mikagami3
2017-03-12 22:38:15
6667文字
Public エスコンZERO ピクサイ
 

YES MY MASTER

ジャンル:エスコンZERO
フォロワーの初さん(@hatuuuuuuu )からのリクエストで、鬼神のF-15C擬人化ネタ。
F-15C×サイファーと片羽×鬼神風味。でもあからさまでもない。
このサイファーは男性(ナイトルート)です。

――此れは、幼い鷲が英雄の翼として羽搏く前の、小さなお話。


『こいつが、俺の機体?』

自分の記憶野の中に、ずっとしまい込んでいる声がある。
これは、大切な記録。消えてしまわないように、劣化してしまわないように、奥底に仕舞っている。

『おお、そうさ。ずっとしまい込まれててな、ようやく日の目を見るんだ』
『いい機体だな。F-15Cは初めてだが・・・』
『なぁに、坊ならすぐ扱えるようになるさ』
『・・・坊はそろそろやめてくれよ』
『おお、すまんすまん。生まれる前から知ってるとつい、なぁ』
『まぁ、しょうがないけどさ』

苦笑い、というのだろうか。眉を下げてやや口角を上げた表情を、そのパイロットは作って見せた。
しかしパイロットはそれ以上咎めることもなく、整備兵も悪びれることなく笑っていた。
そして《自分》に向き直る。

『宜しく。F-15C、イーグル。今日から俺が君のパイロットだ』

自分が最も大切にしている、記録。いや、これは記憶だ。
感情と呼べるモノを何一つ持たなかった頃の、確かな心が生まれた日。
感情と呼べるソレを自覚することもなく、その美しい笑顔を守ろうと思った。
あの得も言われぬ感情。それを最初に抱いた、記憶。
それが【自分】の――人間がF-15C=イーグルと呼ぶ戦闘機の、一個体である自分の、唯一のパイロットとの出会いだった。








「ますたー、ますたー」

たどたどしい口調で、幼い少年が追いすがる。5,6歳頃だろうか。灰色のツナギで、その小さな体を包んでいる。
その先には細身の青年がいる。
呼ばれて振り返り、その晴れた冬空の目が柔らかく弧を描いた。

「どうした?イーグル」
「ますたー、おはようございます」
「ああ、おはよう。調子はどうだい?」

抱き上げながら尋ねる。
イーグルと呼ばれた少年は、一瞬口を閉ざした。しかし直ぐに抱き上げている青年の目を見つめ返した。

「もんだいありません。ますたー。いつでもしゅつげきできます」
「ありがとう。曹長にもそう言っておいてくれ」
「はい」

優しく床に降ろされた瞬間、少年は急激に成長した。
それは蝶の羽化よりも劇的に、雛鳥の巣立ちよりも凛としている。
あっという間に、抱き上げていた青年――サイファーよりも背の高い姿に変貌した。

「曹長」
「イーグルの坊主か。坊への挨拶は済んだのかい?」

精悍な青年の声で、F-15Cの整備をしている中年の整備兵へと声をかける。
彼も一部始終を見ていたが、特に驚いた様子もなく笑った。坊、とはサイファーを呼ぶ時の彼の癖だった。
曹長のくしゃくしゃと頭を撫でながらの問いに、イーグルはこくり、と頷いた。

「システムオールグリーン・・・異常ナシ、基本整備で十分だ。曹長」
「おっ、ありがとな。じゃあ新入りどもにやらせてみるか。良いか?」
「問題無い」
「了解。坊にもよろしくな」
「事項了解」

敬礼へと答礼を返し、再びサイファーの元へと戻っていく。
背中を見送った曹長は、ぼーっと立っている――麗しのパイロットを見つめている若い整備兵を𠮟り付けて仕事に取り掛かった。

「マスター」
「ありがとうイーグル。小さくならなくていいのかい?」
「今は、このままでいた方が良いと判断しました」
「そうか。今日は出撃任務は無いはずだけど・・・まあいいか」
「イーグル!」

透き通ったソプラノがハンガーに響いた。
呼ばれたほうを見れば、もう一機のF-15Cの足元に少女が仁王立ちしている。
灰色のツナギを、膝上丈のワンピースに直して着ている少女は、こちらにズンズンと詰め寄る。
少女は黒髪を頭の両サイドで高く括り、左側を銀のリボンで、右側を赤いリボンで飾っている。
釣り目がちの赤い目をしたその少女は、ちらりとサイファーを見た後にイーグルを睨みつけた。
性別の違いで分かりづらいが、二人の容姿はほぼ同じだ。

