mikagami3
2018-08-31 23:38:03
10555文字
Public エスコンZERO マーセナリー(♀)
 

夏の太陽の下で君が見たい

うちのマーセナリーサイファー♀と仲間たちが夏の海でわちゃわちゃする話。
時系列的にはピクシー離脱後なので、ピクシーいません。匂わせる程度。
平成最後の夏が終わるまでに書きたかったので満足です。
フィーリングで読んでください。

【夏の太陽の下で君が見たい】

突然ですが、海に行くことになりまして。


「あっつい」
「そんなにですかー?」

砂浜に立つ青年は空を仰ぎ、雲一つない快晴に口元を綻ばせた。
大きなパラソルの下で缶ビールを飲む女性に、青年──パトリック・ジェームズ・ベケットは明るく声をかけた。

「いつまでもビール飲んでないで、泳いだらどうっすか?」
「嫌よ」

不機嫌である。
ロング丈のパーカー型ラッシュガードを着た女性は、ジッパーを一番上まできっちりと上げており、肌の露出は指先とひざ下だけ。
パトリックの言葉から、その下には水着を着てるものと思われるが、彼女は泳ぐ気はないようだ。
大きなサングラスをかけてカーキ色のキャップも被り、極力日差しを避けようとしている。

「アンタのその金髪が太陽みたいでむかつく」
「悪口になってないっすよ。大体、金髪ならサイファーだってそうじゃないっすか」
「碌に手入れしてない麦わら頭と一緒にしないで。アタシのは金かけてんの」

刺々しい口調の割には感情が籠っていない。暑さですでに疲労が蓄積されているようだ。
サイファー、と呼ばれた金髪の女性は苛立たし気に長い髪をかき上げた。腰まであるその髪は日陰の中でも光って見えた。
キンキンに冷やしたビールをぐいっと呷る。
白い首筋が露になり、汗が滑り落ちていく様子も見て取れる。
普段、彼女を性的な意味で意識することはないパトリックでも、つい見つめてしまう。
その横を、水着姿の女性がさっと横切る。

「ダイアナ!」
「うわ」

呼びかけられた女性は頬肉から目元までを歪ませ、心底面倒だという顔をした。
大きな声で彼女の名を呼んだ女性は、肩を怒らせて腰に手を当て、あどけない頬を膨らませている。

「何で上着なんて着てるの!脱いで!」
「嫌」
「何で!」
「日焼けするから」

缶に口をつけながら、しれっと素っ気ない口調で答える。
さも当然のように言葉が返ってきたのに面食らって、ブルネットの女性は一瞬呆然とした。
が、すぐに立ち直って肩をわなわなと震わせ、金髪の女性──ダイアナに食って掛かる。

「せっかくセクシーな水着選んであげたのに!」
「着てあげただけ感謝しなさいよ」
「着た姿、ちゃんと見せてもらってないうちから上着着てるのに!?」
「サイファーの水着、君が選んだの?」

横からパトリックが口を挟めば、ダイアナへの文句はやめて、くるっと振り返った。
ブルネットの女性──ステラは、ドレープを効かせたフェミニンなオレンジの水着を着ている。
裾を翻してパトリックに向き直り、鼻息も荒くふんぞり返った。

「そーよ! 私がダイアナの魅力を最大限に引き出すシックでセクシーな水着を選んだんだから!」
「何でさ? 本人に選ばせればよかったのに」
「だって! ダイアナに任せたらオリンピック選手が着るようなのばっかり選ぶし! そもそも海行かないとか言うし!」
「あー……

そもそもダイアナはこの小旅行へは消極的だった。
雪深い北国出身の彼女は、そもそも夏の暑さが不得手であったし、肌を晒すことも嫌がった。
それを無理やり連れだしたのだから、水着選びも杜撰だったようだ。
普段の服装も機能性を重視する傾向があり、水着もそれを反映していたのだろう。
結果、親しい女性職員が現地のショップに引きずって行って、今着ている水着を買わされたのだった。
追加で買ったラッシュガードで全く見えないが。

