mikagami3
2018-03-04 16:26:05
5582文字
Public エスコンZERO マーセナリー(♀)
 

太陽の魔法使いと月の魔法使い2

エスコンZEROのファンタジーパロ二次創作です。
魔法使いのサイファー(男女)と人外のモノであるピクシーが出会って生活を共にするあれそれ。
やっとピクシーが起きる回。

(あったかい

少年は確かなぬくもりの中にいた。
優しく甘い花の香り、仄かに苦く爽やかな葉の香り。
肌触りの良い布の感触に、違和感を覚えた。
自分は山の中に迷い込んでしまったはずなのに。
迷って、当てもなく歩いて、そして……

「っ!」

急激な不安に襲われて、少年は飛び起きた。
ふかふかの寝台から見上げた部屋は、温かな色の木材で組まれた、少し狭い部屋。
しかし、とても暖かい。
少年は自分の腕を見る。そこは肉が抉れて骨が見えていたはずだ。
しかし、乾いた血糊はあっても、そこには何の傷跡もない。
足も、腹も、折れた歯も全て元通り。痛みも何もない。
少年は困惑して混乱した。ただ茫然と自分と部屋の中を見回す。
ぐるりと首を巡らせて、丁度ドアに目を止めた時、ガチャリと開いた。

「ああ、起きたかい?」
……
……白い)

第一印象はそれだった。
白いローブ。白い肌。髪も白っぽい。正確には金と銀の中間のような色だが。
唯一色彩と言えるのは目の青。
生きた人間なのは明白だというのに、人形のように冷たそうだと、少年は思った。
優しい微笑を浮かべているその人間に対して、警戒というより迷いがあった。
気配が、纏う空気が、明らかに異質だ。
今までに出会い、見てきた人間とは違う。
どうすればいいのか、少年は分からなかった。

「痛みはあるかな? 眩暈や、吐き気、他のどんな異常も教えてほしい。俺には対処する術がある」
「どう……して?」
「ああ、良かった。声が出せるんだね。声帯が潰れてたらどうしようかと」
「そうじゃ、なくて」

ただひたすら意味が分からなくて、少年は二の句が告げられなかった。
そんな様子の少年を急かすわけでもなく、ただ穏やかに目の前の人間は微笑んでいる。
怖い。
彼が怖いのではない。分からないことが怖いのだ。
何故こんなことをするのか。なぜ自分は此処にいるのか。なぜ目の前の人間は自分に微笑みかけているのか。

(ここはどこだ? あんたはなんなんだ? どうしておれは……?)

不意に頭痛がした。思わず呻いて少年は頭を抱える。

「大丈夫?」
「さわんな!」

少年が、差し伸べられた白い手を跳ね除けようとする。
瞬間、白銀の煌きが二人の間に走る。

――ギィンッ!

硬質な金属同士がぶつかる甲高い音が響き、僅かに火花が散った。
少年の手には鋭い爪。
それを防いだのは、研ぎ澄まされた一振りのナイフ。
金の髪をゆらりと立ち昇らせて、苛烈な美貌の女が男を庇うように少年に立ちふさがっている。
あまりの怒りに、女はその美しい顔を歪めた。

「お前、今何をしようとしたの?」
「ダイアナ! 待って!」

少年の手が獣の前足へと変化したことは意に介さず、ダイアナは地の底から這い上がるような声で唸る。
まだ10にもならないだろう少年の胸倉を掴み、片手で高々と掲げた。
服の襟元が少年の首を絞めるように絡み、苦しさで少年がもがき始める。
怒り狂っている女は無視をする。尚且つさらに手に力を籠め、目を吊り上げる。

「お前がここまで無礼なクソガキだとは思わなかったわ。今すぐ外に放り出してやるから野垂れ死になさい」
「待って! まだ子供だ!」
「貴方は黙っていてランス。不幸な狼の仔が蹲ってるからと助けてみれば、とんだケダモノね。
 あのまま森の土にしてやった方がよかったかしら?」
「おれは・・・そんなこと、たのんじゃ、いない・・・!」
「ええそうでしょうとも。お前はそんな力すらなかった。下劣なヒトに追い立てられた哀れな仔。
 お前が何も為せずに死にたいというのなら止めない。すぐに凍える風によって眠れることだろう」

少年は力の限りを振り絞ってダイアナの手を解こうとした。
しかしどれだけ力を入れても、びくともしない。
ギリギリと締まっていく。どんどんと呼吸が難しく、苦しくなっていく。
何とか空気を吸おうと口を開くが、徒労に終わった。
ダイアナは噛み締めるように、それでいて叩きつけるように、声に力を込めてゆっくりと言った。
どんどんと、語気が強く鋭くなっていく。

「お前が、今、傷つけようとした男は、お前の命を救った。
 削げた肉を、折れた歯を、失った血を、砕けた骨を、千切れた内臓を全て元通りにしたのはこの男だ」
「ダイアナ! 姉さん!!!」

少年は男を――ランスロットを見た。
彼は姉の手を押さえながら、それ以上少年を傷つけぬよう声をかけ続けている。
ダイアナは聞いてはいない。少年は、苦しい息の中でランスロットを見つめ続けている。
優しい顔立ちの、とても美しい男。

(この人が、おれを、助けた・・・?)

