mikagami3
2018-01-26 20:26:15
9061文字
Public エスコンZERO ピクサイ
 

月光を絡ませて眠る(前編)

ACECOMBAT ZERO二次創作SS・ピクサイ(BL)です。
2018年1月3日に行ったお題アンケートで票を獲得した「自惚れ」と「初めての夜」のうち「初めての夜」
をテーマにしたSSです。
こちらは全年齢向けの前編

人間とは迷う生き物である。
良い結果を導く糧にもなるし、悪い結果を運ぶ荷馬車にもなる。
それでも人は迷い、考える。
此処にも、迷える男が一人、杯を重ねていた。

くすんだ金茶の短い髪に、薄い色の鋭い双眸は、どこか疲れているようにも見えた。
座っていても長身だと分かるその体格は草臥れているが貧弱ではなく、一目で只者でないと分かる。
彼はこの街の住人ではない。だが、友を訪ねて何度となくこの街の石畳を踏んでいた。
決まって、この店で一杯飲んでから、その友人の元へ向かう。
何故か、真っ直ぐに向かうことはなかった。この街への一歩を踏む彼の表情はいつも曇っていた。
その曇りを酒で晴らして、友人には心配をかけないようにと、この店に立ち寄るのだ。

「兄さん、なんか心配事かい?」

ややだみ声の酒場の主人は、注文されたエールを差し出しながら言った。
繁華街の一角に店を構える主人は酒樽を持ち上げるほど屈強な大男で、カウンターがやけに小さく見える。
長年の力仕事で培った体格と豪快かつ気遣いの出来る人柄で、安くて旨い酒と肴を提供する店として繁盛していた。
長く店を一人で切り盛りしていた店主は、人の顔に対する記憶力には自信がある。
男のことも、もちろん覚えていた。
最初にふらりとやってきた時から一人で、何かを抱え込んだ顔をしていた。
それはいつやってきても変わらず、注文する酒の種類も、一杯だけ飲んで店を出ていくのもいつも同じ。
ただ、その日は一杯では終わらなかった。いつの間にかエールだけで3杯目だった。

……そう見えるか?」
「まぁ、な。違うんなら悪いこと言ったな。忘れておくんな」
「いや……違わない。心配事、というよりは悩み事だな。かれこれ数か月悩んでる」
「そいつはまた大事だ。時間をかけて良いこともあるが、スパッと決めた方が良いこともあるぜ?」
……ああ、そうだな」

男は素直に頷いて、エールの入ったジョッキを傾けて、一息に半分ほどを流し込んだ。
酔った素振りは見せず、かと言って完全な素面でもないのは目を見れば分かった。

「兄さんの性分なのかもしれんが、あまり思い込みなさんなよ」
「気を付ける。昔、それで痛い目を見たんだ」
「それじゃあ、二の轍は踏まんようにせんとな」
「ああ。アイツにも、迷惑をかけたしな……

そう言ってエールの残りを飲み干した。
ひとまず落ち着いたことを察した主人は、それ以上干渉するのをやめた。
会計を済ませる間も言葉は明晰で姿勢もしゃんとしている。お節介は良くないだろうと、黙って背中を見送った。
建付けが悪くなったドアを難なく開け、男は朗らかな大衆酒場を後にして、古都の石畳を改めて踏んだ。
途端、冷たい風が強く吹き付けた。春はまだ遠く、冬の真っただ中だ。
まだ雪が舞ってはいないが、この寒さではいつ降り出してもおかしくはない。
雪は、あの国を思い出す。
そして、彼を。
別の国で雪に見舞われても、思い出すのはたった一人。
雪の中で佇む、淡い笑みの男。
思い出の中の彼は、いつも微笑んでいた。

……泣いたり、怒ったりもしたはずなんだがな)

