mikagami3
2017-03-26 17:43:36
5292文字
Public エスコンZERO ピクサイ
 

知らない傷

一応ピクサイBL(ナイトルートのサイファー)
こちらの診断メーカー(https://shindanmaker.com/590587)でのお題をアンケートにして、一番多かった「背中にキス」で一本書きました。
終始ピクシーの一人称で語られる、とある夜の話。
ちょっとエロティックな雰囲気を目指しました。

ただの、育ちの良いお坊ちゃんだと思った。

顔はああだし、立ち居振る舞いも話し方も、どこか品がある。
だから、最初に握手をしたときに変な手だと思った。
顔に似合わない無骨さで、ささくれのような傷跡も多かった。
しかし目線を合わせれば、あの青い眼が微笑んでいて、なんとも不釣り合いだった。
上品な顔で微笑んで、その手は歴戦の兵士のソレだった。






1時間前、無謀にも戦いを挑んだ部隊があった。
無論、無謀と言うからにはそれは失敗に終わったのだ。

「俺を潰そうなんて、百年早いんだよ」

にっこり。
言葉に比べて、その声音と笑顔は透き通って軽やかだ。
頬杖をついて、無邪気なほどににこにこしている相棒の目の前には、屍の如く横たわるクロウ隊の三羽。

「くっそ・・・なんでこんなことに・・・」
「敵の力量を見誤ったのが敗因かな?」
「認識が・・・認識が甘かった・・・」
「なんで・・・なんで・・・三人がかりだったのに・・・」
「次からは人数を増やすことだな」

そう言いながら、三人の懐から財布を抜き取り、酒場の店主に支払いを済ませる。
が、よく見たら三人分だけだ。自分の分は自分で払っている。
俺は飲み比べに参加せずに傍観していた。相棒が「万が一、潰れたら連れて帰ってほしい」と言ったからだ。
全くの杞憂に終わり、俺も飲めば良かったなどと思ったが、気づけば俺以外に運転できる人間が残っていなかった。

「ピクシー、帰ろう」
「おう」
「すみません、起き上がれる様になるまで置いていただけますか?こっちの三人は」
「ああ、任せときな」
「自力で帰ると思うので」

なるほど、少々怒っているらしい。
相棒――サイファーは賑やかな酒も嫌いではないが、基本的にはゆっくり飲みたいタイプだ。
場を乱されて多少なりとも腹が立ったらしい。

「酒は楽しく飲むものだっていうのは分かるけれどね、楽しいの基準は人それぞれだろう?」
「そうだな」
「美味い酒があればそれでいい、っていう時だってあるじゃないか。美味い酒を不味くする人間は無粋の極みだ」

珍しくむくれている。僅かに頬が赤いのを見て、こいつも酔ってることは酔っているんだな、などと思う。
ワインを10本も空にしたんだ。酔わないほうがおかしいか。
勧められるままに地元のワインを飲み干して、気分良くしていたところに乱入された時の顔は実に冷ややかだった。
それまでは花でも咲いてるのかと思うほどに笑っていたのに、だ。
助手席で静かになった相棒を横目に見ると、落ち着いたのか、窓の外を流れる風景を見ていた。
風に乗ってふわふわと揺れる髪も、澄んだ青い目もいつも通り。上気した頬以外はすっかりいつもと変わらない。
いつものように、こんな所にいるのが不思議なほど整った顔だ。


常々、この男は職を間違えたのではないかと思う。
腕前の話ではない。それは文句なし。元々筋が良かった上、連戦していく内に随分と腕を上げた。
容姿と性格の話だ。

聞いた話では、容姿に関しては母親譲りであるらしい。
身内の欲目とはいえ、やはり美人だったと。
母親の実家はどこぞの国の王家にも連なる貴族で、今もその家は続いているらしい。
父親の方はといえば代々続く傭兵稼業。こちらも男前な部類であったらしく、サイファーの髪色や虹彩の色は父親の血筋らしい。
国を救ったことも滅ぼしたこともあったと、嘘か真か分からないことを聞かされながら育ったらしい。
その自慢の両親も今は空の上だと、ヴァレーの空を見上げながら呟いた。

偶然にもヴァレー基地にはサイファーの家族を知る人間がいて、確かに両親の良いとこ取りだと笑った。

『いやぁ、坊は腕っ節は隊長――ああ、親父さんのことだ。の息子に相応しいし、顔つきと気の良さは完全に奥方だ。
 お優しい方でな、それでいて一本筋の通った人だった。儚い見た目の割に肝が据わってて、駆け落ちくらいはするなと思ったもんだ』
『へえ?』
『傭兵なんてのはいつ死ぬか分からんし不安定だ。そう言って一度は断ったらしいんだが”いざとなれば自分が養う”と豪語したそうだ』
どうやって?』
『さてなぁ。器用な方だったし、語学も堪能で数字にも強かった。いざとなれば商売もできたんじゃないか。ただ、お体が弱かったからな・・・』