「アンタ、先輩である私への挨拶がまだなんだけど?」
……おはよう。イングリット」
「はい、おはよう。よろしい。次からは最初に挨拶しなさいよ!同じハンガーにいるんだから!」
……

無表情のまま口を閉ざすイーグルは、そっとサイファーの袖を摘まんだ。
口達者な少女――イングリットを相手にして意見を互角に言い合うには、彼はまだ言語機能が育っていない。
適した言葉が見つからず、困惑している。そんなときには、彼が《マスター》と呼ぶサイファーに答えを求める。
サイファーはイーグルにとって親であり、師であり・・・然して、それ以上の存在。

イーグルもイングリットも、その名前はサイファーが便宜上つけた呼称であり、愛称だ。
その由来はF-15Cの愛称である、鷲を意味するイーグル。
彼らは、F-15Cという戦闘機そのもの。人間たちが魂や心と呼ぶ、そういったモノが人の形をしたもの。
イーグルの方が先に姿を現し、パイロットであるサイファーを《マスター》と呼んだ。
ゆえに、区別する必要もなかったためにF-15Cの愛称でそのまま呼んでいた。その後、イングリットが姿を現したのだ。
しかし、イングリットにしてみれば自我が芽生えたのは彼女が先だという。
何故、彼らが人の姿をして人間たちの前に現れたのかは分かっていない。
誰が尋ねてみても、同じ答えが返ってくるのだった。

……分からない」
「分かんない。気づいたら出来てた」

本人たちが分からない以上、人間たちも為す術はない。機体その物は通常のF-15Cと何ら変わらないのだ。
不調があれば当人たちに聞けば直ぐに分かる上、仕事の邪魔をするわけでもなく、まして本陣へ報告しても信用されないだろう。
ウスティオ空軍ヴァレー基地の職員たちは現状維持を選んだ。

男性型を作るイーグルはガルム1・サイファーの搭乗機体。
女性型を作るイングリットはガルム2・ピクシーの搭乗機体である。
イーグルは基本形態を20代半ばの青年の姿で作り、イングリットは10代後半の少女の姿で作った。
この姿は、当人たちによれば「ニンゲンのイメージに左右される」らしい。
ある程度は自由になるので、幼くなったり成長したりもするが、体を成長させすぎると消耗するのだという。
その匙加減もイーグル、イングリット両名に任せているので職員たちは慣れるしかなかった。
今では誰も何も言わない。

鋭い藍色の目を、イーグルは外に向けた。
視線を辿ると、サイファーが最も信頼する2番機が遅ればせながら朝の機体チェックに来ていた。

「やあ、ピクシー。良く寝れたか?」
……頭がガンガンする
「クロウ隊に煽られるままに飲むからだよ。今日は休んでおけばいいよ。俺が言っておく」
「ああ……

頭を押さえながらふらふらと歩いてくる相棒を、サイファーは優しく出迎えた。
当初はピクシーも起きるつもりはなかったのだが、この1番機は放っておくといつまでも部屋に戻らない。
あちこちから声をかけられ、それらに律儀に応対するものだから、首根っこを捕まえてでも連れ戻さねばならなかった。
相棒の首に腕を回して寄り掛かり、サイファーもそれに文句を言うことも無く支えてやる。
そんな自分のパイロットを下から見上げて、弾けるように叱咤したのはイングリットだ。

「なっさけないわね片羽!この私のパイロットなんだから、シャンとしてよね!」
「キーキーわめくな頭に響く……
「何ですって!?」
「い、イングリット。落ち着いて
「ヒトは俺たちとは違う。不具合は容易には直らない。考慮すべきだ、イングリット」

普段ならなんてことはない彼女のソプラノが、今のピクシーには弾丸のように耳を貫いていく。
顔を顰めて酷く鬱々とした顔で呻くと、癪に障ったイングリットがさらに声を上げた。
宥めようとするサイファーの横で、イーグルが淡々とした口調で彼女の行為を指摘する。