殴り合いの喧嘩も、一度はした。だが、思い出せるのはいつも、微笑んだ彼の顔だけだ。
その顔が、一番似合っていた。
男は夜道を進んだ。路地を曲がり、繁華街の中心から離れて、少し静かな酒場通りを行く。
目当ての店の軒先には古いランタンが灯っている。冬限定で飾られるそれは、優しい明かりで道を照らしている。
男が腕時計を見れば、すでに閉店時間である。だがランタンが灯っているからには、まだ店の主はいるはずだ。
男は少し迷っていたが、意を決して真鍮の取っ手を掴み、扉を引いた。

「やあ。いらっしゃい」

賑やかな先ほどの酒場とは打って変わって、こちらは静かなダイニングバーだった。
閉店時間が過ぎていることもあるが、もともと静かに酒を楽しむための店だ。
それを一人で営む、かつての相棒。
彼はカウンターの内側でグラスを磨きながら微笑んでいる。
男は彼の目の前の席に腰を下ろして、見上げた。

「何か飲む?」
「いや、もう閉店時間だろ? 気を使わなくていい」
「カクテルの一杯くらい出せるさ。何か、温かいのにしようか?」
そう、だな。任せる」
「了解」

厚意を無下にするのも気が引けて、結局は頼むことにした。
作り始めた、変わらぬ店主の姿を見つめる。

全くどこもかしこも変わっていない、訳ではない。
あの頃と比べて、雰囲気は円熟味が増したし、髪も随分伸びた。腰まであるだろう。
だが、すらりとした長身も、整った容姿も、月光のような髪の色も、優しい目も、優雅な物腰も変わらない。
10年前の、最後に見たあの日から。
細い体を包む服が、パイロットスーツから糊の利いたシャツに変わっても、その本質は変わってない。
頑固で、お人好しで、自分の信念と矜持だけは絶対に曲げない。
あの日の、悲痛なまでに強い目を、今も思い出す。
己の手で決別したとはいえ、彼以上に飛んでいて楽しい人間はいなかった。
今でも相棒だと胸を張って言いたい。
自分にはその資格はないと、分かってはいても。

「はい。お待たせ」
「ああ、すまない……コーヒー?」
「アイリッシュコーヒー。どこかで飲んできたんだろう? 〆の一杯ならそういうのがいいと思って。
 普段のレシピじゃ甘いと思って砂糖は少なめにしたけど追加しとく?」
「いや……うん。これでいい。ありがとう、サイファー」

一口飲んで、頷き、男は簡単に礼を言った。
サイファー、とは彼が空に上がるときの名前だ。
ダイニングバーの店主として働いていても、男にとって彼は《サイファー》だ。
空に上がることが出来たなら、あの頃と同じように飛べるだろう。そう確信できた。
やはり彼は、自分にとって得難い男なのだと確信する。
迷っていても、会いに来て良かったと思う。

「それで? 今日はどんな用向きだ?」
「なんだ、用が無きゃ来ちゃいけないってか?」
「そうは言わないさ。だが、お前は合理主義だからな。無駄なことは嫌いだろう?」
「お前ほどじゃない」
「俺は、無駄死にと無駄吠えが嫌いなだけだ。碌なものじゃない」

何を思い出したのか、吐き捨てるように言った。
白い怜悧な横顔の、晴れた冬空のような目が、一瞬ナイフの切っ先のように光った。
そこらのチンピラ程度なら、一瞬で凍り付くであろう冷たさだったが、どれもこれも刹那。
瞬きをする間には、いつもの微笑で其処に立っている。

「それに、経営者ってのは大変なんだ。コストは抑えなきゃな」
「そういうものか」

綺麗だ、と男は思った。
笑った顔も、剣呑な目も、怜悧な横顔も。
会いたいから来たんだと、素直に言えればどれだけ良かっただろう。男はいつも思い悩んでいる。
仕事の区切りがつく度に訪れるこの街の目的は、目の前のバーテンダーただ一人。
粉雪舞うあの夜に、再会を果たした時の涙が、脳裏に蘇る。
涙を綺麗だと思ったのは、あの夜が初めてだった。
他人を泣かせてしまったというのに、自分のせいで流された涙を嬉しいと思ったのも、初めてだった。
この気持ちを何と言えばいいのか、男はずっと悩んでいた。