それきり口を噤んだ曹長は、寂しいとも悲しいとも懐かしいとも取れる顔だった。
サイファーの母親を「奥方」と呼ぶあたり、彼女は人格者だったのだろう。荒くれの元傭兵ですら、思わず敬うほどに。
その母親の顔と気質を受け継いだのなら、何も父親と同じ道を進まなくても良かったんじゃないか。
何処かの国の、正規の空軍にでも居れば、こいつの腕なら出世もしたはずだ。

「着いたぞ。降りろ、サイファー」
「あ?ああ。ありがとう」

酔っているせいでぼんやりしている相棒の肩を叩く。
それでも足取りはしっかりしているし、言葉も明瞭だ。こいつはザルどころかワクか。

「次はお前が運転手やれよ?」
「ああ。もちろんだ。今日は散々だったな」
「まぁ、見てるだけでも面白かったがな。あいつ等がどんどん顔色悪くしていくのは気分が良かったぞ」
「3対1だったのになぁ」

一本、また一本と瓶が空になるたびに変化していくクロウ隊の顔色とは違い、不動の微笑みでグラスを傾け続けていた相棒。
最初に4本開けたところで3番機が墜ち、6本目で1番機、しぶとく残っていた2番機も10本目のコルクを抜いた瞬間に耐え切れず墜ちた。
勿体無い、とサイファーはそのまま10本目の瓶を空にした。

「もう少し味わって飲みたかったなぁ」
「また次だな」
「そうだ、次だな」

すっかり夜も更けて、宿舎内は静かだった。
規則的な足音が響く。その音の中で、小さな吐息が聞こえた。

「ふぁ・・・」
「ん?さすがに眠いか?」
「あんなに一度に飲んだのは久しぶりだったから。かな? 少し眠いな」
「もう寝ちまえ。ここんとこ連戦続きで、疲れてるんだろう」
「ああ。そうする」

また一つ欠伸をして、一歩先に部屋に入っていった。
時間が経って酔いが回ったのか、少しふわふわとした足取りだ。
後ろ手に扉を閉めて、ハンガーを手に取ったとき、ふと相棒の背中が目に入った。
普段は何故だか、隠すように仕切りカーテンを広げて着替えたり風呂の時間をずらしたりするから、肌を見るのは初めてだった。
その歪さに、血の気が引いた。
顔に似合わず、撚り合わせた針金のように鍛えられた背中は白く、彫刻めいていた。
その背中に描かれているのは、悍ましいほどの傷跡。数を数えるまでもなく、無数だ。
その中でも一際大きな傷が、今にも鮮血を吹き出しそうに赤かった。

「サイファー!」
「うぉあ!? え。何?」
「何じゃない。お前、それどうした?」
「それ?」

何のことかわからず、半裸のまま首を傾げるので、反転させて傷を突いてやった。触れるか触れないか、だが。
こんな大きな傷を、隠したままでいられると思ったか。

「この背中の傷、いつ作ったんだ。真っ赤じゃないか」
「えぇ?背中・・・背中?・・・最近は何もないけれど」
「現に、こうやって背中を袈裟切りされたような傷があるんだが?」
「えぇー?・・・・・・あ。思い出した」

随分と暢気な奴だ。痛くも痒くもないのか?
俺が知らない間に、こんな大きなケガをしておいて・・・だんだん腹が立ってきた。

「それ、俺が8つの時に転んだやつだよ。父の機体が置いてある簡易ハンガーで遊んでて、バランスを崩して資材の上に倒れたんだ。
 あの時はずいぶん叱られたなぁ。死ぬかと思った」
「本当か?」
「本当だとも。今はアルコールのせいで血行が良くなってるから、赤くなってるんじゃないかな?」
「じゃあ、他の傷は?数えるのもめんどくさい数だな」
「それは・・・俺が未熟だった証だ」

少し俯いて、サイファーは己の腕を撫でた。その腕にも、撫でている腕にも傷跡がある。
最近は何もない、という言葉通り古い傷が殆どのようだった。

「父が生きている頃は、まだ俺は見習い程度のことしかしてなくて、パイロットとしても歩兵としても未熟だった。
 父が死んで傭兵団も無くなり、崖から突き落とされるように巣立った。皆は他の道もあると言ってくれたけどそれでも、俺はこの生き方を選んだ。
 師匠でもあった父に追いつきたい一心で、色んな戦場で戦っていたけれど、守りたいモノも守れないような、そんな戦い方しかできなかった」

