mikagami3
2018-03-13 19:14:58
9158文字
Public エスコンZERO マーセナリー(♀)
 

太陽の魔法使いと月の魔法使い3

ACECOMBAT ZERO二次創作ファンタジーパロ第3話。
魔法使いの男女双子サイファーと人狼のピクシーがなんやかんやする話。
今回は少し緊迫したシーン在り。

──逃げなさい!

(母さん?)

──早く、遠くへ!

(父さん?)

暗闇の中に懐かしい声が響く。
しかしそれは、悲痛な声だった。
粘つく闇の中でキンキンと響く声は、ひたすら焦燥を促した。

── 逃げなさい ──

── 遠くへ ──

── 早く ──

声は重なり、反響して、狂った兵士が鳴らす鐘の音のように耳朶を打った。
本当なら温かな風景と共にあるはずの声が、己を突き放す。
夢だ。
人と狼の姿を持つ少年は、自覚した。
自覚した少年の意識と、夢の渦中にいる少年の意識は半ば分離し、そのために動けない。
夢だと思う自分と、早く逃げなくてはともがく自分とが噛み合わず、闇に取り込まれる。
悪夢に浸食され、腕も足も闇に溶けて一つになり、胴体にすら及ぼうとする。

(もし、この夢が……俺を喰らうのだとしたら?)

少年は急に怖くなった。
己の想像に過ぎないが、それが現実になるかどうかの判断は少年にはつかなかった。
一瞬で心は蒼く恐怖に染まり、半狂乱になって夢から目覚めようとするが、一向に夢の中から出られない。
どんどん自分の体が、不定形の粘つく闇に変わっていくのを見ながら叫ぶ。
金切り声を上げ、とうとう喉まで溶けて声が消えたその瞬間。

『掴んで』

凛と白い声が聞こえた。
それが誰のモノかは気にならなかった。
無我夢中で声がする方向へ顔を向けて、無い腕を振り上げて、しかし確かに何かを掴んだ。

そこで目が覚めた。

「ひっ!?」
「ああ、ごめん。起こしたかな?」

白い声がした。
ベッドの上で頭を動かすと、ランスロットが微笑んで立っていた。
脇に置いてある木のテーブルの上で、何か作業をしているようだった。

「何、してるんだ?」
「これかい? これは悪夢払いの香。君はまだ本調子じゃないからね、よく眠れるようにと思って。
 在庫もあったから、気にしないで」
「悪夢払い?」
「魔法使いの領分だからね。俺ができないでどうするんだい?」
「魔法使い?」
「うん。あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いて、ない!」

ラリーがランスロットとダイアナに助けられてから、3日が経っていた。
その間、ラリーは調子の戻らない身体とうまく折り合いをつけようとしていた。
傷も治り、失った血肉を取り戻しても体力までは戻せない。
そればかりは自分で時間をかけるしかないと言われ、焦る気持ちを持て余していた。
体力が戻るまで此処にいなさいと、小さな家の中で歩く練習をしたり、簡単な家事の手伝いをしていた。
二人は何も聞かなかったので、ラリーのほうも彼らに何かを聞くことを躊躇っていたのだ。
だが、まさか魔法使いだとは思いもしなかった。

「そうだっけ。ああ、そういえばここ数日は、特に魔法も使わなかったな・・・」
「魔法使いっていうのは、日常的に魔法で何かをしてるんじゃないのか?」
「大体はそういう人ばかりだと思うよ。ただ俺たちは、自分のことはなるべく自分の手でやることにしてる。
 魔法は隣人たち……妖精や精霊の力を借りることだからね。それでしかできないこと以外はやらないよ」
「そう、なのか」