アイリッシュコーヒーを飲みながら、男はまた考え始める。
普段のレシピより砂糖が少なめで苦いカクテルは、男にとっては一番美味しいカクテルだった。
コーヒーの苦みと砂糖とクリームの柔らかな甘みに、華やかさを加えるウィスキーの芳醇な香り。
歴戦の傭兵が入れたとは思えない、繊細で優しい味だった。
すっかりバーテンダーが板についているらしい。

「それで? ピクシー、宿は決まってるのか? こんな遅くまで出歩いて」
「ああ……それが……
「?」

言い淀む男に、サイファーは首を傾げる。
何時でも切れの良い返事が返ってくる男が悩むときは、その必要があるときだ。
とはいえ、すでに夜も更けて日付も変わっている。早くベッドに叩き込んでやらないと明日に差し支える。
サイファーはそう思うのだが、どうにも相手の歯切れが悪い。
何かあるのかと、カウンターに寄り掛かるようにして顔を覗き込む。どちらかというと心配のほうが大きい。

「近い近いっ。そんなに近づかなくてもお前の顔は見えてる!」
「疚しいことがないなら白状しろ。事と次第によっては協力してやってもいい」
「あー……分かった。言う。言うから顔を引っ込めてくれ」
「俺の顔なんて見飽きてるだろうが。今更なんてことないだろう?」
……お前はもう少し自分を顧みた方がいい」
「何で?」

あまりにも意外な言葉が返ってきたので、サイファーは素っ頓狂な声を上げてしまった。
どんなに自分自身を振り返ったところで、加齢によるほんの少しの変化だけで、あの頃とさして変わり映えしないだろうと思っている。
何をそんなに慌てることがあるのだろうかと、サイファーは一切分からなかった。
一方男のほうも――ピクシーと呼ばれた彼のほうでも、自分の反応が意外だった。
ほんの数か月だが、毎日四六時中、傍で見ていた顔だ。今更何の感慨もないはずだ。
それなのに、後ずさるような真似をしてしまったのが、自分でも不思議だった。
それでもサイファーは言われた通り体を引き、ピクシーも気を取り直して白状することにした。

「いや、実は、急にこの街に来たんで宿の手配を忘れててな」
「珍しいな。お前がそんな手抜かりをするなんて」
「全くだ。それで、だ。迷惑とは思うが一晩泊めてくれ」
「いいよ」
「タダでとは言わないか・・・え?」
「だから、別に構わないよ。寝室が一つ余ってる。そこで良ければ」

こともなげに、彼はカウンターの内側で微笑んだ。
記憶の中の彼、そのままに。
それがどうしようもなくピクシーの胸を締め付けた。
しかしそれは顔に一切出さずに、代わりに安堵の表情を見せた。

「助かる。恩に着る」
「良いって。じゃあ、そうと決まれば家まで案内するよ。少し歩くんだ」
「すまないな」
「だから、別に気にするなって。着替えてくるから待ってて」

飲み終えていたマグを下げて、そのままサイファーは奥へ入っていった。
残されたピクシーはくるりと椅子ごと体を反転させて、店の中をぐるりと見まわしていた。
家具はマホガニーで統一され、使い込まれた風合いは穏やかな気持ちにさせてくれる。
間接照明や骨董品のシャンデリアが多いせいで薄暗いが、この店には蛍光灯では明るすぎるように思えた。
窓や扉もアンティークな装飾で、趣味の良さが見て取れた。
とはいえ、サイファーは店をそっくりそのまま譲り受けただけで、何も弄っていないと言う。
先代店主の意向と趣味を最優先に、保全と補修だけに留めたらしかった。
それもまた、彼らしいことだ、とピクシーは思う。
彼は干渉を好まない。無意味な破壊も嫌う。全てを切り捨てる冷徹さと全てを受け止める優しさが同居する。
一見矛盾する彼に、惹かれたのは確かだった。
戦局が進むにつれて表情が沈む彼と、それでも最後まで見届けようとする強い目を思い出す。
ピクシーは知らないうちに、拳を握り締めていた。