「分かってるわよ。だから、体調管理はしっかりしてほしいって言ってるの!」
「現時点では無意味だ。今のガルム2はイングリットの言う通り体調不良の状態にある。帰還を勧めるべきだと判断する」

イングリットのほうが、稼働年月が長いため流暢に言葉が出てくるが、イーグルが飛び始めたのはここ最近だ。
正確には、サイファーがこのヴァレー基地に合流してから――4月2日からだ。
稼働年月はその表情や行動に影響するらしく、イングリットはより「人間らしい」仕草だ。
対してイーグルはほぼ無表情に近く、口調や思考も機械的な側面が出る。
『治す』を『直す』と表現するように。

「あー……イングリット、悪かった。気を付ける。気を付けるから、今は静かにしてくれ、頼む……
……分かったわ。私も、良くなかったもの。イーグルの言う通りよ。今日は寝てたら?」
「ああ、そうする……サイファー、すまんがまだ肩を貸してくれ」
「構わないよ。じゃあ、イーグル。イングリット。また後で顔を出すから」
「Yes,Master」
「ええ、後でね」

ゆっくりとハンガーを後にする二人を見送って、イーグルとイングリットはしばらくその場に佇んでいた。
やがて、イングリットがパッと翻った。

「私も寝よっと。皆の顔見れたし、酒も入ってるパイロットじゃ哨戒飛行すらしないでしょうしね」
「妥当な判断だと推定する」
「アンタの口調、もう少しどうにかならないかしらね・・・」
……?」
「まあ、いいわ。私だって最初はアンタみたいに固かったもの。他の皆と話すうちに、もう少し話しやすくなるでしょ」
「それは、必要か?」
「きっと必要になるわ。人は心に影響されるのだもの。そして、言葉は心に影響する。アンタがマスターと呼ぶあの人が人である限り、きっと必要になるわ」
「そうか」
「もし、私や片羽になんかあったら、アンタがサイファーを支えなきゃ」
もちろんだ」
「ま、万に一つもないでしょうけどね!じゃあ寝るわ。おやすみ」
「おやすみ」

跳ねるように軽やかな足取りで、彼女が彼女自身に近づくと、そのまま消えていった。
右主翼を赤く塗ったF-15Cに、溶け込むように。
彼女は自らの《機体》に戻ったのだ。
そして人が体を休めて眠るように、彼女は自分の体を整備兵たちに委ねて眠りについた。

残されたイーグルは、ハンガーの片隅にあるベンチに腰かけた。
その時には、彼は最初にサイファーに話しかけたときのように、5,6歳ほどの少年の姿になっている。
彼に言わせてみればこれは《省エネモード》らしい。
外見年齢に口調もつられるらしく、先ほどより幼い声音で、舌足らずな言葉になる。

「イーグルの坊主は寝なくていいのか?」
「いい。みんなを見てる」
「そうか?」
「あ。イーグル。飴持ってるんだけど、食べる?」
「食べる」

彼の人型の体は特に飲食は必要としないが、可能である。
出撃も哨戒飛行もないときは少年の姿で過ごすことが多いイーグルは、マスコットのような存在だ。
先ほどの曹長以下、整備兵にはよく可愛がられていた。

「イーグル、サイファーさんは何味が好きかな?」
「ますたーは、すききらいはないと言っていた。いろんなあじを食べてた」
「そっかー」
「お前、サイファーさんを飴玉1個で釣ろうとか思ってるのか?」
「そ、そんなんじゃない!……よ?」
「マスターに近づくな」
「ひえっ!そ、そんなんじゃないから!本当に!」

急に眼光鋭く睨みつけ、声も青年時のものに変えて牽制され、若い整備兵は必死に弁解するしかなかった。
曹長は若い二人と小さなボディーガードに笑いを堪えきれずに、肩を震わせていた。
小さくとも彼は最強とも称される戦闘機の思念。本質は鋼だ。
どういった理由か、サイファーを唯一のパイロットとして慕う。
まだ親鳥に従う雛鳥のようなものだが、サイファーに所有される兵器として、彼に従う愛機として成長している。
いずれ一人前になるのが楽しみだ、と曹長は彼らを見守っている。