「まあ、それはそれで見てみたい気もするけど」
「速く泳げていいのにねぇ?」

パトリックの言葉に続けて、ダイアナがのんきに笑う。その次の瞬間にはまたビールで喉を潤した。
終わらない飲酒とやる気のない態度にステラはショックを隠し切れない。

「ねぇ。どうして海いやなの? 嫌いなの?」
「暑いのが嫌いなのよ。夏の色は好きだけれど、夏は暑いでしょう? だから夏嫌い」
「夏が暑いなんて当たり前じゃない?」
「だから嫌いなの。暑いのが嫌い。だから夏が嫌い。単純な話じゃない」
「こんなにウキウキする季節、他にないのに」
「価値観の相違ね。受け入れなさい」

言い放つと、残っていたビールを一気に飲み干す。
暑い暑いと言いながら上着は脱ぐ様子もないので、日差しも嫌いなようだった。
すぐそばにあるゴミ袋に空き缶を押し込み、すぐに次のビールを取り出してプルトップを開けた。
氷の中で待機していた缶は彼女の掌の中で水滴を纏い、黄金色の液体は咽喉を通り胃袋を満たした。
がっくりとうなだれるステラの後ろから、また別の女性が顔を覗かせる。

「ダイアナ、やっぱり泳がない?」
「二人で行ってきなさいよ。綺麗な海なんでしょう?」
「ロレーヌぅ!」
「はいはい。じゃあちょっと行ってくるから、ダイアナも来なさいよ?」
「気が向いたらね」

やる気のなさここに極まれり、という仕草で手を振って二人の女性を見送った。
名残惜しそうにしながら、二人は波打ち際まで駆けだしていく。
ビーチチェアはすっかりダイアナ専用の休憩所になってしまっており、他の仲間は思い思いバカンスを楽しんでいる。

「アンタも泳ぎに行ったら?」
「さっき散々泳いだんで、休憩っす」
「そう」

それ以上は何も言うことなく、髪を風に泳がせ、青い空と碧い海を見つめる。
夏の色は好きだ、という言葉に嘘はなく、赤い唇はわずかながら微笑んでいた。
その横顔は、やはり綺麗だとパトリックは思う。

「サイファーは、黙ってるとただの美人っすよね」
「殴るわよ」
「そういうとこ、勿体ないっすよ」
「人の勝手でしょ。とやかく言われる筋合いはないよ」
「まー。そうっすね。ただ、基本的に行儀いいしマナーもいいから、その口の悪さと手の早さは勿体ないと」
「だから、そういうのが余計なお世話っていうのよ。アンタだって余計なこと言われたくないでしょ」
「例えば?」
「アンタみたいなボンボンどうせ向いてないんだから、傭兵なんて仕事、とっとと辞めなさい──とか」

ぽいっと空き缶を放り投げるような無感動さで、ダイアナはビールを飲みながら言った。
確かに、とパトリックは深く頷いた。
自分の実家は関係ない。これは自分の人生だ。不向きであったとしても自分で決めたことをとやかく言われるのはむっとする。

「分かりやすい例えでした」
「でしょう? だったら大人しくしてなさい。このまま風に吹かれるもよし、また波と戯れるもよし」
「サイファーは?」
「特に何も言われない限り、気の向かない限り、ここにいるわ。一人でホテルに戻ろうとしても連れ戻されるだろうし」
「誰に?」
「イーグルアイ」

夏が嫌いなダイアナを、ここまで引っ張ってきたのもイーグルアイだった。
暑さにだらけている彼女を元気づけようとしたのか、喝を入れようとしたのかは不明だが、率先して夏の長期休暇を傭兵たちにすら取らせようとした。
金が勿体ないと渋る連中や、ダイアナに懐いている職員をも巻き込んで、南国の島へとこうしてバカンスに来たのだった。
その軍資金の出どころは、いまだに明らかになっていない。

