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mikagami3
2017-02-26 00:21:57
7649文字
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エスコンZERO ピクサイ
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時は過ぎれど、花は咲く
・バレンタインネタ@妖精×鬼神♂
・十年後なんやかんやあって再会、その後はちょくちょく会っているという設定
・ピクシーはまだ戦場あちこち行ってる
・サイファーはバーの店主をやりつつ、復帰の機会を窺っている
・詳細は省くが、このお話での二人は恋仲である
ジリリリリ・・・
今となっては珍しい、レトロなダイヤル式の電話がひそやかに主を呼んだ。
控え目に懐かしい音が響くのは、アンティーク調の内装で纏められた、とある酒場。
使われている木材の質感と店主の人柄のおかげか、照明の暗さとは裏腹に穏やかな空気が満ちていた。
その店主は会話をしていた客に断りを入れ、ようやく受話器を持ち上げた。
「
…
はい、バーラウンジ
――
」
『サイファー?』
受話器から聞こえたのは、いつもの彼の声。
つい頬が緩む。いつもの、しかし久しぶりに聞く声だった。
「・・・ああ。どうした? 珍しいじゃないか、営業時間にかけてくるなんて」
『明日の夜、そっちに帰れそうだ。飛行機に乗る前に言っておこうと思ってな』
「分かった。わざわざありがとう。何か用意しておくか?」
『いや、特には・・・ああ、そうだな。一つ頼んでおこうか』
「何?」
『
……
お前』
「ん?」
『家で、待っていてくれ。土産の一つくらいは持っていくから』
照れ屋な相手が、珍しくそんなことを言うものだから、きょとんと目を丸くした。
空色の目が、ぱちぱちと瞬く。そして、ゆっくりと細められた。
その表情は、寒い冬空から暖かな陽光が差して、蕾が綻ぶ直前の待雪草のようだ。
少しだけ、先ほどより受話器を耳に押し付けて唇に近づける。
和やかに酒に酔っている、この店の大事な客人たちに聞こえないように小さく、しかしはっきりと答えた。
「ああ、分かった
……
待ってる」
『っ
……
ふーっ
………
お前なぁ
……
』
「うん?」
電話の向こうで深い深いため息が漏れた。そんな反応は店主も予想していなかった。
何か変なことを言っただろうか、と小首を傾げる。特に思い当たらなかった。
まだ相手は小さく唸っている。苛立ちや焦りといった声音に聞こえる。
「何? なんか変なこと言った?」
『いや
……
今の、他に聞いてるやついないだろうな?』
「大丈夫だろう。今日も割とお客さんが入ってるし、音楽もかけてるから・・・どうして?」
もう一度問うが、相手は口籠ってなかなか答えない。
そろそろ戻らないと・・・そう思った矢先に彼が答えた。
『お前に自覚があるかどうか知らんが・・・今の、声は、まずかった。その、何だ
……
。出来れば、二人きりの時に聞きたかった声だ』
「爆風で耳がやられたか? そんな声を出した覚えはない。それに
……
お前相手じゃなきゃ、そんな声は出せないよ」
『
…
っ、卑怯、だぞ。相棒』
「先制攻撃は戦場の常だ。相棒」
『くっそ
…
帰ったら覚えてろよ
……
』
「覚えてたらな?」
『チッ。じゃあ、明日な』
「ああ。おやすみ
……
」
最後の最後にとびっきり優しい声で囁いて、相手が電話口で叫ぶのも聞かずに受話器を置いた。
急いでカウンターに戻ると、常連客の青年がじっとりと睨んできた。
いつもの席で、いつものように飲んでいたはずだが、ずいぶんと膨れっ面をしている。
「フレッド?」
「マスター、今のでんわぁ、だれれすか?」
