mikagami3
2017-01-21 22:46:18
2858文字
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『マホガニーの内側で』

ACECOMBAT ZEROのほんのりBLの短編。
ベルカ戦争から10年後のサイファーがバーを営んでいる設定。
とある町のとある青年の視点で、とある一夜のとあるひと時の話。
とある青年(創作)→サイファーの淡い想い
とにかくなんか、10年後のサイファーが書きたくて書いただけ

秋が足早に通り過ぎ、冬の気配が忍び寄るころ。
風に急かされるように木製のドアをくぐった。
途端に鼻腔をくすぐる豊かなアルコールの匂い。揺蕩う紫煙のヴェール。
ゆったりとした空気が満たすその小さな酒場は、一人の店主が切り盛りしている。
その店主は、マホガニー材で作られたカウンターの奥でグラスを磨いていた。

「こんばんは、マスター」
「こんばんは。いらっしゃい、フレッド」

フレッドと呼ばれた赤茶色の髪の青年は、いそいそと店主の前の席に座った。
今日は早い時間にきたせいか、まだ他の客も少ない。
年齢不詳の店主は、僅かに微笑みながら声をかける。

「今日はずいぶん早いね、何かあった?」
「えっと、今日は風が冷たくて・・・」
「ああ、そうだね。じゃあ温かいのにしようか?」
「はい!」

フレッドが手渡されたおしぼりで手を拭いている間に、店主が手早くカクテルを作っていく。
そのおしぼりも温かく、ほのかに柑橘系の香りがした。果物というより、ハーブの香りだ。
フレッドはじっと、カウンターの向こうの店主を見つめていた。
ほとんど銀色のような金髪。切りに行くきっかけをつかめないまま、つい五年ほど伸ばしていると聞いたことがあった。
腰まであるその髪を項で一つに括り、無造作に背中に垂らしている。
青い目は冬の晴天のように透き通っていて、柔らかな陽光すら感じられそうだ。
その日の昼間がどれだけどんよりとした曇り空でも、彼の目を覗き込めば夜であっても澄み渡る青空が広がる。
白い肌は真雪のように冷たそうに見えるが、ほのかに色づく唇に浮かべる笑みはふわりと温かい。
フレッドは焦がれるだけで、未だ近づくことはできていない。

「お待たせ。ホット・バタード・ラム・カウだよ。少し熱いから気を付けて」
「あっ、はい!ありがとうございます!」

見入っていたら、湯気がふわりと上るカップが目の前に差し出された。
不躾に見つめていたことは気づかれていないか、気にしていないのか、微笑みはそのままだった。
香りから察するに、ラムは少なめのようだった。まだ早い時間で、フレッドは酒を飲むときにすぐ飲み干してしまう癖があるからだろう。
店主の小さな気配りが嬉しく、また自分がまだ酒に飲まれてしまう若造であることを指摘されたようで恥ずかしくなる。
ほのかに赤面した頬を悟られないように、カップをゆっくりと傾けた。温かく、少し甘めだ。
少しずつ、少しずつ。味わいながら飲み続ける彼の目は、自然と店主を追いかけていた。
こんな小さな酒場を営むだけでは惜しいと、男にさえ思わせる美しさを表現する言葉をフレッドは探しあぐねていた。
女性的とは全く違う、確かに男性としての美しさだ。
しかし力強さよりは儚さを印象付ける姿は、淡く光を纏うようだ。
髪の色と相まって、まるで月。地上の月だ。
微笑みを絶やさず、絡み酒の酷い客も簡単にあしらい、どんなに混み合ってもてきぱきと注文をさばいていく。
店主の経歴を、彼をはじめ客の誰もが知る由もないが、ただ者でないことは見て取れた。
凛と背筋を伸ばしてカウンターに立つ店主からは、品の良さと同時に鋭さも感じた。
無駄のない的確な仕事ぶりは、ようやく社会に慣れ始めたフレッドのような若者が憧れるには十分だった。

店主が、あちらへこちらへと移動するたびに赤茶の頭が動いているさまを、周囲の常連は笑いを堪えて見ている。
彼らも気持ちは十分わかるのだ。分かるゆえに笑いが溢れてしまうし、微笑ましいとも思う。
夜の帳と同時に開店するこの店の、月のように美しい主は見ていて飽きないし、それを追いかける青年もまた見ていて飽きない。
自分も若かったらああだっただろうなと、人生の先達たる彼らは見守っているのだ。

月も傾き、一人、また一人と家路につく頃になってもフレッドはふわふわとした心地でグラスを傾けていた。
あれほど混み合っていた店内もいつの間にか静かになり、店主は少し溜まってしまった洗い物を片付けていた。
水の音と食器が奏でる軽やかな音楽に耳を傾けながら、フレッドはふと窓を見上げた。
飾り窓に満月がかかっていた。柔らかい優しい光は店主の髪色とよく似ていた。

「月・・・」
「ん? ああ、満月だね」
「マスターの髪みたい。綺麗」
「あはは。何を言うのかと思えば。それは女の子相手に、素面の状態でも言えるようになれればかっこいいぞ」
「ちぇー」

素直に称賛したつもりが、酔っ払いの戯言扱いされてしまったフレッドはつい唇を尖らせた。
酒を呷ろう、とグラスを思い切り傾けたが一滴も入っていなかった。
ふくれっ面でグラスを下ろすと、淹れたての紅茶が目の前に置かれた。
そのカップを置いた腕を辿ると、店主が、やはり月のような微笑みを浮かべていた。

「お酒はそれで最後にしなさい。これはサービスにしといてあげるから」
「はーい・・・」

まだまだ子供なのだと言われた気がして、しかし逆らうのは格好がつかないと、素直に店主の言葉に従った。
カップを持ち上げる様子を見て、店主は笑みを深くした。
気づけば彼が最後の客だ。
いつもより長居しているな、と店主は少し不思議に思った。明日も平日、彼も仕事があるはずだった。

「マスター・・・」
「どうかしたかい?」
「俺・・・俺・・・」
「うん」
「・・・や、やっぱり・・・また今度にする」
「そうか。分かった」
「ごめんなさい・・・」
「気にすることはない。誰だって、言いにくいことはある。それでも言いたくなったらいつでもおいで」
「・・・ありがとう、マスター」

店主の柔らかな声が、フレッドの心に沁みわたる。心の底から、いつでもいいのだと許している。
ほっとして、嬉しくて、そして、他の感情も湧いてきて、フレッドは少しだけ頬が上気したのを感じた。
名残惜しいが、いつまでも店にいるわけにもいかない。フレッドは意を決して会計を済ませ、家路につくことにした。

「マスター、長居してごめんなさい」
「いいんだよ、気にしないでくれ。うちの店を気に入ってくれてる証拠だろう?」
「・・・うん。すごく、好き」
「ありがとう。さ、気を付けてお帰り」
「はい。おやすみなさい、マスター」
「おやすみ、フレッド。またいつでもおいで」

店の外まで見送ってくれた店主に小さく手を振って、フレッドは月明かりの中を歩き始めた。
頬が赤い。
酒のせいばかりではない。それはフレッドにも分かっていた。
だが、それがまだはっきりと色形を持つまでには至っていない。淡い想いだ。
いずれ自信を持ってあの人の前に立てるその日までは、気づかれぬようあの優しさに触れていたい。そう思っていた。
少しずつ、少しずつ淡い想いは降り積もり、確かな言葉になるのだろう。
石畳の上を歩く己の足音を聞きながら、店主の笑みを思い出して、つい自分も笑顔になる。
またおいで。その声を反芻しながら、軽やかに家路につくのだった