ぼんやりと彼の手元を見つめるラリーは、いまいち理解ができていない生返事だった。
それには微笑を返して、ランスロットは白い煙を立ち昇らせる香を指さした。

「たとえばこの香だって、香自体は自分で作る。きちんと作用させるには材料も手順も決まっている。
 でもそれに悪夢払いの力を付与するには隣人の力が必要だ。だから魔法使いの領分なんだよ」
「へぇ」
「これとは別に眠り薬も作ろうかと思ったけど……寝つきは良かったし、必要ないかと思って」
「あ……ありが、とう」
「優しい匂いだから、気持ちは落ち着くと思う。じゃあ、おやすみ」
「うん……あんたは、何処かに出かけるのか?」

部屋を出ようとしていたランスロットは、扉の前で振り向いた。
体を覆う分厚い外套を見て問うたのだろう。ランスロットは一瞬だけ目を見開いて、そしてまた微笑んだ。

「ああ。夜の散歩」
「おれが寝る前にも行ってたじゃないか」
……ちょっと、気になることがあってね」

じゃあ、と部屋を出ていこうとしたランスロットを、慌てて引き留める。

「待って! おれも行く!」
「夜の森は危険だ。病み上がりの君を連れて行くわけにはいかない」
「そんなの、あんただって同じだ。夜の森は、動物たちも魔物もうろうろしてるじゃないか」
「関係ない」

切り捨てるように簡潔に言い放つ。
その目は冷たく、氷のように胸に突き刺さる。
ランスロットはその場に膝をついて、ラリーの両肩に手を置いて諭した。

「いいかい? 今は雪も深くて足元が見えない。まして今は夜だ。夜目の利く動物じゃないと歩くことも覚束ない」
「なら余計におれを連れて行ってくれ! 夜目はきくし、鼻も耳も人よりずっときく。役に立つはずだ!」
「ラリー、俺は」
「お願いだ。あんたの役に立ちたいんだ!」
……

ランスロットは、じっとラリーの目を覗き込んだ。
夜に怯える気持ちと、それ以上に強く願う気持ちが混じる色。
薄い灰色から碧色へと変わるほどに強い感情が、彼の中にある。
それ以上の説得はあきらめるしかなかった。
ランスロットは溜息をついて、すっくと立ちあがった。
不安そうに見上げるラリーに、手を差し伸べる。

「その格好だと寒いからね。丁度できたばかりの服があるから着替えようか」
「うん!」

渡された服は、厚手の丈夫な布と革、そしてふわふわの毛織物で作られていた。
優しい肌触りの服と、やや大きめの外套を着せられ、ラリーはランスロットと連れ立って家を出ようとした。

「あら、散歩?」

後ろを振り向けば、寝ぼけ眼でダイアナは立っていた。
大欠伸をする彼女にくすりと笑って、ランスロットは小首を傾げる。

「ごめん。起こしちゃったかな?」
「ラリーが大声を出すからねぇ。早く帰ってきなさいよ?」
「ありがとう。いってきます」
「いってらっしゃい」

見送る彼女に手を振って歩き出すランスロットに、必死についていく。

(こんな簡単に、こんな真夜中に森に出るのを見送るのか・・・?)

ラリーは訝し気に顔を渋くした。
世の中を多くは知らない彼でも、少々拍子抜けな対応だったのは分かる。
だが、ランスロットもダイアナもごく自然な仕草だった。
出かけるから、見送る。それだけの行為だった。

「不思議かい?」
……うん」
「普通の人間なら変な行動だろう。夜中に出歩くのもそれを咎めないのも。でもまぁ、俺達だからいいのさ」
「うん?」

良く分からないままだったけれど、ランスロットはそれ以上何かを言うこともなく進んでいく。
仕方なくラリーはその後をついていく。
雪は積もっているし風は冷たいけれど、月が明るくて、その光を雪が反射しているから、よく見渡せた。
だが、森に入ればぐっと暗くなる。