「誰って、友人だよ」
「うそら!マスターの顔は、ともだちにでんわしてる顔じゃなかっら!」
いつもより杯を重ねてるとは思ったが、かなり酔ってるようだ。呂律が回っていない。
掴んでいるグラスを傾けて一気に飲み干すと、真っ赤な顔で項垂れる。
「マスターの顔、いつもより、綺麗で、色っぽかったもん・・・あれは友達相手じゃないもん・・・」
「フレッドは時々変なことを言うね? 私に対して色っぽいなんて言葉は相応しいとは思えないけれど?」
「だってそうだったもん・・・マスター美人だもん・・・色っぽかったもん・・・」
「困ったね
……
」
ぐすぐすと鼻をすすり始めてしまった青年に、眉を下げて笑うしかない。
美人だの色っぽいだの、店主にしてみれば理解の及ばないところだ。
この酒場の店主は、自分の容姿を随分と過小評価しているのである。
「おいおいフレッド。どうしたどうしたそんなに絡んで。ははーん?さては女に振られたな?」
「ちがいますぅ~」
青年の隣で飲んでいたもう一人の常連客が、彼の赤茶色の髪をガシガシと撫でた。
少々乱暴ではあるが、それが彼の気遣いの仕方であった。
この壮年の男性は先代の店主が経営していた頃からの常連で、現在の店主になってもこの店を贔屓にしている。
彼曰く「アンタはこの店のこの空気、守っていきそうだからな」とのことだった。
「んじゃあ何か?恋人たちが愛を囁く日に、うっかりダチの惚気話でも聞かされたか?」
「聞かされましたけど!違いますぅ~そういうんじゃないですぅ~」
「気にするな気にするな!優しいマスターに甘えてぐだぐだと管を巻いてるようじゃ、彼女なんてできんから」
「うるさいですよ!いいんですよもう・・・バラを贈る相手もいやしないんですから・・・」
(どうせ、女の子に渡しなさい、とか言って、受け取ってもらえないんだから)
徐々に姿勢は崩れていき、とうとうカウンターに突っ伏して啜り泣きを始めてしまった。
笑い飛ばそうとした常連客もさすがに茶化すやり方はやめて、根気よく慰めの言葉をかけることにした。
そして、どうやら原因が自分であることを自覚した店主は、どうにか宥められないかと思案した。
ふと、厨房に試作品が置いてあるのを思い出した。試しに作った物なので見た目は少々歪だが、味は悪くない。
明日の午後のお茶菓子にでもしようと店主は思っていたが、手段を選んでいられない状況である。
急いで厨房に入り、客の前に出せる程度に体裁を整えて、さらにもう一品作った。
再びカウンターに戻って青年の前に立つ。まだ突っ伏して泣き言を言っている。
「フレッド、フレッド起きて」
「うぅ~
……
」
唸る青年の前に、皿とカップを置いた。カップからは、甘く温かい香りがふわりと漂う。
その香りは青年の鼻をくすぐって、沈んだ心を浮き上がらせた。
「これ・・・チョコ?」
「女の子じゃなくて悪いけど。生チョコレートと、急いで作ったホットチョコレート。
試しに作ったものだから本当はお客さんに出せないんだけど・・・味は悪くないから、良かったら受け取ってほしい」
「マスターが、作ったの?」
「もちろん。ああ、ごめん。少し形が悪いけど
…
」
「上出来じゃねえかマスター。うちの娘はひどいもんだったぜ・・・」
「貴方のところの娘さんはまだ幼いでしょう。これから上手になるよ」
「かみさんに仕込んでもらうかね
…
アイツは料理上手だからな。さーてフレッド、要らないなら俺が食う
――
」
「いただきます」
「早えなオイ」
からかおうとした男性を無視して、青年はチョコレートを一つフォークで刺して、口に運んだ。
滑らかで甘く、ほんの少しだけ苦いチョコレートがあっという間にとろけた。
「おいしい!」
「良かった。飲み物は、ホットチョコレートで良かったかな?コーヒーがいいなら淹れなおすよ」
「大丈夫です。甘いの好きだから。ありがとうございます!」