「ピクシー、悪いな。待たせた」
「!……いや、大丈夫だ。大して待っちゃいない」

過去に飛ばしていた意識を、サイファーの声が引き戻した。
先ほどまでの黒ベストにシャツ姿ではなく、グレーのピーコートにインディゴのストレートデニム。
ラフ過ぎず、かといって決め過ぎてもいない。細身の体にそのシンプルさが合っていた。
黒革の手袋をはめながら、扉の前へ歩いていく。すでに店内は暗く、非常灯だけが灯っていた。

「さあ、行こう」
……ああ」

サイファーの後に続いて、ドアを潜る。
歩道に出たところで振り返ると、サイファーはランタンの火を消し、鍵をかけているところだった。
取っ手を握って何度か引いた後、鍵をポケットに仕舞い込んでピクシーに向き直った。
ぼんやりとサイファーを眺めているピクシーに対して、サイファーは両眉を上げて「どうした?」と聞いた。

「何でもない」
「そうか」

その言葉を素直に受け取って、サイファーはピクシーと連れ立って歩き始めた。
暗い夜道の中で、時折街灯に照らされるサイファーは白く浮かび上がる。
その色の薄さは、昔から生きている者としての認識を薄れさせた。
有体に言えば、この世の者に見えない時があった。
誰もが息を飲むほどの端正な顔立ちと、厳しく躾けられたという凛とした優雅な仕草。
戦場に出れば圧倒的な強さと、正確無比な射撃で他者を圧倒する。
まして今は、腰まで長く伸ばした髪のせいで、以前とは違った印象を与える。
儚く、気高く、冷たい。
何も知らない童話作家が今の彼を見たなら、雪の精霊として作品に登場させそうな趣だ。
だが、ピクシーは知っている。
彼の本質はもっと人間臭い。
お人好しで、真面目で、涙脆くて、甘いもの好きの、ただの男。
鬼と呼ばれるには、少々、優しすぎる男だ。

「着いたよ」
……ああ」

言われて目の前を見上げれば、こじんまりとした一軒家が建っていた。
サイファーの店には何度か訪れているが、家まで来たのは今日が初めてだった。
古めかしい木造の家だが、玄関ドアの上、軒下の死角に暗視カメラを見つけた。
脇の芝生や裏庭に続く小道など、いくつかの防犯用センサーが見て取れる。
ざっと見ただけでもこれだ、より詳細に探せばそれらがわんさか出てくるに違いない。
ただの古い家だと思っていたら痛い目を見そうだった。

「変なところ触るなよ? 防犯ベルが一気に鳴るからな」
「らしいな」

鍵を開けてドアを開けながら、サイファーが後ろを振り向きつつ忠告する。
それに肩を竦めて答える。予想できた忠告だが、用心するに越したことはない。
軒下の暗視カメラに、挨拶するように軽く手を振ってサイファーの後ろに続く。

「どうぞ」
「すまない。世話になる」
「荷物はソファーにでも置いておいてくれ。俺は掃除してくる」
「いや、俺が」
「客は大人しくすること。着替えは持ってきてるか? それならシャワーを先に使って来いよ。
 ほら、あそこにある。分かるか?」
「あ、ああ」
「置いてあるシャンプーとか、タオルとかは使ってくれていい。じゃ、後で」