ダイアナは少年の胸ぐらを掴んだまま、ベッドに叩きつけた。
ぐっ、と顔を近づける。
まるで獲物を捕食せんと顎を開くライオンのような殺気で、低く唸った。

「お前が復讐を誓うなら手を貸そう。だが相手を違えるな。
 此処にいるのはお前の命をただ救おうとした男。如何なる命をも見捨てられぬ、優しく賢い私の大切な弟だ。
 お前が彼を傷つけるなら容赦はしない。即刻切り刻み塵も残さず燃やしてやろう」

火の魔法使いはそう言うと、ようやく手を離した。
急に肺に大量に取り込まれた酸素に、少年はひどく噎せた。
あれほど望んだ酸素なのに、それがとても苦しい。
喉を押さえて咳き込む少年に寄り添い、ランスロットは背中を擦ってやる。
少年の手はいつの間にか、人のそれへと戻っていた。

「よしよし……ダイアナ! ちょっとやりすぎ!」
「クソ生意気なクソガキにはいい薬よ。むしろ足りないわ。調教してやる」
「ストーーーーーーップ! だめ! これ以上はダメ! 怒るよ俺だって!」
「なんでアンタが怒るのよ。アンタは傷つけられそうになったのよ!?」
「せっかく助けた命を摘み取るのやめて!」

やや悲鳴に近い声を上げて、ランスロットは少年を庇うように背中に隠した。
ダイアナはふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
彼女がどうしてあんな行動に出たのかは分かっているので、ランスロットは穏やかに微笑んだ。

「ダイアナ。助けてくれてありがとう」
「ふんだ。どうせ無駄なお節介でしょ。アンタなら簡単に躱すとは思ったわ。でも、体が勝手に動いたの」
「うん。ありがとう」
……ごめん、なさい」

震える声が、ランスロットの背中から聞こえた。
二人がそちらを振り向けば、少年が小さな体をさらに小さく縮こませて、俯いていた。
体を震わせて、シーツを強く握りしめる。

「ごめんなさい……おれ、ずっと、にげてて。どこに行っても、死にそうになって。だから、こわくて……
「俺も、君を殺すと思ったんだね」
「ち、違う。違うんだ! おれ……どうしてここにいるか分かんなくて、あんたは知らない人だし……
 でも、優しく笑うだけで殴ったりもしないし肉を抉って調べようともしないし、よくわかんなくて……
「今は?」
「へ?」

ダイアナが見下ろす。
彼女は腕を組んでその場に立つだけで、他者を圧倒する威厳に満ちていた。
鋭い目が注意深く少年を見た。

「今も分かんないの? ランスがどうしたいのか」
……お人好しだってのは、良く分かった」
「優しい、の間違いよクソガキ」
「ダイアナも優しいもんね」
「ランス!」
「この子を、うちまで連れてきたのはダイアナ。
 ローブと火のザクロ石でこの子の体を温めながら森を駆け抜けたのはダイアナ。
 だからね、君を助けたのはダイアナと、俺なんだ」

最後は少年に諭すように言い、ランスロットは優しく微笑んだ。
少年は、二人の印象を誤ったことを恥じた。
弱そうだとすら思っていた男は、優しく強い信念の人。
恐ろしいとすら思っていた女は、厳しくも温かい人。
少年は、ようやく理解した。
自分は、助かったのだと。

「あ、あ、あ……
「うん?」
「どうしたんだい? 大丈夫?」
「あ……ありが、とう」

ようやく、声が出た。
掠れて、喉がつかえて、それでも少年は、感謝を伝えたいと思った。
今更、とも思ったけれど、伝えなければそれこそ不義理だと。
まじまじと少年を見つめていた二人だったが、やがて顔を見合わせ、ふっと微笑んだ。
ランスロットが、少年の右側に座る。
ダイアナが、少年の左側に座る。
寝台の上で少年を挟むようにして座り、両腕で抱きしめた。
突然二人に抱きしめられた少年は、頬を赤く染めてうろたえた。

「あの……
「生きててよかった」
「元気になってよかった」

それぞれに優しく、穏やかな声でそう言った。
そして、最後に声を揃えた。

『君が命を、掴み取ってくれてよかった』

それを聞いた途端、少年は涙が溢れた。
ぼろぼろと両目から零れ落ちて、頬を伝って顎からシーツへと落ちた。
それがどういう涙なのか、少年は自分でも分からなかったけれど、悲しさや痛みではないことだけは分かった。
声を殺して泣く少年の手を、ダイアナは優しく撫でさすった。
ランスロットは片手を少年の頭に置き、さらに頬を寄せる。
彼らは少年が、そのあふれ出た感情を己の心にきちんと収めるまで、じっと静かに寄り添っていた。

