mikagami3
2018-01-12 08:17:50
5342文字
Public エスコン04 スカメビ
 

別れは爽やかに、鮮やかに

ACECOMBAT04二次創作SS・スカメビ(BL)
2018年1月3日に行ったお題アンケートで票を獲得した「自惚れ」と「初めての夜」のうち「自惚れ」をテーマにしたSSです。
やや糖度高め。

「じゃあ、もう行くよ。僕」

 その日は、とてもよく晴れた日だった。
 雲一つない晴天。穏やかな風が心地よく、清々しい日だった。
 晴れた冬空の色をした目を煌かせて、彼は目の前の男に軽やかに別れを告げた。
 何の前触れもない、突然の別れだ。

「何故、と聞いてもいいか?」

 戸惑いを隠せず、ただただ苦しげな表情で眉を歪めて囁くように尋ねた。
 それほどに動揺した。
 いつも穏やかな、こちらは春の空のような温かい青色の目が今にも曇りそうに揺らいでいる。
 今日という別れを迎える前に、なぜ自分に教えてくれなかったのか。
 何故、この国から離れようというのか。
 何もかもが分からない事だらけだった。

「んー? きっとさ、分かってもらえないと思うんだけど……

 そう言葉を濁す。その表情は苦しみや寂しさよりは、照れ臭さを隠すように見える。
 この黒髪の若いパイロットは、その実績に反比例した純朴な性格で皆に愛されていた。
 時にルーキーとして。時に英雄として。
 敵からは、死神として恐れられ、鉄の翼で空を切り裂いたパイロット。
 メビウス1というコールサインで呼ばれている彼は、しばらく考えた末に、朗らかな笑顔で男を見上げた。
 最初から最後まで見守ってくれている、空の目に。

「僕、広い世界が見たいんだ。欠片ばかり散らばっていた空が、ようやく繋がった今なら、何処へでも、行ける気がするんだ」

 未練も何もない、あまりにも爽やかな笑顔に虚を突かれた。
 今すぐにでも羽ばたいて空に飛び上がっていきそうな、軽やかな笑みだ。
 二の句を告げられずにいると、青年は笑みを浮かべたまま、男の右手を取って両手で包み込んだ。

「スカイアイのことは大好きだよ。でも僕は、此処だけじゃない世界が見たい。せっかく広い空を飛んできたんだ。
 もっと違う色の空も見てみたいんだ。大丈夫。この国は、僕なんかがいなくても、やっていけるよ。そうだろう?」

 もう戦争なんてないんだし、と、戦争を終わらせた手で、男の手を握りしめた。
 最新鋭の戦闘機を駆り、敵を屠り、味方を守った青年の手は、意外にも繊細で、温かかった。
 この手が、自分から離れていくことが、男はただただ寂しかった。
 同時に、信じられなかった。
 スカイアイと呼ばれた金髪の偉丈夫は、青年が、己から離れていくなどと想像もしていなかったのだ。
 自分がいる限り、彼は此処にいる。自分がいる場所が彼が帰ってくる場所だと。
 知らず、そう思い込んでいたのだ。

「スカイアイは、きっと……そういうことじゃ、ないんだと思う。これは、僕が持って生まれた性質なんだ。
言ったかな?僕の父親も、叔父も、祖父も、世界を股にかけた傭兵なんだ。色んな国を見て、色んな土産話をしてくれた。
 今度は、僕自身が色んな国を見たい。色んな空を、色んな人を。見て回りたいんだ。食べ物も気になるし」

 期待に胸を膨らませて、さらに光の強くなった瞳で、にっこりと笑った。
 その笑顔を見てしまったら、縋りつくことも引き留めることもできなくなってしまった。
 それほど、眩しい笑顔だった。
 この笑顔を陰らせることを躊躇うほどの、眩しさだったのだ。

「ねえ、スカイアイ。もしこのまま聞いてくれるなら、言っておきたいことがあるんだ」
……聞かせてくれ。他でもない、君の言葉を」

 男は手を握り返し、自分よりずっと低い位置にある青い目を覗き込んだ。
 凍える北の空に似た色。しかしその光は、春の日差しのように柔らかく穏やかだ。
 真摯な声で返してくれた男に感謝しながら、青年は微笑んだ。
 そして、ゆっくり、噛み締めるように、彼の中にある想いを紡ぎ出した。

