mikagami3
2017-11-19 17:39:33
6540文字
Public エスコンZERO ピクサイ
 

ハロウィンには甘い甘いキャンディを

ACECOMBATZERO二次創作(BL)メッセージボックスにいただいたリクエスト「ハロウィンでお楽しみなガルム」で書かせていただきました。
拙宅の設定上、イチャイチャさせるために時間軸はベルカ戦争から十年後となっております。
バーの店主サイファーと、傭兵を続けているピクシーの話

「サイファー、手伝いに来たぞ」
「ラリー」

ドアベルの音に振り返れば、見慣れたジャケットを着た男が立っていた。
再びその姿を『見慣れた』と言えるまでしばらくかかった。
かつての相棒が、バーカウンターを片付けている店主に近づいていく。

「別にいいのに。家でゆっくり待っててくれれば」
「本、全部読んじまったからな。暇なんだよ。手伝わせろ」

マホガニー材のバーカウンターは彼のお気に入りだ。
その内側で微笑んで、左手をカウンターに置き、腰に右手を当てて言外に「休日はきちんと休め」と含んだ。
それを突っぱねた男のほうでも、少々呆れたような顔が「とっとと帰ってこい」と言っている。
それが分からない店主ではない。かつては、目を見なくても呼吸を合わせたのだ。
笑みを深くして、悪戯っぽく軽口を叩いた。

「しょうがないな。じゃあ……援護を頼む、ピクシー」
「ウィルコ」

男の方でも笑っていた。それは、安堵の色が混ざっていた。
店主はまず食器を厨房に運ぶように指示を出し、自分はバーカウンターの片づけを終えてから厨房に入る。
運ばれてくる食器を次々に洗い終えては、棚に戻していく。食洗機もフル稼働だ。

「随分と皿が多いな。いつも、こんなものか?」
「今日は、短時間とはいえ大人数の貸し切りパーティーだったからな。子供も大勢いたし」
「子供? どうして……あ、ハロウィンか」
「そ。久しぶりに、大量にお菓子を作ったよ」

言いながら、手は止めずに食器を洗っていく。グラスは後回しにするため脇に寄せて、カトラリーに取り掛かる。
全ての食器を運び終えた男のほうは、大量の布巾を持ってテーブルを拭いて回る。
立食形式にしたようで、椅子は出ていなかった。あとで通常の状態に戻そう、と考えながら床掃除も一通り終わらせた。
厨房に戻り、入口に立ったところで店主に目をやれば、丹念にグラスを磨いていた。
真剣な眼差しと横顔に、過去の彼が重なる。
もう一度現在に視線を戻し、そして一瞬外して、彼に歩み寄っていった。

「サイファー、こっちは終わったぞ」
「ああ。ありがとう。こっちも、このグラスで最後。あ、汚れたのはそこに置いて。全部使った?」
「いいや」
「分かった。使ってないのは仕舞っておいて」

頷き、示された棚に仕舞っていく後ろで、店主のほうは磨き終わったグラスを片付けて、使用済みの布巾を洗濯、消毒し始めた。
ちらり、とその後姿──特に頭部を見て男は考え始める。
言うべきか。もうしばらく黙っておくべきか。

……片付けが終わっても気づいてなかったら、言うか)

とりあえずの期限を決めて、通常の営業状態にしようと椅子を出しにホールへ入った。
厨房を出ていく男の背中を見て、店主はほんの少し、悲しげに笑った。
悲しい思い出が店主の頭を過ぎったからだ。トラウマに近い。
頭を軽く振って、気を取り直して布巾を手洗いする。油物が少なかったからか、汚れはすぐに落ちた。
洗った布巾を干し終えたのと、男が戻ってきたのはほぼ同時だった。

「ラリー、早いじゃないか」
「お前の店が大きすぎなくて助かった。全部終わったぞ」
「そうか。じゃあ、帰るか」

そういってエプロンを外すと、何とも微妙な顔で、男は頭をぽりぽりと掻いた。

「どうした?」
「いや、その、気づいてるかどうか分からないが」
「うん?」

きょとん、と小首を傾げる店主に男は近づき、月の色をした髪に手を伸ばした。
店主の頭上で何かを掴み、引き抜く。

「これ、どうした?」
………

男の手に掴まれたそれを見て、店主が空色の目を大きく見開いた。
獣耳がついたカチューシャ。
店に入ったときから店主の頭につけられていたそれが、男の手で取り外されたのだった。
それを身に着けていたことを、すっかり忘れていたらしい。目を見開いたまま店主は黙っている。
ただただ、羞恥に顔も首も真っ赤に染まり、冷や汗をかいて、目には涙を浮かべてすらいた。