言うが早いか、サイファーはソファーにコートを放り投げると、無造作に髪をくくって部屋の掃除に取り掛かった。
仕方がないので、ピクシーも言われた通りに荷物を置いて、先に風呂を借りることにした。
物の配置や質感に、人の生活している感覚がある。
彼はこの家で生活をしているんだと、当たり前のことがようやく実感できた。
ちゃんと生活して、生きている。
熱めのシャワーを浴びながら、そんなことを考える。
本人からはあまり生活感というものが垣間見えなかったから、此処にきて安堵した。

……何を心配してるんだろうな、俺は)

何か困ってることはないだろうか、と無意識に考えていた。
傭兵からバーテンダーへの転職は、あまりにも意外過ぎた。
今の自分で手伝えることなど多くはないだろうが、それでも考えてしまうのだった。
空で振り回された名残だろうか。
バスルームから出て、さっと着替えてリビングに戻ると、すでに掃除を終えたらしいサイファーが寛いでいた。
放り投げたコートも片付けられ、文庫本を読みながらコーヒーを飲んでいる。
髪は解かれて、背中にさらりと流れている。
ピクシーは髪から落ちてくる水滴をタオルで拭いながら、隣に腰かけた。

「ああ、ピクシー。掃除は終わってるよ。もう寝られる」
「サイファー」
「ん?」
「髪、伸びたな」
「ああ、そうだね」

心なしか、口調が柔らかい。
どこか遠くを見てるような目で、サイファーは髪を一房摘まみ上げた。
この長さになるまでの年月を、思い出すかのように。

「切るきっかけが掴めなくて。それと・・・最近は、願掛けも兼ねてたから」
「願掛け?」
「そう。でも、もう必要なくなったから、そろそろ切るつもりだ。この髪色は珍しいみたいだから、高値が付くだろうさ」
「どのくらい、そのままなんだ?」
「五年、くらい・・・かな。ちょうど店を始めたくらいから」
「じゃあ、願掛けも店ことか?」
「違うよ。違う……

サイファーは俯いて、続きを言おうか迷っているようだった。膝の上で、ぎゅっと両手を組んだ。
ピクシーは急かさなかった。本心としては聞かせて貰いたいが、それを強要することはできない。
やがて決意をしたサイファーが、口を開いた。

「俺は、死ねなかった。死ななかった。死に場所を求めて彷徨って、結局生き永らえた。
 だから……俺は待つことにしたんだ。誰かが来てくれるまで。俺の命を絶つ誰かが来るまで。
 そうしてたら、5年経ってしまった。誰も、俺が元傭兵だなんて知らないこの街で、5年も暮らした。
 そんな時に来たのが、あのトンプソンさんだった。びっくりしたよ、まさか《円卓の鬼神》だと知って、
 俺を訪ねに来る人間がいるとは思わなかったから」

トンプソンとは、あのドキュメンタリーを作ったジャーナリストだ。
穏やかな物腰に似合わないバイタリティで、あの戦争に関わる多くの重要人物の証言を集めた凄腕だ。
その時のことを思い出したのか、サイファーは穏やかな笑みを唇に浮かべた。

「俺は、お前が死んだと思った。俺が、殺したと。だから……驚いたんだ。最初、すごく。
 その次に──嬉しいと思った。生きていた。ああ、良かった。会えずとも、知らない場所で生きてる。
 ただただ、それだけだったんだ。だから……この髪は、俺が死ぬときか、お前に会うまで、伸ばそうと。
 お前に会って、生きてることを確かめるまではって。その時は会えるなんて思ってなかったけど。
 もし会えたなら。会う資格があるのなら……って」
「それは、俺のセリフだ。サイファー」
「え?」

隣を振り返れば、ピクシーが両手を組んで俯いていた。先ほどのサイファーと同じように。
思い詰めた顔をして、彼もまたずっと考えていたことを吐き出した。
裏切りの烙印を自らに課した、それゆえの苦悩を。