「サイファー、なんだかんだイーグルアイに弱いっすよね」
「アンタは逆らえるの? 管制官らしからぬゴリッゴリの拳に」
「無理っすね」
「逆らうと後が怖いのよね。この間はただ働きさせられそうになったわ。無報酬が一番嫌いなのに」
「そうっすね~」
「でもまぁ、基本的にはこっちの要望飲んでくれるし……言うこと聞こうって気にもなるわね」
「なるほど」

基本的にはそれは彼女だけなのだと、気づいている様子はなかった。
圧倒的な戦果を挙げる彼女に、相応の報酬が与えられるのは当然のことだ。
パトリックは自分の腕にはある程度の自信は持っているが、ダイアナを見ていると揺らぐことがある。
圧倒的な技量。力。知識と胆力。それらの裏付けされた自信。
いつ見ても堂々と自分の道を歩いていく。彼女が足を踏み出した先に道が拓いていくようだ。
流氷を砕く砕氷船が、凍てつく風も意に介さず進むのに似ている。
その強さに対する羨望を、パトリックは否定できずにいた。
自分は持つことができない強さ。向き不向きや、ましてや技術の成熟度の話ではない。特性の話だ。
彼女の強さは全てを破壊する強さ。フライトレコーダーもそれを物語っている。
自分はどうなのか。そう考えることも、最近は増えた。

「お~い、サイファー!」
「ん?」
「あ」
「おっ、PJも一緒だったか」

遠くから馴染みのある声が飛んできた。
元クロウ隊であるパトリックの僚機だったクロウ1・ジェイムズとクロウ2・アレッサンドロの二人だ。
二人とも水着姿で、頭のてっぺんからつま先まで濡れている。今の今まで泳いでいたようだ。

「何か用?」
「なあなあ、ビーチバレーしようぜ」
「嫌」
「断るの早くねえか!?」

悲鳴を上げるアレッサンドロを無視して、缶ビールを飲み干す。次いで取り出したのは瓶ビールだ。
先ほどから休みなく飲み続けているせいで、とうとう缶ビールの在庫がなくなったらしい。
栓を開けながら、怪訝な顔でダイアナが尋ねる。

「何だって急にビーチバレーなのよ。そんなキャラだった?」
「泳ぐのにも飽きたからさ。ちょうどボールがあったから、じゃあビーチバレーでもするかと」
「旗があったらビーチフラッグになってたわけ?」
「たぶん」
「あ、そう。勝手にやってなさいよ」
「二人でボールをぽんぽん打ち上げるだけじゃ詰まらねえじゃねえか。ここは一つ賭けをしねえか?」
「賭け?」

瓶ビールをラッパ飲みしながら、興味なさそうに聞き返した。
アレッサンドロに代わって、ジェイムズが続ける。

「ああ。ちょうど俺たちは今はどちらも二機編成だ。クロウ対ガルムで負けたほうが勝ったほうに今晩の飯を奢る。
 俺たちもお前たちもバカみてえに食うわけじゃねえから、懐の痛手はそれほどでもねえはずだ。
 お互い最近仕事も少なかっただろ。鈍ってた体を解すにはちょうど良くねえか?」
「うーん」

ビーチチェアに凭れながら、ダイアナは唸る。
暇を持て余しているのも事実だし、酒を飲むのにも飽きている。
仕事にしても最近碌なものがなく、アグレッサーまでさせられる始末だった。
だが、夏の太陽の下にわざわざ体を晒すのは今一つ気が乗らない。
長い脚を組んで、しばし熟考する。
ダイアナは北国出身である。幼いころに見た海は暗く、灰色で、いつでも高波が岬へ押し寄せていた。
よって、子供の時分に海で遊ぶということはしたことがない。
遠泳は得意である。父親から厳しい訓練を受け、沖合に投げ飛ばされたのは今でも苦い思い出だ。
瞬発力、持久力、腕力、脚力、それらで彼らに負けるはずもないが、練度・経験の差がある。
負けるのは性に合わない。ましてや彼らは食欲は人並みでも、飲酒量が桁外れである。
ダイアナも他人のことは言えない。彼らの倍は飲む。
財布の痛手はお互いに中々のモノだろう。ある意味公平とも言える。
判断への決定打が出ずに脚を組み替える。
ふと、横にいるパトリックを盗み見ると、そわそわと落ち着かない様子だった。