「マスター、俺はコーヒー頼むわ」
「ちょっと待ってね」
新しくコーヒーを淹れて差し出す。彼の場合、砂糖もミルクも必要ない。
香ばしい香りに満足げに頷き一口飲んで、ふと思いついてニヤリと笑った。
「で? 電話の主は誰だったんだい? マスター」
「その話を蒸し返すのか? だから、友人だよ。旧友と言ってもいい。忙しい男でね、やっと休みが取れたからこっちに来るそうだよ」
「へえ? 律儀な御仁だ」
「以前、あちこちを巻き込んだ大喧嘩をしたことがあるから、ちょっと気にしてるところはあるかな」
「マスターも喧嘩するんだ?」
青年は意外だ、という思いを隠しもせずに目を見開いて店主を見つめた。
好奇心に輝く目を向けられた店主は、にっこりと笑った。
「するとも。譲れないことっていうのは誰にでもあるだろう? 私にもあった。それだけだよ」
「想像つかないなぁ」
「まぁ、ずいぶん昔の話だから。あの頃に比べて、私も丸くなったんだろうね
……
」
遠い目を、どこを見てるのか想像もつかないほどに遠い目をした店主に、青年はちくりと胸が痛んだ。
見惚れるほど美しく微笑む店主の青い目が、少し悲しげに、そして寂しそうに見えた。
青年はホットチョコレートを口に含みながら、考える。
どうすればこの美しい人の隣に立てるのかを。一人ぼっちにさせずに済むのかを。
温かいホットチョコレートは甘いはずなのに、少し苦味が増した気がした。
+++++++++++++++++++++++++++++++
「思ったより時間がかかった
……
」
荷物を抱え、目的の街の石畳を踏みしめる。
事故で普段の路線が使えなかったために、だいぶ遠回りになってしまった。すぐにでも蹲りたくなる。
だが、こんな所で凍死は御免だ。
己を叱咤し、小さく気合を入れ直して男は歩き始めた。バスターミナルからは少し歩かなければならない。
荷物とはいえ、古びたバックパックと、壊れ物のように手に包んだ小箱だけだ。
少し暗い蒼のリボンで飾られているそれを、ジャケットのポケットに仕舞い込んで古い街並みを急ぐ。
古都と称されるこの街の月明りは、どこか優しい。
凝り固まった首を解そうとゆっくり夜空を見上げれば、月が笑っていた。控え目な笑みに星も歌っている。
今から会いに行く恋人の髪色に似て、その笑顔を思い出して、男の顔にも笑みが浮かんだ。
彼は、今もなお待っている恋人とそういう関係になるなど思っていなかった。
――
憎まれている。八つ裂きにして地獄の窯の底に叩きつけたいほどに、奴は俺を憎んでいる。
――
そのはずだった。それだけの事をしたのだと今も思っている。
しかし、彼は、憎んでなどいなかった。
それどころか、おめおめと生き延びたと自虐していた男に、生きていてよかったと言った。
男は後悔した。激しく深く後悔した。なぜ彼を置いて行ったのかと。
真っ直ぐな凍空に射抜かれて、男は気づいた。
もう離れられないと。
気づかない振りをしていたことに、気づいてしまったのだ。
目的の家は街はずれの古い一軒家だ。
木造の小さな家だが、一人暮らしには十分すぎるほど広い。
買い取った後にあちこち手を入れて、隠し部屋だの収納だのを増やしていて、子供なら大喜びで遊ぶだろう。
この小さな家の主は、少しの趣味と実益でもって改造を施したのだが。
まだ明かりが灯っているのが見えて安堵する。同時に急いだ。
予め伝えておいた刻限は過ぎているのだ。怒りはしないだろうが、これ以上待たせるのは忍びない。
何より、早く会いたい。
玄関前の階段にそっと足を下ろして数歩登れば、すぐに扉が迫る。
遅れてしまった後ろめたさに躊躇いがちに呼び鈴を押せば、扉の向こうから足音が聞こえてくる。
すぐさま扉が開かれて、暖かい空気と光を背に月が微笑む。
「おかえり、ラリー」
「
……
ただいま」
眩しさに目がくらむ。