「俺こそ、お前に会う資格なんかない。俺はお前を裏切った。お前を殺そうとした。本気でだ。
 お前は生きてるが、それは結果論だ。あの時の俺は、本気で、お前を墜とそうとしたんだ。
 あの日、自分から相棒と呼んだお前を、俺は殺そうとした。
 それなのにお前は、俺を怒鳴りつけもしないし恨み言の一つも言いやしない。お前に甘えてるんだ。
 お前が、許してくれるから、何も言わずにお前に会いに来ている。なあ。何でだ?
 なんでお前は、俺が隣にいることを、許してくれるんだ?」

ピクシーの表情は、頭から被ったタオルのせいで全く見えない。
俯いたまま、顔も上げずに、時が過ぎるのを待っている。
答えが欲しいのでもない。赦しが欲しいのでもない。
彼が待つのは断罪だ。
憎まれるほうがマシだとすら思っている。
サイファーは、ソファーから降りてフローリングの床に座り込んだ。
そっと、ピクシーの顔を覗き込んで、膝に手を添えた。
その手の温かさに、ピクシーは目を上げて、サイファーの青い目と視線がかち合った。
彼の目は、穏やかに爽やかに晴れ渡った、冬空の色をしていた。

「お前は、俺の相棒だからだ。ピクシー」

ピクシーは目を見開く。
動悸がする。
いっそ恨まれたいと思ったのに、相棒、の一言が、たまらなく胸を締め付けた。
それは喜びに似ていた。

「これまでも、これからも。生きている以上相棒だ」
「サイファー……
「お前は嫌かもしれないけど、俺はそう思ってる。ずっと」
「俺だって!……俺、だって……俺には、そんな資格無いと思っていた」

徐々に、体を屈めていくピクシー。
サイファーはその背中を優しく撫でた。
何度も、そっと、柔らかな手つきで。

「俺も」
「俺はお前を殺そうとしたんだ」
「俺だってそうだ」
「お前から離れた」
「俺が引き止められなかっただけだ」
「俺は俺は……

ピクシーは耐えきれずに、サイファーに凭れ掛かった。
優しく撫でる手に導かれるように、ずるずると崩れるように、サイファーの胸に凭れ掛かった。
幼子のように小さい背中の相棒を、サイファーはしっかりと受け止めて、慈しむように撫でた。
片腕で支え、もう片方で何度も何度も撫で、優しい声で答えた。

「お前が離れるだけの理由が、俺にもあったんだろう」
「違う……違う……
「違わないさ」
「違うんだ、サイファー。お前の所為じゃない。俺の所為だ。俺が決めたことなんだ。俺の意思で」
「うん」
「自分で決めたことだ。俺は俺は……
「俺は、お前を止めたかった。そのためなら、殺すしかないと思った。きっと同じだろう」
「ああ……
「あの時の俺は、殺す気でかかってこなきゃ、止められなかったよ。きっと。結果、俺が勝ったけどな」

悪戯っぽい声音に、ピクシーは顔を上げた。
そこには、声音とは全く違う、悲しそうな笑みを浮かべるサイファーの顔があった。

「もうやめよう。俺とお前の間のことは。これで、終わりにしよう」
「サイファー……
「お前が犯そうとした罪は、俺が止めた。あの7つの核は、お前じゃない。お前の核は俺が止めた。そうだろ?」
「そう、だ。お前が、止めた」
「だから終わりにしよう。もう恨みっこなしだ。後ろめたいのもナシ。それでも何か気にするっていうなら」

そこで言葉を切って、サイファーは今度こそ笑った。無邪気な少年のように。
人差し指をピクシーの胸に突き立て、揶揄うように笑う。

「まっすぐ、うちの店に来いよ。酒はうちで飲め」
……ああ、約束する」
「絶対な。うまい酒、ちゃんと飲ませてやるから」

にっこりと笑うサイファーに釣られて、ピクシーもほんの少し笑った。
それは張りつめていた呼吸を解くような、安堵の表情だった。
やっと戻れた。
あの戦争が終わってから、ようやくそう思えた、初めての夜だった。