「PJ?」
「え、あ、はい?」
「面倒くさいから、アンタが決めて」
「えぇ!?」
「何よ。2番機のくせに1番機の言うことが聞けないの?」
「今それ関係あります??」

反抗しながらも、パトリックは真剣に考えた。
考えに考えて、唸りに唸って、頭を抱えつつも、彼なりに決断を出して顔を上げた。

「やりましょう! ビーチバレー!」
「お! よっしゃ!」
「異論はないな? サイファー」

歓声を上げるアレッサンドロと、念を押すジェイムズに、ダイアナは欠伸をしながら答えた。

「決めろって言ったのはアタシだからね。いいわ、二言はない。その代わり本気でやるからね」
「そうこなくっちゃな!」
「おーい! サイファーと勝負するから誰か審判してくれー!」

ネットの準備をしにいくアレッサンドロと人員を募るジェイムズの周りにはあっという間に人だかりができた。
思っていたよりも大事になりそうでパトリックはハラハラしだしたが、ダイアナはどこ吹く風と瓶に残ったビールを飲み干した。
軽く反動をつけて立ち上がり、被っていたキャップとサングラスを外した。
パトリックの目線よりも高い位置にある、晴れた冬空の虹彩が、夏の鮮やかな空の下で露になる。
背中を覆い、腰まで届く金髪が照り付ける太陽であまりにも眩しく輝いた。
お気に入りの口紅で彩られた唇は、赤く獰猛な笑みを浮かべた。

「酔っ払いなんだから、手加減してほしいわねぇ? PJ?」
「どう見ても素面でしょ。えーと……ここら辺に……あった。サイファー! とりあえず水は飲んでおいてくださいよ!」
「はいはい」

ストレッチを始めたダイアナに水の入ったペットボトルを投げる。
振り返りもせずに受け取り、そのままラッパ飲みする。冷えた水が酒と太陽で火照った体に沁みる。
すっかり飲み干して、ぷはっと息を吐いたときに、先ほど見送った女性二人が戻ってきた。

「なになに? ダイアナ、泳ぐの?」
「ううん。ビーチバレー」
「えぇ~?」
「勝ったら奢るっていうから」
「これだから傭兵は~!」
「はいはい。ああ、ステラ。何か髪を留めるもの持ってない? バレッタでもゴムでも何でもいいけど」

すでに髪をまとめて高々と手で押さえながら、まとわりつくステラに尋ねる。
少し悩んでから、ぱっと思いついたように目を見開いた。

「今してる私のシュシュ、貸してあげる。ちょっと濡れてるけど……
「気にしないわ。ありがとう。終わったら返すから」
「分かった。はい」

手渡されたのはオレンジ色のチェック柄をしたシュシュ。
それでさっとポニーテールを作って、軽く頭を振ってずれ落ちないかを確かめる。
問題はないようで、軽く腕を伸ばしながらクロウ隊のほうへと歩いて行った。

「サイファー。上脱がねえの?」
「ええ。どうして?」
「結構ダボついて見えるから、邪魔じゃねえかなって」

立ち姿を改めて見ると、ダイアナのラッシュガードはどう見てもサイズが合っていない。
肩は下がっているし、袖も余り気味だ。裾も膝上まで届くほどで太ももを覆い隠している。
体の線を極力出さぬようにしているように見えた。
ツナギを着ているときのほうが、彼女の女性的な曲線が分かるくらいだ。
まじまじとその姿を見て、アレッサンドロが一言。