部屋の明るさにではない、彼の笑顔にだ。
たまらなく胸が締め付けられて、一歩も踏み出せずに立ち尽くした男
――
本名ラリー・フォルクの手を引いて、彼が笑う。
「何突っ立ってるんだ。ほら、早く入れよ。寒いだろう?」
「ああ
……
」
引かれるまま進んで、後ろ手に扉を閉めた。
前回会ったときと変わらずに出迎えてくれた彼が、いつの間にかラリーの背からバックパックを引き剥がしていた。
「とりあえず部屋に運んでおくからなー」
「ああ、すまない」
いつもラリーが寝泊まりしている部屋にバックパックを置きに行く彼の背中を見ながら、ラリーはリビングに入った。
テーブルには飲みかけのコーヒーと、読みかけのハードカバーの本。
待たせていたのだと申し訳なくなり、帰ってきたのだと心から安堵する。
「
……
ラリー?」
ハッとして振り返ると、真後ろに彼がいた。小首を傾げて不思議そうにしている。
「さっきからどうした? 疲れてるならもう寝たほうがいい。夜も遅いし」
「
……
」
ラリーは衝動に任せて腕を伸ばした。胸に引き寄せ、両腕で彼の細い体を締め付ける。
プラチナブロンドが頬をくすぐる。美しい髪をかき分けて首筋に顔を埋めれば、甘い匂いがした。彼の匂いと、チョコレートだ。
ラリーの体温が心地よく、目を閉じる。微かだが心臓の音が、確かに聞こえた。
こつん、とラリーの頭を自分の頭で小突いた。
「おかえり」
「
……
ただいま、サイファー」
嘗ての
――
共に翼を並べて飛んでいた頃の名前で呼んで、一層強く抱き締めた。
彼の本名ではないが、本名よりも馴染みがある。それだけ、何度も呼んだ名前だ。
そのまま深呼吸して、くすぐったいぞ、と笑われ怒られる。その声がたまらなく愛おしい。
「甘い匂いがする」
「ああ、さっきまでチョコ食べてたから」
「遅くなってすまない」
「気にするな。事故じゃあ仕方ない。無事でよかった」
「サイファー」
「ん?」
微笑んでいるのが気配でわかる。
悪戯心が沸き上がって、昨日の意趣返しをすることにした。
息を吸い込んで、精いっぱいの愛しさを込めて耳元で呟いた。
「
……
愛してる」
「
………
ずるい」
「昨日の仕返しだ」
「ばか。ばか
……
」
今度はサイファーがラリーの肩に額を押し付ける。頬どころか首元まで熱っぽい。
髪の隙間から覗く項がふんわりと赤くなっていく。肌が白いためか、照れているのが手を取るように分かってしまう。
そして、彼の過去の残滓も見える。歪な、もう通り過ぎた過去の傷跡。
普段は見えないが、こういう時にその歪な形だけ、白く残っている。
思わず眉を顰める。苛立ちが顔に出てしまった。
消えもしないのに消したくて、思わず口づけた。
ちゅっ、とわざとらしく音を鳴らして。
「んっ!?」
「首、赤いぞ」
「ばっ、うるさいな
……
」
「
……
綺麗な髪だな」
「何だよ、急に」
「切ったの、勿体無かったんじゃないか? お前の客にも泣かれたんだろう?」
「ああ、まあね。何で切ったんですかー!ってね。綺麗で好きだったと言われてもね。切るって決めてたからなあ。言えないけど」
サイファーはある時、誰も彼もに褒められていた、冬の月のような美しい髪を、腰まであったその髪を突然バッサリ切ったのだ。
その理由を、ラリーだけは知っている。
あの頃より少し短くした髪の理由を、ラリーだけが知っている。
その事実に頬が緩む。にやついてしまうのが止められない。
たとえ髪そのものに何の未練もなく、意味もなかったとしても。伸ばし続けていることに意味があったのだとしても。
サイファー以外の誰もにとって賞賛に値する髪を伸ばしていたこと、切ったことの理由はラリーに起因するもの。
その切った髪をちゃっかり換金していたところは、抜け目が無いなと感心するところだ。
「いつまで人を捕まえておく気だ?」
「うーん
…