「さて、まだ奥かな……
「どこに行くのか、方角は分かるのか?」
「ああ。此処から北東の方角だ」

言われて、その方角へ顔を向ける。鼻先を微かに錆の匂いが掠める。
彼にとっては嗅ぎ慣れた匂いだ。

「血の匂いがする」
「分かるのかい?」
「うん」
「よし。行こう。付いておいで」

言うが早いか、ランスロットは歩き出した。
慌ててラリーも追いすがる。なのに追いつけない。
一定の距離から近づけない。その間にもランスロットの歩みは速度を増していく。
歩いているはずなのに、ラリーの全力疾走と同じ速度だ。息も切らさず迷わず歩いていく。
木々の合間を縫い、岩を乗り越え飛び降り、どんどん森の奥へと進んでいく。
時折止まってはラリーが追い付くのを待ち、再び歩く。
何度か繰り返すうちに血の匂いが濃くなっていく。
キンと冷えた森の中で、その匂いは生温さを感じた。

「いた!」
「え?」

何かを見つけたランスロットは、今度は全速力で走った。
あっと言う間に手の届かない距離まで離れていき、その場で蹲った。
その背中に追いついたころには、ラリーはすっかり息が切れていた。

「な、なにが、いたんだよっ
「この子だ」

ランスロットの腕の中には、大きな白いフクロウがいた。
真っ白なそのフクロウは怪我をしているらしく、右の翼が血で赤く染まっていた。
意識はあるようで、一度だけ目を瞬かせた。

「シロフクロウ?」
「似ているけれど、違う種族だよ。この子は雪梟。この辺りを縄張りにしてる個体だ。酷い傷だ……
 鈎爪も欠けている。何かと争ったようだ」
「死んじゃう、のか?」
「大丈夫。ただ少し危ない。すぐに帰ろう」
「うん」

ランスロットは腰の革袋から布と包帯を取り出す。
包帯で傷を優しく覆い、翼を畳ませる。
雪梟は賢く、ランスロットの指示に従って大人しくしていた。
次に取り出したのは、大きな鳥籠だ。
すっぽりと雪梟を包み込む大きさで、一体革袋の何処にそれが収まっていたのか不思議だった。
雪梟のほうは意に介さず、籠の中の止まり木を足で掴んだ。鈎爪は欠けても、骨は折れていないようだった。
布の上に鳥籠を置いてくるりと包み込む。風除けを兼ねてのことだ。

「さ、急ごう──うん?」
「どうしたんだ?」

立ち上がったきり、ランスロットは立ち尽くした。
眼を鋭く細め、辺りを窺っている。
ラリーは訳が分からず立ち尽くしていたが、不意に背筋を悪寒が走った。

「ランスロット!」
「そこか!」

ほぼ同時に声を上げ、ラリーは鳥籠を庇い、ランスロットは杖を振りかざした。
氷柱が空中に生じ、虚空へ向かって拘束で飛んでいった。
無数の氷柱が、空中で止まる。いや、刺さった。
闇の中にいる巨大な何かに、刺さっていた。

──グォォォオオオオッ

地面が揺れる様な足音と雄叫びを上げながら、”ソレ”は姿を現した。
ぱっと見た姿はイノシシのようだが、その風貌と何より大きさが異様だった。
漆黒の体毛は所々炎のように揺らめいて紫色に光り、眼光はギラリと鋭い。
その大きさは普通のイノシシの何十倍もある。圧倒的な巨体に、先ほどのランスロットの氷柱が突き刺さっていた。
深く刺さっているように見えるのに、致命傷を与えたわけではないようだった。

「な、なんだよ、あれ……
「何処からか流れてきた魔獣だろう。こちらを襲おうと、木の陰から窺っていた」
「え?」
「どうやら人の肉に味を占めてしまったようだな。もう少し奥に行くと人里に出てしまう。此処で仕留める」
「待てよ!どうやって──」
「ラリーはその子を連れて家に戻ってくれ。帰り道は分かるな?」
「わ、分かる……でも!」
「行け!!」