「何も見えねえじゃねえか」
「お前、正直すぎるぞ」
「勇気あるっすね
「アンタみたいなのがいるから、こういうの着てるんでしょうが」

三者三様の呆れ顔で非難されて、流石のアレッサンドロも体を小さくした。
言われた本人はそれ以上何も言わずに、ボールを手にして感触を確かめていた。
ビーチボールに触れるのも初めてな彼女は、新鮮な手触りを楽しんでいる。

「で、審判は結局誰になったの?」
「俺だ」
「えっ」
「まさか、管制官がお出ましとは」
「予想外の反応だ」

ガルム隊の二人は「ここはノリの良いレイピア隊の誰かだろう」と思っていたのだ。
しかし即席の審判席に座っているのは、どちらかと言えば堅物真面目な管制官。
彼らもよくよく世話になっているイーグルアイだ。

「日光浴でもしてるのかと思ったら」
「まぁ、面白そうだったのでな」
「ふぅん?」
「あの二人はあれで手練れだ。お前となら白熱した試合になるだろうと思ってな」
「そこまで期待されちゃあ、本気でやるしかないわね」

不敵に笑って、ストレッチを始めたダイアナに、苦笑いするしかないのはクロウの二人だ。
彼らとしては、十分に酔っぱらっている上に、遊びだと侮っている彼女なら勝てると思っていた。
北国出身だというのは聞いていたし、暑さに弱いのはさっきから見ていた。なら勝てると。
だがこうして表舞台に立たせてみれば先ほどの気怠さはどこへやら。
獲物を前にした猛獣の如き覇気が、徐々に彼女の体から滲み出てくるではないか。
全く計算外。

「これはやべえ、かもな?」
「ま、せいぜい死なない様にしようぜ」

互いにネット越しに対峙する。
かくして試合開始のホイッスルは高らかに鳴った。
最初のサーブはジェイムズからだった。
まずは小手調べということだろう。軽く、しかし正確なサーブだ。
綺麗な弧を描いて、パトリックの頭上に差し掛かった。
パトリックもただぼんやりしてはいない。
趣味のポロで培った動体視力や勘は伊達ではなく、危なげなくダイアナへとトスを上げた。

「サイファー!」
「食らえ!」

トスの頂点をダイアナは捕らえ、真っ直ぐ芯を捕らえて掌を叩きつけた。

──パァンッ

強烈な破裂音があたりに響く
ブロックが間に合わなかったジェイムズとアレッサンドロは、諦めたようにボールの行方を目で追おうとした。
だが、どこにも見当たらない。
ごほん、とイーグルアイが咳払いする。

……無効。サイファーがボールを破裂させた」
『は!?』

クロウ二人の視線がダイアナに注がれる。
当の本人は明後日の方向を向いて口笛を吹いてごまかしている。
その後ろではパトリックが信じられないものを見るような目で見つめていた。
眉間を揉んでいたイーグルアイがパトリックに紙幣を差し出す。

「仕切り直しだ。PJ、新しくボール調達してこい」
「了解」
「勘弁してくれよ、サイファー」
「俺たちを殺す気か」
「悪い悪い。次はもう少し加減するから」

やいのやいのと言い合う3人に、イーグルアイがホイッスルで制する。

「そこまでだ。サイファー、次は加減しろよ」
「はいはい」
「クロウ隊、スパイクが決まっていたらポイントが入っていたからな。気合い入れろ」
「ウィッス」
「死にたくねえ……

パトリックが戻ってくるのを待って、試合は再開された。
そして小一時間後。

……結局俺らが負けるんじゃねえか」
「予定調和、だな」

砂浜の上で大の字に倒れ、息も絶え絶えなクロウ隊の姿があった。
ネットの向こうでは、勝利を分かち合い、大きく飛び跳ねるパトリックとハイタッチをするダイアナがいた。
主に活躍したのはダイアナだが、的確なトスを上げたパトリックも立派な功労者であった。