「僕は、最初、思い上がってたんだ。戦争はこんな北まで来ないって。そうしていたらどんどん連合軍は負けが込んで……
 とうとう、此処まで来た。やっと飛び始めたルーキーの僕すら、駆り出される始末だ。それがあの日だよ。スカイアイ。
 貴方の誕生日を、初めて教えてもらったあの日だ。
 そこからは死に物狂いだった。目の前に迫る死から、逃げようとして、必死で。落としても墜としても、振り払えなかった。
 怖かった。とてもとても、怖かったんだ。いつ死ぬだろう。今か? 一秒後か? 一時間後か? 明日か、明後日か。
 時には独りぼっちで飛ぶ時もあった。体中が氷漬けになったみたいに、冷たくて……
 それでも、飛んでいたのはね、貴方がいたからだ。アラートと風切り音のノイズの中で、貴方の声がどれだけ心強かったか。
 自惚れなかった時が無いとは言わない。もともと、飛ぶことには多少自信があったから。何度も生き残ってるということは、やはり自分は強いんだと。
 ああ、でも、それでも、空に上がると途端に怖くなるんだ。でも、貴方の声が導いてくれた。折れそうな心を助けてくれた。
 どんな困難も、貴方が導いてくれるなら、この翼だけで飛び続けられると思ったんだ。
 だから、えっと……ごめん。すごく、簡単な言葉に、なっちゃうんだけど……今まで、僕を見守ってくれて、ありがとう」

 普段、あまり多くを語らない青年が、何度も息を整えながら全てを言い終わった。
 あまりに沢山のことを、一度に話したので、少し息が弾んでいる。

「お礼を言うの、遅くなっちゃった」
「メビウス……!」

 すっかり唇に馴染んだ、彼のコールサイン。
 これを言えるのが、今日で最後になるだなんて。
 
「メビウス。私は寂しいよ」
ごめんね」
「それでも君は、私にこの手を離せと言うんだね?」
……スカイアイは、僕との別れを……惜しいと思うの?」
「当たり前じゃないか!」

 声を荒げながら身を乗り出す。スカイアイとメビウスの顔が、接触寸前まで近づいた。
 彼の大声を聞いたのは初めてで、メビウスはその青い目をぱちくりと瞬かせた。

「君は、私がどれだけ君に救われたか知らないだろう。君に出会うまで、何度諦めたか知らないだろう?
 私は、見ていることしかできなかった。落とされていくのを。それを君は……帰ってきてくれた。
 何度も言葉を返してくれた。生きていてくれた。この意味が分かるか?
 君が、あの日、私にくれたのは、勝利だけじゃない。希望だ」

 生きるための、とスカイアイは締めくくった。
 メビウスは、どう返事をしていいか分からなかった。
 自分が誰かの希望になっているとは、全く思っていなかった。
 彼こそ、自分が生きるのに必死で、その生きる為の力はスカイアイがくれたと思っている。

(ああ、そうか)

 メビウスは、大きく深呼吸をして、にっこりと笑った。
 その無邪気な笑顔に、スカイアイが気を取られた瞬間に、懐に入った。
 自分よりずっと背の高い彼が、抱き着いている自分を見下ろしている。その唇が何かを言う前に、奪った。
 あまりに高いので必死に背伸びをして、襟を掴んで自分に引き寄せて、押し付けるだけのキスをした。
 それだけでも十分に驚いたようで、スカイアイはその鮮やかな青い目を、零れ落ちんばかりに大きく見開いた。
 メビウスの方は、そんな大胆なことをしながらも恥ずかしさが勝り、ぎゅっと目を閉じていたのだけれど。

……奪っちゃったぁ」
「め、びう・・す?」
「ごめんねスカイアイ。これで最後だから。野良犬に噛まれたとでも思って」
………
「きっと、好きだった。だいぶ前から。気づいたのは今だけど。ごめん。別れ際に思い出が、欲しくなっちゃった」
……いや、許し難いぞ、メビウス」
「ご、ごめんなさ──」
「私がずっと言わずにいたことを、我慢していたことを、こうも簡単にやってのけるとはな」
「え?」

 今度はメビウスが、大きく目を見開く番だった。
 スカイアイがメビウスを包み込むように抱きしめたかと思えば、ゆっくりと唇を合わせた。
 そして、徐々に、優しく、甘く、深く、愛しさを込めてキスを繰り返した。
 別れなど許さないと、言葉よりも雄弁に語る口づけだった。

「やっ……えっ、な、んで?」
「君は好きだと言ったが、いやはや、負けるわけにはいかないなメビウス。私は、愛しているよ。君を」
……都合よすぎない?」
「時に小説よりもロマンスに溢れているのが、この世界だ。だから……行かないでくれ、メビウス。
 君のリボンを、私から、この国から、解かないでくれ」

