mikagami3
2017-06-04 00:57:01
2363文字
Public エスコンZERO マーセナリー(♀)
 

紅茶とコーヒーとソネット

エスコンZERO二次創作。マーセナリーサイファー(女)とピクシーが会話してるだけの小話。
日常の一コマ。

紅茶とコーヒーとソネット


「何読んでるんだ?サイファー」

男が、物珍しげに彼女をのぞき込んだ。
見慣れないカバーをかけてある文庫本を、マグカップ片手に読んでいた。
頁をめくる手を止め、金髪を背中に流した彼女が微笑んだ。

「シェイクスピアよ。手持ちの本を読み終えてしまったから、ハンナに借りたの」
「珍しいな。シェイクスピア、読むのか?」
「初めて読むけど、悪くないわよ? ロミオとジュリエットよりは、ハムレットが好みかしら」
「ほう?」

 快活といえば聞こえはいいが、豪放磊落・傍若無人が最も相応しい彼女が、悲劇を好むとは意外だった。
 そんな思いが顔に出たのか、自分の目の前の席に陣取った彼に指を突きつけた。

「アタシが湿っぽい話を読むのがそんなに意外?」
「ああ、いや・・・まぁ、そうだな。サスペンスとかのほうがしっくりくる、かな?」
「確かに、そっちも読むけれど。割と何でも読むのよ?ああ、でもハーレクインは無理ね。読んでて体が痒くなるもの」
「分かる気がする」

 肩を竦めてマグカップを持ち上げる彼女に、同意を込めて笑った。
 イメージ通り、だという意味で。
 同じようにマグカップを持ち上げて、ふと手を止めた。
 男――ピクシーが飲もうとしているのはコーヒーだが、彼女のマグカップから漂う香りはもっと優しい香りだった。

「サイファー、紅茶か?」
「ん? ああ、そうよ。今読んでるのは詩集だから、紅茶だと思って。リア王だったらスコッチかしらね」
「そういうものか?」
「ただの気分よ」

 そう言って紅茶を飲む彼女は、優雅に尽きる。華やかで妖艶な姿は舞台女優でも通用しただろう。
 軽く閉じられた瞼を縁取る金の睫毛も、流れ落ちる金の髪も、豊かな曲線も豊穣の女神の恩恵かのごとき輝きだ。
 彼女の本質を知らなければ、誰もが見惚れて称賛するだろう。
 獲物を根こそぎ食らいつくす《円卓の鬼神》だと知れば、その称賛は畏怖に変わる。
 再びページをめくり始めた彼女が、空いた手で毛先を弄ぶ。
 ふと、ピクシーは常々思っていた疑問を口にした。

「髪、切らないのか?」
「うん?」

 目線だけピクシーのほうへ動かして、聞かれた質問を胸中で反芻する。質問の意図を探ろうとした。
 結局は質問を質問で返すことにした。彼女にとって、腰まで伸ばした長い髪は日常であるから、あまり気にしたことはない。

「どうして?」
「お前なら、そこまで長いと邪魔だから、と言って切ってしまいそうだと思ったからな」
「否定はしないわ」

 どこか遠い目をして笑って、前髪をかき上げた。肩から胸へ流れていた髪もついでにと手で払って、背中に流した。

「でも、アタシはこの髪を気に入ってるの。切るのは勿体ないわ」
「へえ」
「それに、金髪って高く売れるのよ?長くしておいたほうがより高値で売れるし」
「・・・あ、そう」
「一度、しばらくいい仕事にありつけなくて、食うに困ってばっさり切り落としたこともあるくらいよ。
 あの時は天国の父に感謝したわ」
「父親?」
「アタシの顔やら髪やらは、父親譲りなのよ。まぁ、父の方は常に短くしてたけど。これは……数少ない形見かしらね」

 今は家族もいない彼女が、ふと、こうして語る時の目はとても優しかった。
 過去をあまり語らない彼女だが、時折、そっと掬い上げるように思い出を披露してくれる。
 それはアルバムのように、宝石箱のように。
 彼女が愛されて、愛していた記憶だ。

「・・・簡単には無くならない、いい形見じゃないか」
「良いこと言うじゃない」
「そりゃどうも」
「褒めてるんだから、もう少し喜びなさいよー」
「・・・・・・ちょっと照れ臭いんだよ」
「アンタ、そういう所あるわよね」

 ケラケラと笑う彼女にはもう反論することも無く、むすっとして窓へと顔を逸らした。
 彼女もそれ以上何も言うことはなく、再び文庫本へと視線を落とした。
 どんな感想を持ちながら読んでいるのか、ピクシーには想像もつかなかったが、存外楽しそうではあった。

(・・・黙ってれば、傭兵なんぞには見えんがな)

 黙してページをめくる彼女を、トップモデルや女優と紹介したとしても、何も知らない者なら信じただろう。
 この基地に来たばかりのころは、口説こうとする人間が後を絶たなかったくらいだ。
 だが、言葉の端々に宿る鋭さは刃のごとし。堂々たる口ぶりも表情も身のこなしも、実力に裏打ちされた自信からくるものだ。
 じゃじゃ馬と言うには激しすぎる気性には手を焼かされている。獅子や豹とでも言えばいいだろうか?獰猛にすぎる。
 だが、どうにも憎めないのだ。
 結果は必ず残す。有言実行を常として、嘘はつかない。思えば守れない約束もしない。
 不敵に笑って、敵を殺して、味方すら置き去りにして飛んでいく。
 隣で飛ぶやつのことはお構いなし。だが、それが彼女だ。円卓の鬼神だ。
 その彼女がこうして、ただ静かに本を読んでいる。
 これが暇つぶしに賭けポーカーでイカサマ三昧だったとしたら、呆れて物も言えないところだ。
 ギャンブルにも強くイカサマをする必要がないし、何より強すぎて彼女を誘う馬鹿もいない。
 ただ静かに、文字を追う。
 他人をどうこうするのではなく、自分と向き合う。
 すべて己で完結するその強さを、ピクシーは羨ましいとすら思っていた。

(まぁ、傭兵にしかなれん・・・か。あまりに強すぎる。こいつにとっては天職だろうな)

 ページをめくる紙の音を聞きながら、外を眺めてコーヒーを飲む。
 無為に見える彼の時間は、この基地においては貴重な時間だ。
 またいずれ、血の匂いがする空を飛ぶのだから。