「いや、その、何で付けてるんだろうとは思っていたんだが、ハロウィンだって言ったから黙ってた。
 外してもいいのに付けっ放しだし、流石にそのまま外に出るのはまずいだろうと思って」
……これ、ずっと頭についてたってこと、だよな?」
「まあ……そう、だな」
「死にたい」
「待て! そんなに落ち込むなよ、サイファー」
「落ち込むに決まってるだろ!バカ!もっと早く言え!よりによってお前に見られるなんて……ぐうう……

また恥ずかしさが襲ってきたようで、両手で顔を覆って蹲ってしまった。
男はおろおろとするばかりで、気の利いた言葉も思いつかずにいた。
耳を付けた状態も似合ってると思っていたので、不都合がない限りはと、今の今まで黙っていたのだ。

(こいつには悪いが、可愛いんだよなぁそういうところ

蹲って俯いても、真っ赤になった耳は髪の隙間から見えている。
そこまで恥ずかしがることはないだろう、と男は思うがそれは本人の気持ちを尊重すべきだろうとも思い直した。
ともあれ、話を聞いてもらわなくては先に進まない。
男は腰を屈めて、店主へと手を伸ばす。
そして、その赤く染まった耳をついっと撫でた。

「ひゃん!?」
「相変わらず耳弱いな」

ひんやりとした指が耳に触れて、思わず店主は奇声を上げて跳ね上がった。
その様を、男は愉快そうに、それ以上に愛おしそうに見つめながら笑った。
店主のほうは、耳を押さえて涙目で睨み付けることしかできなかった。

「手が冷たいんだよお前!」
「悪いな。でも、可愛かったからさ」
「はぁ?」
「お前は自分をよくおっさんとか年寄りとか言うが、俺からすればお前は……あの頃から、何も変わってない。少なくとも外見は」
「そうかい?」

実は、常連客からは「年齢不詳」「謎多き美貌の店主」と囁かれている彼――サイファーはそういう自覚は全く無かった。
彼自身はそれなりに歳を重ねてきたと思っているし、この10年の間に、悩み苦しんだ時期もあった。
貫禄が出た、とは言わないが年相応に見えているだろうと自分では思っていた。
男は店主の髪をゆったりと梳いた。

「この髪も、青い目も、何も変わらない。強いて言えば……そうだな、綺麗になったな」
「何、言ってるんだよ……
「いや、なんだろうな。昔も、お前の機動を綺麗だと思ってたし、容姿も整っていると思っていた。だが……より、綺麗になったな」
やめろって。恥ずかしいから……

そう言ってまた俯いたかと思うと、すっくと立ち上がった。
まだ、若干顔が赤い。

「着替えてくる。外で待ってて」
「分かった」

倉庫兼更衣室として使っている部屋に入る彼を見送って、男──ラリーは言われた通り外で待つことにした。
ドアを開ければ、冷やりとした風が頬を撫でた。すでに冬の気配が近づいている。
冴え冴えと輝く月は、サイファーの髪と同じ色をしていた。
ここ最近は、ラリーも随分とやきもきするようになった。
本人は今も昔も、自分が誰かの羨望の的になるなど思ってもいないから、気づきもしない。
もう少し自覚してほしいとラリーは思う。嫉妬も心配も疲れるのだから、気づいてくれと。
気づいたところでどうしろっていうんだ、と返されそうな気もするが。

……俺もたいがい、弱い男だな……

気づけば、思いは降り積もっていた。
しんしんと空から舞い落ちる雪のように、静かに。
それは、もしかしたら、初めて会ったあの雪の日から。

(随分と時間をかけたものだな、俺も。あいつを鈍いだの朴念仁だのと笑えない)

──カラン、カロン

店のドアベルが鳴る。
振り返ると、サイファーがちょうど鍵をかけているところだった。
すっかりいつも通りに戻ってしまい、内心つまらんと思ってしまう。
涼やかな横顔は、今日も綺麗だった。