 狡いな、と頭の片隅で自重しながら、スカイアイは先ほどより強く抱きしめた。
 先ほどは諦めたのに、今度はどんな手を使ってでも引き留めようと思っている。自覚したばかりの彼の思いを利用してでも。
 両想いになった二人が結ばれないのは、とても悲しいバッドエンドだ。
 スカイアイは、メビウスと一緒にハッピーエンドを迎えたいのだ。
 それを知ってか知らずか、メビウスは微笑んだまま。
 少し嬉しそうに、頬をほんのりと赤く染めてスカイアイの腕の中で体勢を整えている。
 そうやって空いた隙間から、両腕を伸ばして頭を引き寄せて、額に優しくキスをした。

「ありがとうスカイアイ。でも、だめだ。僕は行くよ。空が、僕を呼んでいるんだ」
……そうか」
「ごめんねスカイアイ。狡くてわがままな僕を、どうか許して」
……ああ、許すとも。私のほうがよっぽど狡くて、我儘だ」

 頬にそっとキスを落として、スカイアイはメビウスを腕の中から解放した。
 トトンッ、と後ろにステップを踏みながら、メビウスはやはり笑っていた。
 青く広い空に溶け込むような、透き通った笑みだ。

「心配しないで。独りじゃないんだ。僕よりずっと上手に空を飛ぶ人が、僕を迎えに来てくれる」

 ちょうどその時、遠くからエンジン音が聞こえてくる。低い音だ。
 その音はどんどん近づいて、門の前で停車した。
 それは遠目で見ても巨大だと分かる黒塗りのバイクだ。すでに長距離を走ってきたようで、薄汚れている。
 あちこちに荷物が括り付けられて、いかにも旅慣れた様子だ。
 運転手がメビウスを見つけて、手を振る。次いでヘルメットを脱いだ直後、煌く金糸が滝のように流れ落ちた。

「ノリス!」
「ディー!」

 金を糸にしたような髪を靡かせて、妖艶な美女がメビウスの名を叫んだ。
 それに応えて、メビウスも叫び返す。おそらくは女性の愛称だろう。

「彼女はね、僕の従姉妹。僕よりずっと強いパイロットだ。これから、彼女が僕のお師匠さんになる」
「師匠・・・?」
「僕はもっと強くならなきゃ。メビウスは、今は僕の代名詞みたいになってしまっているけれど……それを背負うには、僕は弱いよ」

 改めてスカイアイを見つめたメビウスの目は、強かった。

「世界を見て回るには、世界を知っている彼女に教わりながらがいいと思ったんだ。彼女は心身ともに強い、自慢の従姉妹なんだ」
……軍人、なのか?」
「ううん。傭兵だよ。だから、僕が軍属のままじゃ都合が悪いと思って、辞めるんだ。だって僕は空が好きだもの」

 女性は、静かにメビウスと、その隣に並び立つスカイアイを見つめている。
 別れの挨拶だと思っているのだろう。事実、メビウスは「空が好き」の言葉を言い終わった後には、スカイアイに背を向けていた。
 スカイアイはその背中に手を伸ばしかけて、やめた。せめて見つめ続けようとした。
 あと少しで声も届かなくなる。その距離で、メビウスはくるりと体ごと振り向いた。

「またね、スカイアイ。僕のリボンの切れ端は、貴方のネクタイにでも結んでおいて」

 走り出す。
 それは待たせてしまった彼女の為でもあり、林檎よりも赤く染まってしまった顔を隠すためでもあった。
 急いでバイクの座席に飛び乗って、美しい師匠に声をかけた。

「待たせてごめんね、ディー」
「全くよ。しかも人を勝手に師匠だなんて。アンタみたいなぼんやりした弟子は嫌よ」
「地獄耳ぃ~」
「ほら、しっかり捕まりなさい。アタシの運転は荒いわよ」
「振り落とさないように安全運転でよろしく」
「その気になったらね~」 

 カラカラ笑う彼女の背中にしがみ付いて、メビウスは最後にちらりと振り返った。
 彼はまだそこにいる。
 呆然と、立ち尽くしているように見える。

(分かってもらえたかな?)

 その疑問は風の中に取り残して、メビウスは金色の嵐と一緒に地平線の彼方へと旅を始めた。
 どこまでも続くその道を──



 一方、取り残された男は、最後の声を繰り返していた。

「またね、か」

 愛した笑顔は遠くに行ってしまったが、今も彼の目に焼き付いて、声は耳に残っている。
 ゆっくりと、彼は顔の下半分を手で隠した。
 顔がにやつくのを止められなくなったからだ。

「自惚れていいのかな? メビウス。君は、またここに戻ってくれると」

 その声は、誰にも聞かれずに、風の中に混じり合って溶けていった。
 彼らの疑問の答えは、流る時のみぞ知る。