「キング。独り占めはずるいですよ」
「やらんと言ったらやらん」
「ミハイ?」

腕の中でもがきながら、トリガーはミハイを見上げる。
ミハイは実に真剣な顔で、ヴィトを牽制している。対するヴィトの顔も真剣だ。
トリガーはなんとなく、自分を取り合ってることは分かったが、その理由は良く分からなかった。
これは長引きそうだ、と胸中で呟きながら、ミハイの腕に抱かれたままでいた。
温かい。
その温かさだけで、トリガーは十分だった。