「サイファー」
「お待たせ。帰ろうか」
「ああ。帰ろう」

連れ立って夜の街を歩く。
まだ酒場などは営業している時間帯だが、繁華街から外れれば静まり返っている。
古い石畳を歩く音は、硬質でありながらどこか優しく、夜の闇に溶けていく。
帰ろう、とまた言えたことが、お互いに嬉しかった。
再会してしばらく経つが、そうした些細なことは互いが今まで生きていたからこそ味わえるのだと思うと奇跡にも思えた。
ただ、足音を聞きながら家へと帰る。
同居しているわけではないが、契約が切れる度にラリーがサイファーの家を訪れるものだから、殆ど同居に近くなっていた。
サイファーも特に止めろとは言わないし、ラリーはサイファーの傍が心地よかったから、きっとこれからも続くだろう。

街外れにある木造の古い家が、彼らの家だ。
サイファーが鍵を開けて、一歩入ると同時に息を吐く。
誰の目もない、自分の領域。今日もここに帰ってこれたと安堵する。
コートを脱ぎながら奥に進んでいると、ラリーが口を開いた。

「そういえば、サイファー」
「なにー?」

コート掛けに引っ掛けながら、何の気なしに振り返れば先ほどのカチューシャを取り出しているラリーがいた。

「お前・・・それはもういいだろう?」
「ああ、いや。朝はこれを見かけなかったと思ってな。貰い物か?」
「あー……お客さんの子供がさ、店長さんも仮装しようよと言って渡してきたんだよ。狼男さんね、って」
「なるほどな。納得した。確かに、お前なら狼だな」
「尻尾は無かったのが、不幸中の幸いかな」

苦笑いで答えるサイファーを見ながら、ラリーは手の中でくるくるとカチューシャを弄ぶ。

(ガルムと呼ばれたお前が、狼をやらされるのは、何の因果だろうな)

銀色の毛並みの狼の耳は、作り物の割にはしっかりと狼らしさがあった。
ぴた、とラリーの手が止まる。悪ふざけを思いついた顔で。
ひょい、と自分の頭に、弄んでいたそれを乗せた。

「ラリー?」

不思議そうに呼びかけたサイファーの声には答えず、腕を引いて抱き寄せる。
そして、お決まりのフレーズを耳元で囁いた。

「Trick or Treat?」
……ふっ、あははっ! 何を言い出すのかと思えば!」

片羽の妖精と呼ばれた男には、そのフレーズは相応しいものであった。
彼に名付けられたのは、悪戯を好む妖精【Pixy】
おそらくは悪戯を望むだろうと思うが、そう素直に悪戯される気もない。
サイファーは自分のズボンのポケットを探って、指先に触れたそれを取り出して彼の眼前に突き付けた。

「Treat!」
「ちぇ。持ってたか」

突き付けられた棒付きの赤いキャンディを受け取り、面白くなさそうに狼耳を取りながら引き下がる。
サイファーはそれはそれは楽しそうに、にこにこと笑いながらソファに腰かけた。

「そう簡単にやられはしないよ。こっちは《鬼》だからね」
「抜け目のない奴だ。他愛のない悪戯くらいさせてくれたっていいだろう?」
「そういう言い方をする奴が、本当に他愛のない悪戯だった試しがないんだよ」
「そいつは例えば……こういう?」

言うが早いか、サイファーは強く肩を押されて、背中からソファに沈み込んだ。
起き上がろうとする前に、ラリーが上からそれを封じた。

……
……? サイファー、どうした?」

文句を言うでもなく、抵抗する素振りもなく、ただじっとサイファーはラリーの顔を見つめていた。
薄い色の目をじっと見つめて、しばらくすると穏やかに微笑んだ。

「お前が、いるなぁって」
「うん?」

意味が汲み取れずにラリーは聞き返す。
”0”の名で呼ばれることを望んだ彼は、静かに唇を開いた。

「春が過ぎて、夏も終わって、秋も深まって、もうすぐ冬が来る。でも、お前は俺の傍にいるんだなぁって。思ってる」
……

その意味を、ラリーは知っている。
なんと言えばいいか、どんな言葉を望むのかを考えている間に、サイファーはさらに続けた。
痩せた頬を愛おし気に撫でて、それはそれは優しい声音で囁いた。