……ごめんなさい」
「泣く元気があるってことでしょ? いいじゃない」
「さ。涙を拭いて。食欲があるなら、スープを持ってくるけど」
「あんたたちは・・・なにも、聞かないのか?」

恐る恐る、少年は疑問を口にした。
先ほどの自分の手を見て、何も問い質そうとしない彼らに、有難さよりも不可解さが湧いたのだ。
人間は、人間以外をひどく恐れる生き物だから。
眉を下げて、少し怯えたような顔をする少年に、二人はきょとんと眼を丸くするだけだった。

「何も、って何を?」
「弱ってる子供を質問攻めにするほど、俺達は人でなしじゃないよ」
「まぁ、真っ当な人間じゃないけどね」
「聞かれたくない事だってあるだろうから、言いたくなったらでいいよ」

ランスロットは穏やかに笑いながら頭を撫でてやり、ダイアナはカラカラと笑いながらナイフを手の中で回す。
少年は先ほどから、分からない事だらけだった。
こんな事をされたのは、こんなに誰かに優しくされたのは生まれて初めてだった。

「じゃあ、名前を教えて?」
「名前……?」
「そう」
「誰の?」
「アンタのに決まってるでしょ。教えてくれなきゃ、呼べないじゃない」

少年はじんわりと胸が温かくなった。
また泣きそうになって、慌てて目を擦って気持ちを切り替えた。
泣きだしたらまた止まらなくなる。そう思ったからだ。
緊張で唾を飲み込んで、しかし彼は、はっきりと名乗った。

「ラリー。おれの名前は、ラリーだ」
「よろしく、ラリー。俺はランスロット」
「アタシはダイアナよ。まぁ好きに呼んでちょうだい」

二人は名乗りながら、やはり穏やかな笑みを浮かべた。親愛からくる笑みだ。
余裕の表れでもあるだろう。いざとなれば、子供一人くらいの命、楽に手折れると。
恐ろしい。そう思うと同時に、憧れにも似た思いが湧く。
強さ。少年が欲してやまないもの。
少年は二人のことが知りたくなって、口をついて疑問が出てきた。

「二人は、その、兄弟なのか?」
「ああ。双子のね。俺が弟。ダイアナが姉になる。まぁ区別なんてほとんど付けないけど」
「そうか。さっき、あんたが姉さんと呼んだから、もしかしてと思ったんだ。あれがなかったら夫婦かと」
「あまり似てないしね」
「双子っていうのは・・・似るものなんじゃないのか?」
「アタシらは似てない双子なのよ。そういうのもいるの。だから、気味悪がられたりもしたけど」
「そう、なのか?」
「似てる双子は魂を分かち合ったもの。似てない双子、しかも男女は心中した恋人たちの生まれ変わりだって。
 迷信よ。もし本当だったとしても、私たちは明らかに生まれる性別を間違えてきたわね。
 ともあれ、アタシらはそういう言い伝えのある村で生まれたの。それで、疎まれた。よくある話よ。
 まぁ、そこで終わらなかったのがアタシたちだけどね!」
「ダイアナ・・・顔が邪悪だよ・・・」

高笑いをしてふんぞり返る姉を見上げて、弟が困ったように笑う。
その笑い方からも、性格の違いがよく分かった。
おそらくは、幼少期は苦労しただろうにそんな暗い過去は一切見えない。
ふと、弟であるランスロットの方が、ラリーに向き直って声をかけた。

「ねえ。食欲があるなら、少しでも食べた方がいい。三日くらい寝ていたからね」
「三日!?」
「うん。よっぽど疲れてたんだね・・・どうする?」

言われて、自分の腹を擦る。
意識してようやく、自分が空腹であることに気づいた。
次いで、切ない腹の虫が鳴る。

……
「じゃ、食事にしましょ。立って歩けるならこっちにおいで」
「無理しないでいいからね」
はい」

姉弟に促されて、彼は寝台から体を起こし、足を下ろした。
少し浮つくような、足元がふらつくような違和感は覚えたものの、しっかりと床を踏みしめた。
また歩けた。自分の足で。
あの時、雪の中で瞼がどんどん重くなっていたあの時は、目覚めることすら諦めかけていたのに。
空腹も、裸足で木の床を踏みしめる仄かな冷たさも、生きている証だと思うと嬉しかった。
その場でゆっくり足踏みをしている少年を見つめて、ランスロットもダイアナも微笑んでいた。

「さ。おいで」
「うん」

手を差し出すと、素直に握り返してくる。
その力強さにほっとして、ランスロットは食卓へ案内した。
口に合えばいいな、そう思いながら。