ランスロットはもう後ろを振り返らずに、魔獣へと走る。
魔獣は、己の体に突き立った氷柱は、この男が生み出したのだと分かっている。
それは本能であろう。野に生きるモノが生き残るには、己に害をなすモノを避けるか、潰すかだ。
魔獣もランスロットへと突進する。外形がイノシシに似ているように、生態も近しいようだ。
正面から激突する寸前、ランスロットは左へ大きく跳躍した。
跳んだ先にある木の幹に一度着地し、反動をつけて蹴って跳ね上がる。
魔獣は獲物が眼前で消えたことに混乱し、探すために急停止した。
その時には既にランスロットが頭上に迫っていた。
杖を大きく振りかぶり、その軌跡に沿って先ほどより大きな氷柱が生成され、薙ぎ払ったと同時に魔獣へ落ちる。
全身を氷柱に貫かれ、魔獣はもんどりうって倒れる。だが、それもすぐ立ち上がる。
これもまた致命傷ではない。
大地に降り立ったランスロットは杖を左手に握り直し、右手に短剣を逆手に構える。
魔法用ではない普通の短剣だが、現在の手持ちの中では一番強度がある。
どう出るか、悩む間にも魔獣はランスロットへと突進してくる。
それを右へ左へ翻弄しながら、決定打を考えていた。

……あいつ、あんなに動けるのか……

月光に照らされる激闘をラリーは呆然と眺めていたが、はっと我に返ると鳥籠を抱えて走り出した。
魔獣はラリーへは見向きもしない。己の敵だけを見ている。
ランスロットが魔法だけではなく、戦闘のセンスもある程度持ち合わせていることは分かった。
だが、あの魔獣に致命傷をなかなか与えられないことも、見ていてわかった。

(あいつ一人じゃだめだ。きっと、きっとダイアナなら……

勝手な想像だが、攻撃のための魔法や肉弾戦はダイアナのほうが強そうだとラリーは思っていた。
全力で走って家へと急ぐ。
心臓が破れそうなほどに走っているのに、一向に見えてこない。それほど森の奥深くまで来ていた。
二本の足で走っていることにもどかしさを感じたラリーは、抱えていた鳥籠を背中に背負う。

「ごめん! 少しがまんしてくれ!」

中にいる雪梟に叫んで、両手を大地に押し付ける。
その両手が見る見るうちに変化する。
指が短く縮んでいき、爪が黒く太く硬くなり、灰色の体毛が覆っていく。
足も胴体も溶けるように変化して、気づけば人間の少年の姿ではなくなっていた。
灰色の、賢そうな狼の仔が月夜の大地を踏みしめていた。
その四つ足で大地を蹴って、再び走り出す。
先ほどの何十倍もの速度で走る。背中の梟が一瞬気になったが、それよりも走ることに集中した。
急がないと、ランスロットが死んでしまう。
そんな焦燥に駆られていた。
どんどん森の木々が後ろへと流れていく。身体は小さいく持久力もないが、俊敏さは成体の狼と同等だ。
通ってきた場所を駆け抜け、ようやくあの小屋が見えた。
ほっとした瞬間、ドアが開いた。
ダイアナが外に出てきたのだ。理由は分からないが天の助けだとすら思えた。

「ダイアナ! ダイアナぁ!!」
……ラリー?」

ダイアナは灰色の狼を見て、ラリーだと一瞬で理解した。
狼の姿を助けたのはダイアナだからだ。
だが、ラリーは自分の狼の姿を見られたことは知らない。知られたくないと少し思っていた。
それでもその姿で叫んだのは、ランスロットを助けたいからだ。
雪を蹴散らしてダイアナの足元へ走り寄る。息も荒く頭上のダイアナに向かって叫び続ける。

「ダイアナ! 助けてくれ! ランスロット、ランスロットがイノシシに殺される!」
「何を言っているの? その背中の籠は?」
「ランスロットが森で見つけた。けがしてる! けがさせたイノシシにランスロットがおそわれて、それで!」
「落ち着きなさいよ」

そう言うと、ラリーの背中の包みの結び目を解いて、鳥籠を持ち上げた。
どうやら鳥籠にも魔法がかけられていたらしい。
あれだけの速度で走れば振動も大きいはず。岩を飛び越えたりもしたのに中の雪梟は傷が開いた様子もない。
ダイアナを目の前にして、不思議そうに首を傾げたりしている。