夜になると、ヴァレー基地は春でも冷え込む。
吐息が白く浮かび上がるほど冷え切ったハンガーに、その人はやってきた。

「イーグル?」
「ますたー!」

まもなく消灯という時間に、サイファーは顔を出した。
フライトジャケットを羽織っただけのラフな姿である。普通の人間なら寒さに縮こまるが、北国出身の彼は寒さなど感じていない。
イーグルは幼子が母を待ちかねていたように走り出し、そのままの勢いで抱き着いた。
サイファーは我が子を見るような微笑みで抱き上げる。彼に子供がいたなら、このくらいの年齢であってもおかしくはない。
相変わらずイーグルはほとんど表情がないが、雰囲気で喜んでいるのは分かる。
藍色の目が、きらきらと瞬いていた。

「ますたー。ぴくしーは?」
「部屋にいるよ。ああ、二日酔いはとっくに治ってるよ。明日は出撃するから、宜しくね」
「はい!」

はっきりと返事をした彼に、サイファーはにっこりと笑って、その黒髪を優しく撫でてやった。
イーグルを抱えたまま、サイファーは自機のコクピットに乗り込む。
そのまま座席に座り、寝る前のひと時を過ごすのが日課だった。

「ますたー、じぶん、は。うまくできるでしょうか?」
「心配?」
……これが、心配、というものでしょうか?」
「おそらく。不安や緊張といったものでもあるかもしれない」
「これが……
「何事にも絶対の保証はない。だが、その不安も緊張も心配も限りなくゼロに近づけることはできる。俺と、お前なら」
「ますたーとなら?」
「大分ブランクはあるが、俺の師である父は厳しかった。その父から受け継いだ技術と、お前の戦闘機としての力があれば可能だ」
……

じっと、藍色の目で己の主人を見つめる。
真雪の肌。月のように輝く髪。晴れた冬空の目と春の風のように優しい唇。
長身痩躯であるが、実際は練り上げられ鍛え上げられた体を持つその人は、儚げな印象とは裏腹に鮮烈な機動を描く。
真っ直ぐに、鋭く。ともすれば容易く捕らえられそうであるのに、墜ちるのは敵の方だ。
彼が操ると、自分が戦闘機であることを実感する。空を飛び、敵を屠るモノであることを実感する。
それは、とても心地良いものだった。

「Yes,Master・・・自分は、貴方の為に」
「ありがとう、イーグル」

感謝を込めて、にっこりと微笑むと、サイファーはその唇に歌を乗せた。
この国の子守歌を、優しく口ずさむ。
彼の歌しか知らないイーグルは、彼の歌が上手なのかどうかは分からない。
ただ、とてもとても優しいことだけは分かる。
その歌に全身を委ね、溶けるように機体へと戻っていく。また、明日から己の主と共に飛ぶために。
イーグルが完全に眠りにつく頃には、子守歌も終わっている。
起こさぬよう、そっと機体から降りれば、見知った顔が待っていた。

「ピクシー、来てたのか」
「おう。迎えに来たぞ、相棒」

嘘である。
本当は、サイファーの子守歌を聞いていただけだ。
しかしサイファーは特に追及することも無く、並び立って歩いていく。
イーグルへの信頼以上に、サイファーは彼へ信頼を寄せていた。

「早く寝ろって言いに来たのか?」
「まあな。春とは言え、ここの夜は冷える」
「これくらい、どうってことないさ。でも、うん。ありがとう」
……ほれ」

やや乱暴に、視界が遮られる。頭からピクシーのコートが被せられた。
いらない、と言おうとしたが相手はさっさと前を歩いている。仕方なく羽織ったまま追いかけた。

「照れるくらいならやらなきゃいいのに」
「違う。お前に風邪をひかれると困るんだ」
「だから大丈夫だって」
「自己申告は信用しない主義だ。特に、お前みたいな性格の人間のはな」

ぽん、と背中を叩かれる。
ピクシーは知らないはずだが、確かにサイファーは無理や無茶をするときがあった。
不器用な優しさを、今はただ受け取ることにしたサイファーだった。


……ありがとう。ピクシー」
「明日は頼んだぞ、相棒」
「もちろんさ、相棒」


互いが互いに不敵に笑って、明日の勝利を確信する。
彼らと彼らのイーグルたちがいる限り、その手に掴むのは勝利のみ。
凍空の猟犬は、獲物を食らい尽くすだろう。