「じゃあ今晩は二人の奢りね」
「俺! 肉がいいっす! ステーキ!」
「わーったよ!」
「賭けは賭けだ。大人しく従うさ」

砂を叩きながら立ち上がった二人は、素直に負けを認めた。
脳裏で財布の中身を思い出しながら。
パトリックはともかく、ダイアナは飲酒量が多いため今から戦々恐々としている。
安酒で済ませてほしいと切に願うところであった。

「ダイアナ!」
「ん?」
「ねぇねぇ。終わったなら泳ごうよ」
「まだ言うのアンタ。少し休憩挟んでもいいでしょう?」

観戦していたステラが再びダイアナを海水浴に誘う。
あまりのしつこさに、さすがのダイアナも辟易し始めていた。
借りていたシュシュを外してステラに返しながら、ついてきていたロレーヌに声をかける。

「さすがに疲れたわ。見てたでしょう? ロレーヌも」
「ええ」
「だからほら、海に入って体冷やそうよ。水につかるだけだから」
……はぁ。もう、分かったわよ。付き合ってあげる」
「やったぁ!」

とうとうダイアナが折れた。
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶステラに、何が嬉しいのかさっぱり分らないダイアナだった。
溜息を吐いて、パラソルの下に戻る。ラッシュガードを脱いでしまおうと思ったからだ。
さっと前を開いて脱ぐと軽く砂を叩いて、ビーチチェアの上に放り投げた。
そして再び太陽の下に出ると、視線が彼女に集まった。
間近で上着を脱ぎ棄てる様を見ていたパトリックは、譫言のように呟いた。

「エッチ」
「あ?」
「何すかそれ………………サイファー、女性だったんすね??」
「血迷ったか小僧」
「やめてください腰に手を当てないでください刺激が強すぎるっす」
「童貞みたいな反応してんじゃないわよ」

事実としては童貞では無いらしい(本人談)
ステラが「シックでセクシー」を目指して選んだという水着は、確かにその通りだった。
黒のホルターネックのビキニタイプだが、ボトムはボクサーパンツに似たショートパンツ型である。
しかしブラ上部、デコルテまでがシースルーの布地で覆われていて肌が透けているし、ボトムの上部はクロスベルトデザインでこちらも肌がちらりと見えている。
持ち前の白い肌が、水着の黒をことさら強調する。
普段の彼女を知る人間が見れば、酷く混乱してしまうのも仕方ないことだった。

「だから脱ぎたくなかったのよ」
「ろくでもない人間はほっといて、行こうよ」
「アンタのせいでしょうが」
「水に入っちゃえば分かんないよ」
(濡れたら余計にエッチだと思うんだけどな!)

水着姿が脳裏に焼き付いて離れないパトリックは捨て置かれて、ダイアナはエメラルドグリーンの海へと入っていった。
幼い頃に泳いだ湖や海とは全く違う、ほのかに温かい水。
沖合に目をやれば、どこまでも続く青と碧。水平線。
引き千切られそうな激流ではなく、優しく導く波。
日差しの強さとは違う穏やかな海を、彼女は彼女なりに楽しんだ。


夜。
いつものTシャツにデニムへと着替え終わったダイアナは再び海岸線を歩いていた。
賭けの勝者としての当然の権利をほどほどに行使し、ほろ酔い気分で潮風を楽しんでいた。
靴を脱いで、温かい波を時折足に感じながら、鼻歌交じりに歩く。
その後ろを、パトリックがゆっくりとついていく。
つかず離れず。彼も機嫌よく飲み食いして、ご満悦のはずだった。
彼は、胸に引っかかっていることがあった。
それは普段は忘れている事で、けれど、こうしてダイアナの後姿を見ていると思い出してしまう事だった。
それを抱えていようか、吐き出してしまおうかを悩んでいた。
潮風に揺れて、ダイアナの金髪がふわりと波打つ。
綺麗だと思う。
何度も見た。あの春の雪の日から。何度も。
夏の太陽の下でも変わらず、今、夏の月の下でも変わらない。
ただ、隣に誰もいないだけ。
パトリックは悩むのが苦手だった。答えの出ないことを延々と考え続けるのは苦痛だからだ。
だから、今日は言ってしまおうと思った。
それでどんなことを言われても構わない。最悪2番機を外されても構わない。
彼女へ、秘密を抱えたままでいるのは嫌だった。