」
「ラリー?」
「このまま、どうだ?」
「やめておけ。途中でへばるぞ」
「
……
否定できないな」
「だろう? 今日はおとなしく寝なさい」
「母親かお前は」
「こんなに大きな子供を産んだ覚えはないな」
そうして二人で笑い合って、名残惜しそうにラリーはサイファーを解放した。
ソファーに腰かけようとして、ふとテーブルの横に置かれている紙袋が目についた。
小さな箱がいくつも入っている。
「サイファー、これは?」
「あー。貰い物だよ。昼間に買い出しに出た時とか、夜に店に来たお客さんから貰ったんだ。ほら、今の時期はあれだから」
「ん?」
「バレンタインだよ。今年もいろいろ面白いものがあったよ」
バレンタイン、の一言で一瞬で気配が殺気立つ。そんなラリーの気を逸らそうと袋の中からいくつか取り出した。
「これは香水瓶みたいなボトルに入った、チョコっていうよりチョコリキュールだ。コーヒーリキュールとのホットレシピが好きかな。
こっちは確か・・・バラだな。バラの形のチョコ。結構リアルな造形だよ。とはいえバラが入ってるわけじゃないから安心しろ。
これは今年の一番の流行だな。化粧品を模したチョコだ。これの他にもいくつか同じのを貰ったよ。幸い味は違うけど」
「ほーう
……
?」
「こ、こういう綺麗なパッケージとかおしゃれな造形のチョコは男受け悪いらしくてね。女性は割と好きな人多いから買う人多いし、違う種類があれば集める人もいるしね。でも全部は食べられない。
それで、俺は割とこういうのも好きで喜んで受け取るから、気兼ねなくお裾分けできるらしくてね。目でも味でも楽しませてもらってるよ。
…
だからそんなに怒るなよ」
「怒ってない」
「殺気丸出しでそれは無いんじゃないか」
「怒ってない。不機嫌なだけだ」
「ほぼ同じじゃないか
……
ちゃんと分けてあげるから心配するなよ」
「そういうことじゃない」
ぷいっとそっぽを向いてしまった。ラリーは時々子供みたいな感情表現しかできなくなる時があるらしい。
見た目はただの男前なのに、と胸中で小さく笑ってから口紅のようなパッケージのチョコレートを取り出す。
蓋を開けても口紅そのもので、下部を捻って出すところまで一緒だ。
開けたのは赤い色のチョコレート。色も相まって口紅にしか見えない。味は、たしか木苺だ。
そっと唇に押し当て、体温で温めてからゆっくり滑らせる。
(これで機嫌が直ればいいけどね)
「ラリー、ラリーこっち向いて」
「
……
」
呼びかけても答えない。少々意地になっているらしい。
仕方なく彼の眼前に回り込む。またそっぽを向かれる前に強引に頭を両手で押さえ、唇を押し付けた。
突然のサイファーからの口づけと、甘い彼の香りとチョコレートの香りに手も足も出なかった。
「
…
美味しい?」
赤い口紅のチョコレートで自分の唇を指し示しながら、白皙の美貌がにっこりと笑う。
自分が何をされたのかをしっかと理解して、ラリーは右手で目を覆った。降参だ。勝ち目などない。
「
…
良く分からなかった。もう一回」
「キスだけだからな?」
「えっ」
「明日、ちゃんと付き合ってやるよ」
慌ててサイファーの顔を見れば、先ほどより幾分か悪戯っぽい笑みが咲く。
あまりにも愛らしくて美しくて愛おしくて、見つめていると心臓がつぶれそうになる。
思わず目を閉じると、サイファーが近づく。また、さっきのチョコレートの香りを纏って、ゆっくりと。
(夜が明けるのが、楽しみになるなんてな)
年甲斐もなく、木苺の甘酸っぱさは初恋の味のようだと思いながらキスをする。
動き始めた恋は、確かに初恋に似ているのだ。
離れていた年月は長くも短い、しかし取り戻せない空白だ。
だからこそ、咲き始めた花は美しい。
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