「あら。痛そうねぇ。でもま、これくらいなら大丈夫でしょ。薬があったはずだからそれを使おうかな」
「ダイアナ! 早くランスロットのところに!」
「アタシの弟がそう簡単に死ぬわけないでしょうが。この子の治療が先。ほら、アンタも中に入りなさい」
「ダイアナ!!!」
「うるっさいわねぇ。燃やすわよ?」

鳥籠を持つ手とは反対の手を上に受けて開くと、ボッと一瞬、拳大の炎が燃え上がる。
一瞬とはいえ赤々と燃えたそれに怯む。
ラリーは火が苦手だった。
それでも、と頭を振って吠える。

「アンタはランスロットの兄弟なんだろう!?」
「そうよ。だから大丈夫だって言ってるでしょ。この子のほうが一刻を争うわよ」
「何で!?」
「アタシは強い。アタシの弟も強い。この子は怪我をしている。それだけよ」

それだけ言うと、籠を持ってさっさと家の中に入ってしまった。
それはあまりに軽やかで「今日は寒い」くらいの口調だった。
当たり前のことを当たり前のように言っただけ。ダイアナにとってはそれだけだった。
だが、ラリーは納得がいかない。
巨大な魔獣を目の当たりにし、ランスロットの2度に渡る攻撃も通じていなかったのを見たのだ。
大丈夫だと言われても納得がいくものではない。
ぎりり・・・と牙が擦れた。

「もう、いい! ダイアナのバーカ!!!」

腹の底から、家に向かって怒鳴った。その声量で屋根の雪が一部崩れたほどだ。
怒りで滲んだ涙をぬぐうこともせず、ラリーは踵を返して森へと駆け出した。

(フクロウは届けた。きっと助かる。なら次はランスロットの番だ!)

胸中でそう決意して、再び森へとひた走る。
ダイアナへの怒りともどかしさと、自分に何も出来ない悔しさで足を動かす。
ランスロットが自分一人を家に帰したのも、足手纏いだからだ。ラリーはそう思っていた。
それでも何かしたくて、きっと何かできると信じてラリーは走った。
目を凝らして森を見つめて走っていると、木立の間から白い人影が顔を出した。
ランスロットだ。
白い外套を着た彼が、一人歩いていた。

「ランスロット!」
「ラリー! 無事で良かった」

いつものように、優しく微笑む。
先ほど見た時と変わらない姿で、ランスロットはそこに立っていた。
彼の前で急停止して、飛び上がるように質問を投げかけた。

「なんで? 魔獣は? けがは?」
「落ち着いて。魔獣は倒してきたよ。怪我もない。ほら、何ともないだろう?」

そう言うと、両手を広げてゆっくりとその場で回って見せた。
見える限り、その白い服には血の一滴もついてはいない。
動きも至っていつも通りで、仕草も不自然な所は何もない。
信じられないモノを見るように、呆然とラリーは見上げていた。

「本当に、大丈夫……なのか?」
「ああ。心配をかけたね」

そう言うと、ラリーへと目線を合わせるようにしゃがんで、優しく頭を撫でた。
その手は本当に優しくて温かくて、確かに生きている人間の温度だった。
そう分かった途端に、ラリーは涙が溢れてきた。

「うっ……ううっ……
「ラリー? どうかしたかい? どこか怪我でも?」
……ううん………違う………生きて、た、から……
「俺が?」
「うん……
「そっか。心配かけて、ごめんね?」
「だーから言ったじゃないの。アタシの弟は強いって」

気づくと、ダイアナが二人の傍で仁王立ちしていた。
ふん、と鼻を鳴らして、大して面白くもなさそうに見下ろす。
中途半端に外套をひっかけて、髪もまとめずにいる。

「ダイアナ、心配かけてごめん」
「心配なんてしてないわよ。ただ、ラリーがうるさいから、ちょっとは助けようかと思っただけ」
「ありがとう。雪梟は?」
「ちゃんと手当てしたわ。今寝てる。梟にとっちゃ活動時間だろうけど、動くなって念押ししたわ」
「良かった。本当にありがとう。ダイアナ」