「サイファー」
「何?」
「俺は……俺が、2番機で、本当に良かったんですか?」

ぴたり、彼女の歩みが止まる。
沈黙が流れ、風が金髪を揺らす。
黄金にも勝る髪を風に流しながら、彼女はゆっくりとパトリックに向き直った。
その瞳は、不思議なほど凪いでいた。

「何を聞くの?」
「俺は、俺なりに、戦闘機乗りとして自信がありました。貴方の2番機に推薦されるだけのことはあるはずだと。
 でも、サイファーと飛べば飛ぶほど、自分の未熟さが分かるようになるんです。
 この飛び方じゃ、貴方に追いつけない。そうすると、ピクシーならどう飛ぶか、と考えてしまうんです。
 俺から見ても、サイファーとピクシーは同等だった。対等なコンビだった。1番と2番なんて便宜上に過ぎないって。
 だから、俺はどう飛べばいいか分からないんです。俺が2番機でいいのか、考えてしまうんです。
 俺は、ピクシーのような2番機になれない。俺は、貴方と対等になれない」

言葉を吐き出すほどに纏まらなくなり、パトリックは口を閉じてしまった。
しかし、言いたいことは全て言った。己が抱えていたもの全て。
劣等感も。焦燥も。
冬空のような青い目は、静かに静かに目の前の青年を見つめている。
そして、長い長い息を吐いた。

「そうね。アンタは空戦の筋はいいけど対地攻撃は疎かすぎて指示を出しても頭上でフラフラするばかりで役に立たない。
 お喋りが多くて無線はうるさいし。何度切ってやろうかと思ったか」
「ううっ」

全く遠慮せずズケズケと物を言う彼女に、さすがのパトリックも胸が痛む。
思わずうめいたところで、ふっと彼女が笑った。

「でもねぇ、PJ」
「?」
「アタシ、アンタのこと割と気に入ってるのよ」
「サイファー……?」
「アンタはアンタでしょ。アイツの代わりなんて、誰にも務まらない。だからアンタらしく飛べばいいじゃない」

パトリックの緑の目が、ぱちくりと瞬く。
それきり、彼女が口を開くことはなかった。
ただ海岸線を、波に足を晒しながら歩いていく。
その後ろを、パトリックは再び歩く。
彼女の背中が、彼を導くように。

夏が終わる。

彼のいない夏が。


~おまけ~

「で、この写真をどうするつもり?」

ヴァレー基地に戻ったダイアナは、目の前に広げられた写真を指差して、刺々しく言葉を吐いた。
それを正面から受け止めたイーグルアイは、平然と答えた。

「いくつかピックアップして、広報写真に使わせてもらいたいんだが」
「何の広報よ」
「ヴァレー基地の求人にだが」
「何でよ! 傭兵の使わなくたっていいでしょ!」
「前の訓練飛行の写真は使っても良いと言ったじゃないか」
「あれは正規兵と一緒に飛んだでしょ! これはアタシだけじゃない!」
「よく撮れてると思うが」
「やかましい!」

イーグルアイと口げんかで勝てたことのないダイアナは、結局写真の使用を許可してしまった。
しかし匿名で苦情が入ったこと、求人ポスターが盗難にあったことなどですぐお蔵入りになってしまった。

「サイファーが匿名で電話したんすか?」
「んな面倒なことしないわよ」

盗難にあったポスターの行方は、杳として知れぬままである。