mikagami3
2019-01-16 20:47:15
2371文字
Public エスコン7 トリガー♂
 

クイーン・ビーは曇り空を嫌う

エースコンバット7発売直前、エイブリルとトリガーの小話。まだほとんど情報がないエイブリルと暫定にもほどがある拙宅トリガーしか出てきません。

クイーン・ビーは曇り空を嫌う


エイブリル・ミードは空が好きだった。
それを自覚したのは翼を奪われた後だった。
皮肉にも、戦闘機に触れる機会は奪われなかったが為に、空を見上げることが殊更増えた。
古強者たちの間で磨かれた腕は腐ることを許されず、今日も忙しく動いていた。
懲罰部隊の面子は女だてらに荒くれ者たちと渡り合う彼女に敬意と、好奇の目を向けることにした。
彼女もある程度は覚悟しており、腐った連中と吐き捨てながらも、彼らの腕にそこそこの評価をしていた。
だが、たった一人だけ、どうしても掴めない男がいた。
TACネームを「トリガー」とされている彼は、無口だった。
さらに言えば、引金を引いてしまうような顔にも見えなかった。
エイブリル・ミードから見たトリガーは、朴訥で、下手をすれば始終眠そうな顔をして、戦闘機パイロットに向いてなさそうだった。
だが毎回、彼は帰ってきた。
毒づく荒くれ野郎どもの中でただ黙々と、歩いて帰ってきた。
五体満足でかすり傷一つなく、そして信じられないことに誰よりも戦果を挙げて帰ってくる。
どんなインチキをしたのかと揶揄い、ゲラゲラと笑われても眉一つ動かさない。
ときどき唇が動いているのは見たので、「もしかしたら出来の悪いAIでは」という妄想はすぐに消えた。
彼女が最も不可解に想っていたのは、彼の三本線だ。
この場所では、罪が重いほど機体に描かれる線が多くなる。三本も引かれたのは彼が唯一だ。
しかし彼は彼女が見ている限り、規則正しい生活を送り、規律を重んじるように見えた。
少なくとも、けちな軍規違反で放り込まれたわけではないらしい。
線の多さに荒唐無稽な噂を流されても平然としている。
いや、平然と言うよりは無反応。
冬空の目は何も見ていない。
何もかもが彼の目を奪うには至らず、ただ罪を贖うために飛んでいた。

「アンタ、なんでこんなところに来たんだ」

トリガーは黙したまま、視線を下げた。
しばらくしてエイブリル・ミードは自分の質問が言葉足らずだったことに気づいた。
言い直すか迷っている間に、トリガーが口を開いた。

「今日の作戦で、機体に無理をさせたから、直るか心配だった」

意外だった。
この男がそんな言い方をするとは思ってもみなかったからだ。
ここの連中ときたら、機体は使い捨ての道具だと思ってるような人間しかいない。そう思っていた。
ふん、と鼻を鳴らした彼女はスパナをくるりと手の中で回して見せた。

「殊勝なことじゃないか。だけどね、そりゃアタシに喧嘩を売るようなもんだよ。見てな、ピッカピカに直してやるから」
「不用意な言葉だった。謝罪する。すまない。宜しく頼む」
……よしなよ。アタシもちょいと言葉が悪かった。怒ってるわけじゃないんだ。なんていうか……あー……

トリガーは言葉を待っている。
急かすわけでもなく、かといってこの会話に無関心になったわけでもなく、彼女の言葉を待っている。
大人の男にそうされたのは初めてで、彼女は居心地が少し悪くなった。
彼女の祖父とその戦友たちは矢継ぎ早に悪態を吐くような人たちだったから、待たれるのは慣れていなかった。
だが、それが悪意からではないことは彼女も分かっている。
ようやく言葉を見つけて、笑って見せた。

「そうだ。これだ。──任せろ、得意分野だ。ってな」
……それは、とても、頼もしいな」

エイブリル・ミードは目を見張った。
彼が笑ったのを見たのは、これが最初だった。
こいつも笑うことがあるのかなどと思ったりもした。
彼は機体を見上げた。
見ただけでは何もわからない。だが、パイロットとして今日の作戦での自分の機動は覚えている。
しばらくぼんやりと見つめて、彼女に視線を戻した。

「やはり、無茶な機動は避けるべきだろうか」
「出来るならそのほうがいいだろうけどさ、そんな器用なことができんのかい?」
……このまま、作戦の難易度が上がるなら、難しい」
「だろ? だったらアンタは生き残ることを考えな。アンタくらいだよ、真面目に罪を償おうって飛んでるのは」
……俺の罪は、贖えない」

ぼそり。
ぎりぎり聞こえるか聞こえないかくらいで呟いた言葉は、消えることなく彼女の耳に残った。
彼の目が濁る。
どろりとした何かに、綺麗な青空だった目が汚されていく。
目を閉じて、彼が背中を向ける。

「邪魔をしてすまなかった。俺はこれで失礼する、ミズ・ミード」
「よしな。そんな呼ばれ方されたら痒くてしょうがない。エイブリル。それでいいよ」
……ありがとう。エイブリル。これで、いいだろうか?」
「ああ。上出来だ。アンタは何も心配しなくていい。空で分解することも、ジャムることもない。
 アンタの動きに確実に応える、素直な良い子に仕上げてやるよ」
「そこまで、しなくても──」
「うるっさいね。アタシがそうしてやるって言ってんだよ。ガタガタ言わないでアンタはアンタの仕事しな!」

トリガーは一度肩越しに振り向き、ふんぞり返っている彼女へと微笑んだ。
言葉を重ねることなく、トリガーは右手を振って謝辞を表すとそのまま格納庫を出ていった。
ふん、とまた彼女は鼻を鳴らした。

「アタシはね、諦めるってことが嫌いなんだよ」

晴れた冬空は綺麗だと思ったのに、曇った途端に見るに堪えないほど醜くなってしまった。
どろりとしたそれは、拭うことができない諦観。
彼が背負った罪に由来するだろうことは、彼女にも察しがついた。

「そんな曇った冬空、アタシは嫌いだ」

寒々しいだけの空は、彼女が望むものではない。
しかし何ができるわけでもない。今は。
彼女は機体へ向き直り、せめて綺麗な空を飛べるようにと仕事にとりかかった。