俺に背中を見せたまま、俯いて話す相棒の顔は見えない。どんな表情でこんなことを話しているのか、想像もつかない。
想像できるほど、俺は、こいつのことを知らない。
何も、知らない。

「砂漠の真っ只中で、小さな子供に括りつけられた爆弾も、干からびかけた老人のナイフも止められなかった。
 死んだのは皆で、仲間達で、俺は辛うじてこうして生きてる。死にたいわけじゃない。ただ、強くなりたかったんだ。
 俺を育ててくれた両親や、皆の為にも」

じっと右手を見つめて、握りしめた。
その手にも、小さな傷跡があった。左手より少ないのは、利き手ゆえに無意識に庇ったのかもしれない。
傷の一つ一つが、こいつの人生の軌跡。
ここに来てからケガをした話は聞いたことがない。ましてや俺たちはパイロットだ。些細な不注意が死に繋がる。
下手をすれば死体も残らない。
だから、傷のすべては俺が知らないこいつの過去だ。
不意に、その傷に触れたくなった。両手で、背中に触れた。

「ピクシー?」
「痛くはないのか?」
「全部、治ってる傷だからなぁ」
「そうか」

無数の傷は形も様々で、これだけではこいつがどんな場所で戦ってきたのかは分からない。
ただ、痛ましい。
生死の境を彷徨うこともあったはずだ。それでもこいつは此処にいる。
戦場に立っている。
まるで呪いだ。
こいつが納得尽くで、全て承知で選んできたのだとしても、俺には『戦場に立たざるを得なかった』ように見えた。
こいつの能力が、環境が、ここに導いたのだとしたら・・・それは幸福でもあり最悪の不幸だ。
戦場がある限り、戦争がある限り、こいつは戦うし飛ぶんだろう。
それが当たり前だと思っているのだろう。
違う場所での生き方など、想像もしなかったのだろう。

俺は目を閉じた。そのまま、そろりと顔を近づける。傷だらけの白い背中に。
目を閉じたところで、こいつの背中の傷はそこにそのまま存在している。傷を負いながらも生きて、ここに立っている。
肩甲骨のあたりに額を押し付けると、小さく鼓動を感じた。ちゃんと、血が通っている音。
こいつが何を思っているのか分からないが、俺の行動に身じろぎすることも無い。
信頼か、それとも困惑ゆえに出方を見ているのか。
出来れば信頼のほうがいいと思う。
信頼に足る翼で俺は飛ぼう。

言葉で言い募るつもりはない。伝えるつもりもない。
ただ、俺の身勝手でこの傷に誓おう。

唇で傷をそっとなぞった。触れるか触れないか、掠めるようになぞった。
何故そうしたのか、自分でも良く分からない。
その傷から、こいつの痛みが少しでも理解できればいいと思ったのかもしれない。
痛みだと思っていなくても、その道は血に濡れていたはずだ。自分の血で。
俺とは違う痛みを、ずっと抱えて生きてきたはずだ。

一歩、サイファーから離れる。
俺の身勝手さに気づかれると困る。

「すまないな。着替えの邪魔をして。お前が・・・そんなに古傷だらけだとは思わなかったんだ。顔は綺麗だしな」
「手足は替えが利くけど、頭はそうはいかないからな。そこは叩き込まれたよ」
「なるほどな。俺はシャワー浴びてから寝るわ。開いてるか知らないがな」
「ああ。いってらっしゃい」

手を振る相棒に見送られ、俺は着替えを掴んで部屋を出た。
喫煙所が目に入り、煙草を出しながら近寄り、火をつけた。
傭兵ばかりだからか、場所さえ守れば自由だ。正規職員の時間外だろうとも咎められない。
ゆっくり煙を吐きながら、今後を考えた。
まだ、その時じゃない。あの言葉は嘘じゃない。
此処での仕事も、割は悪くない。安売りとも俺は思わなくなっている。
おそらくあの男はサイファーにも声をかけるだろう。
相棒は断るのか、承諾するのか。それすらも分からない。

俺は……あいつにだけは、加わってほしくない。
あいつには似合わない。何故かそう思う。
あいつの翼には似合わない。

……お前は、まだ、自由に飛ぶべきだ」

何物にも縛られない翼をこそ愛するんだろう、俺の相棒は。
俺と違って。

強く揉み消した煙草は、しばらく細い煙を伸ばしていた。揺れる様がやけに未練がましい。
口に残った苦みに顔を顰め、煙を振り払うように背中を向けた。

いずれ決断しなければならない。
近いうちに。
俺の翼の行く先を。