礼を言うと、もう一度ラリーのほうへと向き直って微笑んだ。
まだ狼の姿のまま、呆然とへたり込んで泣いている彼の涙をハンカチで拭った。

「ラリーもありがとう。助けようとしてくれたんだろう?」
「うん……でも、おれ、やっぱり何もできなかった」
「そんなことないさ。ちゃんとあの子をダイアナに託してくれただろう? おかげであの子は命拾いしたんだ」

外套の留め具を外して、ラリーへと被せる。
ふわりと包み込んだそれはとても温かった。

「おれ……おれ……ランスロットが死ぬんじゃないかって、こわくて……
「うん」
「死んでほしくなかった。あんなのに殺されるなんてやだった。だから、早く戻らなきゃって……
「うん」
「おれ……おれ……もう、誰かが死ぬの、やなんだよぉ……

ランスロットが小さな狼の体を抱きしめる。
確かに感じるその腕の力に、ラリーは堰を切ったように大声をあげて泣き出した。
優しい仔狼の泣き声が冬の夜空に響く。
その内に力が抜けて、狼から少年の姿へと戻り、両手をランスロットの背中に回して縋りつく。
見守っていたダイアナがそっと杖を取り出して、頭上に掲げて円を描いた。
三人の周囲の空気が、春の日差しを受けたように和らぐ。
体を冷やさぬように、風邪をひかぬようにと、優しい魔法使いは見えぬ腕で抱きしめる。
もう一人の魔法使いは、優しい言葉で語りかけた。
小さな狼が、泣き疲れ始めたころに。優しく優しく抱きしめながら。

「俺は生きているよ。死なない。絶対に死なない。魔法使いは長く生きるのさ」
「ぐすっ……ぐすっ……
「だから安心して。置いていかないから。君が旅立つことがあっても、俺は、俺達は置いていかない」
……ほんと、に……?」
「もちろん。本当さ。約束する。だからもう泣かないで」
……うん」

頷き、ラリーは乱暴に涙を拭った。
大声で泣き喚いたことが恥ずかしくなり、外套のフードをかぶって顔を隠す。
その様子に目を細めて、ランスロットはまた頭を撫でてやる。

「で、ランス。その包みは?」
「これ?」

姉に問われたランスロットは、背後に放置していた大きな麻袋を引きずって横に置いた。
口紐を緩めて袋を広げて、中から一つ、何かを掴み上げた。

「魔獣の牙」
「やった。欲しかったのよそれ」
「あとは目玉と爪と……使えそうなのは一通り剥ぎ取ってきたよ。それ以外は処分した」
「さすがね。さあ早く家に入るわよ。仕分けしなくちゃ」
「ああ」
「え、え?」

意気揚々と、ダイアナは弾むように家へと歩き出し、ランスロットは麻袋を背負って姉に続く。
そして二人は同時に振り向いて、ラリーへと手を伸ばした。

「何をぼさっとしてるの。早く来なさい」
「ほら、風邪をひいてしまうよ。家に帰ろう」
……うん!」

力強く頷いて、ラリーは二人の手を取った。
ぎゅっと握りしめると、二人も握り返してくれる。
この双子は、自分を受け入れてくれたのだ。

「なあ」
「うん?」
「何よ」
「おれ、二人に言いたいことがあるんだ」
「そうか」
「明日にしなさい。アンタもランスも疲れたでしょ。特にアンタは全力で走ったんだから、もう寝なさい」
………うん。明日、話すよ」

ランスロットは、言葉は少ないが優しく受け止める。
ダイアナは、つっけんどんだが話す言葉は優しい。
ラリーは、形の違う二人の優しさを嬉しく思いながら、二人と一緒に家へと向かう。
三人で帰る場所があることが、とても嬉しかった。