「お前が生きていてくれて、良かった」
……お前は、もう少し俺を怒ってもいいんだからな?」
(憎まれたって仕方ないことを、俺はやったんだ)

あの一騎打ちの後も、国境で戦い続ける今も、彼はずっとそう思っている。
しかし、サイファーは憎むどころか、怒りもしないし、突き放しもしない。
それどころか、その腕に抱きしめて、いつでも出迎えてしまうのだ。
帰ってくることを、彼は望んでいる。
微笑んだまま、サイファーは首を横に振った。

「できないな。すごく、難しいよ」
「このお人好し」
「そうかな?」
……もう、何処にも行かないさ」

今度はラリーがサイファーの頬に手を添える。ほんのりと温かい頬に触れて、生きていると実感する。
その手に己の手を重ねて、穏やかな顔で放たれたサイファーの言葉は鋭く刺さった。

「うそつき」

一瞬、その青い目が空の色ではなく、氷の色に見えた。
心臓が凍ったような感触を味わったラリーは、空気を求めてあえぐように彼の名を呟いた。

……サイファー……
「嘘。冗談。ちょっと、意地が悪い、冗談。ごめん」
「いや、俺が悪い。悪いんだ。サイファー」
「違うって。ラリー。俺は……怖いんだ」
「ああ」
「怖くて、つい、口からこぼれてしまったんだ。お前は今、ここにいるのに・・・」

居たたまれなくて、顔を背ける。あの頃は気づけなかった思いを、お互いにもう隠すこともないのに不安は尽きない。
言わなかったこと、言えなかったこと、気づけなかったこと、その全てを今は、自分ではちゃんと分かっているはずなのに。
相手はどうなのか、未だに不安になることがサイファーにはあった。

ラリーは少し強引にサイファーの顎を掴んで、無理やり正面を向かせた。
相手が事態を認識する前に、口づける。
薄く開いたままだった唇の隙間から舌をねじ込んで、逃げる相手を絡めとる。
抵抗を許さぬようぴたりと身体を重ねて、息苦しさで青い目から涙が零れても貪り続けた。
耳に響く水音が、激しさを訴えてくる。

「やっ……ふぁ、あんぐっ」

ぴちゃっ、ちゅぷ、じゅるっ……

嬲って吸って、すっかりふやけたところでようやく解放した。
呼吸もままならなかったサイファーは、ぐったりとして荒く呼吸をするばかりだ。
ラリーは彼の敏感な耳に口づけて、その名前を呼んだ。
彼の、名前を。

「ランスロット」

びくり、とサイファーの体が跳ねた。
仰々しいから嫌だ、となるべく呼ばないようにと彼には言われていた。
それを破っても名前で呼びかけたのは、彼の心の深く刻み付けたかったからだ。
自分の居場所は、此処だということを。

「ランスロット、ランス、俺は、ここにいる」
……

じっと見つめてくる青い瞳を見つめ返して、強く、強く訴えた。

「信じてくれ」
……次、何処かに行ったら、怒るからな?」

やはり笑った顔が一番いい。再び見れた笑顔に、ラリーは心底そう思った。
軽く額に口づけて、もちろんだと笑った。

「望むところだ。八つ裂きにしてくれ」
「なんだそれ。自分から望むやつがどこにいるんだ」
「お前なら、何されたっていいよ」
ばーか」

サイファーがラリーの顔を引き寄せる。
額を合わせて、深呼吸して、ぽろりと涙が零れた。

「さ、サイファー!?」
「そう。それでいい。ランスロットなんて仰々しい名前、俺には似合わない」
「そうか? お前の顔だけ見れば相応しいと思うが」
「どこが」
「顔が」
「顔はもういいよ! 文句があるなら母親に言ってくれ!」
「じゃあ、一緒に言いに行くか。だいぶ先の話だがな」
ああ」

死が二人を分かつとも。
どちらが先でも、行くべき先へは二人で行こう。

言葉にせずそんな約束をして、今度は優しいキスをした。
離れがたいと言うように何度もキスをして、体を重ねる。
もう怖くない。
二人は今、ここにいる。